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クアットゥオル・シーズン  作者: 二郎
第3章 人間の国へ
21/65

第20話 交易 昼間の出来事

 サガムの上空は雲一つなく冴え渡っており、今日行われる交易の成功を予感させるような快晴が広がっていた。

 中央広場に到着したデラーは、横一列に並んでいる馬車の荷台から商品が入った 大量の木の箱を大勢の小間使いの男達が下ろしているのを見ていた。

 木の箱に入っているのは、交易品の羊毛で作られたペルシア絨毯を連想させる幾何学模様が刺繍されている赤の絨毯、寝かせて熟成された果実酒のワインや蒸留酒のウィスキー、蜂蜜酒等の酒類。剣や鎧、矢の番いに使われる鉄や銅等の鉱石や少量の魔石や魔晶石。フィルド産の岩塩や砂糖、上質な小麦粉やライ麦等々、多岐にわたっていた。

 このようにサガムは森や栽培出来ない物を、組織としての機能を潤滑に動かすのに必要な物品を、フィルド帝国から輸入していた。


その他にも、個人レベルで必要な物品も輸入していた。

勇者や魔王が活躍する冒険談や植物や動物等の各種様々な図鑑の書物、寒い冬に備えての厚手の長袖の服や手袋等の衣服類、金箔でコーティングされているネックレスやイヤリング等の装飾類、保存食用の魚の干物、フィルド帝国内で流通している食器類等も取り扱っていた。

キャラバン隊の責任者であるデラーは、事前に書いた中央広場での各種様々な露店の位置を書いた紙を見比べて、間違いが無い確認しながら部下の男達に指示を出していた。

 ある程度、各露店が営業を始めるのに支障が出ない段階になると、デラーは小間使いの2人に箱を持ってくるように指示を出した。

 指示を受けた2人は、デラーが乗っていた馬車から長方形の木の箱を持って来た。

 その木の箱は他のものとは違い、所々彫りが施されていた。

 余程重たいのか、2人がかりで持って来た。

 デラーは満足そう笑みを浮かべ、木の箱を触っていた。

 持っている2人もデラーにつられて、笑みを浮かべていた。

 それは、中に入っている商品に対しての自信から来る笑みでは無く。この商品を使って『ある事』を成し遂げようとする悪魔が浮かべる邪悪なものだった。

 幸か不幸かは定かでないが、皆忙しそうに動き回り、広場に3人の行動を見ている者はいなかった。

 デラーは腹心の部下に広場の事を任せると、広場で作業を行っているニュイの所へ近づいた。

 

 ニュイは紙に書かれている品目がきちんと入っているか、余計な物が入っていないか確認作業をしていた。

 チェックが終わった品目をニュイの部下とデラーの部下達が、総出で量を正確に把握しておかなければいけない品目を、秤を使って分量を量っていた。

 品目の分量のチェックは、原則として両方の人間の立会いの下で、行われる事は事前の協議で決まっていた事だ。

 これは不当に低く(はか)り、一方の利益を不当に損なわせないように、交易の公平性を保つ意味合いで設けられた。

 男達が真剣な表情をして、秤を見つめている光景は、一種の不気味さを周囲に放っていた。

 ニュイは全ての品目がある事を確認すると、紙の一番下の欄に自分の名前を記入し、一緒に付いて回っていたデラーの部下に渡した。

 男は受け取ると会釈をして、馬車の方へ向かって行った。

 ニュイはデラーが近付いてくるのに気付いた。


 「デラー殿、此方の方は確認終わりましたぞ。今回も欠品は無いですな」


 聞いていたデラーは、少し破顔した。


 「それを聞いて安心しました。私達も事前に品目の確認はしておりますけど、いざ始まりますと、欠品がないかやきもきしてしまいますね」

 

 ニュイは同意するかのように、頷いた。


 「確かに私達も事前に決められた薬の分量を量っていますが、検査が始まると合っているかどうか、不安になりますね。その分、合っていた時は嬉しいのですけどね」


 「確かにですね」

 

 デラーとニュイはどちらからともなく、笑みを浮かべた。

 少しして、ニュイは広場を部下に任せると。


 「ではそろそろ、謁見の方に」

 

 「分かりました。‥‥‥やはりサガムで商売をする以上、長老様と巫女様にはご挨拶をしておかないとですね」


 ニュイは気分を良くしたのか笑みを浮かべて、軽やかな調子で神殿の方に向かって行った。

 デラーはその後ろから付いて行く形で、奥歯を噛み締め堪えるかのように神殿に向かっていた。

 それは決して出してはいけない『何か』を必死に押さえ込んでいるように見えた。

 また装飾が施された木の箱を持っている小間使いの2人も同様だった。



 神殿の自室に居るソフィアは憂鬱な気分で、ベットに腰かけていた。

 窓から差し込む、晴れきった空に浮かぶ澄んだ太陽の光が、部屋全体を明るく照らしていたが、ソフィアの周囲だけは暗く、光を吸い込むブラックホールのようになっているように見えた。

 これから会わなければいけない男の事もあるが、生死不明の真田の事を考えると如何にも心が暗く沈んでいった。

 ソフィアは朝食の後、気分転換にと神殿の敷地内を散策しようとしたのだが、護衛隊長であるジェラルドから危険だという理由で却下され、自室に半ば強制的に戻された。

 身の危険という微妙に曖昧な事よりも、ジェラルドはソフィアが抜け出そうとするのではないかと危惧していた。

 それが益々ソフィアの憂鬱の度合いを深める一因となっていった。


 ソフィアは悩む事を放棄し、足を床に着けたまま、ローブに皺が出来るのも厭わずに、重力に任せるまま倒れ、仰向けになった。

 羽毛100%の布団と掛布団はクッションの役割を果たし、ソフィアに衝撃が来る事は無かった。

 自分ではどうする事も出来ない現実にもう何をする気も起きず、ソフィアは口をだらしなく開けてぼんやりと無気力な表情で天井を見ていた。

 窓から入って来る野鳥の囀りをボンヤリと聞いていると、不意に扉をノックする音が聞こえた。


 「はぁぁーーい」


 ソフィアの気の抜けた返事をすると、扉が開き世話役の女性が入って来た。


 「ソフィア様。デラー殿が到着されました」

 

 世話役の女性は寝転がっているソフィアの態度を注意する訳では無く、淡々と事務的な口調でデラーの到着を知らせた。


 聞いたソフィアは天井に向かって、嘆息した。


 「(‥‥‥とうとう来ましたか)」


 ソフィアは再び憂鬱な気分に苛まれた。

 初めて接見した時からソフィアはデラーに対して毛嫌いを起こしていた。

 出来れば代役を立てたいとまで考えていた。

 だが、サガムの発展と皆の生活の向上を考えた時、自分の我が儘で交易を著しく阻害させるわけにいかず。自分が我慢すれば交易は順調なると信じて、以後の接見の際は自身の気持ちを感情の奥に押し込めて、ソフィアは微笑みの仮面を張り付けて対応して来た。

 その後は精神的な疲労で、一日中寝込んだのは言うまでも無かった。

 行きたくないと。あの男と会うより真田に会わせてくれと言えたらどんなに楽かと、考えながら、ソフィアは上体を起こし、ベットから立ち上がった。

 ソフィアは着ているローブの袖を引っ張り、皺を伸ばした。


 「(タクトさんの事はどうにかしたいけど、今は交易を楽しみにしている皆の為に)」


 巫女としての職務を果たそうと、真剣な表情をしてソフィアは神殿内にある謁見の間に向かった。



 ケーニギン神殿は基本的にはサガムの住人や他の里の住人、古くから付き合いのある種族以外は立ち入り禁止だった。

 しかし今回のようにサガムにとって有益だと判断された人物は特例として神殿に入る事が許された。

 神殿には入れるようになるが、神殿内にある謁見の間だけだった。

 謁見の間は長方形の部屋で、20~30人が入れるような広さだ。

 部屋はシンプルな造りで、入口の扉以外には等間隔に設置されているサガムで採れる果実を模した彫刻が施された柱に光源用の魔石を入れる籠、ピラミッド状の階段の一番高い所には装飾が施された木で作られた職人が丹精込めて作った特注の肘掛け椅子が置かれていた。

 その椅子には、座面に茶色の皮革(ひかく)が張られていて、中にはソフィアが疲れにくい量の羽毛が入っており、肘掛けの高さや肘を置く木の幅、ソフィアの背丈の2倍はあるような()(もた)れの上部には女神アシュタロテのレリーフが施されていた。

 その前には帽子を脱ぎ頭を垂れ片膝を床につけて、跪拝しているデラーと小間使いの2人がいた。

 その指にはシンプルな金の指輪を填めていた。

 それはデラーが謁見する時に神殿側から出された条件で、真田が首にかけている『フォース・ファロス』と同種の指輪だった。

 性能的には装備している者が魔法を使おうとすると、激痛が走るという、『フォース・ファロス』と同じ物なのだが。『フォース・ファロス』は自分で外す事は出来ないのだが、この指輪は任意で自分で外す事が出来る。

 枷として役割を果たせるのか疑問が神殿側から上がったが、デラーが交易に尽力している事や将来的なフィルド帝国との関係性を考えて、ニュイや交易事業の関係者の意見が通り、指輪を填めて、謁見する人数を最低限にするという条件付きでソフィアとの謁見する事となった。

 他の安全策として部屋の壁に、ジェラルドを始めとする護衛隊員が立っていた。

 その他にもニュイや交易事業の関係者が、立ってソフィアの到着を待っていた。

 

 ソフィアは6人の神官を伴って、神殿内にある謁見の部屋に足を踏み入れた。

 その瞬間、謁見の間に漂っていた少し緩んでいた緊張感が、糸を張りつめたかのように一気に高まった。

 ソフィアは目の前のピラミッドの高い所に在る椅子に座った。

 王や皇帝のように威厳に満ちているものでは無く、物腰柔らかく気品にあふれた巫女として恥ずかしく無いものだった。

 6人の神官達は左右3人ずつに分かれて、ソフィアを背にして立っていた。

 ソフィアは跪拝をしているデラーを見た。

 思わず顔を顰めそうになったが、寸での所で押し止めた。

 デラーは頭を垂れたまま、口を開いた。


 「偉大なる神樹カドモニアの巫女ソフィア様。このような光栄な機会を与えてくださった事並びにサガムとフィルド帝国の交易の継続が出来た事を大変嬉しく思います」


 「デラー殿。帝都ユミルから遠路はるばるご苦労様です。道中では危険は無かったですか」


 「はい。カドモニアの森では、ニュイ様を始めとする優秀な方々が案内や護衛をしてくださったので、道中危険はなく無事にサガムに着きました」


 「それは良かったです。デラー殿はサガムにとって大事な客人、何かあっては一大事ですから、お身体には気を付けて下さい」


 「ソフィア様のお心遣い感謝いたします」


 しばらくソフィアとデラーの決められた口上を述べる時間が過ぎて行った。

そろそろ謁見の時間が終わりかける頃、黙って事の成り行きを見守っていたニュイが口を開いた。


 「ソフィア様。デラー殿が今回もソフィア様へと、贈答品を持って来ております。確かめられてはいかかがですか」

 

 ニュイの言葉を合図に石のようにじっと跪拝していた小間使いの2人は後ろに置いていた長方形の木の箱をソフィアとデラーの中間に置いた。

 木の箱の蓋を開け、箱より一回り小さい木の長机を取り出し、奥から薄い木の箱を数個取り出した。

 薄い箱の中に入っているのは、広場で売られているネックレスやイヤリング等とは違う。純金で拵えたネックレスやブレスレット等。赤や青、緑や紫といった様々な彩りの綺麗な宝石が埋め込まれている指輪等が、動かないように固定されて入っていた。

 小間使いの2人は木の長机に見えるように箱を置くと、元に位置に戻った。

 ソフィアは優雅に立ち上がると、ゆっくりと階段を下りて、木の長机の前に立ち止まった。

 並べて置いてある数個の薄い箱に入っている装飾品や宝飾品を眺めていた。

 しかし今のソフィアには、町娘のようにそれらを眺めて楽しむといった余裕を持ち合わせていなかった。

 ソフィアの胸中は、この謁見を早く終わらせたいと思いが占めていた。

 早く終わらせて部屋に籠っておきたいと考えるまでになっていた。

 しかし、ソフィアの巫女としての矜持が待ったをかけた。

 物の価値がデラーほど理解できないソフィアでも、目の前にある贈答品の数々がどれ程高い価値を有しているのかは容易に理解出来た。

 それらにかけた労力や貨幣の量も。

 その贈答品をぞんざいに扱い、デラーの機嫌を損なえば、次回の交易の開催が危ぶまれた。そうなれば交易を楽しみにしている皆の思いを壊してしまうとの恐れをソフィアは抱いていた。

 皆の思いを一身に背負っている巫女として、どうしてもそれだけは避けたかった。

 だからこの場でソフィアがやるべき事は、贈答品を貰って楽しんでいるように装うしか道は無かった。

 ソフィアは指輪を取ったり、ネックレスやイヤリングを首や耳に当てていた。

 心の中では悲鳴をあげながら、ソフィアはワザとらしく声を上げて楽しんでいた。

 ニュイや他の交易事業の関係者達は、巫女であるソフィアが楽しんでいる見て、ほっと胸を撫で下ろした。

 それとは反対にデラーと小間使いの2人は真剣な表情をしてソフィアを見つめていた。

 ソフィアは自分の腕程に穴が開いている、最後に残った何の変哲もない金のブレスレットに腕を通した。

 それを見たデラーはニヤリと静かに笑い。


 「ソフィア。私の所へ来い」


 言われたソフィアが、えっ!?と、理解出来る前に、ソフィアは歩き出した。

 ニヤニヤと薄笑いを浮かべるデラーの元へ。

 デラーが填めていた赤色の宝石の指輪が、不気味に光っていた。

 デラーに向かっているソフィアは自分の行動に愕然とした。

 自分の身体なのに自分の意思が及ばないという、本来あってはならない異常事態に陥っていた。

 ソフィアは自分の行動を必死に止めようとするのだが、優先順位が低いのか、行動を止めれず、糸に操られたマリオネットのように強制的にソフィアは歩からせられていた。

 周囲の神官達や護衛隊員達、ニュイと交易事業の関係者達は、ソフィアの突然の行動に驚きに満ちた表情を浮かべて、次の行動に移せないでいた。


 「(何これ!? 何で勝手に体が動くの!!?? 嫌行きたくない。あの男の所なんて行きたくない!! 止まって!! 誰か止めて!!)」


 ソフィアの願いは虚しく、立っているデラーの元に到着した。

 デラーの足元には枷である指輪が、何時の間にか外され転がっていた。

 それは小間使いの2人も同様だった。

 デラーは隠し持っていた刃渡り10cm程の鋭いナイフを袖から出して、ソフィアの首筋に当てた。

 ソフィアは、ヒィ!!と、引き攣った顔で鋭いナイフを見ていた。

 デラーはもう片方の手で、隠し持っていた鋭いナイフを小間使いの男達に渡した。

 デラーは身動きが取れないソフィアの肩を力強く握り、逃げられないように左腕を使ってソフィアの身体と自分の身体をくっつけていた。

 鋭いナイフが首に突き付けられているという目に見える恐怖に、ソフィアは恐怖で顔は引きつり何も行動を起こせずに、ただ棒のように立ち尽くしていた。

 デラーと小間使いの2人は、自分達の絶対的な有利性をニヤニヤと気味の悪い笑顔を浮かべ周囲を見ており、周囲はデラーの行動を急に夢から覚めたかのような驚きの表情で見ていた。

 逸早く口を開いたのは、交易の特使であるニュイだった。


 「デ、デラー殿。なな何をやっているのです。冗談が過ぎますぞ」


 信じられない光景を見たニュイの動揺して震える言葉に、デラーは人を馬鹿にしたような薄笑いを浮かべた。


 「冗談? ニュイ様、あなたにはこれが冗談に見えるのですか」


 笑顔のデラーは演劇役者のようにワザと一拍置いた。


 「いや、そんなニュイ様だからここまで来れたのだから、致し方ないな。‥‥‥なぁ、お前ら」


 小間使いの男達はデラーの言葉に、馬鹿にしたように笑って頷いた。

 デラーはニュイの方を向き、更に続けた。


 「ニュイ様、最大の難関であった巫女との謁見を、貴方様が神殿に働きかけてくれたお蔭で実現し、こうやって『依頼』を遂行する事が出来ました。ありがとうございます」


 「なな何を言っているんですか。デラー殿」


 ニュイの信じられない物を見るよう目で、デラーを見ていた。

 自分が知っているデラーとソフィアを人質に取っている今の姿との違いが大きすぎて、一致できずに固まっていた。

 デラーはそんなニュイをからかうかのような笑みを浮かべた。


 「ニュイ様。私はこの交易を始める時にある人物から巫女を奪取するように依頼を受けていましてね。貴方様の御尽力が無ければ、『依頼』達成までもっと時間がかかっていたかもしれません。‥‥‥本当、ニュイ様には感謝しきれないです」


 笑顔で言うデラーの言葉に、ニュイは世界の終わりを見たかのような驚きの表情を浮かべていた。

 ニュイの脳裏には、今までのデラーとのレートの設定の協議の時の真剣な表情、酒を使った懇談の楽しんでいるような表情等の場面が、走馬灯のように浮かんで来た。

 今まで自分がサガムと発展の為に良かれと思ってやってきた事が、寧ろサガムを貶める事になっていた。

 その事実が重く圧し掛かり、ニュイを深い絶望の淵に立たていた。

 ニュイは自身に襲って来た絶望に耐え切れずに、糸が切れたマリオネットのようにその場に倒れた。

 慌てて周囲の人達が、ニュイの上体を起こし激しく身体を揺らすが、白目をむいて気を失っているのか、何の反応も示さなかった。

 デラーはそんなニュイに馬鹿にしたような笑みを浮かべていた。


 「おい!」

 

 デラーに声を掛けたのは、憎しみの籠った目で睨めつけていたジェラルドだった。

 その手にはいつでも抜けるように、帯剣の柄を右手で握っていた。

 それは他の護衛隊員も同様にしていた。


 「貴様、先程巫女様に何をした!!そして『依頼』と言ったな! 何処の誰に何の目的で依頼された答えろ!」


 「さあ、あなたに教える必要もありませんし。あと誰なんでしょうね。私は商人ですからお客様が依頼された『もの』を提供するのが仕事ですから、それが誰なのかは私が知るべき範囲外ですからね」


 「なに!!!」


 ジェラルドはデラーの馬鹿にしたような態度に、思わず足を一歩出した。

目敏く反応したデラーは、ジェラルドにソフィアにナイフを突き付ける所を見せた。


 「おっと。それ以上進まない方がいいですよ。大事な大事な巫女様が怪我をしてしまいますよ。怪我をしてもいいというのなら、私を捕まえられますけど、‥‥‥しないのですか」

 

 とぼけたように言うデラーに、ジェラルドは苦虫を噛み潰したような思いで引き下がった。

 ジェラルドと護衛隊員達の身体は小刻みに震えていた。

 デラーから受けた屈辱や名誉ある巫女の護衛を司る者としての自分達の不甲斐(ふがい)無さから来る怒りを我慢しているように見えた。


 「さて、無駄な話は此処までにしますか。依頼の『もの』は手に入れた事ですし、もう此処には用はありませんな。‥‥‥ソフィア様。中央広場の方に行きましょうか」

 

 デラーはワザとソフィアにナイフを見せつけるようにして、多くの露店が開いている中央広場に行くように促した。

 ソフィアには、デラーの言葉に従うしか、道は残されていなかった。

 恐怖を必死に押さえ込み、デラーへの自分が出来る些細な抵抗として毅然とした態度で歩いていた。

 先程の自分の意思とは関係のない強制的な歩行では無く、純粋な自分の意思で中央広場に向かって歩き始めた。

 デラーは満足そうに笑みを浮かべ、ナイフがソフィアの背中に当たるか当たらないかギリギリの位置で歩いていた。

 小間使いの男達は下劣な笑みを浮かべてデラーから少し離れた距離で歩いていた。

 ソフィアが連れていかれるのを、神官達や交易の関係者達、護衛隊員達は自身の胸中に激しく渦巻く怒りを抑え込むように、身体を小刻みに震わして見ていた。



 神殿で起きている事を全く知らずに、能天気迄に中央広場は活気に満ちていた。

衣類や書籍、装飾品、各種の道具、宝飾品等々が売られている多くの露店には、サガムの住人が統べて来ているのではないかと思われる程にごった返していた。

 父と母と1人の子供の家族連れ、まだ子供が生まれていない若夫婦、夫婦にまだ至ってない若い恋人達、不思議なほどに独身を貫き通している男女等が各種様々な露店に並べられている商品を見ていた。

 どれもサガムでは見かけない物が多く、子供が好きそうな商品を見かけた子供に買ってとねだられて嬉しそうに少し困っている父親。一緒に見て回っている女性から金箔を施されたネックレスやイヤリング等の装飾品を買ってとねだられて、若干顔が引きつっている男性。それを横目に淡々と自分に必要な道具一式を買っている独身の男女が見て取れた。

 皆が(一部例外)楽しそうに買い物をしている頃、ミーシャは少しつまんなさそうに露店を見て回っていた。

 真田と別れたミーシャは、小さい時からの女友達に露店を見て回ろうと誘いを受けたのだが、一人で見て回ると言ってやんわりと断った。

 真田と見て回りたかったミーシャは、暇潰しにと露店を見ていた。

 綺麗に装飾が施されているネックレスやイヤリングを見ても、何時もならどれを買うべきかと葛藤を起こすのだが、今回はそれは無く。置いてある輝くネックレスやイヤリングを見ても、ミーシャには錆びついていて商品価値が無い物と同じように見えた。

 ミーシャは歩きながら、1人溜め息を吐いた。

 

 「(つまんない。これだったら後で注意を受けても、タクトさんを強引でも連れまわせばよかった)」

 

 人知れず過激な考えて、また溜め息を吐いた。

 それをしていたら、注意だけでは済まない事になる事はミーシャには、まだ気付かぬことだった。

 ミーシャが交易に飽き、真田の所に行こうとしたら、中央広場の神殿方向が騒がしい事に気が付いた。

 そこには人だかりが出来ていた。

 ミーシャは好奇心に駆られ、人だかり出来ている所に向かった。

 謝罪の言葉を述べながら、人だかりを搔き分けて見た光景を、ミーシャは信じられなかった。

 毅然とした態度でソフィアが歩いていた。

 デラーによって背後から首にナイフを突き付けられながら。

 あまりの異常事態にミーシャは言葉を失った。それはミーシャと同様に見ている周囲の人々も同じだった。

 彼女等が見ている光景は、彼女等にとって決してあってはならない事だった。

 だから処理が追いつかず、行動に移せなかった。


 「(え!? なんで巫女様が人質になっているの? 巫女様直属の護衛部隊は一体何をしているの!!??)」


 ミーシャは疑問を思いながら、護衛隊員達の姿を探した。

 それはすぐに見つけられた。ソフィア達から少し離れた場所にいた。

 そしてミーシャは護衛隊員達の顔の表情を見て、全てを悟った。

 何故そのような表情をしているのか、何故そのような離れた場所に居るのか。

 ミーシャは憎しみの籠った目をデラーに向けていた。

 少しすると小間使いの男が駆け出し、中央広場全体に行き渡るかのような声量で。


 「おまえらぁぁ!! 時は来たぞぉぉぉーーー!!!」


 小間使いの男の言葉の意味が、中央広場にいるサガムの住人達には理解できなかったが、その直後、言葉の意味を十分に理解出来る出来事が起きた。

 衣類を売っていた男や装飾品や宝飾品を売っていた男や調理用の道具を売っていた男等の露店の店主達やや交易の馬車を護衛して来た男達が一斉に、隠し持っていたロングソードを抜いた。

 そして身近にいた人質として適当な女性や子供といった、比較的に非力と思われる人達を人質に取り、首にロングソードの刃を当てた。

 近くにいた人々が出来事を理解した時、中央広場はパニックを起こした人々で混乱の渦が形成されていた。

 中央広場のあちこちで、絹を切り裂くような悲鳴が上がった。

 商品を置いていた棚が倒れる音や何かが割れる高い音を立てて人々が逃げ惑う中、人質にされて引き裂かれた人達が大切な人の名前を呼び合ったり、怒りのままに殴りかかろうとする人を必死で止めている人、異常事態にある種の現実逃避を起こして、呆然と立ち尽くす人と様々な様相を呈していた。

 

 ソフィアは中央広場の様相を見て、愕然とした表情を浮かべると、デラーの方に振り向き、怒りを込めて睨みつけてた。

 ソフィアがデラーに制止させようと口を開こうするが、デラーは黙らせようと、ナイフを口に近づけた。


 「おっと、喋っちゃ駄目ですよ。何せ今の貴女様は何も出来ない、哀れな人形ですからね」

 

 ソフィアは口を噤んでしまった。

 その言葉にソフィアは反論しようにも出来なかった。

 自分でもそう思ってしまったから。

 ソフィアに出来る事は黙ってサガムの住人達が人質になっているのを見ている事しか出来なかった。

 ソフィアは現状では何も出来ない自分に、深い悲哀と悔恨ともつかない苦痛を受けていた。

 

「(だ‥‥‥れ‥‥‥か、た‥‥‥す‥‥‥け‥‥‥て)」


 ソフィアの目から流れた雫の一滴が流れた。

 その雫は白い頬をつたい、地面に空しく落ちて行った。

誤字脱字矛盾がありましたら、御指摘の方よろしくお願いいたします。

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