第21話 交易 夕方での出来事
先週は仕事の関係で忙しかったので、投稿できずに申し訳ないです。<m(__)m>
ソフィアが自分の無力感に苛まれ、中央広場で雫を流している頃。
水のように澄み切った秋の空の下、街外れにある農園で、真田は草取りに精を出していた。
朝食が終わった後、ミーシャに交易を楽しんでくるようにと言った真田は、ミーシャの上司である鎧姿のアシュトンに街外れにある農園に連れ出された。
農園には広大な畑が幾つも広がっていて、サガムで消費される野菜や穀物の殆どを栽培しているので、農園の広大さは見て取れた。
今の時期は農園で作られている野菜は殆ど収穫され、見渡す限り土色と味気ないが、しかしそれが収穫の見込みの芳醇な酒のような秋の陽光を浴びている冬野菜の存在感を際立させていた。
普段は多くの人が農作業をしているのだが、今の時間帯も関係あるが、殆どの人が中央広場に遊びに行っているので、農作業をしている人が疎らに見えるぐらいだった。
アシュトンから言われた真田の仕事の内容は、収穫の時期を迎える冬野菜の紫ジャイモの畑に生えている雑草取りの仕事だった。
日本ならば野菜の育成に悪影響を与える雑草や害虫は、農薬を散布したりして枯らしたり死滅させたりするのだが、サガムには農薬は無いので手作業でするしかなかった。
アシュトンから子供がすっぽりと入りそうな布の袋を渡され、真田は広大な畑を一人でする事に露骨に嫌そうな顔をしたが、アシュトンは全部はしなくていいからやれる範囲で、と言った。
何とも中途半端な仕事の内容だったが、真田としては反対する理由が無かったので素直に頷き、一番近い所から草取りを始めた。
監視役のアシュトンは、青のペンダントをかけ、何処から取り出したのか分からない背凭れが無い簡単な作りの木の椅子に座り、これもまた何処から取り出したのか分からない表紙が茶色の分厚本を、何度も頷きながら読んでいた。
真田はそのアシュトンの姿を見て、自分は逃げないと信じられているのか、それとも舐められているのか、判断に苦慮し頭を抱えそうになった。
真田は中腰の状態で小さく生えている草を取っていた。
始めてから幾分の時間が経ち、何度目かしれない同じ姿勢をしていた事への筋肉の硬直を解そうと立ち上がり、両腕を伸ばして天に向かって背伸びしていた。
真田は背伸びしながら、交易が行われている中央広場の方を向いた。
「(交易か。買う買わない別にして、少し見て回った方が良かったか。いずれ此処を出て行く身。ある程度、『外』の生活様式の情報を知っておく必要があるからな。仕事が終わったら、アシュトンさんに行かせて貰える様に頼んでみるか)」
ミーシャが聞いたら色んな意味で憤慨しそうな事を考え、真田は草取りを再開しようと中腰の状態へと腰を下ろしていると、此方に走ってくる男性の姿が見えた。
「隊長! 隊長! アシュトン隊長ーー!!」
鎧を着た若い男性はアシュトンを大声で呼びながら、非常に慌てた様子で近付いて来た。
最初は何事かと驚いた表情で、近付いて来る男性を見ていたが。男性から発せられる尋常じゃない雰囲気を察したのか、徐々に真剣な表情になっていった。
若い男性は興奮冷めやらぬまま状態で。
「た、大変です! 巫女様が! 巫女様が!!」
「ん? 巫女様が如何したんだ?」
冷静じゃない男性を落ち着かせようと、平静の時の同じ口調で聞き返した。
アシュトンの声を聞いて若干冷静さを取り戻したのか、男性は先程よりも落ち着きを取り戻していった。
若干興奮気味の自分の目で見た事をアシュトンに伝えようと口を開いたのだが、視界の端に映るものを見て、口を噤んだ。
此方を注視している真田を見たからだ。
真田も男性の雰囲気と発せられた言葉の内容が気になっていて、草取りに意識が 向かず中腰の状態でアシュトンと男性を眉を顰めて見ていた。
男性は一瞬、迷った。
部外者が居る前で、自分達の恥を晒すような真似をしていいのかと。
アシュトンは諮詢している男性の様子に気付いたのか、
「アイツの事は気にするな。それよりも巫女様に何があった?」
急かすように男性を促した。
「はっ、はい! ‥‥‥巫女様が商人のデラーに捕まりました」
アシュトンは男性から持たされた内容に、胸を鋭いもので貫かれた衝撃を感じた。
だが、それが序の口であった事が男性から告げられた。
「また巫女様を人質にしたデラーは中央広場に到着すると、露店をしていた男達が持っていた剣を取り、近くに居た女子供を人質にしました。人間達の手際の良さを見る限りでは、最初から住人達を人質に‥‥‥」
男性は最後まで言い切る事は出来なかった。
アシュトンの顔を見て、恐怖で顔が引きつっていたからだ。
アシュトンは聞いていく内に制御できない程に怒りに駆られ、顔を赤くして犬歯を剝き出しにしていた。
「ジェラルドや護衛隊員、あいつ等は一体何をしていた!!」
自分の胸中に激しく渦巻く怒りを抑えきれず、アシュトンは掴みかかるように怒鳴った。
自分達が命を変えてでも守らなければいけない巫女を人質に取られるという大失態を犯した上に、揉め事が起きないように中央広場で警備をしていたのにむざむざと守るべき住民までもが人質に取られるという最悪の状況が、アシュトンの脳裏に鮮明に映った。
その事態を引き起こしたデラーや他の人間達、同僚やその部下達と中央広場の警備を担当していた自分の部下達の不甲斐なさに叫ばずにはいられなかった。
告げた男性は自分が怒られているような錯覚して、思わず表情を硬くして身が竦んだ。
今にも泣きそうな男性の顔の表情を見て、自分の行いを理解できたのか、ばつの悪そうな顔をして、頭を掻いた。
「怒鳴ってしまってすまない。‥‥‥で、今はどうなっているんだ?」
「はっ! デラーを始めとする人質を取った人間達は1ヵ所に集まっており、そ
の周囲をジェラルド隊長の指揮の下、護衛部隊と警備部隊の両部隊総出で、事態に当たっています。ですが人間達が人質を盾にしているので手出しが出来ないので、膠着状態が続いています」
「そうか」
アシュトンは目を瞑って、右手で顎を撫でるように何度も触っていた。
「此の儘此処に居っても、得られるのは憶測だけか。‥‥‥よし私はジェラルドと合流する」
「はっ!!」
アシュトンは中腰の状態で、事の成り行きを見ていた真田の方を向くと、首にかけていた青のペンダントを真田に投げた。
青のペンダントは綺麗な放物線を描いて、真田の手におさまった。
「サナダ君、聞いての通りだ。私は火急の用でここを離れるから、ペンダントを一旦君に預ける。いいか絶対にここを離れるなよ」
アシュトンは真田に釘を差すと、中央広場の方へと走って行った。
男性もその後に続いて、走って行った。
その後ろを見ていた真田は、手元にある青のペンダントを見た。
青のペンダントは太陽の陽光を受けて、控えめながらも蒼く美しい輝きを放っていた。
輝くペンダントを、真田は強く優しく握りしめた。
胸に宿す決意を表すかのように。
次の瞬間、農園から真田の姿形が忽然と消えた。
存在そのものが、最初から無かったかのように。
ソフィアの周囲には、巫女である自分を守るジェラルドが率いる護衛部隊とサガムの治安を守る警備部隊が大きく取り囲んでいた。
その数は両部隊を総動員かけた時とほぼ同等で、囲む輪は何重にも重なっていた。
その中には、隊員では無い一般の人達も混じっていた。
これが自分を守るように隊員達の背中を見ているのなら、ソフィアは安心感を得て、隊員達の事を心強く感じていただろう。だが、ジェラルドや両部隊の隊員達は背中では無く、離れた場所から顔を向けていた。
その表情は身に奥歯を噛み締めて受けた屈辱に耐え、沸き上がる怒りを我慢するようなものだった。
また隊員達は腰に下げている剣の柄に手を当てて、何時でも飛び出せるようにしていた。
ソフィアは他に人質となっている女性や子供のように、剣を喉元に当てられて恐怖で顔が引き攣っていたり、人質になった事への悲壮感で啜り泣き上げたりせずに、巫女としての毅然とした態度で立っていた。
しかし着ているロープの袖の中では、じっと両手を固く強く握りしめ、暴れまわる激情を抑えいた。
ソフィアを人質に取っているデラーは嘲笑を浮かべると、ジェラルドの方にと視線をずらした。
「ジェラルド隊長。早く野外演習場に置いてある馬車を持って来てくれませんか。ずっと立っている事に疲れましたよ」
ジェラルドは怒鳴りたかったが、してしまったら事態は悪化の一途を辿ると考えられたので、隊長として自分の感情を押し殺し、極めて普段と同じように努めた。
「部下に今持って来させている。お前達が乗って来た馬車の台数が多いから、時間がかかっている。もう少し待ってくれ」
「そうですか、早くして下さい。私は我慢は出来る方ですけど、こいつ等が我慢が出来るかどうか分かりませんからね」
「頭ぁー! そりゃ無いっすよ!!」
1人の男が軽口を上げると、周りの男達がけたたましい声を笑い声を上げ、それは中央広場全体にと広がって行った。
笑い声が収まると、ある一人の男が目の前に立っている男の人質になっている女性を見ながら口を開いた。
「しかし、お前は良いな。人質が綺麗な女で。素早く人質を取れとは言え、俺はガキでしかも男だぞ。街へ帰る途中、楽しめないぜ」
「そう落ち込むなよ。俺が終わったら貸してやるから、我慢しろよ。それにガキだって、使いようによっては楽しめるものだぜ」
「確かにそうだがよ。終わったらちゃんと貸してくれよ」
「ああ、分かっているって」
人間達の輪からそこかしこから聞こえて来る、人を自分の快楽を得る道具と勘違いしているような男達の屈辱的な言葉を聞いていた隊員達は、より一層に怒りに身体をたぎらせていた。
中央広場を隊員達から発せられる憎しみが覆う中、不意に声がした。
「ちょっとごめんよ。通してくれるかな」
その声は酷く場違いなもので、間違ってもジェラルドの後ろから聞こえていい緊張感の無い声では無かった。
ソフィアは耳に届いた声に、耳を疑った。
最初は幻聴かと。自分が渇望の果てに無意識に作り出したものかと考えていた。
しかし声の主はソフィアの疑惑を確信に変化させるように、
「ごめんよ。ちょっと通してくれるか」
どんどんとジェラルドの方に近付いていた。
周りに居る隊員達がイラついた視線を向けるが、声の主は足を止める事は無かった。
ジェラルドとデラーは何事かと怪訝な表情で声がする方を向いていた。
声の主は幾重にも重なっている人の輪から身体出すと、目の前に広がる光景に思わず目を丸くした。
「あーららら。聞いていたけど、ここまでとはねぇ」
声の主を見た瞬間、ソフィアは泣きそうになった。
今デラーに捕まって危機的な状況に陥っている事や周囲に自分を慕ってくれている人達が居るとか関係なかった。
ただ単に純粋に嬉しかった。あの時魔法が直撃したのにどうして無事なのか、今まで何処に居たのか等々の疑問が簡単に吹き飛ぶほどに、危機的な状況を忘れさせてくれるほどの喜びがソフィアの心と全身を暖かく心地よく満たしていくのが感じ取れていた。
ソフィアが心から会いたいと願った人物は、健在ぶりを見せつけるかのように、真田は大地にしっかりとした足で自立していた。
デラーはいきなり現れた見知らぬ真田に、眉を顰め警戒の籠った視線を送っていた。
手に持っているナイフを握る力を強めた。
ジェラルドは視線をデラーに固定したまま、会うとは思ってもいなかった真田の肩に手を置き、口を耳元に近付けデラーに聞こえない程の小声で。
「如何して来たんだ、サナダ。確かお前は今日一日中アシュトンの監視の下、農園での草取りの筈だが」
「まあまあジェラルド隊長。命の恩人が危機となれば、この身がどんな罰を受けようとも、駆けつけるのが筋っていうもんじゃないですか」
「確かにそうだが。今のお前に一体何が出来るというのだ」
「まあ、見ていて下さい。事態をより悪化させる事は絶対にしませんから」
真田は終わったとばかりにジェラルドとの会話を切り上げ、視線をデラーの方に向けた。
デラーは真田を見て、一層警戒感を強めた。
元々デラーはフィルド帝国内で最大規模を誇るシャルム商会の中でもやり手の商人だった。その手腕を買われ、サガムとの交易担当となった。
商人として豊富な経験があるデラーは経験則で知っていた。たった1つの不確定要素がどれだけの自らが望む結果を歪めるのか。
だから、神樹カドモニアの巫女を攫うのを為すのに、多くの時間と金をつぎ込んだ。如何すれば安全にかつ確実に周囲に居るジェラルドが手出しできないようにして巫女を攫るかを考え、へりくだった態度を取り続けて、エルフに自分が無害であるという印象を植え付けて、あるギルトと通じて違法な魔術道具を手に入れた。
より安全性を高めるために。
だが、何も知らない真田がこの場に居る事で自分の計画が、デラーは少しずつ狂っていくような感覚を覚えた。
それでもデラーはどうしても真田に対して、行動が移せなかった。
もし行動を移す事によって、事態が良い方向に動くのか悪い方向に動くのか判断が付かなかったからだ。どうしても自分にとって絶対的な有利性がある現状の維持というある意味中途半端な判断しか取れなかった。
こう思うのは商人として豊富な経験を有するデラーならではなのかもしれない。 これが若い商人なら、勢いのままに真田に食って掛かったかもしれない。
「一応言っておくよ人間の皆さん。ソフィア様を始めとする人質の人達を解放しなさい。こんな事をしても、あなた達の命を縮めるだけの行為に過ぎない。さっさと人質を解放して、自分達の国に帰りなさい」
デラーは真田に警戒が籠った視線を送りながら。
「‥‥‥はいそうですかと、解放すると思っているのかお前は」
「そうですよね。私もそうはしませんから」
「分かっているじゃないか。‥‥‥それよりも人間だろお前は? 何故エルフの味方をしている?」
「まあ、色々あったんですよ。いまでは此方でご厄介に」
苦笑交じりに言う真田の首かけられている物を見て、デラーは納得がいったかのように薄く笑った。
「なるほど、だからか。‥‥‥お前、俺の部下にならないか」
「なに?」
「俺は何れ大陸全土を股に駆ける商人になる。商いには多少の荒事は付き物でね。腕の立つ奴を探していてね。その点、お前はこのカドモニアの森の奥地まで来たのだから、ある程度腕は立つのだろ。その腕、俺は買うぜ。それに首にかけている首輪が簡単に取れて自由になれるぞ。何せこっちにはそれを可能とする最高の人質が居るからな。どうだ」
デラーは人質のソフィアを見せつけて、佇む真田に揺さぶりをかけて来た。
物事を判断するには、人は自己の経験から作り上げた基準点で判断する。
人は悪事を働いた他者に対してと不快に思うのは、その民族が長年かけて作り出した『常識』という基準点と照らし合わせて、非があったと思うからだ。
だからデラーは真田に揺さぶりをかけた。
真田がどういった思考回路をしているのか、真田が自分にとって利になる人物等、判断材料として使うからだ。
それも自由になるという、捕まっている者が喉から手が出る程の極上の餌を使って。
横に居るジェラルドは真田が何を言うのか注視し、ソフィアは不安な面持ちで固唾を飲んでいた。
「嫌だね! 貴様のような、か弱い女の子にナイフを突き付けている悪党の部下に誰がつくか! 私の罪は私のやり方で贖罪していく。間違っても自由になるのに人の命を蔑ろにする方法など取ろうとは決して思わない!!」
真田は忌々しく掃き捨てるような口調で、デラーの誘いを断った。
真田の言葉を聞いてジェラルドはうんうんと納得顔を浮かべ、ソフィアは喜悦の情で胸がいっぱいになった。
デラーは予測通りなのか表情を変えずに、真田の顔を見ていた。
「ふん。勿体ない事を」
「勿体ないかは私が決める事だ。貴様じゃない」
カドモニアの森に生息する魔物よりも、真田は凶悪な笑顔を浮かべた。
「もう一度言う。人質を解放して国へ帰るんだ!」
「くどいぞ!!」
デラーは真田の言葉を、強く一蹴した。
真田はデラーの態度に、残念そうに溜め息を吐いた。
「残念だな。この様な結果になって!!」
真田の視線はデラーの方へと向けられた。
その瞬間、デラーは真田の言葉が理解できなくなった。
言葉が理解できなくなったばかりか、自分の身になにが起きたのか理解出来なくなった。
根幹である意識を真田によって、一時的に強制終了させられたからだ。
デラーは白目をむいて、糸が切れたマリオネットのようにその場に音を立てて倒れた。
それと同時にナイフが手から離れ、地面に金属が落ちる音が鳴った。
いきなり人が倒れるという不可解な現象が起きたのはデラーだけでは無く、同じように人質を取って後ろに居た男達も同様だった。
男達もデラー同様に白目をむいて、地面に剣を落としてその場に音を立てて倒れた。
いきなりの事に何が起きたのか分からず、健在だった人間達が何の前兆も無しに倒れるという自分達の理解を超えた現象に、人質を始め逃げられないように周囲を囲んでいたジェラルドと隊員達、自由となったソフィアと他の人質はその場から動けず石のように固まっていた。
真田だけが少しつまらなさそうな表情を浮かべて。
「ジェラルド隊長」
真田の自分を呼ぶ声に、ジェラルドは我に帰った。
「どうした」
ジェラルドのしっかりとしていない言葉に、真田は呆れながら前方を差していた。
「どうしたじゃないですよ。早く人質の保護と人間達の確保を」
真田の言葉にジェラルドは、自分のやるべき事を思い出した。
間違っても呆ける為に此処に来たのだは無い。巫女を保護をして、人間達を捕まえに来たのだと。
「‥‥‥人質の保護をしろぉぉーー!! 人間達を捕まえるんだぁぁーー!!」
ジェラルドの腹の底から出した大声は、その場にいた全員を我に返すのには十分なものだった。
我に帰った護衛や警備の両部隊の隊員達は、濁流のように一斉に中央へと詰め寄った。
肩と肩をぶつけながらも巫女と住人達を保護をし、今まで抱いていた怒りをぶつけるように、憎しみの籠った目で倒れているデラー達を強く手加減なしに足蹴にしていた。
真田は用は済んだと、人質や倒れているデラー達に群がっている護衛や警備の両 部隊の隊員達を尻目に、農園の方へと歩いて行った。
ジェラルドと護衛隊員達に囲まれているソフィアは、何か言いたげそうな目で農園へと向かって行く真田を見ていた。
言いつけを守らずに農園から離れた真田は、途中で出会ったアシュトンから軽く注意を受けた後、残っていた作業に取り掛かっていた。
アシュトンは中央広場の一件で、隊長として後処理をしなければならないので、真田の監視役を続ける事が難しくなり、真田に草取りを1人でするように強く言いつけた。
真田はそれを聞いて、再び信頼されているのか舐められているのか、判断に困った。
それでも1人黙々と草取りをする真田も真田なのだが。
そんなことをするから後々に判断に困るような事が起きていると、真田自身気が付いていなかった。
時間が経ち西に傾いた陽光を受けて、木々が橙色に変色している頃。
まだまだ終わらない草取りに真田が閉口していた。
「(分かっていたけど、草取り終わらねぇぇぇーーー!!! ‥‥‥これ、終わるのか)」
自分の仕事の途方の無さに軽く絶望していたら、近付いてくる気配を感じた。
近付いてくる気配の組み合わせに少し違和感を感じた。
立場を考えれば、順当なのかもしれなかったが。真田にとっては初めての組み合わせだったので、少し戸惑いを感じた。
真田は気付いていない振りをしながら、周囲を警戒しつつ草取りを続けた。
「サナダ君!!」
真田はさも今気づきましたと言わんばかりに、自分を呼ぶ声がした方にへと勢いよく首を動かした。
視線の先にはアシュトンとジェラルドの両部隊の隊長が立っていた。
真田は個別に会った事があるが、2人一緒に会った事は無いので少し新鮮な気持ちだった。
「済まないが、こっちに来てくれないか!」
アシュトンの呼び声に応じて、真田は立ち上がって向かっていった。
「作業中すまんな。ちょっとある場所まで一緒に来てくれないか」
「ある場所に?」
「ああ、そこに君に会ってもらいたい人がいるんでね」
アシュトンの言葉に真田は、首を捻った。
罪人である自分にわざわざ会おうとする物好きに、真田には心当たりが無かった。
アシュトンは真田の様子を察し。
「行けば分かるさ。俺達について来てくれ」
軽い調子でそう言うアシュトンは、さっさと一人でその場所へと向かって行った。
アシュトンの思いがけない軽さに驚きを得て、その場から動けずにいる真田は横に居るジェラルドに。
「ジェラルドさん。アシュトンさんって、サガムの治安を守る警備部隊の隊長ですよね」
「ああ。それがどうした」
「アシュトンさんって、いつもあんな感じなんですか」
ジェラルドは渋い顔をした。言っていいのか躊躇っていた。
「まあな。アイツとは古い付き合いだが、何時もあんな調子だ。前に何回かそんな態度では部下に示しがつかないと注意したのだが、‥‥‥結果は見ての通りだ」
「そう‥‥‥ですか」
真田は曖昧に頷きながらも、脳裏に見た事の無い筈のジェラルドから注意を受けるアシュトンの姿がくっきりと鮮明に浮かび上がった。
「まあ、やるときはやる男だから、部下から舐められるという事は無いからな。そこは信頼している」
ジェラルドは笑みを浮かべて得意げに言った。
言葉の節々から、真田はジェラルドのアシュトンに対する信頼の大きさを窺い知れた。
真田はそんなジェラルドを少し羨ましそうに見ていた。
「さっ、そろそろ行くぞ。ある御方がお前をお待ちしているぞ」
ジェラルドの言葉に首を傾げながら、真田はジェラルドと共に、指定された場所へと行った。
真田が案内されたのは、とある施設の一室だった。
枝付き蝋燭台の蝋燭の赤い真綿のような火が、天井までに届きそうな巨大な女性の石像をゆらゆらと照らしていた。
真田は仕切りに手を置いて、照らされている石像を興味深かけに見ていた。
「へぇー、これが大地母神であるアシュタロテ様の石像ですか。大きいですね」
「そうだ。我らが神であらされるアシュタロテ様の石像だ。‥‥‥しかし良く知っていたな。サナダ」
「ええ。オルセンさんとの雑談の中で、神殿の事も教えてもらったので」
「そうか、オルセンがか」
ジェラルドは少し納得したように、頷いた。
「しかし、よろしいのですか」
真田は自分が場違いな場所に居るのではないかと、周囲を気にするように見回した。
「私のような罪人をこの様な神聖な場所に連れて来て。大体この様な場所には普通は入れさせないものなのでは?」
「大丈夫だろう。何せ相手側がここを指定して来たのだから」
「そうですか」
後ろの5人程が座れる長椅子に、足を投げ出してだらしなく腰かけているアシュトンのなげやりとも取れる言葉を聞いて、真田としては色々と疑問が残ったが、ひとまず納得する事にした。
真田がアシュタロテの石像から見て取れる、卓越した職人の腕前に感嘆の目で見ていると。
「サナダ。来られたようだぞ」
真田はジェラルドの言葉に、新たな気配を感じた方へと視線を動かした。
「(神殿で私を知っている人と言えば、この人しかいないよな)」
真田が入って来た一般信者用の扉と違う、神殿の関係者以外立ち入り禁止の扉から、純白のロープを着たソフィアが入って来た。
その白くか細い腕には、デラーからの贈り物である金色のブレスレットは、填められていなかった。
何時もは世話役の女性が付いている筈なのだが、どういう訳か1人で神殿の礼拝室に来た。
「ソフィア様」
ソフィアの姿を見ると、真田は深々と頭を下げた。
ジェラルドとアシュタロテも真田と同様に、ソフィアに深々と頭を下げた。
ソフィアは頭を下げている真田の前に立つと。
「タクトさん。頭を上げてください」
何処か少し緊張しているような口調のソフィアに、若干の違和感を感じながらも真田は頭を上げた。
真田の目には、一見すると何時もと同じ表情に見えるのだが、微妙に表情が硬いソフィアが映っていた。
「タクトさん。神殿に来て下さってありがとうございます。本来ならば、私がタクトさんの所に行かなければいけないのですが。人間達の一部がまだサガムに隠れている可能性があるから、まだ安全が確保できていないと言われたので」
少し申し訳なさそうに言うソフィアに、真田は何ともないように。
「それは仕方がありませんよ。私としてもソフィア様がこれ以上危険に遭うのは好ましくないですから」
「そう言っていただけて、助かります」
ソフィアは微笑みを浮かべると、
「タクトさん」
真剣な表情をして、真田の顔を見た。
「中央広場でのデラーを始めとする人間達が起こした人質事件を解決して下さってありがとうございます。こうして人間の街へ強制的に連れて行かれそうになった私が巫女として続けられるのも、他の皆が自分の居場所に居られるのも、あの時タクトさんが居て下さったからこそ。皆を代表して礼を言います。ありがとうございます」
そう言ってソフィアはゆっくりと優雅に深々と頭を下げた。
その姿を見て、真田はギョッとした。
ソフィアから人質解放のお礼は言われるとは思っていたが、まさか頭まで下げられるとは思ってもみなかった。
特別な地位に居る人物が頭を下げるというのは、真田にとって想像だにしなかった事だった。
ソフィアはゆっくりと優雅に顔を上げた。
「タクトさんに何か褒美を取らせたいのですが、何か欲しい物はありますか」
「いえ、私はソフィア様から受けた恩義を返せただけでも、充分です。褒美などは」
真田が
「そうですよね。心優しいタクトさんならそう言うと思って、私の方から私がやれる範囲で、タクトさんにとって助かるものを用意しました」
「助かるもの?」
「ええ。‥‥‥ジェラルド隊長」
ジェラルドは頷くと、ポケットから鍵を取り出した。
「(あ、あれは!?)」
真田はその鍵に見覚えがあった。
自分の首にかけられている『フォース・ファロス』の鍵だった。
真田がその鍵をジェラルドがどう使うのか注視していると、ジェラルドは真田の後ろに回った。
ジェラルドは持っている鍵を、『フォース・ファロス』の鍵穴に差し込んだ。
次の瞬間、カチャ!!と、噛み合っていた金属同士が離れる音が、真田の耳に届くと首輪は半開きになり、首からずれ落ちて行った。
ずれ落ち行く首輪を手に取ると、真田は眉を顰めて疑わしい目で首輪を見ていた。
「よろしいのですか」
「何がです?」
いまいち言葉の真意を理解出来ていない言葉ソフィアに、真田は訝しげに見ていた。
「確か私の記憶が正しければ、この首輪は罪人用の枷でしたね。だから私にかけられそうになった時、ソフィア様が唯一反対して下さったと記憶していますが」
「よく憶えていましたね。そうですよ」
「その枷を外してどうするんですか。枷を外されて自由となった私が暴れると考えなかったのですか」
真田の詰問するかのような少しキツイ口調に、ソフィアの無警戒の目で少し首を傾げると。
「タクトさん暴れるんですか」
「うっ! ‥‥‥暴れませんけど」
ソフィアの指摘に思わずたじろぎ、少しぶっきらぼうに答える真田に、ソフィアは晴れやかな色を顔に浮かべた。
「なら良いじゃないですか。その首輪がある事でタクトさんも御不自由や精神的な負担があったかと思いましたから、長老に掛け合い首輪がとれるようになったんですよ」
ソフィアの純粋な善意の笑みが、真田にとっては心を抉る暗黒の刃と同等だった。
「(い、言えない。この首輪があろうとなかろうと、たいして関係が無かったとは、断じて言えない)」
ソフィアの善意を踏みにじるような真似をしたくない真田は、背中に冷や汗を掻きながら愛想笑いをするしかなかった。
真田が愛想笑いを浮かべていると、ソフィアは少し離れた場所に立っていたジェラルドとアシュトンの方に向いた。
「ジェラルド隊長、アシュトン隊長。少しの時間席を外してもらえませんか」
「「はっ!」」
ソフィアの御願いするような言葉に、ジェラルドとアシュトンは同時に深々と頭を下げた。
真田はそんな2人の行動を驚きを持って見ていた。
アシュトンはともかくとして、ソフィアの護衛隊長であるジェラルドがこの場からあっさりと引き下がると思っておらず、てっきり巫女であるソフィアを1人にするのを反対するのだと真田は思っていた。
ジェラルドがこうもあっさりと引いた裏に、ソフィアと最年長の神官、ジェラルドとの激しい攻防戦があったのを真田は知る由もなかった。
アシュトンは真田と共に入って来た入口の方へと歩いて行き。ジェラルドは真田の肩に手を置き、真田の耳元に顔を近づけ、ソフィアに聞こえないような小声で、
「ソフィア様に妙な真似をするなよ。もし泣かせるような真似をしたら、私はアシュタロテ様の御名の下に、あらゆる手段を用いてお前に鉄鎚を下すからな」
ジェラルドのぞっとするように低く、ドスのきいた声に真田は、少し涙目でコクコクと首の骨に異常をきたすほどの高速で頷いていた。
ソフィアはジェラルドは真田に何をしているのだろうと、疑問に満ちた目で見ていた。
ジェラルドは真田に少し納得した表情を向けると、首輪を受け取るとアシュトンと同じ方向へと歩いて行った。
ジェラルドとアシュトンの姿が見えなくなると、ソフィアは真田を見た。
その表情は先程よりも緊張した面持ちだった。
「タクトさん。あの‥‥‥ですね。その‥‥‥ですから」
ソフィアは真田に自分の思いを伝えようとするのだが、人質解放してくれたソフィア個人としてのお礼や試合の後どうなったのか等々、真田に言いたい事が多すぎてどれを言ったら良いのか分からず、どもって言葉に表す事が出来ずにいた。
ソフィアが自分の思いを言葉に出せずにいると、真田はソフィアの頭に右手を置いた。
あまりの自然だったので、ソフィアは置かれるまで気が付かなかった。
ソフィアがいきなりの真田の意図が分からず、キョトンとしていた。
真田は人の良さそうな笑顔を浮かべて、ソフィアの頭を優しく撫でた。
それはやるべきことをやった子供をほめるようなものだった。
「怖かったろうソフィア。だがよく頑張ったな。人質の時に見せた毅然とした態度、あれは人質になった他の皆を不安にさせないようにしたんだろ。さすがだな」
ソフィアは訳が分からなくなっていた。
何で真田が自分の頭を撫でているのか。何で自分はそれをすんなりと受け入れているのか。
でも確かなのは真田が優しく自分の頭を撫でる度に、温かな気持ちが胸一杯に広がり、無意識に築いていた氷の壁が、ソフィアは溶けていくのが感じ取れていた。
「(この人は‥‥‥何で‥‥‥こうも‥‥‥私の事を)」
ソフィアは目頭が熱くなるのを感じると、立っている真田の姿がぼやけて見えて来た。
それが涙と気付くのに、時間を要した。
ソフィアは自分の胸中を嵐のように激しく渦巻き、恐怖や安堵、悲しさ、憎しみと言った複雑に入り混じった感情についに耐え切れずに、自分にとって巫女としての権威を示す礼拝室の中だと忘れて、ぼろぼろと目から絶え間なく流れる涙を止める事はせずに、感情の赴くままに流し続けた。
「ごあがっだぁ! ごあがっだぁ! ごあがっだよダグドさぁぁぁーーーん!!」
ソフィアは顔をクシャクシャにして、大声を上げて堰を切ったかのように泣き出した。
礼拝室の中はソフィアの悲痛な叫びが、鳴り響いていた。
その姿は神樹カドモニアの巫女では無く。
他の人とちょっと違うだけの、何処にでも居るようなだたの華奢な女の子だった。
真田は泣いているソフィアを嫌な顔を一つせずに頭を優しく撫で続けていた。
「(怖くなかったなんてないもんな。荒事に慣れていないか弱い女の子が、ナイフを首元に突き付けられて人質にされていたんだ。その身に感じた恐怖は計り知れなかっただろう)」
真田は泣いている我が子を慈しむような親のように、ソフィアの頭を優しく撫でていた。
ソフィアは自分の事を分かって欲しい子供のように泣いていた。
ソフィアが言葉にならない声を上げて泣いているのにもかかわらず、礼拝室は不思議と春を思わせるような温かな雰囲気が漂っていた。
礼拝室に安置されているアシュタロテの石像は、そんな2人を静かに見守っていた。
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