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クアットゥオル・シーズン  作者: 二郎
第2章 エルフの都市 サガム
17/65

第16話 試合への宣言

 真田が監視付きの労働刑に従事するようになって6日が経過した。

 真田は何時もの場所、牢屋で寝起きしていた。カドモニアの森でミーシャの危機を救くうが、その後特に立場が変化がする訳でも無く、冷たい床の上でマミー型の寝袋に包まって寝ていた。


 ただ変化した事を挙げるのならば、朝夕の食事を持ってきているミーシャが自分の食事を持ってきて、一緒に食事をしているぐらいだ。

真田は食事の際のミーシャに、日本に居る時に憶えた『桃太郎』や『さるかに合戦』等のお伽話を異世界人であるミーシャに理解できるように、所々名称を変えて話していた。

 

 食事の雑談の中で、真田はサガムやこの世界の常識を覚えていった。

 サガムでの信仰体系や昔話などの伝承やカドモニアの森の事、周辺諸国等々生活する上で必要最低限必要な知識を会得していた。

 聞いていく内に真田はこの世界は、自分が知っている世界ではないと結論づけた。

 世界創世の伝承や神話をミーシャから聞いて、真田の記憶の中にある同じ『エルフ族』から聞いた伝承とは違うものだったからだ。

 念の為、真田は世界に轟かせた『民族』と、ある『王国』の名を言った。

 ミーシャはきょとんとした顔で、知らないと否定をした。

 それを聞いた真田の胸中は安心したような、がっかりしたような複雑な感情が入り混じった。


 真田は改めて、この世界で生きていく決意を固めた。


 労働刑に服している真田には、採取から帰って来た後も、当然のように様々な仕事が与えられた。

 破損している個所の修復、高所での作業、家畜の世話など、人が微妙にやりたがらない仕事が真田に優先的に回されていた。

 途中、仕事中に露骨な嫌がらせ行為が何度かあったが、仕事を続けていた。

 

 今回はサガム全体の清掃の仕事が与えられた。

 前に居た日本では、道にアスファルトで舗装されているので、地面から草が生えてくる事は無く、清掃作業がしやすかったが。サガムでは当然アスファルトで道路が舗装されている訳では無いので、地面は完全に露出している。

 大通りの地面は大勢の人が歩く事でプレスの役割を担い、地面を固くして草の成長を妨げているが、人通りの少ない路地ではそうではなかった。

 定期的に近所に住んでいる者がするが、やはり鬱陶しさは日本でもサガムでも変わりはなかった。

 

 今回はそんな路地に生えている雑草の刈り取りや落ち葉の清掃だ。

 朝食を終えた真田はミーシャに掃除道具一式が在る所に案内してもらった。

 案内されたのは詰所近くにある物置小屋だった。

 物置の中には木で出来た熊手に似たような物や子供がすっぽりと入りそうな麻袋、木の桶、塵取り、薄汚れた長方形の布等々、道具一式が入っていた。


 「今は使わないですから、使っても大丈夫だと思いますよ」


 ミーシャは必要な道具を出していた。


 真田は出された道具を手に取っていた。


 「では、掃除始めますか」


 「はい!」


 ミーシャの元気のある言葉を皮切りに、真田は掃除を始めた。



 サガムの規模は広大で、真田一人で出来る訳が無く。それはサガム上層部も理解しており、内容もただサガムの道を掃除をしろと大雑把なものだった。

 真田はサガムの何処が汚れているのか、頭に入っていないので、物置小屋から近い所から始めた。

 真田のやる事は日本で経験した清掃のアルバイトの内容と何ら変わりの無いものだった。

 まず、木で出来た熊手で落ち葉を1ヵ所に集めて、それを塵取りで取って、麻袋に入れて、生えている雑草を取って、それもまた麻袋に入れるものだった。

 掃除した場所から離れて、汚れてそうな場所を探して、見つけたら掃除をする。

 それらの工程を真田は繰り替えしていた。

 単純な作業で他の人は嫌がるのだが、真田はそれなり楽しんでいた。

 暗い牢屋では得られない、弱い陽射しや時折吹く風が真田の感覚を満たしていた。

 ミーシャは楽しそうに作業をしている真田を、不思議そうに見ていた。



 太陽が一番高い位置に移動した頃、真田が大通りから少し外れた路地で、草取りをしていると、カラーンカラーンと、神殿の方からサガム全体に響き渡る鐘の音が聞こえきた。

 鐘の音を聞いた真田は立ち上がり、中腰で強張った身体を解すように背伸びをして、近くに居るミーシャに声をかけた。

 

 「オルセンさん。お昼の鐘が聞こえたので、お昼にしましょうか」


 「はーい」


 ミーシャは摘み取った雑草を麻袋に入れて、手に付いた汚れを、パンパン!!と両手を叩いていた。

 監視者であるミーシャは真田の清掃作業を手伝いっていた。真田はミーシャが手伝うようになって最初の頃は、自分の科せられた罰だと言って、手伝うのを断っていたが。日々ミーシャから発せられる異様な威圧感に押され、手伝うのを黙認するようになり、今では仕事仲間のように手伝ってもらっていた。

 真田とミーシャの昼食はいつものように詰所に戻る事にした。

 真田が雑草や落ち葉が限界までに入った麻袋を持ち、ミーシャが木製の熊手と塵取りを持って詰所に雑談を交えて向かった。

 真田は途中指定された置き場所に落ち葉を置くと、麻袋を持って詰所に戻り、ミーシャと一旦別れた。

 当然罪人である真田が、アシュリーを筆頭に料理人達がお腹が空いている隊員達に、忙しそうに料理を作っている食堂に入る事は出来ない。

 正確に言えば入る事は出来るのだが、腹を空かして殺気立っている隊員達から門前払いをされるか、入ったとしても罪人である真田に昼食が振る舞われる事は無く、最悪残飯を投げつけられるかもしれないと考えたからだ。



 ミーシャは物置小屋で真田と分かれると、何時ものように詰所にある食堂へと足を運んだ。

 扉を開くと、食堂へと続く通路にははお腹を空かせた大勢の隊員達が、廊下に整然と列を作って並んでいた。

 ミーシャも列の最後尾に並んでいた。

 

 これはミーシャの知らない事なのだが、当初からこのように整然と並んでいた訳では無く。作っていたとしても、後輩が先に並んでいても、後から来た同じ部隊の先輩が横入りされても文句は言えなかったが、ある料理人が料理長になると、それは一変した。

 後から来た者が横柄に横入りしようものなら、料理長からの鉄拳が飛んで来た。それに沈んだ者は幾人知れず。

 それが長く続き、護衛隊や警備隊では列はきちんと並ぶという、暗黙の了解が生まれたのだ。


 そんな事は露知らず、年若いミーシャは列に並びながら、ある日の出来度を思い出していた。

 3日程前。昼食の時間となり、偶にはとミーシャは店で自分のお昼ご飯を買っていて、ふと真田のお昼ご飯が無い事に気付いた。自分の持ち合わせを出せば、今回の昼食はどうとこないのだが、これが3ヵ月続けるとなると話は別だった。

 今の自分の月給では、到底真田の昼食代まで出せないのは分かっている。だけれども真田に毎日昼御飯を食べさしてあげたいとの思いもあった。それがミーシャの判断に迷いを持たせていた。

 どうしようかと悩みながら歩き、明確な答えが出ぬまま、真田を待たせている所に到着した。

 ミーシャは自分用のパンを半分にして、渡そうとしたのだが。真田は自分は罪人だからと、気にしなくていいと断られた。

 真田は昼食を食べずに仕事を再開した。

 その姿をミーシャは申し訳なさそうに見ていた。

 ミーシャは監視をしながら、如何すればいいのか考え込んでいた。浮かんでは消えて浮かんでは消えてを繰り返して、ある方法に辿り着いた。

 その方法とは、ある意味順当なものだった。

 食堂に出される食事を、真田に持って行けばいいと。

 翌日からミーシャは昼食時に余分に1枚貰い、真田が待っている所に運んでいた。

 ミーシャはその時の真田の驚きの表情と感謝の言葉を今でも忘れていなかった。

 真田にとっては3か月間1日2食の生活だと完全に思っていたからだ。

 真田は戸惑いながらも、木のトレイを受け取ると。ミーシャは一緒に昼食をしないかと誘って、一緒に食事をするようになった。

 こうして真田とミーシャは朝夕の食事だけでは無く、昼食時までも談笑を交えて一緒に食事をする事となった。


 順当にミーシャが前に進んで食堂に入り、備え付けの木のトレイと皿と木のフォークを2個ずつ取ると、前に進んだ。

 食堂の食事形式は、調理場と食事のスペースとの境目の木の長机に置いてある。いくつかの大皿に載っている料理を自分が欲しいだけの分を取るという、バイキング形式だった。

 現代日本ほどに各種の料理が並んでいる訳では無く。大量のキノコスパゲッティ、少し黒い焼きたてのパン、トマトに似たボルという野菜を煮込んだ赤色のスープが大鍋一杯に入っていた。

 ミーシャはキノコスパゲッティの前に着くと、備え付けの太く大きいフォークで真田と自分の分を其々注ぎ分け、木のトレイを持つが、食事のスペースの長机の所には行かずに、真田が待っている所へ行った。


 食事を真田の所へ持って行く途中、通路でミーシャは顔馴染みに会った。

 「あっ、ライ。こんにちは」

 同じ警備隊に所属しているライだった。今日は非番なのか、その姿は鎧姿では無く、ラフな赤色の麻の服を着ていた。

 ライはミーシャが持っている2つの木のトレイと料理を見ていた。


 「こんにちは、ミーシャ。今日も持って行くのかいアイツに‥‥‥」


 「ええ、監視者として、罪人のサナダさんにこの後の仕事もさせないといけから」


 ミーシャは尤もらしく言葉を並べるが。その言葉とは裏腹に、嬉しそうに表情を綻ばせていた。

 ライは沸き上がる激情を押さえつけるように奥歯を噛み締め、拳を強く握りしめた。

 ライは何とか絞り出すかのように。


 「ミーシャ。罪人のアイツにこれ以上肩入れするのは止めるんだ。これ以上するのなら、サガム内での立場は悪くなっていく一方だぞ」

 

 「‥‥‥それは理解しているわ」


 「だったら」


 「私は私の良心に従って行動しているだけ。それが罪というのなら、私は甘んじて刑に服すわ。それぐらいの覚悟を持ってやっているわ」


 「ミーシャ‥‥‥」


 ライはミーシャは有無を言わせないハッキリとした口調に、言葉が出なかった。


 「もう終わり? 非番のアナタとは違って、私はこの後も仕事が残っているから、これで失礼するわ」


 ミーシャはライの横を通って、扉の方に向かって行った。

 ライは振り返り向かって行くミーシャに、手を伸ばそうとしたが、なんて言葉を言えばいいのか分からず、手を止めてガックリと項垂れた。



 物置小屋でミーシャと別れた真田は詰所の裏に居た。

 真田は全身を使って心地よく風に当たっていると、


 「あのサナダさん」


 その声に反応して、振り向いた。

 別れたミーシャが両手に木のトレイを持っていた。その木のトレイにはキノコスパゲッティが皿に盛られていた。


 「何時もすいません」

 

 真田は申し訳なさそうに、ミーシャから木のトレイを受け取った。


 「いえいえ、これぐらいの事でしたら問題ないですよ」


 真田とミーシャは持っている木のトレイを詰所の壁によっかかり腰を下ろした。

ミーシャは目を瞑り、胸の前に両手を組んで、食前の神への祈りを唱えていた。

 真田はミーシャの祈りが終わるのを見て、両手を合わせ、


 「「いただきます!」」


 昼食を始めた。


 国どころか世界が違うミーシャは、少し前から真田に合わせて、何故か日本式の食前の言葉を言うようになった。最初は真田は不思議そうに見ていたが、物珍しさで真似ているのだと思い、特に追求する事は無かった。

 真田は載っていた木のフォークを使って、スパゲティーの麺を絡ませて食べていた。

 ミーシャはそんな真田を嬉しそうに見ていた。

 ミーシャの視線に気付いた真田は不思議そうに見ていた。


 「如何したんですか、オルセンさん? 私の顔に何かついていますか」


 「あっ!? いやあのその‥‥‥‥‥‥物語!」


 「えっ!?」


 真っ赤になって言うミーシャに、真田は脳内に疑問符を浮かべた。


 「物語、物語ですよ! 前に言った『モモタロー』や『カグヤヒメ』みたいなものがないかなと、思ったんですよ!」


 「他の物語ねぇ‥‥‥」


 真田は食べるのを中断して、考え込んでしまった。真田はそんなにお伽話にそんなに興味がある訳では無いので、話のストックがそんなにある訳では無かった。知っているのも、日本での生活を円滑に進めるのに、必要と思ったから憶えただけであった。


 「(さてどうしたものか。私が知っている話は、全てオルセンさんに話したからな。だとしたら既存の話のストーリーを変えて話すか。‥‥‥いやそれはあまりにも芸が無いか)」

 

 真田が腕を組んで考え込んでいると、ふと大きな白熱電球が光ったイメージが脳内に浮かんだ。

 真田の脳裏に、ある『物語』が浮かんだ。だが、真田はその『物語』を言うのを躊躇った。

 急に難しい顔をした真田に、ミーシャは怪訝な視線で見ていた。


 「如何したんですか、サナダさん?」


 「いや、物語がある事にあるんですけど‥‥‥」


 「えっ!? あるんですか聞きたい聞きたいです!!」


 話す事を渋る真田に、無邪気な子供のようにミーシャは表情を輝かせていた。


 ミーシャの表情に無下にできずに、真田は渋々といった様子で口を開いた。


 「‥‥‥では語りましょう。『破壊の神をその身に宿した少女と心優しき少年』の物語を」


 それは忌まわしき地で起きた、心温まる物語だった。



 「‥‥‥という物語です。どうでしたかオルセンさん」


 「とても良かったです。最後、不幸だった少女が少年と共に幸せになって、本当に良かったです」


 少し泣きながら感想を述べるミーシャに、真田は満足そうに見ていた。

 一言一句聞き逃さないように聞いていたミーシャが途中で泣き出した時は、流石に真田も一瞬まずいと焦った。


 「そうですか。それなら私も話した甲斐があります。‥‥‥料理を早く食べてしまいましょ。休憩時間が本当に無くなってしまいますよ」


 「‥‥‥はい」


 少し余韻に引かれながらミーシャは返事をして、食事を再開した。


 

 あれから少し時間が経ち、真田とミーシャは料理を食べ終え、両手を胸の前で合わせて、


 「「ご馳走様でした」」


 食事を終えた。


 ミーシャは何気ない自然の動作で、真田から木のトレイを受け取ると、立ち上がった。


 「食堂にトレイを返してきますから、待っていて下さいね」


 「はい」


 真田の気の抜けた返事に、ミーシャは苦笑を浮かべて、食堂の方に向かって行った。

 残った真田は少しして立ち上がり、ズボンの後ろに付いた汚れを手で叩き、この後の仕事を頑張ろうと、両頬を叩いて活を入れようとしたのだが、


 「おい、貴様」


 憎しみが籠った声に邪魔をされた。


 ミーシャが消えて行った方を見ると、ライが立っていた。その目はどす黒く濁っていた。


 「よもや、本当に生きていたとは。てっきりカヌスウルフの腹の中に入っているとばかり思っていた。噂で貴様が生きていると聞いたときは驚いたぞ」

 

 わざとらしく驚くライに、真田は眉一つ動かさなかった。


 「お蔭さまで、何とか助かりましたよ。‥‥‥で、わざわざそんな事を言う為に来たんですか」


 「まさか、俺もそこまで暇じゃない」


 ライは一呼吸置いて、真田をキッ!!と、睨めつけた。


 「サナダ! 俺と勝負をしろ!!」


 真田は板のように固まった。ライの言葉の意味が、理解できなかった訳では無い。何故そのような言葉を口に出したのかと、呆れて物が言えなかったからだ。

 真田は自分の思いを言おうとしたが、その前にある少女によって阻まれた。


 「ショ‥‥‥ウ‥‥‥ブ?」


 ライは後ろから聞こえた声にギョッとした。それは一番聞かれたくない人物に聞かれたからだ。


 真田に変わって声を出したのはミーシャだった。


 ミーシャは食堂へ食器を出した後、小走りで真田への所に戻る途中、何やら話し声が聞こえて来たので、足を止め建物の陰に隠れた。

 見つからないように物陰から、顔を出すと真田とライの姿が見えた。

 珍しい組み合わせに最初は驚いたが、幼馴染みが真田に歩み寄っているのだと思い、嬉しくなって駆け寄ったのだが、ライから出て来た言葉に驚き歩みを止めた。

 ミーシャは驚いた様子でライに近付いた。


 「ねえ、勝負ってどういう意味? 何でサナダさんとライが勝負しなきゃいけないの?」

 

 ミーシャは衣服を掴んでライに真意を問い質すが。ライはばつの悪そうにして、顔を背けていた。


 「ねえ、聞いているのライ!!??」


 少しして観念したのかライは、ミーシャの方を向いた。


 「ミーシャ。これは男と男のプライドを賭けた勝負だ。君だろうと邪魔はさせない」

 今まで聞いた事の無い冷たさで返された事に、ミーシャは驚きを隠せないでいた。


 「サナダ。この勝負を受けるのか! どうなんだ!?」


 無駄に尊大な態度で言うライに、真田は大きく溜め息を付いて、きっぱりと答えた。


 「嫌です」


 真田のきっぱりとした言いように、ライは届いた言葉に一瞬、理解に苦しんだ。

 真田はライの様子を無視したまま続けた。


 「私は君の自己満足に付き合うほど暇じゃないんです。この後もやる事があるから、それが終わったら付き合ってもいいですよ。具体的には3ヵ月後ですかね。‥‥‥オルセンさん、さっさと現場に行って、さっさと作業を終わらせましょ」


 「ええ‥‥‥」


 真田は昼からの清掃作業を再開しようと、道具をなおした物置小屋に向けた歩き出した。


 ミーシャは呆然として、ライと歩いて行く真田を交互に見返して、首を傾げながらも真田の方へ向かって行った。

 ライは真田とミーシャの後姿を、忌々しく見ていた。


 「待て!」


 ライの鋭い言葉に、真田は足を止めた。ミーシャもつられて足を止めた。


 「そんな事を言って、俺に負けるのが怖いだけだろう。貴様はカヌスウルフを討伐したみたいだが、どうせ他の奴の助力を得て倒したんだろう。俺に負けてそれが露見するのを恐れているのだろう!! 違うか!!」


 「ライ!!!」


 即座に反応したのは言われた真田では無く、傍に居たミーシャだった。

 ミーシャは心の底から怒りが沸き立ち、振り返り眉間に皺が集めて鋭く睨みつけ、拳を強く握りしめ、白い肌を赤くして全身をプルプルと震わしていた。

 ライはまさか真田では無く、ミーシャが怒るとは夢にも思っていなかったのか、非常に驚いた様子だった。

 ミーシャはライに食って掛かろうとしたが、真田が左手を出してそれを制した。

驚くミーシャに真田は、首を横に振るだけだった。

 ミーシャは真田に疑問を投げかけるが、真田は首を横に振るだけだった。

 真田の意図に気付いたミーシャは、苦虫を噛み潰したような思いで、全身の強張っていた筋肉を解した。

 真田は頬笑みを浮かべたが、直ぐに表情の奥に引っ込ませた。


 「おい待てよ! 何で反論しないんだ!? ははん。その態度じゃ俺の予想は当たっていた事か! 助け貰ったのに手柄を独り占めしたのか!? 人間というのはあさましものだな!! ミーシャ!! そんな奴の‥‥‥」


 「静かにしろぉぉぉーーー!!!」


 「グホッ!!」


 ライは最後まで言葉を言う事は出来なかった。飛んで来たアシュリーの鉄拳によって、ボロ雑巾のように地面を転がっていった。

 真田とミーシャはいきなりの事に同時に振り返った。

 見るからに不機嫌なアシュリーは、ドスドスと音を立てるように大股でライに近付き、襟を掴んで両手で持ち上げた。


 「さっきから、下らない事を大声でべらべらと。こっちは休もうとしているのに。喧嘩をするなら森の中でやって来い! ‥‥‥なんか言ったらどうなんだ、ええ!!」

 

 怒りのあまり言葉遣いが乱暴になって、そこら辺の魔物よりおっかない形相でアシュリーは、がくがくとライを揺らしていた。


 「ア、アシュリー‥‥‥さん。く、苦しい‥‥‥」


 ライは地に足がつかずに、足をバタつかせて苦しそうに呻き声を上げていた。

 ミーシャはいきなりの事に固まっていたが、次第にされるがままになっている幼馴染が不憫と思い、アシュリーを止めようと声をかけようとしたのだが、その前に聞こえて来た声によって遮られた。


 「そこまでにしてやってください。アシュリーさん」


 驚いたミーシャは声がした方を向くと、そこにはミーシャとは少し装飾が違う鎧を着た男性が立っていた。

 アシュリーは男に気付き、視線をずらした。


 「なんだアシュトンか」


 「なんだとは、酷いですね」


 アシュリーからアシュトンと言われた男は、苦笑いを浮かべながらアシュリーに近付いた。

 アシュトン=ロスデイル。髪は肩まである茶色で、茶色の瞳。背は真田の頭2つ分大きく、身体は細く、全体的に優男と言った風貌だ。ミーシャとライが所属しているサガムの警備隊隊長を務めている。

 アシュトンに気付いたアシュリーは、興味が無くなったのか掴んでいたライの襟を離した。

 自由となったライはお尻から地面に激突し、お尻からの衝撃に顔を顰め。取り込めなかった空気を取り込もうとして、ゴホゴホと咳をしてた。


 「アシュトン。こいつはあんたの部下なんでしょ。ちゃんと人様に迷惑を掛けないように教育しておきなさい」


 「申し訳ないです。‥‥‥しかしライは人に迷惑をかけるような奴では無いのですが。真面目に任務に取り組んで、人当たりがいい奴なんですけどね‥‥‥」


 アシュトンは座り込んでいるライを一瞥した後、ミーシャの方を向いた。


 「オルセン。此処で何があったんだ」


 「あの私は途中からなので、詳しくは分かりませんが。ライがサナダさんに勝負を申し込んで、それを拒否されて、喚くライを怒ったアシュリーさんが殴って、吊し上げられました」


 「‥‥‥そうか。で、横に居るのがそのサナダか」


 「そうです」


 真田はアシュトンと視線が合うと、軽く一礼をした。


 「初めましてだね、サナダ君。私はアシュトン=ロスデイル。君の隣に居るオルセンとこのライの上司をしている。‥‥‥今回は済まなかったね。私の部下が何か君に粗相をしたみたいで。こんな事をする子じゃないんだ。許してやってほしい」

申し訳なさそうに言うアシュトンに、真田は少し納得しない顔だったが。


 「分かりました。事を大きくするのは私としても、本意ではありませんから。今回の件はこれ以上、私からもう何も言いません」


 「ああ、助かるよ。‥‥‥ライもそれでいいな」


 ライはアシュトンの有無を言わせない迫力に、ガックリと項垂れた。

 事が収まり一件落着と、真田とミーシャは清掃作業を再開と、アシュリーは調理場へ行こうとしたのだが。


 「‥‥‥しかし、これではライも納得はしずらいな」


 厳しい目で腕を組んでいるアシュトンの何気ない一言に、その場にいる全員の視線が、アシュトンに集まった。

 その表情は皆一様に、不思議そうに見ていた。


 「‥‥‥サナダ君。すまないがライと戦ってくれないか」


 「「「「はっ!?」」」」


 真田のみならずミーシャやアシュリー、目的が達成できずに項垂れていたライですら、アシュトンを怪訝な表情で見ていた。


 「理由を聞いてもいいですか」

 

 真田はアシュトンに怪訝な視線を送っていた。


 「なんでライが君に勝負を仕掛けようとした理由は分からないが、余程君の事が許せなかったのは分かる。無理に抑えつけようとしたら、その思いが暴走して、これよりもさらに酷い行動に移るかもしれない。具体的には闇討ちとかな」

 

 聞いていたミーシャは思わずその場面を想像してしまい、恐ろしくなり身震いをした。


 「だから、暴走する前に何かしらの決着を付けてしまおうという訳だ」


 真田は地獄の底に届きそうな重く暗い溜め息を付いた。


 「ガス抜きという事ですか」


 「ガスぬき? なんだいそれは?」


 アシュトンは聞きなれない単語に、真田に聞き返したが、真田は敢えて無視した。


 「分かりました。勝負を引き受けましょう。‥‥‥寝ている時に襲われたらたまったもんじゃないからな」


 真田の小声は幸いにも誰にも聞かれる事は無かった。


 「なら決まりだな。3日後の野外演習場にて、サナダとライの試合を行う。試合の内容は公平を期すために、刃引きをした真剣を使った剣術試合とする。‥‥‥2人ともいいな?」


 真田は渋々といった、ライは嬉々といった感じで頷いた。


 「尚、試合までは相手に対する妨害行為やそれに準ずる行為を一切禁止にする。‥‥‥もし破った者は、私自ら相手をするいいな」


 アシュトンは低く声を出すと同時に、自らの魔力を高めた。アシュトンの周囲は魔力の密度が濃ゆくなり。周囲は無風状態なのだが、アシュトンの周囲だけが、衣服が靡いていた。

 周りに居たライとミーシャは、恐怖で身体が板のように固くなり。アシュリーはうんうんと、納得したように頷き。真田は何ともないように涼しい顔をしていた。

アシュトンは高めた魔力を収束させていった。魔力の密度も薄まり、不自然な風も次第に治まって行った。

「試合や会場の手配は私がやっておくから、ライとサナダは当日までは怪我が無いようにしてくれよ。‥‥‥では試合当日にな」

 

 そう言ってアシュトンは、何処かに行ってしまった。恐らく長老等の上役に話を付けに行ったのだろうと真田は想像した。

 次に動いたのはライだった。ライは腰を上げると、衣服に付いた汚れを手で払った。


 「俺の想像とは違った形になったが、まあいいか。これで貴様との決着をつけられるな」

 

 ライはほんの一瞬、真田の隣に居るミーシャを見た。

 ミーシャが疑問に思う前に、真田の方へと戻っていった。


 「精々無様な負け方をしないように、今からでも鍛錬をしておけよ。あまりにも弱すぎると、弱い者いじめになってしまうからな」


 ライは馬鹿にするように冷笑を浮かべて、そのまま何処かに行ってしまった。

その後姿を見て、ミーシャは見た事の無い幼馴染の言動に、驚きを隠せないでいた。


 「ライ。一体如何しちゃったんだろう」


 ミーシャの独り言のような呟きに、真田は信じられないもの見たような驚いた表情で見ていた。


 「まさか‥‥‥オルセンさん。気付いていないのですか」


 「何がですか」


 ミーシャは真田の疑問に、きょとんとした顔だった。

 真田は少々呆れた顔をしながら、アシュリーの方を向いた。


 「それは決まっていますよね。アシュリーさん」


 アシュリーは同意するかのように、頷いた。


 「そうね。やっぱり『あれ』よね」


 「『あれ』ですよね。本当に『あれ』以外は考えられないですよね」


 「『あれ』だから、結構厄介じゃない?」


 「確かにそうですけど、いずれは通る道ですから。それが早いか遅いかの違いだけです。勝負を受けると決めた時に覚悟はしていますから」


 真田の意を決した表情を見ると、アシュリーは子供が成し遂げようとするのを見る親のような優しい表情になって、そっと、真田の肩に手を置いた。


 「そう。‥‥‥私は仕事に戻るけど。もうライからのちょっかいは無いと思うけど、気を付けてね」


 「はい。ありがとうございます」


 真田は調理場に戻っていくアシュリーの後姿に一礼をした。


 「さて休憩時間が過ぎましてけど、仕事の方に‥‥‥‥‥‥、如何したんですかオルセンさん」


 真田の目にはミーシャは拗ねたように口を尖らせていた。見るからに不機嫌といった様子だった。


 「別に何でもないですよ」


 「‥‥‥何でもないようには見えないですけど」


 真田がおっかなびっくりな様子でミーシャに尋ねるが、答えは返ってこなかった。


 ミーシャは、ふん!! と真田を一瞥して、早歩きで歩き始めた。

 少しの間、真田は呆然とした表情でミーシャを見ていたが、何かを思い出したのか、ハッと、した表情になり。


 「ちょっと待ってくださいよ、オルセンさん。置いて行かないで!!」


 後ろから聞こえる真田の叫びを無視して、ミーシャは速さを緩める事は無かった。

 その後、何故ミーシャが不機嫌になったのか、分かっていない真田は清掃作業中に、話しかけるが全て無視されて、重たい沈黙の中、残りの清掃作業に明け暮れた。

 結局ミーシャの不機嫌は、夕食時の真田の床をすり減らすような土下座と謝罪をするまで続いた。

誤字脱字がありましたら、御指摘よろしくお願いします。

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