第26話 カドモニアの森防衛戦~フェイズ1
見張り役の3人が伝達用の鳥を放ってから、少し時間が経った頃。
ポツポツと雲が点在し晴れやかなで少し乾燥している秋空の下、サガムで一番高い樹に寄り添うように作られている、ほぼ一般的な家の大きさの見張り小屋の中には、女性と男性隊員2人が背凭れの無い座る所が円状の椅子に座っていた。
小屋と言っても一般の家みたいに壁は無く、ほぼ吹き曝しで自立に必要最低限の柱と雨風を防ぐ用にと屋根が設置されているぐらいだ。
これがもし地上にあれば、誰もが建設途中だと思うほどだった。
また小屋の柱と柱の間には、鳥1匹分の隙間分空いている太くて丸い木の棒が複数本、天井から床にかけて走っていた。
止まり木の木の棒には、伝達用の白い鳥が数羽、止まっていた。
定時連絡を終えた白い鳥達は、次に飛び立つまで羽を休め、元の場所に戻る準備をしていた。
少しして1.2羽、元の場所に飛び立ったのと入れ違いに、1羽の白い鳥が止まり棒に降り立った。
それはある重大な発見をしたチームから放たれて来た鳥だった。
その鳥を見て、女性隊員は怪訝な表情を浮かべた。
「(おかしいわね。あの鳥が来るのはもう少し後の筈なのに。どうしたのかしら?)」
女性隊員は首を傾げながらも立ち上がり、飛んで来た鳥は確認するのが規則で決まっているので、どうせ早めに連絡を終えたいのだろうという軽い気持ちで、その鳥の黒目を覗き込んだ。
その瞬間、そんな軽い気持ちが根底から吹き飛ぶ程の衝撃に、美術品の彫刻のように固まった。
一向に動こうとしない同僚に眉を顰めて疑わしそうな目で近寄り。
「どうしたんだ」
その言葉に、女性隊員はバッ!!と、勢いよく男性の方へと振り返った。
男性を見るその目は、何処か夢から覚めたかのような目をしていた。
男性隊員は、女性隊員に戸惑いを感じつつも。
「一体如何したんだ。また神樹を狙った人間が侵入して来たのか」
男性の事務的な口調に、女性は眉を顰めて険しい表情で、否定するかのように首をゆっくりと横に振った。
「いえ。事態はもっと深刻です」
「何!?」
男性は驚きと戸惑いを感じた。
神樹を狙って来る事ですら大それた事なのに、それ以上の事が起きようとしているのかという疑念が、男性隊員の心中に何か漠然とした不安を、形を成そうとしていた。
「見てもらった方が早いです」
そう言って女性は飛んで来た鳥を右腕に載せると、男性に近付けた。
驚きながらも男性は鳥と視線を合せた瞬間、同僚の言動の意味を理解した
男性隊員は呆然とした様子で、口をポカンと開けたまま、女性隊員と同じように固まってしまった。
女性隊員はおずおずと、躊躇うかのような口調で。
「ど、どうしますか」
男性隊員はハッ!!と、夢から覚めたかのよう表情となり、自分の不安を振り払うかのように首を横に振った。
「どうもこうも無いだろ、お前は早くこの事を長老達に! 俺はこの後来るであろう同様の情報を持った鳥達の処理に当たる!」
「は、はい!」
矢のような素早さで女性は脇目もふらずに、見張り小屋の唯一の出入り口である梯子を降りて行った。
男性隊員はそれを見る余裕が一切無かった。
男性隊員は毒物のような最も耐え難い種類の険悪さの表情で見ていた。
サガムから東方にある、とある国の方を。
「再び来るか、テラン王国」
忌々しそうな呟きを皮切りに、先程の鳥と同様な情報を持って来た鳥達が、見張り小屋へと押しかけて来た。
見張り役の男性隊員と女性隊員が、鳥達からの情報を受け取っている頃。
真田拓人は見張り小屋がある木の根元に、腰を下ろしていた。
近くには何時もの鎧を装備している立っているミーシャと、巫女装束を着て椅子に座っているソフィアが居り、その後ろには護衛部隊の副隊長が護衛役を務めていた。
普段は隊長であるジェラルドがするのだが、普段中々休もうとしなかったのでサガムのトップである長老命令と神殿のトップであるソフィアの巫女命令で休ませているので、今日は外れていた。
今日の真田は見張り小屋周辺の落ち葉の清掃だった。
最初は私服のミーシャと箒を使って、散乱した落ち葉を1ヵ所に集めた所で昼食の時間になったので、真田は食堂に行こうとしたが。天気が良いというミーシャ発案で、樹の根元で食事をしようとなったので、真田が大人しく待っていると、帰った来た時は私服では無く鎧を着ていて、その隣には巫女であるソフィアが居たのは、流石の真田も驚いた。
そのままソフィアを交えて昼食を取る事となった。
その際、微妙に不機嫌だったミーシャに真田は首を傾げるばかりだった。
サガムで初めて食べた肉料理が胃袋の強酸で溶かされている食後の余韻に浸っていると。
「そう言えばタクトさんは、どうされるんですか」
「‥‥‥? 何がですか」
「刑期が終わった後ですよ。あと2ヵ月ちょっとじゃないですか。その後はどうされるのかなと思いまして」
「そうですね。とりあえず世界を見て回ろうかなと」
「せ、世界ですか」
「世界を見て回って、何処にどんな人達が住んでいるのか。その地域の風習や食べ物、どんな植物、動物がいるのか見て回りたいですね」
話の内容は壮大なのだが、言っている真田が子供が親に晩御飯を聞かれた時に答えるかのような軽い調子で言うので、聞いているソフィアとミーシャはどこまでが真田の真意なのか、判断が付かなかった。
徐に口元を歪ませて、少しつまらなそうな真田は誰にも聞こえないように小声でボソッと。
「今の俺にはそれ位しか出来ないしな」
真田の独り言を聞き取れなかったソフィアとミーシャ、副隊長は怪訝な表情で見ていた。
ふと真田は上から何かが降りてくる気配を感じ取って、視線を上に向けると長い木の梯子をとても急いだ様子で降りてくるのが見えた。
真田は驚きと疑問で眉を顰めながらも、その場から離れた。
見張り小屋から降りて来たのは、サガムにとって重要な情報を受け取った女性隊員だった。
非常に焦っているのか、女性隊員の口調は心の高ぶりと焦りで抑えきれない乱れたものだった。
「これはソフィア様。長老に逸早くお伝えしなければいけない事がございますので、これにて失礼いたします!」
礼もそこそこに女性隊員は脱兎のような速さで長老が居る家に駆けて行った。
その後ろ姿ををミーシャ達は呆然とした様子で見ていた。
「あれはオズボーンさん? 一体如何したんでしょ、あんなに慌てて」
慌てていたオズボーンの態度に、ミーシャとソフィアは首を傾げ。副隊長は湧き上がってくるとてつもなく嫌な予感に顔を歪ませ、真田は腕を組んで目を瞑り樹によっかかっていた。
少しして、真田は自身に漂っていた疑問の霧が晴れていくのを感じ取り、そして『ある命令』を下すと、静かに目を開けた。
目の前には、ミーシャがきょとんとした表情で立っていた。
「如何したんですか、タクトさん?」
目の前の真田は少し悲しげな表情を浮かべていた。
「お別れの時が、近付いたみたいですね」
「‥‥‥えっ?」
ミーシャの疑問に答える事無く、真田はある方向を向いていた。
その方向には長老の家があった。
長老の家は、構造的には他の住宅との差異は殆ど無かった。違いを挙げるとするあらば、広く部屋数が多いぐらいだった。
住宅内にはサガムの政務を行う、執務室。他の里の長老との応対する時に使う、応接室。その長老が使う客室等が用意されていた。
昼食を終えた長老はゲンに作らせたテラスで目を閉じて日光浴をしていた。
「(今の季節が良いのぉー。今の季節は日の強さも丁度良いから日光浴に最適じゃ)」
普段の厳しい表情から想像できない、非常に穏やかな春風のような表情を浮かべていた。
普段から神経を使う政務に務めているので、長老はこういった心安らぐ時間を大切にしていた。
その為、このテラスに昼食時には近付かないようにと側近達にも、厳しく言いつけていた。
長老が日光浴と、シンプルなロッキングチェアを揺らしながら満喫していると、遠くからドタタタッ!!と地鳴りのような大きな足音とそれを制止する鋭い複数の声が近付いて来た。
邪魔された長老は、一気に奈落へ叩き落されたかのような暗い気分になった。
「長老! 休憩中失礼いたします!」
そう息を切らしながら部屋に駆けこんで来たのは、見張り役のオズボーンだった。
その後ろには制止させようとした側近達が、長老の怒りに触れないかと戦々恐々な表情で事態を見守っていた。
「何用じゃ」
言葉を聞いた瞬間、その場にいた全員身動きが取れずいた。
長老から発せられる重厚な威圧感に、恐怖で押し潰されそうになり、指先を1mmすら動かす事が出来ずにいた。部屋の中は陽が射して明るい筈なのに、自分達は闇の中に迷い込んでいるのではないかと、錯覚させるほどだった。
「儂の休憩を邪魔したのじゃ、それなりの理由があるのじゃな」
聞いているオズボーンは、今すぐ此処から逃げ出したかった。今すぐにでも危険な猛獣や魔獣の住処に行って、物理的にまで昇華しているじゃないかと思われる威圧感から逃れたかった。
しかし今のオズボーンにそんな甘えが許されなかった。早く自分が持っている情報を長老に伝えなければならない。サガムが手遅れになる前に。
オズボーンは、魔王を前にした勇者のような決意で自身を奮い立たせて、強制的に固く閉ざされた口を開いた。
「も、申し上げます。東よりテラン王国の大軍勢が、このサガムに迫って来ております」
オズボーンの言葉が終わると同時に、部屋の中を支配していた威圧感が一気に霧散した。
オズボーンは自分に圧し掛かっていたものが取り除かれた事に一安心した。
それは同時に別の変化を生んでいたとは、この時オズボーンは考えていなかった。
オズボーンから持たされた情報は、自分の大切な時間を邪魔されてあれ程不機嫌だった長老を驚きの表情へと変化させるのには十分すぎるものだった。
長老と後ろに立っている側近達は皆同じように、急に魔獣の住処に放り込まれたかのような唖然とした表情でオズボーンを見ていた。
「それは本当か!!??」
「は、はい! 赤い軍旗に双頭の獣が描かれているものが多数ございました。あれは間違いなくテラン王国の軍隊かと!!」
普段から落ち着きようからは想像もできないような狼狽した長老の口調に、オズボーンは戸惑いながらも、偵察用の鳥から情報を伝えた。
「な、何という事なのだ」
長老は行き場の無い激しい憤りで声と皺だらけの身体を震わし、奥歯を噛み締めて俯いていた。
それをオズボーン達は沈痛な面持ちで見ていた。
長老のサガムや同族に対する並々ならぬ思いを身に染みて知っているからだ。
長老は顔を上げて、オズボーン達の方を見た。その顔は長老として相応しくキリッ!!とした真剣なものだった。
「現時点を持ってサガムに非常事態宣言を発令じゃ! 他の里にも出来る限り詳しい情報を提供を! ジェラルド、アシュトン両隊長及び両副隊長を会議室に緊急召集。アシュリーや神殿の料理長に食料の備蓄をさせよ! ‥‥‥敵は待ってはくれん、迅速に行動をするのじゃ!!」
「「「はっ!!!」」」
長老の家を震わせるほどの大声の指示に、オズボーン達も気合が入りすぎて長老と同様の声量で返事をした。
オズボーン達はまるで地鳴りのような大きな足音をたてながら、自分達の持ち場へと向かって行った。
長老はオズボーン達を見届けると、ゆっくりとした動作で椅子から立ち上がって、会議室へと向かって行った。
その歩き方は長老の胸中に渦巻く静かな怒りを表しているのか、きっぱりとした足取りだった。
サガムに長老の名の下に非常事態宣言が発令された。
現代のようにテレビやラジオといった情報発信媒体が無いサガムでは、警備隊や手が空いている者達による口頭での周囲への注意喚起しかなかった。
非常事態宣言を聞いた人達は、皆一様に驚き、急いで自宅へと戻って行った。
大通りで開いていた店は軒並み店を閉め、ある者達は保管していた剣や弓矢を引っ張り出しきて、倉庫に保管していた全ての魔法人形であるゴーレムを起動させていたりと、戦いの準備に追われいた。またある者達は学校や集会所に集まり、互いの食糧を持ち出して、戦いに行く者達への保存食の備蓄に備える等。住人達は事前に決められた自分の役割を果たし、サガム全体でこれから起きるであろう戦いに備えていた。
非常事態宣言を耳にした副隊長は、難しい顔をして周囲を見回していた。
それは誰かを探しているように見えた。
目当ての人物が見つかったのか、副隊長はその人物に向かって大声を上げて大きく手招きをした。
「おーい! こっちだ!」
近付いて来たのは、部下の護衛隊員だった。
男性の護衛隊員は駆け足で副隊長に近付くと、ソフィアと副隊長に礼をした。
「私は此の儘長老の所に行く。お前はソフィア様を連れて、一旦神殿の方に戻れ」
「はっ! 了解です!」
男性の護衛隊員がソフィアを連れて神殿に戻ろうとしたが、事の成り行きを見ていた真田がそれを遮った。
「副隊長さん。私を長老の家まで案内してもらってもいいですか」
「何故だ」
「そりゃあ決まっていますよ。今回の戦争への参加の許可を貰いたいと思いましてね」
真田の仲の良い友人同士がする他愛ない世間話のような口調と内容とのギャップに、ソフィア達は目を皿のようにして驚いて固まっていた。
何気なしに言う真田にソフィアは自分の耳を疑った。
まるで目の前にいる真田は別人のような錯覚を覚えた。
「な、何を言っているんですか、タクトさん?」
「何って。サガムに侵攻してくるテラン王国の大軍勢を私一人で押し返そうと。上手くいけばサガムから誰一人として犠牲者が出る事は無いですよ」
「私はそういう意味で言っている訳ではありません。何でタクトさんは1人で戦おうとしているのかと聞いているんです!」
後ろで聞いているミーシャもうんうんと真剣な顔をして頷いていた。
「タクトさんがお強いのは十分に理解しています。このサガムで1位2位を争う程なのでしょ。‥‥‥ですが! それとこれは違います。戦いに疎い私でも分かります。大軍勢を相手に1人で自殺行為そのものです。絶対に止めて下さい!」
真田に食って掛からんとの勢いで、ソフィアは周囲が静寂に包まれるかのような荒々しい声で真田に考え直すように心の底から求めた。
黙って聞いていた真田はしょうがないと苦笑をするばかりだった。
「何笑っているんですか。人が心配しているのに!!」
「すみません。それに私がするしないは長老の意向次第ですよ。長老さんが許可を出せば行きますし。駄目なのならサガムで大人しくしていますよ」
ソフィアはジーーートッ!!と疑り深い目つきで真田を見ていた。
「‥‥‥その言葉に嘘偽りは無いですね」
「それは勿論。貴女と信仰しているアシュタロテ様にも誓って言えます」
真田のハッキリとした言葉に、ソフィアは押し黙ってしまった。
自らが信仰している神。大地母神のアシュタロテの名を出された以上、巫女としてそれ以上強くは言えなかった。また、短期間であるが真田の人柄に触れて、嘘を言わないだろうと判断したからだ。
「分かりました。長老の家には私が案内します」
そういうとソフィアは一見普段通りの足取りに見えるが、よく見ると妙に力の入った足取りで長老の家に向かって行った。
真田は苦笑をしながら遅れないようにソフィアの後をついて行った。
一応監視役のミーシャも真田と同行した。
一連の光景を見ていた副隊長とその部下の護衛隊員は、ソフィアの行動にホトホト困り果てた様子で、顔を見合わせると肩を落として同時に鉛のような重たい溜め息を吐いた。
行動派の上司を持つと部下が苦労するのは何処の世界でも同じのようだった。
長老の家に到着したソフィアは、事態がうまく呑み込めずに戸惑う長老の家の使用人達を尻目に、副隊長を先頭にソフィア、真田、ミーシャ、護衛隊員の順で軍議が行われるだろう会議室へと向かっていた。
「ソフィア様。こちらです」
副隊長が指し示したのは、何の飾りが施されていないシンプルな木製の扉だった。
意を決したソフィアは少し緊張気味に、コンコンとドアノッカーのように扉を数度叩いた。
部屋から『はい』と返事を聞いてからソフィアは扉を開け、中に入って行った。
入ったのは元より用があった副隊長の他にソフィアと真田の2人だけだった。
ミーシャと護衛隊員は規則で緊急時以外入る事禁止されているので、廊下で待つ事となった。
会議室は真田が間借りしている部屋より約4倍広く、一番奥の壁には真田とほぼ同じ長さのサガム周辺を事細かに描かれている長方形の紙が、釘によって打ち付けられていた。
会議室は開戦前の独特な皮膚を突き刺すようなピリピリとした人を畏縮させてしまう緊張感が漂っていた。
コの字に置かれた長机には一番奥には長老が座っており、その後ろに側近の2人が立っていた。また長老から右の机には鎧を着て難しい顔をしている警備隊隊長のアシュトンとその補佐役の副隊長が座っており、その対面には休暇中だったのだが緊急招集されたジェラルドがアシュトンと同様に鎧を着て難しい顔をして座っていた。
副隊長は部屋に入るとそのままジェラルドの横に座った。
一番奥に座っていた長老は入って来たソフィアと真田を見ると、怪訝な表情をすると口を開いた。
その口調には少しの苛立ちが見え隠れしていた。
「ソフィア様、大切な軍議の最中ですぞ。お引き取りをお願いします」
「長老。用があるのは私では無く、タクトさんの方です」
真田はコの字の中央。部屋の中心部に行くと、中腰になり床に右膝をつけ長老に向かって頭を垂れた。
「軍議の途中失礼します。今回は長老にお願いがあって参りました」
「願いだと?」
「はい。此度のテラン王国との戦争の参加を認めていただきたいのです」
この一言に知っていたソフィアと副隊長以外の頭上には特大の疑問符が浮かんだ。
全員が真田の真意を探ろうと様々な推測を立てるが、どれ一つとして腑に落ちるものは無かった。
周囲が戸惑いを見せる中、アシュトンは怪訝な表情で口を開いた。
それは真意を探るようなゆっくりとした口調だった。
「サナダ君。君は私達の戦力に加えて欲しいという訳か」
「正確に言うとそれは違います。私単独でテラン王国の軍勢と戦わせてほしいのです」
聞いていた周囲は今度こそ言葉を失った。
「‥‥‥本気で言っているのか、君は」
「伊達や酔狂でこんな事は言いませんよ。一応、言っておきますけど理由はありますよ。戦に於いて隊員同士の連携は必須です。それを忘れた軍に勝利はありません。もし私のような『異物』が入れば、その連携に乱れが生じる可能性がありますから、私は単独での戦闘を申し上げているのです」
真田はこの後起きるであろう事を楽しみにしているかのような楽しそうに言うと、ニヤリと嘘くさい芝居がかった笑みを浮かべた。
その笑みを周囲は何か自分達とは別の生き物を見るかのような目で見ていた。
黙って眺めると言うよりは検閲するかのような眉を顰めて疑わしそうな目で見ていた長老が口を開いた。
「確かに君が言う通りに、即席で他の者達と連携がきちんと取れるとは思えんな。下手をすれば防衛隊全隊が機能不全に陥る可能性も孕んでおる。それだったらいっその事、お前を別動隊として考えた方が良いかもしれん」
「ええ。それに私を単独で先行させてくれるのなら、サガムとテラン王国と衝突する事は無くなりますから、結果的に其方の損失が少なくて済みます。其方としては好条件では無いのですか」
「うむ、確かにサガムを救ったお前を先行させたのならそうなるな。‥‥‥では、その好条件を提示した見返りはなんじゃ? まさか無償という訳じゃあるまい」
自分達に都合が良すぎる内容に、長老は探るような目で見ていた。
それを真田は待ってましたと言わんばかりに、心底楽しそうな笑みを浮かべた。
黙って聞いていたソフィアとミーシャは真田をジッ!!とまるで仇敵を見るような目で見ていた。また2人共頬は少し紅潮し、鼓動が少し早くなっていた。
「ええ勿論です。罪人である私の刑期を短縮してほしいのです。‥‥‥それが私が求める見返りです」
言い終わると同時に会議室は水に打たれたかのように静寂に包まれた。
真田が提示した成功報酬が真田が行おうとする行為と照らし合わせて少なすぎだからだ。
労働者に時給670円で1日8時間働いて日当では5360円。月給ならば週休二日で1ヵ月123,280円の報酬を支払わなければならない。
このように一方が払った対価に対して、もう一方がそれに見合った報酬を払わなければならない。もし対価に対して不当に低い報酬を払うのならば、その先には泥沼の争いが口を開けて待っている。
その呪いともいえる絶対的な契約は人間に限らずエルフ等の他の知的生命体も同様の事だった。
だからこそ長老達は真田には他意があるのではないかと考えあぐねていた。
ちなみにソフィアとミーシャは真田の対価の内容を聞いた瞬間、悲しいような嬉しいような何とも複雑な感情が胸中に渦巻いた。
「それはお前を自由にしろという事か。‥‥‥こう言っては変だが、成功報酬はそんなものでいいのか」
「其方の立場から考えるとそうかもしれませんが、私の立場からではそうではありません。今はある程度自由にさせてもらっていますけど、やはりなにかと罪人という不自由ですからね」
苦笑を交じりに言う真田に廊下いるミーシャは、少し悲しげな表情で聞いていた。
「なんにせよ。私を信じて戦場にと送り出していただければ、先程言った通り其方の損害がかなり減ることは間違いないですよ」
自信満々に言う真田に長老は背凭れに背中を預けると、腕を組んで目を瞑った。
「(前者だったら、被害も少なくて済む。だが、巫女様やサガムを救った恩人にだけに戦わせて、自分達だけ安全な場所に居るというのはどうだろう。絶対にジェラルドやアシュトンが納得しないじゃろな。また後者の場合は、偵察どおりのテラン王国軍の戦力なら他の里と協力してたら勝てる見込みはあるじゃろう。だが、それは多大な犠牲の上に成り立つ勝利じゃ。次攻め込まれた時、抵抗できるだけの戦力が残って居ればいいが)」
真田を信じて戦場に投入させて、自分達の戦力を温存させるべきか。それとも自分達のプライドを優先させ、他の里と協力してテラン王国軍と当たるのか。
長老は激しく揺れ動くシーソーのように、この2択の中で揺れ動いていた。
だが長老の思考を中断させる者が居た。
「ふざけるな!!」
それは長老の後ろで立っていた側近の1人だった。側近は怒りで目をギラギラとしていた。
その大声に周囲の驚いた視線が側近へと集まった。
ただ真田と長老は側近に視線を向ける事はなかった。
「貴様のような薄汚れた罪人の手を借りずとも、あの忌まわしいテラン王国の軍勢なぞ、我々で十分に対処出来る。第一そんな上手い事を言って、テラン王国軍に取り入って我々を売るつもりなのだろ。騙されんぞ!! 貴様は大人しく部屋で‥‥‥」
「黙れ」
その真田の声は、聞く者の芯から冷やすように冷たく、黙らすのには十分だった。
その瞬間、部屋の支配者が変わった。
「‥‥‥!!」
「「「「っ!!!!」」」」
「「‥‥‥!!」」
その一言で、側近は押し黙った。
ジェラルドとアシュトン、両副隊長は立ち上がると同時に腰に帯刀していた剣の柄を反射的に握った。
ソフィアとミーシャは今まで聞いた事の無いサナダに、呆然とした様子で見ていた。
「今は私は長老と話している。何も決定権の無い君と話をしているんじゃない。終わるまで黙っていろ」
側近は今にも泣きそうな目で真田を見ていたが、哀れと思った長老が助け舟を出した。
「あまり儂の部下を苛めてやるな。これでも将来有望な奴だ。駄目にするの惜しい人材なのでな」
「そうですか」
その一言で部屋を支配していた鋭い刃が突き刺しているような緊張感は霧散した。
それと同時に、立っていたジェラルドとアシュトン、両副隊長は経験したことのない緊張感から解放された事で、安堵の溜め息を吐きながら椅子に座った。しかし、その額には冷や汗が数滴流れていた。
「で、私を戦場に行かせて貰えるのですか」
「そうじゃな」
会議室にいる全員が長老を注視していた。
その口から発せられるカドモニアの森全体の命運を左右する言葉に聞き耳を立てていた。
「その前に一つ聞きたい。オルセンから聞いた思うが、今回侵攻して来ているテラン王国は自ら人間族を優良種として考える種族主義者達の国じゃ。同じ人間族には優しい国だが、一方で我等エルフ族やダークエルフ族、ドワーフ族、シーレーノス族、ワーウルフ族等々、人間に似ている他種族をゴミだと思っている連中だ。我等は森に住んでいるので難を逃れたが、テラン王国周辺に住んでいた同胞や他種族は、強大な武力を背景に非常に不当な扱いを受けていると聞く」
長老は皺だらけの拳をワナワナと震わせ、言葉の節々にその身を焼き尽くさんばかりの怒りが込められていた。
それは聞いていたソフィア達も同様だった。
皆一様に奥歯を噛み締めて、怒りが噴出しないように耐えていた。
「我等エルフ族の味方としてあの国と戦う訳じゃ。そうなれば同じ人間族であるお前もただではすまないだろう。それでもよいのか」
一見気遣うかのように優しく聞こえるのだが、人を値踏みをするかのような長老に真田は、一笑するかのように薄く笑った。
「そんな細かい事を一々気にしません。それに戦争は殺し合いです。一度参加をすれば、命を狙われるのは当たり前です。私は半端な覚悟で戦争の参加を願い出たのではないのです」
「では、いいのか」
「はいっ!」
長老の確認に真田は力強く頷いた。
そして耳が痛くなるような静寂の後、長老はゆっくりと口を開けた。
「分かった。タクト=サナダ。彼の者を儂の名の下にテラン王国との防衛戦に参加させる事を許可する」
真田は納得したかのように、うんうんと頷き、ソフィアは悲しそうな沈痛な表情を浮かべ、ミーシャは何とも言えないような微妙な顔となった。
「だが、お前が人間である以上テラン王国と繋がっているという疑念は払拭できないのも事実。よって監視付きのなる。また我等は我等で戦の準備を行う。それでいいな」
「はい。私は異存はありません」
「さて監視者だが、誰か適任はおらんかの」
長老は周囲を見渡すが、皆口を噤んで視線を合わせようとしなかった。
それは無理も無かった。無理に都合をつけようとしたら、その者が背負っている役割を他の人に肩代わりさせる事だ。それではいざという時に機能しなくなる可能性があった。また、真田の監視役には町ならいざ知らず。戦場に於いては並の実力では務まらず、付けるとしたら最低でも隊長クラスの実力を持った人物では無ければいけなかった。
比較的暇で実力のある人物をジェラルドとアシュトン、両副隊長は自分達の部下に心当たりは無かった。
長老の言葉を廊下で聞いていたミーシャは監視者として名乗りを上げようとしたが、それはある人物の登場によって遮られた。
「彼の監視役は私が務めるわ」
会議室にいた全員は声がした方、開けられている扉の方を一斉に向いた。
そこにはミーシャと同じような鎧を着た料理長のアシュリーが立っていた。
その腰には簡単な装飾が施された鞘に入っている剣を携えていた。
「如何したんじゃアシュリー。お主には食料の備蓄をするようにと命令が出ている筈じゃが」
長老が非難するかのように言うが、アシュリーはどこ吹く風といった感じだった。
「それは副料理長のアイツに任せたから大丈夫。先程の話だけど彼の監視役は私が務めるわ」
「確かに実力的にはお前が適任なのじゃが」
アシュリーを行かせる事に渋る長老にアシュリーは畳みかけた。
「仕方が無いでしょ。ジェラルドはサガムで後方の指揮を取らないといけないし、アシュトンは前線で指揮を取らないといけない。そしたら手が空いているのは私しか残らないから」
「‥‥‥それもそうじゃが」
どうしても許可を出す事に渋る長老に、アシュリーは少し苛立ちを覚えた。
「悩むぐらいなら、決定でしょ。ほらサナダ君、行くわよ」
せかされて真田は立ち上がったのだが、其処から動こうとはせずに、困った顔で長老を見ていた。
本当に行っていいのかどうか真田は迷っていた。
本来ならばもう戦争への参加の許可を取っているので、会議室に留まらなくてもいいのだが。
全員の視線が長老へと注がれていると、ふと長老は露骨に肩を落とすと真田に小さくか細い声で「宜しく頼む」と言い、真田は「分かりました」と返事をして扉の方に向かった。
その途中、事の成り行きを見守っていたソフィアが立っていた。
その表情は悲しげな表情だった。
「ソフィア様。そういう事なので行ってきます」
立ち止り真田は深々と一礼をすると、再び扉に向かって行った。
ソフィアは咄嗟に去り行く真田を引き留めようと腕に掴もうとするが、それは虚しく空を切った。
真田はアシュリーにと共に会議室を出ると姿を消していった。
その後ろ姿をソフィアは呆然とした様子で見るしかなかった。
真田は外へ向かっている途中、前を歩くアシュリーにこんな事を言われた。
「サナダ君って、馬乗れるよね」
真田は思いがけない質問に、一瞬間が空くが気を取り直した。
「う、馬ですか。‥‥‥一応乗れますけど。何でですか」
「此処からテラン王国軍との衝突予定地点までは結構な距離があるから、徒歩じゃなくて馬での移動になるわ。里同士の定期連絡に使っている早馬だから、休憩を挟んでも結構な時間の短縮になるわ」
「そうですか。でも私の移動に馬は使わないですよ」
「えっ!?」
早歩きで歩いていたアシュリーは、驚きの言葉を上げると共にピタッ!!と立ち止ると振り返った。
また真田の後ろを歩いていたミーシャも同様だった。
「馬で移動していたら、到着するまでに時間がかかってテラン王国軍に森に侵入されてしまいますよ。私には馬よりも速い移動手段がありますから、今回はそれを使います」
「馬よりも移動手段? まさか風魔法を使って、空を飛ぶというのかい」
「いえいえ。それより手軽で、速い乗り物ですよ」
アシュリーは具体的に聞き出そうとするが、真田はそれ以上答えようとはせずに、ニヤニヤと楽しそうに廊下を歩いた。
「物を出しますんで、少し私から離れて下さい」
長老の家を出たアシュリーとミーシャは素直に真田から離れた。
それと同時に真田はノーシェ・バッカスを発動させた。
前方の地面に半透明の中に四角形が描かれている円が出現すると、その中心部から長方形の物体が出て来た。
完全に出て来ると同時に真田が右手で掴むと、半透明の魔法陣は霧散した。
長方形の物体は暗闇の中なら間違えて踏みそうな漆黒の色をしており、長さは約2m、幅が約20cmある細長いものだった。
また地面の近くには長さ約50cm、幅が同程度の長方形の箱が左右一対に設置されていた。
「起動」
真田がポツリと呟くと、地面と接していた長方形の箱がフワッ!!と音も無く静かに浮かんだ。
左右の箱が真田の腰の位置の高さまで浮かび揚がると自動的に停止した。
満足げな真田はそれを確認すると右手を離した。
引力に引かれて長方形の物体の上部が地面に当たると思いきや、ピタッ!!と真田の腰の位置に停止した。
真田は黒い長方形の物体の中心部よりもやや後方の位置で跨ぐとそのまま腰を下ろした。
それなりの体重がある真田が乗っても、黒い長方形の物体はビクともせず水平に、空中で見えない糸に固定されたかのように微動だにせずに浮かんでいた。
何かを探るように前のめりになり、真田はアウクシリアの側面にあるビー玉サイズの黒いボタンを押すと、バネが弾けたかのように前方の左右の側面の一部が八の字に開き、左右の箱と中心部の後方や底部に複数の噴射口が開いた。
その中から、バイクに付いている合成ゴム製の黒色のハンドルグリップの様なものが出て来た。
真田は左右の黒のハンドルグリップを其々握ると、右のハンドルグリップの可動部を全開に自分の方へと滑らした。
それと同時にアウクシリアから、キィィィィィン!!と、鼓膜を切り裂くような甲高い金属音が周囲に鳴り響いた。
近くに居たミーシャとアシュリーは、反射的に嫌悪感を露わにして耳を塞いだ。
満足げな真田が右のハンドルグリップを元の位置に戻すと、甲高い音も消え去り元の静寂に戻った。
少し離れた場所でそれを見ていたアシュリーは、驚きを通り越して少し呆れ果てていた。
「もう何か。君のやる事なす事に驚きすぎて、驚かない自分がいるよ」
そう言いながら近付いてくるアシュリーに、真田は苦笑した。
「で、これはなんなの?」
「これが先程言っていた乗り物ですね」
「これが!?」
アシュリーは訝しげな視線で浮かんでいる黒い長方形の物体を見ていた。
これが馬より本当に早いのか疑問で仕方が無かった。また、これがどうやったら動くのか疑問で仕方が無かった。
真田は学会で自分の研究成果を発表する学者のような少し楽しげな口調で。
「ええこれが。我が翼『アウクシリア』です」
「アウクシリア‥‥‥」
アシュリーは黒い長方形の物体、アウクシリアを看板の細かい字を見るような目付きでじっと見ていた。
その後ろでミーシャは展開についていけずに驚きのまま固まっていた。
「アシュリーさん、これに乗っていきますので自分の後ろに乗って下さい」
「わ、分かったわ」
アシュリーが恐る恐るアウクシリアを跨ごうとしていると、真田はある人物が近付いて来ている事に気付いた。
「ソフィア様」
会議室に居た筈のソフィアが真田の所へと近付いて来ていた。
ソフィアは真田が乗っているアウクシリアを一瞥する事無く、少し悲しげな瞳で真田を見ていた。
「如何してもいかれるのですか」
「ええ。長老さんと契約を結びましたからね」
ソフィアは何かを言うのではなく、真田の瞳を見続けていた。
真田もまた黙って、ソフィアの青の瞳を見続けていた。
はたから見れば、状況的に見れば恋仲の男女が一時の別れを惜しむかのような光景なのだが、真田とソフィアはその事に気付いていなかった。
数瞬後、ソフィアは瞼を閉じると共に溜め息を漏らした。
「分かりました。タクトさんがそう言うのであれば私からは何も言う事はありません。‥‥‥ですが、約束して下さい。必ず帰ってくると。無事にサガムへと帰って来ると」
「分かっていますよソフィア様。私だってまだ死にたくはありませんから」
まるで絶望の淵に立たされた敬虔な信徒が最後に神に救いを求めるかのような懇願するソフィアに、真田は日常会話をしているかのような朗らかなものだった。
ソフィアは普段とあまり変わらない真田に、本当に分かっているんだろうかと疑いの目を向けていた。
「ソフィア様。飛び立ちますので危ないですから、少し離れていて下さい」
渋々ながらもソフィアは頷くと真田から離れて行った。
真田は周囲に人が居ない事を確認すると。
「『固定化』解除」
真田がポツリと呟くと、真田とアシュリーが乗ってもピクリとも動かなかったアウクシリアは、一瞬下で固定していた物が外れて地面に落ちる感覚に陥ったが、直ぐに止まりそよ風に揺られる蒲公英の種子のように小刻みに上下に動いていた。
「『固定化』解除を確認。‥‥‥さあ飛び立ちますよ、アシュリーさん。落とされないようにしっかりと掴まっていて下さいね」
一瞬無重力体験をしたアシュリーは落ちないように真田の胴体に回していた両腕の力を更に強めた。
胴体からの発せられる痛みを我慢し少し涙目の真田は、アウクシリアを上空へと斜めに持ち上げると同時に、右のハンドルグリップの可動部を全開にして自分の方へと滑らせ、アウクシリアから、キィィィィン!!と、甲高い金属音を周囲になり響かせていた。
それと同時に各所の噴射口から、太陽に照らされて無色透明なダイヤのような眩い輝きが、後方に人が立っていたら埃のように簡単に吹き飛ばされそうな勢いで噴出されていた。
そして次の瞬間には、光の粒子を残して真田とアシュリーが乗っているアウクシリアはサガム上空を飛んでいた。
一瞬の事に何が起きたのかアシュリーは理解出来なかったが、眼下に広がるサガムの街が見て、何時も見上げていた神殿や見張り小屋を見下ろしている事に感動を覚えていた。
それも長くは続かず、真田は右のハンドルグリップの可動部を再度に自分の方へと動かして、スロットルをふかして速度を上げた。
「きゃっあ!!」
アシュリーの可愛らしい短い悲鳴をバックに、真田は一路、サガムに向かってきているテラン王国軍へと向かって行った。
地上のソフィアとミーシャは彗星の如くの速さで視界から消え去ったアウクシリアを、今は非常事態である事を忘れて、ただ茫然とした様子で上空を見上げていた。
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