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クアットゥオル・シーズン  作者: 二郎
第3章 人間の国へ
30/65

第29話 カドモニアの森防衛戦~フェイズ4 戦争の幕引き

残酷な表現がありますので、ご注意を。

 周囲が徐々に明るくなっていく頃。時たまに吹く寒い風にその身を震わせながら、『真田』は胡坐を掻いて樹によっかっかり、顔をテラン王国軍の野営地の方に向けていた。

 しかしその瞼は閉じられていた。

 『真田』の脳裏には、巡回を担当の部隊が野営地周辺を見回り、魔物が近付かないように複数の松明を灯したテラン王国軍の野営地の映像が、上空から直接見ているような鮮明さで映っていた。

 これは無属性に属する監視用の魔術『ヴァッヘ』から送られてくるものだった。

 『ヴァッへ』は一旦発動すると設定されたものを監視をする常時発動型の魔術。

発動させると半透明のもう一人の術者が現れ、それとは術者と魔力で繋がっており、術者の魔力が切れるまでは見たものの映像を術者に常に送っている。

 『真田』はサガムに来てから2日目の夜に監視の目を盗んで『ノーシェバッカス』で亜空間からアウクシリアを取り出し『ヴァッヘ』を発動させ、青白い半透明な自分を上空8,000mの高さまで飛ばし、常にカドモニアの森周辺を見張らせていた。

 だから『真田』は本来サガム上層部しか知らない侵攻してくるテラン王国軍の構成を知る事が出来、その対策を練る事が出来た。


 「(早く自分の国に帰ってくんねえかね。アイツ等は何時まであそこに居るつもりだ? 先行していた飛行部隊を消滅させたのだから、ある程度は俺の力量を分かる筈なんだがね)」


 帰ると思いきや野営地の設置して、一向に帰ろうとしないテラン王国軍に、内心どうしたものかと地獄の底に届くような重い溜め息を吐いた。

 少しの間テラン王国軍の野営地を見ていたが、周囲を見回りをしている部隊が動いているだけなのでこれ以上は進展は無いだろと判断し、送る魔力の量を維持するのに最低限にまで低下させた。

 こうでもしなければ、今自分が見ている『映像』とヴァッヘから送られてくる『映像』が重なり合って、今自分が何を見ているのか理解できなくなり脳に大きく負担をかける事になるので、普段は伝言程度の情報が来る程度に抑えている。

 『真田』は地面に生えている踝まで伸びている草をベット代わりにして1枚の布で一緒に寝ているアシュリーと昨日の夕方にサガムの先発隊として『真田』と合流したミーシャに視線を移した。

 普段はミーシャがアシュリーに少し邪険にしているのだが、基本的には仲が良い2人なので向かい合って寝ていた。

 その姿は本当の仲の良い姉妹のように見えた。

 『真田』は年相応のあどけない寝顔のミーシャを見ると昨日の夕方の事を思い出した。


 「(オルセンさん。合流した時は俺の事を不審人物を見るような目で見ていたな。幾らアシュリーさんが俺の事を真田と言っても信じてなかったよな。最終的には一旦姿を戻してたら信じたけど)」


 『真田』はその時の自分処理能力を超えた光景に呆然とするミーシャを思い出して笑った。

 アシュリーとミーシャの上に被さっている白い布が、少し肌蹴ているの事に気付いた『真田』は直そうと立ち上がろうとしたが、ヴァッヘからの何者かが森と野営地の中間線に近付いて来ているとの連絡を受け、中腰の体勢のまま瞼を閉じた。

 魔力を通常の量にまでに戻すと、『真田』の脳裏にはワイバーンやグリフォンを使った飛行部隊が、上空を風を切るような速度で近付いて来ている映像が映し出された。

 『真田』は驚く前に疑問が浮かんで来た。

 攻撃を仕掛けるにしては少なすぎるのではないのか、と。

 真田が見ている映像の飛行部隊は小隊規模しかなく、全滅させた部隊の連隊規模と比べるとかなり少なかった。

 

 「(先行していた飛行部隊を全滅させたから、数としては少なくなるのはわかる。今飛んでいるのは予備戦力として残していた部隊と考えた方が自然だな。だとしても何故本隊と別れて行動しているんだ。数が少なければその分被弾する確率が高くなり、相手に効果的にダメージを与えられるとは思えないが)」

 

 『真田』は他にも近付いてくる部隊が居ないかと、ヴァッヘの映像を草原全体で見えるように視野を広げると、現在飛行部隊が飛んでいる位置に疑問が浮かび上がった。

 テラン王国軍の飛行部隊は草原中央部を迂回するような形で、カドモニアの森に向かっていた。


 「(飛行部隊は何で迂回しているんだ。横切るように直線で移動すればいいのに。もしかして側面からカドモニアの森に攻撃を仕掛けるつもりなのか。‥‥‥だがそれにしては数が少なすぎる。あの数では大した効果が出るとは思えない)」

 

 見ている映像を不自然さに様々な憶測を立てるが、どれも納得がいかないもので、いまいち確証は得なかった。

 『真田』は空回りを起こす思考を一旦停止させた。


 「(確証の無い事をいくら考えても仕方が無いか。‥‥‥まずは寝ているアシュリーさん達を起こすか)」

 

 『真田』は寝ているアシュリーとミーシャに近付き、横たわる身体を大きく揺らした。


 「オルセンさん、アシュリーさん。敵が近付いて来ています。起きて下さい」


 母親が寝ている幼い子供起こすように、『真田』は何度もゆさゆさとアシュリーとミーシャの身体を揺らすが、余程深い睡眠状態なのか一向に覚醒状態になる気配は無く。寧ろアシュリーは幸せそうな寝顔をして。


 「あん、ミーシャちゃん。そこはお姉さんの敏感なところだから触っちゃ、だめー」

 

 嫌がるの割には身体をくねらせて幸せそうな顔をしているのを見て、『真田』は軽くイラッ!!、とした。

 あらゆる表情を顔の奥にしまい、能面のような無表情の『真田』はアシュリーの鼻と口を手で塞いだ。

 生物は睡眠時でも生命維持に必要な酸素を内臓器官に取り込むのに、鼻や口を使って無意識に呼吸している。

 その鼻と口を塞いだらどうなるかは、言うまでも無かった。

 『真田』によって鼻と口を塞がれたアシュリーの身体は一旦動きを停止したが、直ぐに小刻みに動き始め、異常がないか無意識に両腕を大きく動かした。

 『真田』はアシュリーが苦しんでいる様子を見て気が晴れたのか、手を離した。

不足分の酸素を急遽取り込もうと、アシュリーは目を目一杯開けて激しい運動の後のように肩を上下に動かして呼吸をしていた。

 『真田』は目と鼻の先の距離で、激しい呼吸をしているアシュリーの視界に入った。


 「おはようございます、アシュリーさん。起きましたか」


 アシュリーは逆さまに映る『真田』を誰かと一瞬怪訝な目で見ていたが、直ぐに 『真田』だと思い出す共に先程された行為を思い出して、目じりを険しく吊り上げた。


 「ちょっ‥‥‥」


 アシュリーは危うく死にかけた事の不満を『真田』にぶつけようとしたが、その前に『真田』がアシュリーの口を塞ぎ、『真田』は左の人差し指を唇に当てると、アシュリーに聞こえる小さな声で。


 「静かに」


 「!?!?!?」


 真田の突然の行動の意味が分からず、混乱するアシュリーは目を白黒させていた。


 「(ちょっと一体何のよ!? 戦前だから気持ちが(たかぶ)って我慢が出来ないから、いきなりこんな強引な事をするなんて、サナダ君らしくないじゃないの!そりゃお姉さんとしては求められるのは嬉しいけど、君にはミーシャちゃんが居るじゃないの。‥‥‥もしかして、私とミーシャちゃんで両手に華の状態にする気なの!!!???)」


 混乱するアシュリーが目まぐるしく桃色思考を飛び交わせていると、『真田』は再び小さな声で。


 「敵が此方に近付いて来ています」


 その一言にアシュリーの瞳には冷静さが戻り、状況が理解出来たと口を塞いでる手を叩いた。

 真田はアシュリーの口から手を退かした。


 「敵が近付いてるのは本当なの?」


 「ええ。敵の飛行部隊が此方に向かって来ています。少し移動している位置がおかしいですけど、アシュリーさんは森に居る皆さんにこの事を」


 「分かったわ」


 アシュリーは横で寝ているミーシャを急いで起こした。

 少し寝ぼけているミーシャに今起きている事態を説明すると、受けた衝撃のあまり一気に眠気が飛んで行った。

 ミーシャに森に居る仲間達にこの事を言って来ると言って、アシュリーは走って森の中へと消えて行った。

 驚愕と不安が入り混じった瞳でミーシャは、アウクシリアに乗って近付いてくる飛行部隊を迎撃に向かう『真田』を見た。

 そこには自分のやるべき事に何も迷ってはいない者の特有の表情があった。

 ミーシャは自身を奮い立たせて、意を決したかのような表情で。


 「あ、あの。タクトさん」


 「何ですか、オルセンさん」


 自分を真剣な眼差しで見るミーシャに、『真田』は何かしたのだろうかと首を傾げた。


 「私はまだまだ弱くて、タクトさんの手助けはまだ出来ないけど。‥‥‥これだけは言わせてください」

 

 ミーシャはアウクシリアの右ハンドルを握っている『真田』の右手を、胸当ての前で両手で力強く握った。


 『お気を付けて』


 『真田』は驚きの表情とともに聞いていた。

 普段ミーシャが使っている言語では無く、日本語だったからだ。

 真田がミーシャとの雑談の際、真田が前に居た日本の事を聞かれた時に、日本の文化を教えた時に言った言葉だった。

 最初はたどたどしくカタコトの日本語だったが、夜自室で真田の発音を思い出しながら、ミーシャは練習していた。

 今は真田がそんなに日本の事を話さなかったのもあるが、数個の日本語と物語の題名を綺麗な日本語で言えるようになった。

 真田はまさかこの世界で日本語が再び聞こえようとは夢にも思わず、驚いて石のように固まっていた。

 時間が経つにつれ、真田の表情が驚きから笑みに変わった。


 『ええ。気を付けて行ってきます』


 『真田』が日本語で少し上機嫌な口調で返事をすると、ミーシャは言葉が通じた事の嬉しそうな笑顔になった。

 『真田』はミーシャに自分から離れるように言うと、ミーシャは素直に従った。

 右のスロットルグリップを勢いよく自分の方へと滑らせると、アウクシリアは弾かれた弓矢のような速さで、光の粒子を軌道上に残しながら、向かって来る飛行部隊へと向かった。

 ミーシャはそれを黙って、一抹の不安を感じながら見ていた。



 『真田』は時速300kmの速さで上空200mを移動していた。

 飛行部隊との距離を考えると早過ぎても駄目で、かと言って遅すぎても駄目と思い、新幹線と同様の速度である時速300kmに設定した。

 それでも飛行能力を有する一般的な魔物達から見れば驚異的な速さなのだが、良くも悪くも現代日本で新幹線やリニアモーターカー、音速旅客機、ロッケト、各国の主力戦闘機等々の速さに慣れてしまい。速さに対する基準が前の世界並になっている事に『真田』は気付いていなかった。

 数分後、『真田』は複縦陣で移動している飛行部隊の姿を捕捉した。

 自分より幾許か下を飛んでいる飛行部隊に、真田はアウクシリアの速度を徐々に落としながら高度を下げた。

 飛行部隊とほぼ同じ高さになるとノーシェバッカスを発動させ、亜空間から拡声器を取り出し、スイッチを入れようとしたら、前方に半透明の魔法陣が見えた。

 『真田』が魔法陣を見ると同時に、列の先頭のワイバーンに乗った騎兵が何か言葉を呟くと、魔法陣から岩石程の大きさの炎が弾かれたバネのような勢いで飛び出してきた。

 高速で接近してくる炎が、『真田』に轟音立てて直撃した。

 『真田』から上がる白煙を白煙を見て、炎の攻撃魔術を発射した騎兵はしてやったりと見下すような冷笑を浮かべた。

 それを後ろで見ていた騎兵達も同様だった。

 白煙が晴れていく内に、余裕と冷笑を浮かべていた騎兵達の表情は、恐怖に色だれるのにそう時間はかからなかった。

 1度受けてしまえば大怪我は必至で、最悪死亡してしまう程の威力を持つ中級魔法を受けて尚、『真田』の肌に傷一つついていなかった。

 そもそも『真田』に炎の攻撃魔術は届いておらず、途中で目に見えない透明な壁によって防がれていた。

 『真田』は騎兵から炎の攻撃魔術が発射された瞬間、防御系の魔術『アイギス』を発動させた。

 神の鎧の名を冠したこの魔術を中級魔法程度で打ち破れる訳が無く、術者である『真田』を守っていた。

 目の前で起きている光景の衝撃に石のように固まっていたが、逸早く我に帰った炎の攻撃魔法を放った騎兵が、ワイバーンを羽搏(はばた)かせて上空へと上昇しながら。


 「何をしている。奴に魔法を撃たせるな!!」


 その一喝で我に帰った後続の騎兵達が、先程とは違う複数の魔法陣を既に展開をしているのが映った。

 複数の魔法陣から雷、氷、土、水、火、風といった各種様々な系統の中級魔法が、一斉に真田に向かって放たれた。

 1度魔術を発射した部隊は一旦後方に行き、その後ろに控えていた後続の部隊が中級魔法を放ち。その部隊も後方へと下がり、その後続の部隊が中級魔法を放つという。部隊の数を生かした魔術連続撃ちという、力押しの戦法だった。

 この戦法を指示したのはフェルデンだった。フェルデンは第一連隊が全滅した要因は、銀の髪の男『真田』に魔法を撃たせるだけの時間が与えてしまった事にあると推測した。

 だから飛行部隊には『真田』に魔法を撃たせないように連続攻撃をしろと厳命した。

 だがフェルデンの目論見は完全に崩れ、全ての攻撃魔術はアイギスによって防がれ、『真田』おろかアウクシリアすら近づけないでいた。

 中級魔法の雨霰が降り注いでいる中、『真田』は拡声器を亜空間へと直した。


 「言っておくが、容赦は一切なしだからな」


 少しドスの利いた低い声で言うと、アイギスとの中間にアウクシリアの先端を中心にトレノテンペストの魔法陣と同等の大きさの魔法陣を展開させた。

 大きな円の中に一回り小さな円があり、その中を六芒星が描かれ、内円と外円の間には見た事も無い文字と幾何学模様が描かれていた。

 壁と見違えるかのような巨大な魔法陣の出現に、飛行部隊の騎兵達は元から言われていたのか射線軸上に居る騎兵達は急いでお互いが重ならないように散開した。

 『真田』は騎兵達の行動を馬鹿にするかのように歪んだ笑いを頬に浮かべた。


 「飛行部隊を全滅させたトレノテンペストを警戒しての散開か。だが、俺はトレノテンペストしか撃てないとは言っていないぞ。‥‥‥消えなさい。永久(とこしえ)の闇の彼方に」


 『真田』が、ポツリと、全ての物を眠りに誘うかのような優しい口調で呟くと、巨大な魔法陣の中心からスイカを2回り大きくしたような、光すら飲み込みそうな漆黒の球体が出て来た。

 漆黒の球体はノロノロと老人の歩行速度と思わせるような遅いスピードで、飛行部隊に向かって真っすぐに移動した。

 『真田』は球体が移動を始めたのを見ると、アウクシリアを反転させそのままカドモニアの森へと飛んで行った。

 不自然な真田の行動に、騎兵達は皆一様に石のように固まって遠ざかっていく『真田』の後姿を見ていた。

 直ぐに我に帰った上空で指揮を執っていた隊長クラスの騎兵は、疑問を振り払うかのように首を横に動かした。


 「何をやっている。目標が遠ざかって行くぞ!!」


 一喝するような言葉に、騎兵達は我に帰り。手綱を使って乗っている魔獣を真田の後を急いで追わせた。

 飛行部隊が『真田』が発射した漆黒の球体を避けて、約半数の騎兵が漆黒の球体を通り過ぎると、それは何の前触れも無く突然に起きた。

 ノロノロと移動していた漆黒の球体は、その場に停止すると内部で爆発が起きたかのような速さで膨張を始めた。

 周囲に居た騎兵達を、魔獣を、風を、光を、周囲にある物質全てを巻き込みながら、騎兵達が逃げる動作も出来る間も無い程に急激に膨張していった。

殆どの騎兵は今何が起きているのか認識する前に、漆黒の球体に飲み込まれていった。

 一番上に居た隊長クラスの騎兵は下で飲み込まれていく部下達に恐怖で引き攣った表情をし、反射的に逃れようとワイバーンを羽搏(はばた)かせて高度を上げて行くが、時すでに遅く、ワイバーン諸共に漆黒の球体に飲まれて行った。

 『真田』が放ったのは闇系の魔術『アンブラインベンジョン』。

 ブラックホール並に極めて高密度で凝縮されていた魔力が外部からの刺激で暴走を始め膨張し、取り込んだあらゆる物質を無に帰す魔術。ランクで言えば、第一連隊を全滅させたトレノテンペストと同格の魔術だ。

 質量保存の法則を無視するかのようなアンブラインベンジョンの膨張は、周囲のあらゆる物質を飲み込んで、最終的には円周が魔法陣より2倍の大きさまでに広がった。

 膨張した漆黒の球体は最大にまでに広がると、まるで飲み込んだものを咀嚼をしているかのように数秒間停止していると、ゆっくりとした速度で収縮を始めた。

 難を逃れるように離れていた『真田』は収縮していくアンブラインベンジョンを見つめていた。

 半径約200mもあったアンブラインベンジョンは、時間が経つにつれゴマ粒ほどの小ささになると、元からそこに無かったかのように跡形も無く消えた。

飛行部隊が居た場所は何も無く、此処で起きた出来事を持って行くかのように風が優しく過ぎ去っていくばかりだった。

 『真田』は野営地の方はどうなっているのか気になり、ヴァッヘとの魔力を通常の量へともどした。

 『真田』は瞼を閉じると、脳裏に野営地から意気揚々とカドモニアの森へと出陣するテラン王国軍が映し出されていた。

 

 「(やはりアシュリーさんの予想通りに、テラン王国軍はカドモニアの森へと侵攻する方向で決まったようだな。‥‥‥愚かな事を。全滅した飛行部隊で私の実力をある程度知れたろうに)」


 『真田』はテラン王国軍が取った行動に、思わず地獄の底にも届きそうな重たい溜め息を吐いた。


 「(このまま本隊を放っておいても、事態は好転はせんだろな。ならばやる事をやりますか)」


 『真田』は真剣な眼差しで右のグリップを緩やかに滑らせて、アウクシリアを草原の中央部へと出発させた。



 フェルデン率いるテラン王国軍の本隊は作戦通りにカドモニアの森へと、少し肌寒い風の吹く中、草原の中央部を通って進軍していた。

 本隊は先頭を行くフェルデンには直属の部隊がつき、少し離れた位置に居る戦闘力皆無のエルカナには王国軍から選りすぐりの人物で構成されている親衛隊がついていた。

 その後方に大人の1.5倍はあろう全部のストーンゴーレムを盾役として一列に先頭に配置し、その後ろに術師である人形使い(ドールマスター)が控え、それを守るように傭兵部隊が配置されていた。また、その後方に一般兵の部隊を配置していた。

 行軍速度は先頭にストーンゴーレムを配置している所為か普段よりは少し遅いが、それでも着実にカドモニアの森へと近付いていた。

 別動隊を率いるゲルベルトは、本隊とは少し離れた位置で行軍していた。

 本来なら指揮官であるフェルデンとエルカナは部隊の後方に居なければいけない。

 戦場で先頭を歩くという事は、敵から1番に狙われて攻撃が集中し、部隊が全滅する可能性が大きくなる。それだけ危険を被る事となる。

 その危険な位置に全体の指揮をする指揮官が居るという事は、もし命令を下す指揮官が敵の攻撃を受けて、死亡してしまったら命令を下す者がおらず部隊は混乱し、軍全体が瓦解してしまう可能性を孕んでいた。そうなれば戦どころでは無かった。

 それでも総司令官であるフェルデンが先頭で歩く事で、この草原は既に自分達の支配領域である事を兵達にアピールする事で、軍全体の士気の維持に努めていた。

 だが逆に言えば、そんな小細工をしなければいけない程にフェルデン達は追い詰められている事に他ならなかった。幸か不幸かは定かではないが、その事に気付いているのは軍上層部だけだった。

 エルカナはフェルデンが後方に下がらないのに、自分だけが下がるのはおかしいと言って、周囲の言葉を無視してフェルデンと横一線で行軍していた。

 フェルデンの小細工が効いたのか出陣した時よりは少し下がっているが、兵達の士気は依然高いままだった。

 フェルデンは厳粛とした表情で毅然とした姿勢でカドモニアの森へと馬を乗りこなしているが、内心は何時までこの状況を維持できるかどうか切羽詰っていた。

 フェルデンが立案した作戦が早くも根本的から揺らぎ始めていたのだ。

 出陣した際に北側で目撃した、巨大な獣が大きく口を開けたかのような巨大な漆黒の円を見たからだ。

 出現した時は見た事も無い魔法に目撃した多くの兵が動揺をしたが、フェルデンが咄嗟に「恐れるな!! あの漆黒の円は我等の援軍が放った魔法だ。あの場所に隠れていた出来損ない共を消した証である。我が軍に何ら影響はない!!」と兵士の一人一人に聞こえる程の大きさで声高に言った。

 兵士達はフェルデンの言葉に一先ずは安心し、兵士達の動揺は静まって行くとは逆行に、エルカナとゲルベルトがフェルデンを目を皿にして驚きの様子で見ていた。

 勿論フェルデンが言った事は、真っ赤な嘘だった。

 フェルデンはあの巨大な漆黒の円を出現させるだけの魔術に心当たりは無く、魔術博士であるアレックスに聞いても知らないと、答えるばかりだった。

 そんな魔術を放てる人物に認めたくは無かったが、フェルデンは一人心当たりがあった。

 第一連隊を全滅させた銀髪の男だ。

 自分達が知らない魔法を知っている銀髪の男なら、可能だと考えた。

 同時に飛行部隊が作戦に失敗した事を物語っていた。

 全滅する飛行部隊を直接見た訳では無いが、フェルデンは突如発生した巨大な漆黒の球体の発生位置を見て、苦々しくも飛行部隊が全滅したと認めざる得なかった。


 「(クソッ!! 飛行部隊の無能共め、早々とやられおって!! 貴様達を育てるのにどれだけの莫大な費用と時間を消費したと思っているのだ!! 一般の兵士どもでは対処できない事を対処できるように育ててやったのに何たるこだ!!)」


 フェルデンに出来る事といえば、全滅した予備兵力の飛行部隊に八つ当たりする事しか出来なかった。

 また援軍が来ているのも嘘だった。

 作戦の総司令官である自分に本国から援軍が来るなんて話は聞いておらず、援軍要請をした覚えも無い。部下が勝手に要請したとしても、昨日の今日で援軍が来れる訳が無く、来るのがあまりにも早過ぎた。

 あの場面で嘘でも言わないと兵士達に潜在的に残っていた不安が再発し、動揺が広がれば戦どころでは無いとフェルデンは長年の経験で知っていた。

 だからあの時は嘘を言わざる得なかった。撤退できない自分達にはその道しか残されていなかったと信じて。

 フェルデンは指揮官として事態打開に動かなければいけないが、決定打を打ち出せないままカドモニアの森へと進軍していた。


 数十分後、間もなく野営地と森との中間地点に差し掛かろうとした時、先頭を行くフェルデンは1人の銀の髪の男が此方に歩いてくるのが見えた。

 それは『真田』だった。

 『真田』の近くにはアウクシリアは無く、代わりに先程まで無かった黒の鞘に入った日本刀を左腰に差していた。

 カチャカチャと金属同士がぶつかり合う音を鳴らしながら、悠然と歩いていた。

 フェルデンは一気に警戒の度合いを高めると、部下の騎兵達に部隊の進軍を停止するようにと言った。

 言われた騎兵数人は後方に下がると、全軍にその場に停止するようにと触れ回った。

 フェルデンは刃のような鋭い目つきで見ると、自分達に向かって来ている銀髪の男に白銀の槍の刃先を向けた。

 

 「止まれ、そこの男。止まらぬとこの槍の餌食になるぞ」


 銀髪の男は素直にその場に止まった。

 聞いていると、ゾッ!!と、させるような低い声に、降り注ぐ陽光に反射して一陣の光と輝く刃先を向けられているが、銀髪の男は臆している様子は無く、何も感情が無いような顔をしていた。

 フェルデンは男の佇まいに違和感を感じていた。

 万を超える軍勢を前にしても、眉を一つも動かさない男からただならぬものを感じ取っていた。


 「貴様。此処で何をしている。今直ぐそこを退け、進軍の邪魔である」


 「それ出来ない事ですね。私はあなた方の邪魔をする為に此処にいますから」


 『真田』は口元に意地の悪い頬笑みを浮かべた。

 『真田』の薄笑いに琴線に触れたのか、フェルデンの表情が益々厳しくなった。


 「ほう、ならば貴様か。昨日、第一連隊を全滅させたのは」


 「さあて、どうなんですかね。‥‥‥でも。そうだとしたらどうしますか」


 「それはたっぷりとお礼をせねばならないな。そうでなくては貴様に失礼だろ」


 フェルデンは騎兵にストーンゴーレム部隊を動かすように指示をし、受けた騎兵は後方に下がり、横隊形の中央のストーンゴーレム部隊の各小隊長に進軍するように、命令を下した。

 各小隊長が一斉に出撃命令を出すと、術者はストーンゴーレムを『真田』に行くようにと命令を出した。

 ストーンゴーレムが迫って来ている光景は、石の壁が自分を押し潰そうと錯覚させるようなものだった。

 そんな石の壁を前にしても、真田の表情に変化は訪れなかった。

 ただ胸当ての前で両手を組んで楽しそうに、迫りくる十数体のストーンゴーレムを見ていた。


 『真田』は楽しそうに見ているが、目付きは真剣そのものだった。


 「(石で出来たゴーレムか。自分の意思を持たず、主人の命令を忠実に守る魔法人形(マジックドール)か。バカ正直に一体一体相手をしていたら時間がかかってしまうな。やるとしたらあの方法か)」


 腕を解くと『真田』は、黒蝋で塗った黒の鞘から腰に専用のベルトで固定した日本の室町時代中期から使われていた打刀と言われている反りが浅い日本刀を取り出した。

 『真田』が持っている日本刀は全体的な長さは一般的なものより少し長く、刃紋は互の目乱と言われる数珠刃だ。右手で握っている柄は最高級の黒の絹の上に、黒の糸で正絹蛇腹糸組上巻きという編み方で編まれている柄を握っていた。刀身と柄を分ける(つば)は何の飾り気のないシンプルなものだった。

 日本刀は陽光に照らされて、外に出た事を喜んでいるかのように輝きを放っていた。

 フェルデンはストーンゴーレムの進行を妨げないように、左に馬を動かしながら『真田』が手に持つ日本刀に、警戒の度合いを更に強め、食い入るように目を細めてみていた。

 『真田』は柄を両手で握ると、右足を一歩分前に出して刃身が敵の正面になるように構えた。剣道でいう中段の構えをした。

 十数体のストーンゴーレムが『真田』を肉塊に変えてしまおうと迫ってきていた。

 迫りくるストーンゴーレムを前に、何を思ったのか真田は刀を頭より上で構える上段の構えをすると、目を瞑り深呼吸を数度行った。

 フェルデンは真田の行動に一瞬驚いた表情をしたが、次第に勝利を確信したかのような笑みを浮かべた。


 「やれストーンゴーレム。そやつを踏みつぶせ!!」


 血走ったフェルデンの冷酷無慈悲な命令が発せらた。

 押し寄せて来るストーンゴーレムに、『真田』は目を開けると大きく前へ右足を踏み出した。


 「うおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!!」


 その瞬間、構えていた日本刀を風よりも速く、持っている日本刀のように鋭く、空を切るように刀を振り下ろした。


 一秒にも満たない時間が過ぎた後、『真田』の足元から大地に長々と亀裂が入った。

 その亀裂が真っ直ぐと地響きの様な轟音をたてながら、迫りくる十数体のストーンゴーレムの中央を歩いているストーンゴーレムの足元に届くと、両隣のストーンゴーレムともに見えない鋭い斬撃に斬られたかのように、核ごと身体の中心を綺麗に真っ二つに斬られた。

 核を失った事で3体のストーンゴーレムは自立不可能となり、左右に分かれてその場に倒れて石に戻った。

 斬られた3体のストーンゴーレムの切断面には何の澱みも無く、鏡のように太陽の光を反射していた。

 亀裂と見えない斬撃はそれに(とど)まらず、後方で横隊形で控えていた術者、傭兵、一般兵を巻き込みながら、3体のストーンゴーレム同様に脊髄を中心に左右に綺麗に真っ二つに身体を切断し、そのまま野営地付近にまで走っていった

 自分がどうやって斬られたか分からないまま、見えない斬撃に斬られた術者、傭兵、一般兵達は上半身から勢いよく血が吹き出し、耳をつんざくような悲鳴を上げ、力を失ってその場に倒れた。

 遺体の切断面からは、足元を走っている亀裂に大量の目が染まるような鮮やかな真っ赤な血液を流し込んでいた。また脳、胃、小腸、大腸等のまだ小刻みに動いている臓器が露出し、殆ど溶けて原形を留めていない胃に残っていた朝食の保存食が胃液や血液と共に流れ出て来た。

 子供が見たらその場で失神しトラウマ級のグロテスクな光景に、最初は何が起きたのか理解できずに固まっていたが、周囲は時間が経つにつれ目の前の光景を理解出来たのか、例外なく恐怖に引き攣った顔をした。

 その中の1人が「ぎゃぁぁぁーーー!!!」と、耐え切れず喉を締め付けられたかのような悲鳴を上げると、周囲に恐怖が流行病のように伝染し、周囲はパニック映画のような様相になった。

 遺体の近くに居た者達は、今すぐにこの場から離れたいと左右に動くのだが、今何が起きたのか分かっているのは近くに居た者達だけだ。それ故に人の壁によって遮られた外側に居た人間は何が起きたのか理解できずに、押し寄せくる人の壁に押され、ある者は転倒しその上を押し寄せてくる人間達に踏まれ圧死した者、転倒した者に足を取られ上に重なり、その上にまた重なり合う将棋倒しがそこらかしこで発生していた。

 パニックを起こす兵士や傭兵達を騎兵は大声で諌めるが何の効果も無く、隊列は徐々に崩れていき、最早テラン王国軍の本隊はその横隊形の陣形を維持する事が困難になった。

 『真田』は自分が放った斬撃の軌道を見て、困ったかのように頭を掻いた。


 「やっぱり鈍っているな。予定ではもう少し拡散するはずだったけど、真っ直ぐ行きすぎたな。平和な国に長年居たからある程度鈍るかもしれないが。‥‥‥だが、今はそんな事を云ってられる状況じゃないからな!」


 『真田』は地面を蹴って、自分に近付いて来ているストーンゴーレムの集団に音も無く素早く近付き、ゴーレムの核がある部分を狙って強烈な横薙ぎを放った。

 その一撃で一列に並んでいたストーンゴーレムの胴体に綺麗な線が入り、核が壊された事でストーンゴーレムはその場に停止し、自立できるだけの力を失い、地面に大音量の鈍い音をたてながら倒れ、そのまま元の岩石に戻った。


 「さて、どうする諸君」


 フェルデン達はビクッ!!と、肉食動物を前にした草食動物のように身体を硬直させた。


 「これで俺の実力が分かっただろ。尻尾を巻いて撤退するのもよし。命を捨てて俺と戦うのもよし。2つに1つ。さてどうする」


 『真田』は最終警告と云わんばかりに、ビシッ!!と刀の刃先を向けた。

 ただ刀を向けただけなのだが、浮き足立っているフェルデン達には効果覿面(てきめん)で、あれほど高かった士気が空気を抜かれていく風船のように萎んでいき、目に見えて動揺が広がっていた。

 フェルデンは肌で士気が下がっていくのを感じ取り、『真田』とは違う危機感を抱いていた。


 「(何という事だ。栄光ある我等テラン王国軍がたった一人の人間によって、こうもいいようにされるとは前代未聞だ。なんとかせねばならないが、この後の事も考えると下手な手は打てない。どうすればいいのだ)」


 人間離れの事をした『真田』への有効な手立てが思いつかい現状に歯痒さを感じ、持っている白銀の槍の柄を握る右手の力が強まった。

 このまま無為に時間が過ぎて行く思われたが、1人の騎兵が本隊から飛び出した。

 それはエルカナだった。


 「馬鹿にするな。貴様のような下賤な者に負けるような我等では無いわぁぁ!!」

 

 親衛隊に囲まれていたエルカナは、憤然と顔を真っ赤にして、猛然とした勢いで白い馬を駆り、『真田』へと向かっていた。

 誰もがエルカナの突然の行動に虚をつかれ呆然とその後ろ姿を見ていたが、直ぐに我に帰ったフェルデンは非常に狼狽していた。


 「お下がりください、エルカナ殿下。貴方様が敵う相手ではございません!!」


 怒りで頭に血が上ったエルカナにはフェルデンの制止は耳に届かず、鞘から剣を抜き出した。

 猛然と迫りくるエルカナに『真田』の銀の瞳には何の興味の欠片も無かった。


 「若造。今の貴様の行動は味方を鼓舞する勇気では無い、自分の命を投げ出すただの蛮勇だ」


 『真田』は静かに握っている柄を顔の横に移動させた。


 「死ねぇぇぇ!!!」

 

 外見から想像できない獣が吠えるような野太い叫び声を上げながら、思いの丈を込め力の限り右側に立っている『真田』へと剣を振り下ろした。『真田』も刀に力を乗せ、馬上のエルカナへと斬りつけた。

 『真田』とエルカナが交差した瞬間、勝敗は決した。


 白い馬に騎乗しているエルカナが数歩前に行くと、左肩から右脇腹にかけてパンパンに膨れた水風船が破裂したかのような勢いで、鮮やかで真っ赤な血が勢いよく噴き出し、愛馬である白い馬を赤く染めていた。

 馬が歩く振動に合わせてエルカナの身体はズレていき、身体の位置に留めておくのが限界にきて、上半身はドサッ!!と、地面に落ち、周囲の草と大地を赤く染めていた。

 息が絶え行くだけのエルカナは最後の力を振り絞って、奥歯を食いしばって猛毒のような憎しみの瞳で、目の前に悠然と立っている『真田』に自分が憶えている中で1番攻撃力が高い雷系の中級魔法である『サンダーランス』を叩き込もうとしていた。

 だが魔法陣が形成される前に力尽き、エルカナだったものは草原を血で汚していた。

 馬に跨っている残りの下半身は、ある程度までは残っていたが馬の上下の振動に耐え切れずに、鞍から鈍い音をたてて地面に転がり落ちた。

 一方『真田』は何処にも傷は見受けられず無傷そのもので、刀に付いたエルカナの血と油を振るい落とすかのように、刀を真上に上げると勢いよく振り下ろした。

 一部始終を見ていたフェルデンは、地面に横たわるエルカナだったものの上半身を、世界の終わりを見ているかのように目と口を見開いてワナワナと身体を震わせ、


 「で、で、で殿下ぁぁぁぁ!!!!!」


 フェルデンは耳をつんざくような悲痛な叫びをあげた。


 エルカナとは、エルカナが赤ん坊の頃からの付き合いだ。

 エルカナが少し生意気な年頃になっても、武術の師として時には厳しく、時には優しく自分の息子と何ら変わらない愛情を注いできたつもりだった。

 エルカナに武術の才能はあまりなかったが、それでも自分の身は守れるまでに鍛え上げたという自負はあった。それがいとも簡単に名も知れないたった一人の男に殺されたという事態に、大切にしていたものを目の前で土足で踏み壊されたと痛烈に感じた。

 俯くフェルデンの嗚咽が周囲に静かに響き渡り、周囲がエルカナの死に悲しみに明け暮れていると、不意にフェルデンを中心に周囲の魔力の密度が格段に上昇した。

 フェルデンが息子同様のエルカナを失った悲しみとそのエルカナを殺した張本人である『真田』への果てしない憎しみによって、魔力が高まっていた。

 並の者なら恐怖で身動きが取れない程の魔力の密度に、周囲に居る部下の騎兵が額に冷や汗を掻いて、厳しい表情でフェルデンを見ていた。


 「お前達、なにぼさっとしている。何時までエルカナ殿下に辱しめを受けさせる気だ」

 

 静かな怒りの言葉に部下達は、ハッとした顔になり横たわるエルカナだったものに近付くと、応急処置の白い布にエルカナだったものの上半身と下半身を丁寧に包んだ。

 騎兵達が丁寧にエルカナだったものを包んでいる白い布を目の当たりにして、 フェルデンは小さく頭を下げて白ビンの槍を地面に突き刺して、胸に右手を当てた。

 小さく何かをつぶやくとフェルデンは、騎兵達に向かって。


 「お前達は殿下を連れて、野営地まで下がれ。そして御遺体を綺麗にして、棺の中に安置をしろ」


 「はっ!! ‥‥‥将軍はどうされるのですか」


 「それは決まっている。総司令官としての責任を果たす事だ。‥‥‥今まで無念に散っていた者達への手向けとして、あの者を殺す」


 怒りに身を(たぎ)らすフェルデンは、地面に刺していた白銀の槍の刃先を立っている『真田』に向けた。

 フェルデンは命令通りに騎兵達を見送って、馬を『真田』へと向かわせた。

 『真田』から数十m離れた位置に着くと、フェルデンは馬から降り、自分の足で真田の前に立った。


 「まさか貴様のような小僧に此処まで我が部隊が苦しめられるとはな。出会った瞬間に貴様を殺して於くべきだったと、今後悔しているぞ」


 「油断大敵。1番の敵は強大な敵では無く、慢心している自分の心という事だ」


 「新兵に教える事を敵である貴様に言われるとはな。私もまだまだという事か。‥‥‥だが、ここから先は私に慢心など無い!」


 魔力を高めたフェルデンは腰を深く落とし、槍の刃先を『真田』へと向けた。

 『真田』もフェルデンに呼応するかのように、中断の構えをした。


 「陛下から承ったこの白銀の槍『クリムゾン・フレイル』で貴様の心臓を必ず穿(うが)つ!! 受けてみよ。王国最強の槍を!!!」


 フェルデンの気持ちの高ぶりに呼応するかのように、白銀の槍もその輝きを増していた。

 互いの目的のために負けられない者同士の一戦がここに始まった。


 両者の間に、最初に動いたのはフェルデンだった。


 「うおおおぉぉぉ!!!」


 地面を蹴ったフェルデンはスピードや自重を乗せ、重く鋭い一撃を真っ直ぐに『真田』の心臓を一突きへと放った。

 『真田』は槍の刃先をギリギリまで引き付けると回避した。

 空を貫く槍の刃先は『真田』の真横を通って行くが、予想通りなのかフェルデンの表情には変化は無かった。

 フェルデンは柄を握る両手を強く握り直し、『真田』の顔めがけてバッティングホームのような動作で、避けた『真田』の顔への横薙ぎの一撃を繰り出した。

 しかしそこには『真田』は居らず。『真田』は腰を屈めると槍の柄に沿って、刀を滑らすようにフェルデンへと斬りこんだ。

 フェルデンは舌打ちをすると、刃先を空に向けて柄の持ち手の部分で『真田』の刀を受け止めた。

 金属同士が擦れ合う音が両者の耳に届いた。

 真田は仕切り直しに距離を置こうと、地面を蹴ってフェルデンの槍の間合いから遠ざかった。

 フェルデンはゆらゆらと流木のように漂わせていた刃先を、狙いを定めて止めた。その瞬間、強く地面を蹴って、『真田』へと渾身の一撃を突き込んだ。

 『真田』は刀で強引に迫りくる槍の軌道を変えながら、刀を鋭く真っ直ぐに打ち込んだ。

 フェルデンは身体をそらし辛くも逃げた。

 『真田』の刃先がフェルデンの横を過ぎて地面に刺さった。

 フェルデンが槍の持ち手の部分を真田の顔に叩き込もうするが、紙一重で真田は上体を反らし、回避し。勢いそのままで後方宙返りをしてフェルデンから距離を取った。

 其々の得物を構える両者の間に一陣の風が吹いた。

 槍を構えてフェルデンは対峙する真田を驚きを孕ませた瞳で見ていた。


 「驚いたな、ゲルベルト以外に私に此処までの苦戦を強いらせる者が居るとは」

 

 「居る所に居るぞ。それに俺は自分より強い人を何人も知っている」


 「ほう、それは楽しみだ。将軍という立場に居るが、私も一介の戦士。強者と戦うのは本望だからな」


 余裕綽々といった感じで『真田』に軽口を叩いているが、内心では焦燥感に駆られていた。

「(一体何者なんだあの若造は。反応速度、身のこなし。年を取って若い頃よりは幾分か鈍っているが、全盛期の私以上の実力だ。‥‥‥それに)」


 フェルデンは『真田』が持ってる日本刀に目をやった。


 「(なんだ見た事も無い剣から伝わってくるものは。『あれ』は私に向けられているものなのか。‥‥‥いや、違うな。そこまでの確執は無い筈だ。寧ろ『あれ』は私なんかでは無く、背後にあるもっと別なものに向けられている感覚だ。あの若造は私と戦っているのでは無く、私の向こう側のものと戦っているというのか!!)」


 フェルデンは『真田』にプライドを傷つけられたと別の怒りがこんこんと湧き上り、身体中の血液が沸騰しそうになった。


 「もう少し貴様との戦いを楽しみたかったが、これでも忙しい身なんでね。これで終わらせるぞ」


 フェルデンは『真田』から離れると、左手を『真田』の方へと翳し魔力を高めた。


 「我が悪しきものへの欲求。破壊の爆炎となって、全てのものを爆砕せよ!」


 『真田』の上空20mの位置に自身の2倍の大きさがある魔法陣を展開させた。

 魔法陣は五芒星を中心に、記号と見た事の無い文字が隙間を埋めるように羅列していた。


 「エクスプロート!!」


 魔法陣の中心から『真田』を簡単に呑み込む巨大な炎の柱が、上空から襲って来た。

 フェルデンは槍の名手であると同時に高位の魔術師でもあった。

 ただ、魔法よりも槍術に自信があるので、戦場ではもっぱら槍を振るっていた。

 『真田』は一歩も動けないまま、炎の柱に飲み込まれた。

 炎の柱は地面に着弾すると大爆発を起こし、周囲の土を大量に巻き上げ、白煙が其処にあるものを隠すように漂っていた。

 フェルデンは目の前の散々たる光景を見て、表情は厳しい表情のままだったが、内心自らの勝利を確信した。


 「(本来大多数に使う殲滅魔法である炎の上級魔法『エクスプロート』をまともに受けて立った者は居ない。‥‥‥ああ、エルカナ殿下、アイヴァン、そして無念に散っていた兵達よ。仇は討ったぞ)」


 『真田』によって死に追いやられた者達へ勝利の報告を上げていた。

 だが、現実はフェルデンが思っていたほどには甘くは無かった。

 風が吹き白煙が晴れていくと、晴れやかな周囲に不釣り合いな漆黒の鎧が見えて来た。

 『真田』は爆発の威力で何処かに飛ばされた訳でも無く、数百度の高温にさらされて皮膚が見るも無残に焼き(ただ)れている訳でも無く、その白い肌には火傷は無く、地面に刀を刺して立っていた。

 『真田』は炎系の上級魔術『エクスプロート』が自分に着弾する前に、防御系の魔術『アイギス』を発動させていた。アイギスの効果で『真田』とその周辺の地面は無傷のままだった。

 フェルデンは目を皿のように広げ、胸に鋭い一撃が入ったかのような衝撃を受けて、指先一本すら動かせないでいた。

 『真田』は立ち尽くすフェルデンをさして興味のなさそうな瞳で見ていた。


 「さっさと終わらせたいのも此方も同じだ。‥‥‥いくぞ」


 その瞬間、『真田』がフェルデンの視界から消えた。

 驚くフェルデンは反射的に周囲を探すが、『真田』の姿を見つけられなかった。

 見つけられない事に焦るフェルデンは、不意に上から嫌な予感を感じた。

 戦場で感じる独特な勘に従って、上を見ると刀を振り下ろして迫ってくる『真田』の姿が見えた。

 フェルデンは上空から迫ってくる『真田』を今度こそ止めをさそうと、白銀の槍『クリムゾンフレイル』の刃先を『真田』に向けた。

 『真田』がフェルデンの間合いに入った瞬間、フェルデンは槍を空を突き刺すような速さで『真田』に突き刺した。

 槍は『真田』の身体を貫通しているように見えた。

 フェルデンは今度こそ自身の勝利を確信し、勝ち誇った表情をした。

 しかし否定する言葉が背後から聞こえて来た。


 「遅せぇ」


 その底冷えするかのような冷たい言葉にフェルデンは、目を丸くしながらも後ろを振り返ろうとした。

 振り返ろうとするフェルデンの太い右腕を、『真田』は鎧のつなぎ目を狙って、刀を鋭く真っ直ぐに打ち込み、斬り落とした。

 斬り落とされた右腕は、ガシャン!と、金属が何か固いものに当たったかのような音を立て地面に落ちた。そして、鮮やかで真っ赤な血が悪趣味な噴水のように右肩から噴き出していた。

 フェルデンは直ぐには自身の身に起きた事が理解出来なかった。だが、時間が経つにつれ不幸にも鮮明に理解出来てしまった。


 「ぐああああああぁぁぁぁぁ!!!!」


 獣染みた咆哮を上げながら、右肩から発せられる全身を支配するほどの激痛にフェルデンは、顔を顰めながら後ろによろけて膝を地面につけた。

 血が流れないように切断面を左手で押さえているが、指と指の隙間から絶え間なく大量の血液が噴き出していた。

 顔を顰めるフェルデンは無表情のまま自分を見ている真田を見た。


 「何故だ! 何故貴様のような者があの出来損ない共の味方をしている!!?? 金か。貴様、出来損ない共から幾らの金を積まれたんだ!!」


 フェルデンの心の底からの疑問に、『真田』は表情を変える事は無かった。


 「金? そんな物にはさして興味は無い。‥‥‥敢えて理由を挙げるとならば、世話になった人達が困っていたからだ」


 「なんだと‥‥‥」


 フェルデンは一瞬、激痛を忘れてしまう程に驚いた。

 戦う理由が日常で使われる様なありきたりな理由だったからだ。

 それだけで自分が死ぬかもしれない極限状況に来るなど、フェルデンには考えられなかった。


 「そ、そんな事で」


 「お前にとってはそんな事だろうが、私にとっては重要な事なんでね。これは死ねまで変える事が出来ないだろうな」


 真田は自分の行動にどうしようもないなと苦笑をした。それもすぐに顔の奥に引っ込み、能面のような無表情となった。


 「これ以上長引かせても苦しいだろうから、楽に殺してやる」


 『真田』は刀を鞘に戻すと、左手で鞘を右手を柄を握り、腰を深く落とし地面を強く蹴った。

 フェルデンは今にも倒れそうな体に残っている力を総動員して、白銀の槍クリムゾン・フレイルを構えた。


 「うおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!!」


 堰を切ったかのような大声を上げて、『真田』に空を裂くような速さでフェルデンは槍を突き込んだ。

『真田』は動じる事無く流水のような動きで身体を捻らせて、槍の刃先を紙一重で回避した。

 勢いそのままに右足を強く地面に踏み込むと、左親指で鍔を上げると同時に右手で柄を思いっ切り鞘から引き抜くと、刀の重心を中心にして、フェルデンの心臓を巻き込むのような形で右肩から左脇腹にかけて、風を切るかのように速く、鋭く振り下ろした。

 

 『真田』とフェルデンが交差し、一瞬の静寂の後、フェルデンの身体からは真っ赤な血が噴き出し、地面を赤く染めていた。

 そして自立できるだけの力が無くなると、その巨体が金属が硬いものに当たったような高い音を立てて、地面に倒れた。

 薄れていく意識の中、フェルデンは小さく『すまない』と呟くと、糸が切れたかのマリオネットようにその場から動かなくなった。

 

 同時にカドモニアの森をめぐる戦争の終結を迎えた合図でもあった。


タクト君がアシュリーにした起床方法は、非常に危ない方法なので決して真似をしないようにお願いします(笑)。


誤字脱字矛盾がありましたら、御指摘の方を宜しくお願いします。

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