第15話 嘘の破綻
泣きじゃくるミーシャをあやして数時間後、真田はサガムに到着した。
真田はサガムの正確な位置を知らないので、ミーシャに道中の道案内を頼んだ。
途中何度か休憩をはさみ、到着したのは空に燦然と輝く太陽が、少し傾いた頃だった。
「ああやっと到着した。地味に遠かった」
「そうですね、サナダさん」
歩きながら両肩を解すように回して言う真田に、ミーシャは嬉しそうしていた。
真田とミーシャは雑談をしながら仲の良い友人のような朗らかな雰囲気を醸し出して、疎らであるが人の流れがある大通りを歩いていた。
歩いている真田を、見る人々の目は侮蔑の色を含ませ見るか。居ない者として無視をするかどちらかであった。
「それよりもいいんですか」
「‥‥‥何がですか」
詰所まであと少しの所、中央の広場でミーシャは真田に声をかけて来た。
「森の中で言った事です。自由となれるチャンスがあったのに」
ミーシャはそう言いながら、首からかけている青のペンダントを握った。
「ああ、あの事ですか。いいんですよ。この首輪をちゃんと取らないといけませんから。‥‥‥それに」
「それに?」
ミーシャが真田から先の言葉を引き出そうのを遮るかのように、
「ミーシャちゃん?」
前方から女性の声が聞こえて来た。
真田とミーシャは声がした方を見ると、女性が立っていた。
その表情は驚きに満ちていた。
その女性を見たミーシャも驚いた表情をしていた。
「アシュリーさん?」
立っていたのは詰所の食堂の料理長のアシュリー=ダフだった。今は何時もの白いエプロン姿では無く、ミーシャと同じような鎧一式に肩から弓を掛け、左腰には装飾が立派な鞘に入った剣を携えていた。
ミーシャが呟くと、兜を脱ぎながらアシュリーは駆け寄ってきた。
「本当に本当に? ミーシャちゃんなの?」
「ええ、そうですけど。どうしたんですかアシュリーさん?」
目の前のアシュリーの迫力に若干引き気味のミーシャだった。
アシュリーはミーシャの背丈まで屈むと、周囲の目があるのにかかわらずに、突然ミーシャを抱き寄せた。
突然の事に驚いて何も出来なかったが、徐々に恥ずかしくなって頬を赤くして振り解こうとジタバタとミーシャは暴れるが、よほど強い力で抱きしめられているのかビクともしなかった。
ジタバタと暴れるミーシャを他所に、アシュリーは誰に聞こえないような小声で、
「生きていた。本当に生きていた」
目を細めて、存在を確かめるように頬摺りをしていた。
その細めた目に涙が少量溜まっているのには誰も気が付かなかった。
「ちょっ、止めて下さいアシュリーさん! は、恥ずかしいですよ!」
恥ずかしいミーシャは両手に力を込めて、アシュリーを離そうとするが、アシュリーも負けておらず、何としても頬摺りをしようと、歯を食いしばってミーシャの顔に近付こうとしていた。
そんなやり取りをしているミーシャはアシュリーを離そうとしているが、顔は嫌そうには見えなかった。少し楽しそうにも見えた。
真田はそんなミーシャとアシュリーを一瞬、羨ましそうに見ていたが、直ぐに表情の奥に引っ込ませた。
「あのーオルセンさん。もう遅いかもしれませんが、周りの目を‥‥‥」
真田に言われてミーシャは周囲に目をやった。
ミーシャの周囲には騒ぎを聞きつけた人達の輪が幾重にも出来ていた。
広場の真ん中で抱き合っていれば、嫌でも人目に付き、周囲に人が集まるのは無理はなかった。
ミーシャは知り合いばかりの周囲の遠慮の無い好奇な視線に晒されて、恥ずかしさのあまり顔を真っ赤にした。
真田と周囲の好奇な目にミーシャは、何もしていないのに何で自分は恥ずかし目に遭っているのかと疑問と共に怒りが沸々と湧き出し、そもそもの原因であるアシュリーに、
「‥‥‥いい加減に離れろぉぉ!!」
ミーシャは外見とは似つかわしくない声で、力を込めて思いっきり突き飛ばした。
突き飛ばされたアシュリーは「ぐえっ!!」と、また似つかわしくない声を上げて地面に倒れた。
そんな2人の様子を少し離れた所から真田は若干引き気味に見ていた。
肩で息をしているミーシャは、倒れているアシュリーに問いかけた。
「一体どうしたんですか、いきなり抱き付いたりして! あと、料理長なのに鎧を装備したりして、どうしたんですか!?」
落ち着かせるようにアシュリーは話し始めた。
「ああ、まあそこらへんの諸々の事は、別の場所でね。当然横の君にも来てもらうよ。‥‥‥サナダ君」
アシュリーから放たれた変な迫力に、真田は一瞬緊張が走り鉄剣を抜きかけた。
アシュリーは少し笑いながら、立ち上がり、警備や護衛部隊の詰所の方に歩いて行った。
真田は未だ興奮冷めやらぬミーシャに。
「‥‥‥どうしますか」
「はあ、本音としては無視をしたいですが、したらしたで面倒になりますので、ここは素直について行った方がいいですね」
ミーシャのどこか諦めたような言葉に、真田は苦笑した。
真田とミーシャは肩を落として、アシュリーの後を追う様に歩き始めた。
真田とミーシャが並んで座っているのは、詰所の食堂の端のテーブルに備えられている木製の長椅子だった。
料理場の方では、昼時を過ぎている事もあって、汚れた食器を洗う音や遅めの昼食を食べている料理人達が見られた。
じっと座ってアシュリーを待っていると、
「いやーごめんね。待ったぁー?」
気の抜けた言葉と共に入り口から薄緑色の服の上に何時もの白いエプロンを着て、その大きな胸を揺らしながら、真田達が座っているテーブルに駆け寄ってきた。
真田は駆け寄って来るアシュリーの動いている一部分を見て、感嘆の声を思わず上げそうになったが、寸での飲み込み、断腸の思いで必死になって目を反らした。 その頬は少し赤くなっていた。
ミーシャはアシュリーから目を反らしている真田に。
「サナダさん。やはり男性は胸の大きな女性が好きなんですか」
真田は、ブッ!!と、思わず吹いた。
いきなりの事に真田の呼吸器は乱れ、整えようとゴホゴホと咳を切って、ミーシャの方を振り向いた。
「な、なんですかいきなり!?」
図星なのか頬が少し赤い真田が問いかけるが、ミーシャは真田の方を一切向かずに、駆け寄って来るアシュリーを見ていた。
より正確に言うならばアシュリーの大きく動いている一部分を見ていた。
「どうなんですか」
「いや、如何と言われても‥‥‥」
「どうなんですか!!!」
食堂に響くミーシャの有無を言わせない迫力に負けて、おずおずと真田は口を開いた。
「一般論、一般論ですよ。‥‥‥やはり無いよりは有った方が男性は喜びますね」
真田の微妙に言い訳じみた言葉を聞いて、ミーシャは自分の小さな胸部を見て、肩を落として絶望に打ちひしがれた。
見るからに落ち込んで、負のオーラを放出しているミーシャに、真田はどうしたものかと困ったように頭を掻いていた。
この時真田は、どうやったら女性を励ませる方法を『アイツ』から習っておけばと良かったと、本気で考えていた。
アシュリーはテーブルに到着すると、落ち込んでいるミーシャを見て。
「どうしたの、ミーシャちゃん?」
ミーシャは、ガバッ!!と顔を上げて、アシュリーを親の敵と言わんばかりに忌々しそうに見て。おもに胸部を。
「なんでもないですよ」
ミーシャの憎しみが籠った言葉にアシュリーは訳も分からずに、事情を知ってそうな真田に顔を向けるが、真田はお手上げと肩を竦めるだけだった。
アシュリーは首を傾げながらも、木製の長椅子に座った。
「さて、ミーシャちゃん。採取中で何があったの? 出発時には一緒だったのに、帰って来た時は、如何してウィルソンとは別々で帰って来たの?」
聞いた瞬間、ミーシャの瞳に怒りが籠った。
ミーシャは胸に渦巻く激情を抑えながら、極めて冷静に努めようとした。
「それは簡単な事ですよ。ウィルソンが嘘をついたからですよ」
「嘘? 誰に?」
「この人にですよ」
ミーシャは真田を示すかのように左肩に手を置いた。
アシュリーは怪訝な表情で真田を見た。
「それは本当なの?」
「らしいですね。オルセンさんが言うには」
「らしいじゃない、本当です!! ‥‥‥カヌスウルフを発見したウィルソンは、自分が助かりたいが為に、平気でサナダさんに呼ぶ気も無い応援を呼ぶと嘘を付いて見捨て。途中で嘘だと気付た私は、援護にとサナダさんの所に戻ったので、サガムに到着するのが別々になったんです」
ミーシャは言っていてその場面を思い出したのか、怒りにわなわなと身を震わせていた。
アシュリーは納得がいったように頷いていた。
「だからウィルソンのはなたれ小僧は、ミーシャちゃんは死んだと言ったのね」
「えっ!? どういう事ですか」
ミーシャは耳を疑った。既に死んでいる事になっている事に信じられ無かったからだ。
サガムでは森に出かけ、任務中何かしらの要因で行方不明となった者は後日改めて、捜索隊が編成されている事になっている。捜索隊が何日もかけて、行方不明となった場所を中心に捜索するが、それでも見つからなかった場合のみ、他の人に初めて死んでいると言える。
だからウィルソンがアシュリーには、ミーシャは行方不明と言うべき筈なのに、肝心の捜索をせずに死んだ事にしているウィルソンに、ミーシャは驚きと共に怒りを感じていた。
「どうもこうもないわ。いつものように広場でミーシャちゃんの帰りを待っていたら、ウィルソン達の姿が見えても、一向にミーシャちゃんの姿が見えないから、班長であるウィルソンに聞いたら。カヌスウルフとの戦闘の際、ミーシャちゃんが死亡したと言うから、チョットキレて、ウィルソンを半殺しにしちゃったの」
アシュリーは茶目っ気たっぷりに、子供が悪戯を話すように舌を少し出して言うが、結果的に騙されたで張本人ある真田は思わず、半殺しになったウィルソンに同情の念を送った。
横に居るミーシャはざまみろと、すました顔をした。
「それでミーシャちゃんを探しに行こうとしたら。広場で見かけたから、思わず抱き付いちゃったという事なの」
「そうなんですか」
そう答えたのは真田だった。ミーシャは広場の出来事を思い出したのか、ブルブルと顔を赤くして震えていた。
「そうなのよ。‥‥‥しかし森でそんな事が起きていたのね。ウィルソンに手心を加えて半殺しでは無く、やっぱり虫の息まで痛めつければよかったわ」
「今度からそうして下さい」
アシュリーの危険な言葉にミーシャは同意した。
横で黙って聞いていた真田は内心、止めてくれと、強く願った。
「しかし」
アシュリーは探るような疑問の視線で、座っている真田を見ていた。
「‥‥‥ミーシャちゃんは、こういう男の子が好みなの?」
アシュリーの何気ない一言に、ミーシャは理解が出来ずに固まった。
「‥‥‥なにがですか?」
「だから、ミーシャちゃんはサナダ君のような男の子が好みなんでしょ」
ミーシャはこれ以上のないという程に顔を真っ赤にして、勢いよく立ち上がった。
「アアアアシュリーさんななななな何言っているんですか! わわわわ私が、ささささサナダさんを、すすすすすす好きな訳ないですよ!!」
ミーシャの狼狽する言葉にアシュリーは冷静そのものだった。
「でも、命を落とすかもしれない凄く危険な場所に居る人を助けに行くなんて、その人を好きじゃないと出来ない事よ」
「そ、それはですね。‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥誇りの為ですよ」
アシュリーは長かったわねと、誰にも聞こえないように小声で呟いた。
「誇りの為なの?」
「そうです。あのまま嘘をついて人の命をないがしろにするのは、私達エルフ族の誇りを著しく傷をつけ、いずれ私達に仇を為すと考えたからです。だからこの命を落とす事となってもサナダさんを助けに行こうと思ったんです!」
ミーシャは自分で何を言っているんだと混乱しながらも、何とか尤もらしく聞こえるな言葉を声高に叫んでいた。
「それじゃ、ミーシャちゃんはサナダ君を助けたのは好意では無く、民族の誇りの為なのね」
「そ、そうです! それ以外はなにも無いです」
「‥‥‥ミーシャちゃんはそう言っているけど、サナダ君」
アシュリーの問いざすような視線につられて、ミーシャはえっ!?と、横に座っている真田の方を見た。
真田はがっかりしたように肩を落とし、鉛より重たい雰囲気を醸し出していた。
「あの危険な場所で援護をしに来てくれたのは、私の事が好きだと思っていたのですが。冷静に考えればそうですよね。まだ1日しか会っていない、碌に会話もしていない相手を好きになる事は無いですよね。しかも相手は罪人ですからね」
真田は悲しそうに、涙をすすり上げながら言っていた。
聞いていたミーシャはしまったと顔を顰めたが、かと言ってなんて言えばいいのかわからず、脳内は指示の乱立によって混乱を極めていた。それが結果的に邪魔をして次の行動が出来ずに立ち尽くしていた。
そんな真田にアシュリーは慈愛に満ちた表情を向けていた。
「サナダ君、年上はどうかな?」
「‥‥‥アシュリーさん、僕」
真田が救いを求めるかのような目をして、差し出されたアシュリーの手を握ろうとしたが、
「駄目ぇぇぇぇーーーー!!!!!」
顔を真っ赤にしたミーシャが、今まさにアシュリーと真田の手の間に身体ごと机の上にのせ、大声を上げて割って入った。
「ま、まだ早いですよ。アシュリーさんとは会ってすぐじゃないですか。お互いの事を何も知らないのに付き合うのは危険ですよ。こういうのはもう少し段階を踏んでからで。それに‥‥‥」
早口でまくしたてるミーシャは言っていて、ある事に気が付いた。見ていた真田とアシュリーの顔が、いつの間にか2人共ニヤニヤと意地の悪そうな笑顔を浮かべていた。
ミーシャは少し固まった。そして時間が経つと、脳裏にある考えが浮かんで来た。
「まさか‥‥‥」
ミーシャの考えが正解と言わんばかりに、真田とアシュリーは更に表情を輝かせていた。
アシュリーは狼狽するミーシャを見て、年甲斐もなく悪戯心を燃え上がらせていた。アシュリーの視線を受け取った真田は、直ぐに意図に気付き、わざと落ち込んでいる振りをして言った。
更に悪乗りをするアシュリーに真田は乗っかり、手を握ろうとしたのだ。悪戯とは気付かずにミーシャは反射的に遮ろうとした。
得られた結果に真田とアシュリーは御満悦の様子だった。
「何が早いのかな、ミーシャちゃん」
ニヤニヤとして猫撫での声のアシュリーに、ミーシャは反論を言いたがったが、さらに墓穴を掘りそうな予感がしたので、頬を紅潮させて悔しそうにアシュリーを睨めつけ、もう話したくないとアシュリー達に背を向けた。
拒否の姿勢のミーシャにアシュリーは、
「ごめんごめんミーシャちゃん」
と、謝罪の言葉を述べるが、その表情は困っているでは無く、楽しんでいるように見えた。
ミーシャは視線を合わせようともせずに、じっと黙って不貞腐れた様子で壁を見ていた。
アシュリーは向いてもらう様に、何度もミーシャに声をかけるが、それら全てを無視された。
ミーシャの態度にほとほとに困り果てたアシュリーは。
「ありゃりゃ、怒らせちゃったかな?」
「アシュリーさんがからかうからですよ」
「えー、サナダ君だってノリノリだったじゃない」
「‥‥‥そんなことはないですよ」
真田はアシュリーの追及をかわそうと、あさっての方を向いていると、食堂の入口からある人物が入って来た。
「あっ!! ジェラルド隊長」
「‥‥‥サナダなのか?」
ジェラルドは聞こえた来た声に驚いた様子で真田の方に向いた。
ジェラルドは驚いた表情で速足で並べられているテーブルの合間を縫い乍ら、真田に近付いて来た。
「お前生きていたのか。‥‥‥じゃあ、隣に居るのはオルセンなのか」
「ええ、まあ」
不貞腐れていたミーシャは自分の名前を聞こえたので、窺うような顔をして振り向いた。
「ウィルソンからは、お前達がカヌスウルフとの戦闘で死亡したと聞いていたが‥‥‥」
真田は内心、やっぱりかと思った。
「となると、ウィルソンは嘘の報告をしたのか。‥‥‥確かにおかしいと思ったんだ。戦闘をしたという割には、鎧には傷が無い上に血でそんなに汚れていなかった。戦闘そのものが嘘だったという事になるのか。‥‥‥しかしなんでウィルソンは嘘をついたんだ?」
「簡単な理由ですよ。それは私が目障りだからですよ」
さも当たり前のように言う真田に、ジェラルドは怪訝な表情を向けた。
ミーシャは沸き立つ怒りを抑え込むように、奥歯を噛み締め。アシュリーは興味深そうに真田を見ていた。
「どういう意味だ。お前とウィルソンとは直接的な利害関係は無い筈。しかも昨日が初見はずだ」
「お忘れですか。私は神樹カドモニアに登った大罪人ですよ。本来なら極刑の筈ですが、巫女様と他1名の命を救った事で3ヶ月の監視付きの労働刑に減刑になったんですよ」
「そうだな。だが、それが今回の件に繋がるのだ?」
「‥‥‥ああ、そういうことね」
真田の代わりに声を出したのは、黙って聞いていたアシュリーだった。その表情は納得したようなスッキリとし、何処か馬鹿にしたような表情だった。
真田達の視線がアシュリーに集まった。
アシュリーは教え子に諭すかのような声で。
「いいジェラルド。本来極刑であるはずの罪人が、何故か3ヶ月の監視付きの労働刑になっている。巫女様の命を救ったという事情を知っている者は納得する。‥‥‥では事情を知らないものは?」
アシュリーの問いかけにジェラルドはハッと何かに気付いたような表情をした。
「事情を知らないウィルソンは審議の結果に不満に思っていた。偶然にも森で魔狼カヌスウルフと遭遇したアイツはこれ幸いに、長老に代わりサナダ君に極刑を下そうとにした。脅威であるカヌスウルフに勝てないだろうと考えたのでしょう。そして町に戻り、サナダ君が居ないのはカヌスウルフとの戦闘で死亡したと、上に嘘の報告をしたと。‥‥‥正解かしら、サナダ君」
「ええ、アシュリーさん」
謎解きを楽しんでいるかのようなアシュリーに真田は頷いた。
「で、私が気になるのはサナダ君。君はウィルソンの嘘に何時気付いたの?」
「そうですね。ウィルソンさんが私に説明する際に、『カヌスウルフ討伐隊を編成して、戻ってくる』と、言われた時ですね」
「その一言でですか、サナダさん!?」
当時現場に居たミーシャの驚きの言葉に、真田はさも当然のように。
「考えてもみて下さい。何処の世界に、危機に陥ろうとする罪人を助けようと援軍を呼ぶ奴がどこに居ますか。そのまま見捨てるのが定石。罪人が命を落とせば、その分の労力は軽減され、監視者は通常任務に戻れて、罪人用の食糧も浮きますからね。だからあの時の言葉はむしろ不自然すぎて、嘘くさく感じたからですよ」
アシュリーとジェラルドは納得がいったように頷いた。
ミーシャは聞いていて納得が出来たのとは別に、自分でも分からず何故か真田と離れるという想像をして、自分の胸の奥が、ズキッ!!と、ナイフが刺さったような小さいが確実に痛むのを感じた。ミーシャは痛んだ所を首を傾げながらも右手で摩っていた。
「最後に一つ。嘘を付かれて見捨られたのに、何故サガムに戻って来たの? 先程ミーシャちゃんが『援護にと戻った』と言ったわ。監視者が戻って来たという事は君はある程度自由の身だったという事。そのまま逃げ出す事も出来た筈、何故それをしなかったの?」
ジェラルドとミーシャは、うんうんと、何度も首を縦に動かしていた。更にミーシャは自分が聞きたかった事に、真田を言葉を一言一句聞き逃さないように集中していた。
真田はそんなミーシャ達の視線に少し照れたように頭を掻いた。
「大層な理由がある訳では無いですよ。‥‥‥陥れようとしたウィルソンさんの驚く顔が見たかった。ですかな」
ミーシャ達は信じられない様子で苦笑を浮かべる真田を見ていた。
『フォース・ファロス』での身体的な束縛と面倒な労働刑や煩わしい監視者から唯一無二の解放されるチャンスを、棒に振った真田が信じられなかったからだ。
「そ、そんな理由で戻って来たんですか」
「そうですね。‥‥‥一種の道楽ですかな。まあ私には十分な理由ですよ」
真田は楽しそうに答えた。
真田は身体を未だに固まっているジェラルドの方を向けた。
「ジェラルド隊長。これから私はどうすればいいんですか? 何か仕事があるのならしますが?」
「あ、ああ。‥‥‥‥‥‥今、お前がやるべき仕事はない。牢屋の方で大人しくしていろ。オルセン、コイツを牢の方に」
「はい。‥‥‥サナダさん此方に」
ミーシャは真田を連れて、牢屋の方に向かった。
真田は席から立ち上がると、ジェラルドに借りていた鉄剣を返して、アシュリーとジェラルドに軽く一礼をして、退席をした。
真田は寝泊まりしている牢屋の前に到着した。
本来居る筈の扉の前に居る筈の、見張り番は居なかった。真田は居ない時は別の任務に就いているのか、ウィルソンの嘘の報告で扉の前に立つ必要性が無くなったのだろうとぼんやりと考えていると、前を歩いていたミーシャが急に立ち止り、真田の方へと振り返った。
ミーシャは牢屋の出入り口の鍵を開けるのではなく、ミーシャはじっと獲物を狙う捕食者のような目をして、真田を見ていた。
真田は突然のミーシャの行動に首を傾げていた。振り返った時は何を言うのだろうと身構えたが、一向に何も言わずに見ている事に戸惑っていた。
真田がミーシャに声をかけようとしたが。
「あ、あの! サ、サナダさん!!」
「は、はい!」
顔を上げたミーシャから声をかけられて、思わず真田は反射的に返事をした。
「(い、一体どうしたんだ!? 知らずの内に、彼女に何かをしてしまったのか!?)」
真田はミーシャから発せられる剣呑な雰囲気に思わず一歩下がり、背中に冷や汗をかいた。
真田とミーシャの間には、ピンと糸を張りつめたように緊張感が漂っていた。
真田が現状の打破を如何するべきかと考えていると、先に動いたのはミーシャだった。
「命を助けていただいて、ありがとうございます!!」
「‥‥‥え、えっ!?」
ミーシャの並々ならぬ決意の籠った言葉に、真田は今一つ要領を得ない声を上げる事しか出来なかった。
真田は自身の混乱を落ち着かせようと、ミーシャに問いかけた。
「‥‥‥いきなりどうしたんですか。オルセンさん?」
「アロコンダの時に噛まれそうになったのを助けてもらい、カヌスウルフの時には、恩返しにと援護に行きましたが、逆に助けられ。色々あったとは言え、今まで御礼を言わずにすみませんでした」
ミーシャの申し訳なさそうな言葉に、真田は長年の疑問が解けたかのようにすっきりした表情をした。
「いえいえ。オルセンさん気にしないでください」
「そう言われても私は気にしてしまいます。ですから、何か恩返しが出来ないかとサガムに帰るまでの道中、ずっと考えていました」
「(‥‥‥だから、ずっと黙っていたのか)」
真田は納得が言ったかのように頷いた。事実、カヌスウルフを倒した場所からサガムに到着するまで、ミーシャは何か思い詰めたかのようにずっと黙っていた。言葉を発したと言えば、道中での休憩を真田に言う時ぐらいであった。
真田はそんなミーシャに気圧されて、一言も声をかける事が出来なかった。
ミーシャは落ち着かせようと、一呼吸置いてから口を開いた。
その表情は、これ以上ないという程に真っ赤だった。
「わわわわ私をももも貰ってください!!」
真田はミーシャの言葉が理解できずに、口をポカンと開けて、石像のように固まっていた。
固まっている真田を他所に、ミーシャは装備している鎧一式を外し、下に着ている深い紺の長袖の麻の洋服姿になった。
鎧の下は蒸れていたのか、汗で麻の洋服がミーシャの肌にピタリとくっ付いており、スラリとした体型を惜しみなく見せつけていた。
ミーシャが上着を捲り上げ、腹部の白い肌を晒しだした所で、真田はふと我に帰り、捲り上げようとするミーシャの両腕をガシッと掴んで止めた。
「な、何をしているんですか!?」
「は、離して下さい! わ、私にはこの方法しか!!」
少し錯乱しているミーシャは何としても上着を捲り上げようとするが、真田がそれを阻止しようと両手に力を込めた。
真田は何時まで経っても上着を捲し上げる事を止めないミーシャにため息を付いた。
「そんな事をされても、私は決して喜びませんよ」
効果は劇的だった。先程まで真っ赤だったミーシャの顔色は青白くなり、絶望に打ちひしがれた表情となった。
胸中はある思いが支配した。真田に嫌われたと。
「(嫌! 嫌! 他の人からどんなに嫌われても、それだけは絶対に嫌!! でもでも何で駄目なの!!??)」
ミーシャは絶望的な状況で、救いを求める神に縋る信仰者のような表情をして、真田を見ていた。
真田は何だか自分が物凄く悪い事をしているように思えて来た。
少しして真田は、自分の考えを振り払うかのように、首を横に振った。
「オルセンさん。貴女の感謝の思いは、ちゃんと届いていますから。そんな事をしなくても大丈夫ですよ」
「それでは駄目なんです。今此処でサナダさんの優しさに甘えてしまったら、これから先ずっとサナダさんの優しさに甘えてしまいます」
切実に話すミーシャに、真田は何も言わずに黙っていた。
「恩返しをしようにも今の私の実力では、サナダさんの助けにはなりません。かと言って立場は見習い程度ですから、サナダさんの行動を自由にも出来ません。だからだから」
俯いて今にも泣きそうなミーシャに、真田はどうしようかと頭を抱えた。
少しして、真田はミーシャの頭にポンと優しく手を置いた。
「オルセンさん、ではこうしましょう。私が刑期が終わる3ヵ月後まで、話し相手となってくれませんか」
顔を上げたミーシャは驚いた様子で、真田を見ていた。
「そんな事じゃ‥‥‥」
「そんな事じゃないですよ。そもそも私が捕まったのは、登った樹が貴女達の精神文化の象徴である神樹である事を知らなかったからですよ。逆に言えば、知っていればこうやって捕まる事も無く、オルセンさんも余計な事に患される事も無かったのですから」
真田の言葉にミーシャは少し落ち込んだように目を伏した。
そんなミーシャの様子を知ってか知らずか、(絶対知らない)真田は考えなしに。
「でも捕まらなかったら、オルセンさんに出会わなかった訳ですから。そう考えると捕まってよかったのかもしれませんね」
苦笑交じりに言う真田に、ミーシャは耳まで真っ赤にして黙ってしまった。
真田はミーシャの横長い耳が真っ赤になっているのを見て。
「ん? どうしたんですかオルセンさん? 風邪でも引かれたのですか?」
真田はミーシャの額に手を当てようとしたが、
「‥‥‥えっ!? なんでも! なんでもないです!?」
素早く、ズズッ!!と、サナダから離れた。
「そ、そうですか。まあ無理をしないようにですね」
真田はミーシャが離れた事に、内心ちょっと傷ついた。
「オルセンさん。そろそろ牢屋を開けてもらってもいいですか」
「‥‥‥は、はい!」
ミーシャは扉から一番手前にある牢屋の鉄格子の出入り口の鍵を開け、出入り口を開けて、真田が牢屋に入って腰を下ろすのを確認すると、ミーシャは出入り口に閉めようと手を置き、鉄格子の出入り口は甲高い音を立てて閉めた。
ミーシャは中腰になって鍵を閉めようとしたが、その手が止まり、少し諮詢して、苦虫を噛み潰したような表情でミーシャは鍵を閉めた。
「‥‥‥ではサナダさん。夕食の時に」
「はい」
ミーシャは扉をゆっくりと音を立てずに閉めた。
真田は扉を閉められたのを見て、床に腰を下ろして、横になった。
牢屋に入った以上、ミーシャが夕食を持ってくるまで真田にやる事も無いので、休憩する事にした。
横になった真田はあっさりと深い眠りの途へ就いた。
誤字脱字がありましたら、御指摘宜しくお願いします。
感想も随時募集中です。




