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クアットゥオル・シーズン  作者: 二郎
第2章 エルフの都市 サガム
15/65

第14話 2日目 採取 後編 

真田は森の中を一人歩いていた。

その背中には先程まで背負っていた、昨日採取した野草や木の実が入った竹籠は無くなっていた。


真田は歩きながら後ろの茂みに隠れている、ウィルソンから言われた事を思い出していた。


「皆聞いてくれ、此方にカヌスウルフが近付いて来ている」


ウィルソンからもたらされた情報にミーシャ達に衝撃が走った。

その表情には困惑と不安が混在していた。


「このままでは町に到着する前にカヌスウルフと接触する可能性が大きい。このままカヌスウルフと戦ったら此方に甚大な被害が出る事は目に見えている。しかし、我々の任務は交易に使う野草や木の実を町に持って帰る事だ。間違ってもカヌスウルフと戦う事じゃない。‥‥‥そうだろ、皆」


 ウィルソンの確認をするかのような仕草にミーシャ達は首肯した。


 「だが、俺達が今から全速力で走っても、途中でカヌスウルフに追いつかれるのが目に見えている。その時は背後を付かれて、一方的な戦闘になってしまう。待っているのは全滅だけだ」

 ウィルソンの緊迫した表情と言葉にミーシャ達は思わず厳しい表情をした。


 「だけど、この状況を打開できる方法を考えている。その方法のキーマンは‥‥‥」


 ウィルソンは険しい表情で右の人差し指である人物を指した。

 ミーシャ達がウィルソンが指した方向を辿る様に振り向くと、そこには竹籠を背負っている真田が居た。


 真田はまさか自分が差されると思っていなかったのか、自らの右の人差し指で自分を指して驚いた表情でウィルソンを見ていた。


 「わ、私ですか?」


 「そうだ。俺が考えた方法ではお前がキーマンとなる。お前の行動次第で俺達の命が助かる可能性が非常に高くなる」


 「‥‥‥で、その方法は?」


 真田の声は先程までの驚きが嘘だったかのように、酷く冷静なものだった。

 ウィルソンは真田の態度に、多少の違和感を感じたが続けた。


 「いたって簡単なものだ。お前はカヌスウルフの注意を惹き付けていてくればいい」


 「‥‥‥囮という事ですか」


 「言い方を変えればそうなるかもな。だが安心しろ。この地点からサガムまでは走ったら直ぐに着く地点に居る。討伐隊を編成して、此処に戻ってくる。それまで粘ってていてくれたら、後は俺達がカヌスウルフを討伐する」

 

 ミーシャは驚いた表情でウィルソンを見ていたが、真田はあえて無視してつづけた。


 「持ち堪える事が出来ますかね」


 「お前がそうであるなら、俺達は直ぐやられてしまう。何せアロコンダの接近に気付かなかった程だからな」


 ウィルソンは先日の出来事を引き合いに出して、自傷気味に笑った。


 「アロコンダに対しての対処を見ても、お前は俺達以上の実力を持っている。そんなお前だからこそカヌスウルフに対処出来ると信じている。‥‥‥どうだやってくれるか」

 

 ウィルソンの投げかけに、真田は深い溜め息を付いた。


 「やるもなにも無いですよね。私にこれがある以上、拒否権は無いというのに」

 

 真田は煩わしそうに首にはめられている『フォース・ファロウ』を触っていた。


 「で、如何するんですか。これがある以上、監視者であるオルセンさんから一定以上の距離を離れられないのですけど。‥‥‥まさか仲間を見捨てる事は無いですよね」


 「ああ、それについてはちゃんと考えている。‥‥‥オルセン」


 ウィルソンは右手をミーシャの前に出した。

 ミーシャはなぜウィルソンが右手を向けているのか分からず、ウィルソンの右手と顔を何度も交互に見返した。

 ウィルソンは少しの苛立ちを含ませて。


 「ペンダント」


 その言葉にミーシャは何かに気付いて、目を丸くして、慌ただしそうに鎧の下から青のペンダントを取り出して、ウィルソンの右手の掌に置いた。


 ウィルソンの右手にある青のペンダントは、森に差し込んだ日光に当たり、その輝きを見せつけていた。

 ウィルソンは受け取ったペンダントを掲げるかのように、真田に見せた。


 「俺達がこの場から離脱する際に、お前に向けて投げるから、それを回収して、援軍が来るまでカヌスウルフの注意を惹き付けていてくれ」


 「分かりました」


 「頼むぞ。俺達の命はお前にかかっているんだ」


 ウィルソンの緊迫した表情に真田は静かに首を縦に動かした。



 カヌスウルフを惹き付ける事となった真田は立ち止って腕を組んで、無意味なまでに偉そうに踏ん反りかえっていた。

  この地点が如何やら青のペンダントの影響下のギリギリの範囲らしい。



 真田は背中に背負っていた竹籠は邪魔になると、ライに無言で押し付けた。

 その時ライはしこたま嫌そうな顔をしかけたが、ミーシャの手前で恰好をつけたかったのか、竹籠を無言のまま受け取った。


 少しすると、ウィルソン達は森がざわついているのに気が付いた。

 枝に止まっていた鳥や地を這う小動物が急いで音を立てて、この場から離れて行った。

 先程から感じていた異質な気配の持ち主が近付いている事にウィルソン達は緊張のあまり、息を呑んだ。

 立っている真田は、特に感情を出す事も無く、ジッと前を見ていた。


 森の中が静寂に包まれると、真田の前に異質な気配を纏ったものが現れ、纏う濃度が濃いのか、森には日光が差しているのに、そこだけ日光が届いてないようにも見えた。


 「カヌスウルフか」


 真田は短く、呟いた。


 カヌスウルフはその黒き瞳で立っている真田をジッと見つめていた。

 その目は獲物を見定めている捕食者そのものだった。

 カヌスウルフは真田を獲物と決めたのか、大きな前脚で地面を力強く蹴って、距離を一気に詰め、真田の身体を食いちぎろうと、子供なら一飲み出来そうな大きな口を開け、鋭い犬歯を剝き出しにして、真田に飛び掛かった。


 「うおっ!?」

 驚いた真田は紙一重で横に転がって、凶悪な牙から回避をした。

 カヌスウルフは真田を食いちぎれなかった事に、少し苛立って、再び食いちぎろうと噛みつきにかかった。

 だが、結果は先程と同様だった。


 「なんのっ!」

 

 必死な表情で真田は叫びながら右に飛んで回避をした。

 カヌスウルフの噛みつきを真田がギリギリで回避を何度もしていると。


 「(よし、カヌスウルフの注意がアイツの向けられているな)」

 

 ウィルソンは少し離れた茂みに居るミーシャ達にカヌスウルフに悟られないように合図を送っていた。

 合図を受け取ったミーシャ達は何時でも走れるように、中腰になった。

 

 ウィルソンはミーシャ達の状況を見て、

 「サナダ! 投げるぞ!!」

 ウィルソンは叫びながら、手に持っていた青のペンダントを真田に向かって投げた。

 

 それと同時にガサガサと音を立てて、ミーシャ達はサガムに向かって、全員死に物狂いの形相を浮かべて、全力で走った。

 一拍遅れてウィルソンもミーシャ達の後を追った。

 放物線を描いている青のペンダントに反応し、切り裂こうとカヌスウルフの鋭い爪を死角に入り込んで、真田は飛び上がり空中で、青のペンダントの紐の部分をその手にしっかりと握ると、そのまま首に掛けた。

 

 カヌスウルフは全力でサガムに走っているので、背中を晒しているウィルソン達に反射的に向かおうとしたが、真田が近くに落ちてあった手頃な枝を思いっきり、カヌスウルフの目元に投げつけた。


 当てられたカヌスウルフは真田の方を振り向くと、口元を大きく吊り上げ、鉄の鎧を軽々と貫通する犬歯を剝き出しにして、中々目の前の人間を噛み千切れない事への苛立ちや、食事を邪魔された事への憎しみを視線に込めて、更に異質な気配を

濃ゆくして、ガルルルと鳴いていた。

 

 常人なら恐怖で身が竦む所だったが、真田は心底楽しそうに笑みを浮かべていた。


 「さあ犬っコロ。私にみっちりと付き合ってもらうぞ」


 監視者からの制限も無く、青のペンダントからの制限も無い。ある意味自由の身である真田のその笑みは、カヌスウルフよりも遥かに凶悪なものだった。



 ミーシャ達が全速力でサガムに向かっていて、十分が経っていた。


 「皆、一旦休憩に入ろう」


 同じく走っていたウィルソンの言葉に、ライ達は速度を徐々に緩めて、最終的に立ち止った。


 ある者は立ちながら手を腰に当ていたり、またある者は地面に座り込んだり、またある者は近くにあった木に寄り掛かかる等様々な休憩スタイルを取っていたが、皆一様に肩を上下に動かし、口を大きく開けて、体内で目覚まし時計のベルのように、けたたましく鳴り響く、心臓の鼓動音を鎮めようと、大量の空気を取り入れていた。

 ウィルソン達の間には、緊急の場から脱した安堵感が広がっていた。


 しかし、何事も例外はある。


 ミーシャだけは温まった身体を冷やさないように、足を動かしていた。

 その動きは休憩しているウィルソン達を促しているように見えた。


 数分後、中々動き出そうとしないウィルソン達にミーシャは苛立ちを覚えていた。


 「ウィルソンさん。休憩時間が長すぎませんか? 早くサガムに向かわないと」

 

 「‥‥‥何でだ?」


 首を傾げるウィルソンに、苛立ちを増していた。


 「何でって。サナダさんが命を懸けて、私達をカヌスウルフから逃がしてくれたんですよ。早くサガムに行って、救援隊に編成させて、サナダさんの救援に向かわないと!」


 ミーシャはこの時は信じていた。ウィルソンが真田にカヌスウルフの注意を惹き付けてくれという時に、嘘を含ませて言ったのは、真田を安心させるようにと、激励の意味を込めて言ったのだろうと思っていた。だから真田は危険で一歩間違ったら命を落とすかもしれない囮を引き受けたのだと。それにウィルソンは応えてくれるだろうと思っていた。

 だが、ミーシャに届いたのはその想いを踏みにじるものだった。


 「そんなこと別にどうでもいいだろ」


 ミーシャは信じられい物を見るような驚いた表情で動かしていた足を止めた。


 「そ、それはどういう意味ですか」


 「そのままの意味だ。わざわざ救援隊を組んでまで、アイツを助けに行く義理もないしな」


 ミーシャは聞きながら胸に渦巻く激しい感情を抑えるのに必死だった。


 「そもそもアイツは、神樹カドモニアに登った大罪人だ。本来なら極刑の筈だが。どういう訳か、科せられた刑は監視付きの労働になっている。審議でどんなやり取りがあったのか知らないが、俺は長老のようには甘くはない。‥‥‥本来失うはずだったその命を俺達に役立てられて、アイツも本望だろうな」


 人の命を何とも思わないように嘲笑うウィルソンに、ミーシャは感情を抑える事が出来なかった。


 「あなたは自分が何を言っているのか理解しているんですか!!?? 自分が助かりたいが為に、カヌスウルフに生贄として差し出すような真似をして。そんな道義を反するような事をして、恥ずかしいとは思わないんですか!!」


 感情を爆発させるミーシャに、ウィルソンは平然として。


 「何でだ? アイツはさっきも言った通りに大罪人だ。そんな奴に通す道義など存在しない」


 ウィルソンの当たり前の事を言うような口調にミーシャは唖然とした。


 普段は仲間の命を第一に考えるウィルソンから発せられたものとは信じられなかったからだ。


 「‥‥‥皆もウィルソンさんと同じ考えなの」


 ルカ達は気まずそうに視線を逸らし、ミーシャの視線を合わせようとはしなかった。

 ミーシャ達の間に風が空しく吹いていた。

 

 「‥‥‥分かりました。あなた達がそういう考えなら、こっちにも考えがあります」


 「何処へ行くつもりだ」


 ミーシャは歩き出そうとしたが、不意に言葉と共に右手首を掴まれた事に気が付いた。

 その方を向くと、真剣な表情をしたライが居た。


 「‥‥‥その手を離して」


 ジト目で極めて静かに言うミーシャにライは、得体の知れない恐怖で咄嗟に手を離しそうになったが、沸き上がった恐怖を追い払うかのように首を横に振り、決意を示すかのように握る力を強めた。


 「質問に答えるんだ。何処に行くんだ」


 「決まっているでしょ。サナダさんの援護に向かうの」


 ライは静かに感情を籠めないで言うミーシャに、衝撃を覚えた。


 それなりにライはミーシャとは長い付き合いなのだが、過去1度も聞いた事の無い口調だったので非常に驚いていた。


 ライの他にもウィルソン達も非常に驚いた表情を浮かべていた。しかしそれは、ミーシャの様子では無く、言葉の内容に驚いていた。


 「ばっ、馬鹿な事を言うな! あれからどれだけの時間が過ぎたと思っているんだ。奴はもう食べられてカヌスウルフの胃袋の中に入っているかもしれない。‥‥‥それに、運良く間に合っても、今の君の実力じゃ、返り討ちに遭うのが火を見るよりも明らかだ。そんな所に行かせられない」


 「そんな事は分かっているわ。だけど私は恩人が不遇な目に遭っているのに、のうのうと暮らそうとする事を許せないだけ。それを邪魔するというのならライ。あなたでも容赦はしないわ」

 

 言い終わると同時にミーシャは魔力を高めた。

 風がさして吹いていないにもかかわらず、周囲の草木がミーシャを中心に円状に広がるように吹かれていた。

 ミーシャの周囲の密度が濃ゆくなってゆくのを、ウィルソン達も固唾を呑んで自らの魔力を高め、不測の事態に対応しようとしていた。

 仲間同士の戦端が切られるかもしれない緊迫した状況の中、ライだけは驚きの表情でミーシャを見ていた。


 「ミーシャ。君は本気なのか」


 ライは思わぬ事態にミーシャの右手首を握っていた手を離してしまった。


 ミーシャは自分の右手が自由になった事に気が付くと同時に、己の魔力を急速に落ち着かせて、そのまま脱兎の勢いで真田が居ると思われる方に向かって走って行った。

 ライは走って行くミーシャの後ろ姿を、呆気に取られて見ていたが、直ぐに気を取り直して、追いかけようとしたが、


 「追うなライ!!」


 制止する鋭い声に阻まれた。

 声がした方を振り向くと、真剣な表情をしたウィルソンが居た。


 「オルセンを追うな。これ以上の班からの離脱者は俺が許さん」


 「ですが‥‥‥」


 「俺の声が聞こえなかったのか。行くなと言っている。どうしても行くというのなら、班長として俺は実力行使をしてでも、お前を止める」


 「うっ‥‥‥」


 ウィルソンの脅しにライはたじろいでしまった。

 その間にもミーシャは走る速度を弛める事無く、森の中を駆けて行き、森の奥へ消えて行った。


 「ミーシャ‥‥‥」


 ライの心配する呟きは、風に阻まれてミーシャに届く事は無かった。



 真田がカヌスウルフとの戦いを始めて15分ほど経っていた。

 真田とカヌスウルフの周囲の木々の幹には、カヌスウルフがつけた4本の爪痕が残されている物や、強引に根元からなぎ倒されている物もあった。

 幹に残っている爪痕は深々と切り裂かれており、カヌスウルフの爪の鋭さを見せつけていた。

 真田と対峙するカヌスウルフは口を開け、舌を出して、身体全体で息をしていた。非常に強い苛立ちを覚えていた。


 真田はカヌスウルフとは対照的に息一つ乱れておらず、余裕といった笑みを浮かべて、腰に両手を当てていた。


 「もう疲れたのか、もう少し頑張ってくれよ」


 真田の挑発に反応したのかは分からないが、真田を押さえつけようとカヌスウルフは風を切るようにとびかかってきた。

 すかさず真田が右にずれて回避をすると、カヌスウルフは身体全体を使って、灰色の尻尾を鞭のように使い、真田に叩き付けようとしたが、真田は余裕の表情で屈んで回避された。

 真田はカヌスウルフの右側面に移動した。


 「うりゃっ!!」


 飛び上がりながら身体を捻らせて、蹴りを入れた。

 カヌスウルフはキャン!!と鳴いて少し体勢崩したが、直ぐ立て直し、空中に浮かんで身動きが取れない真田に大きな口を開けて向かってきた。

 真田はカヌスウルフが近付いたところで、両手をカヌスウルフの鼻の位置までに伸ばして鼻を掴んだ。両手に力を込めて跳び箱を飛ぶ要領で、カヌスウルフの身体を飛び越え行き、綺麗に地面に着地をした。


 またもや真田を食べれなかったカヌスウルフは真田の方を振り返り、ガルルルと地獄からの怨嗟のような鳴き声が真田に聞こえて来た。

 常人なら恐怖で身が竦むところだが、真田は余裕綽々と笑みを浮かべいるだけだった。

 もしこの戦いを外から見ている人物が居れば、こう思っただろう。

 何故、真田は自ら攻撃をしないのか、と。


 真田とカヌスウルフとの戦いの火蓋が切られて15分間。カヌスウルフが攻撃を仕掛けて、真田が回避して、自分に注意を惹き付けるようにと攻撃をする。攻撃されたカヌスウルフは反撃して、真田はそれを回避して、また攻撃をする。その繰り返しだった。

 今までの戦いぶりを見ても、真田の技量はカヌスウルフを上回っているのは、誰が見ても明らかだった。

 しかし、真田は一度たりしても攻撃を仕掛けようとはしなかった。

 もし真田がその腰に掛けている鉄剣を抜けば、一瞬でカヌスウルフの首と胴体は離れ離れとなり、この戦闘自体が終わり、先に行っているウィルソン達と合流出来る。

 でも、真田はそれをしようとはしなかった。


 真田は面倒なので借りた鉄剣を借りた時と同じような状態で、返したい気持ちがあったり、目の前にいるカヌスウルフを殺す気が無いというのもあるが、最終的にはこの一言に尽きる。

 

 運動不足の解消だった。


 過去に剣を持っていた頃は日課のように毎朝、剣の素振りをしていた。

 日本で仕事をするようになってからは、けじめの意味もあるが、ピタリと剣の素振りを止めた。

 それからの日々は、何とか食い扶持を稼ごうと、職を探したり、そこで出会った人々と交流したり、危険な事に巻き込まれそうになったりしていた。

 

 閑話休題。

 真田は仕事で身体を使う仕事にそれなりに従事していたが、昨日の自分の身体の体たらくに驚いた。

 たった一回の戦闘をして、町に連れていかれて、審議を受けて、牢屋に入れられただけで、寝てしまう程までに、自分の身体は鈍ってしまったのかと真田は危機感を覚えていたのだ。

 採取している間、どうやって人知れずに、体を鍛え直そうかと考えていた時に、魔狼カヌスウルフの襲来をウィルソンがもたらした。

 それを聞いた真田は、これは使えると考えた。

 久しぶりの実戦をすれば、勘や動作などが徐々に戻るかもしれないと。どうせもう日本には戻れないと確信に近い思いを持っていたからだ。

だから、ウィルソンの提案に乗った。その奥にどんな思惑があろうとも。

 当初、真田はウィルソン達が居る手前、『運動』をしようにも如何にもやり難かったが、途中からは監視の目も無く、伸び伸びと自由に『運動』が出来た。

 

 運動の内容は身体的能力及び反応速度の向上だった。

 結果から言えば、真田としてはまずまずと言ったところだった。

 間合いを極端に薄皮1枚程度までに狭めて、今まで頼ってきた感覚からの情報を遮断し、目からの情報だけを頼りにして、回避運動で今まで使わなかった筋肉の部分を刺激する事で身体的能力の向上すれば、必然的に反応速度が上がると考えたからだ。

 だから真田はある人物が近付いて来ている事に、全く気が付いていなかった。



 ミーシャは真田とカヌスウルフの姿を捉えていた。


 「(良かった。まだ無事ようですね)」

 

 ミーシャは真田が立っていた事に、心の底から安堵した。

 その時、今まで感じた事の無い温かい思いが胸中に広がった。

 ミーシャはその思いに戸惑いながらも、気を引き締めた。


 「(サナダさんを援護しなくては)」

 

 周囲を見回し、真田を邪魔しない位置を探していた。

 ミーシャは援護に真田の隣に行きたかったのだが、未熟な自分ではカヌスウルフとの戦いに足を引っ張ってしまい、邪魔してしまうのを恐れたので、真田達から少し離れた場所を探していた。

 場所を見つけたのか、ミーシャは真田の行動を邪魔しない位置に音を立てずに移動をした。


 少ししてミーシャは、真田とカヌスウルフから少し離れた茂みに身を顰めていた。

 カヌスウルフの猛攻を余裕の表情で回避をして、攻撃をする真田を注視していた。


 「(サナダさん。カヌスウルフの攻撃を軽々と回避しいる。‥‥‥やはりクルーニー隊長やロスデイル隊長と同じ位かそれ以上の実力の持ち主ね。でも聖域でクルーニー隊長に一撃でやられたと聞いたけど、実力的にはやはり下なのかな)」


 ミーシャは他の人から持たされた情報と自分の目の前で繰り広げられている光景とのギャップに混乱していた。

 ミーシャは混乱を払うかのように、首を横に振った。


 「(いけないいけない、そんな事はどうでもいいの。今はサナダさんの援護を)」


 ミーシャは魔法を放てるタイミングを窺っていた。


 その時は存外、直ぐに訪れた。

 カヌスウルフが真田に攻撃を仕掛け、真田が余裕で回避をし、攻撃をして、カヌスウルフの体勢が崩れた時に。


 「(今だ!!)」


 ミーシャはガサガサと音を立てて立ち上がり、前方に両手を肩の高さの位置で突き出した。


 「全てものを切り裂け!『ウェトスカッター』!!」


 ミーシャの足元に魔法陣が浮かび上がると、周囲の空気が空中で数か所、物凄い勢いで凝縮が始まり、一定以上の密度になると、数枚の風の刃は、文字通りの風を切るような速さで、カヌスウルフに向かって行った。

 突然の事にカヌスウルフは真田に集中していた状態だったので碌に回避が取れずに、数枚の風の刃を直撃してしまった。

 真田もまた降ってわいた事態に風の刃がカヌスウルフに直撃する寸前、思わず立っていた所から離れてしまった。

 真田は呆然とした表情で、倒れているカヌスウルフを見ていた。


 「サナダさーーん」


 真田が声をした方を向くと、ミーシャが駆け寄ってくるのが見えた。

 なぜサガムに向かったはずのミーシャが居るのか、疑問に思った真田が名前を言おうと口を開けようとした時。


 「‥‥‥駄目だオルセン!! こっちに来るな!!」


 「‥‥‥えっ!?」


 声を荒げる真田に驚いて、ミーシャは訳が分からずに歩みを止める事は出来なかった。

 大きな口を開けて鋭い犬歯を剝き出しにして、カヌスウルフがミーシャに向かって飛びかかってきた。

 ミーシャは向かって来るものから視線を動かさずと口を小さく開けて、ぽかんと固まっていた。

 

 カヌスウルフが倒れた際、ミーシャは思い違いをしていた。

 ミーシャはカヌスウルフが倒れたのは、真田の攻撃でダメージが蓄積されて、あと一歩のところで自分の攻撃が当たって、倒れたのだと思っていた。

 だから戦闘が終了したのだと、真田に近付こうとした。


 それが、そもそもの間違いだった。

 

 真田は確かに蹴りの攻撃はしていたが、ゲームのRPGのHPで表すのなら、精々5程度しか減らしていない。

 本来の目的は『運動』にカヌスウルフを付き合わせる程度のものであり、真田を食べる事を途中で諦められたりして、何処かに行かせないようにする、注意を惹き付ける攻撃だから、威力は最低限となった。

 だからそんな攻撃を10回したとしても減らしたのは50程度。雑魚のモンスターならまだしも、魔狼カヌスウルフなら微々たるものだ。

 そんなかすり傷程度しか受けていないカヌスウルフに、まだ見習い程度のミーシャの魔法を受けたとしても、それが致命傷になる事は無かった。

 中々餌にありつけずに一方的に攻撃を受けていたカヌスウルフは、空気を限界ギリギリまで入れた破裂寸前の風船と同様だった。


 良かれと思った真田の援護にとミーシャの魔法攻撃は火に油を注ぐ事となり。

 怒りが頂点に達し、カヌスウルフは魔法を放ったミーシャにを食い殺そうと、襲い掛かった。

 襲われそうになっているミーシャは、何も出来なかった。


 ミーシャには恐怖を感じる暇もなく、何も出来ずにただ襲ってくるカヌスウルフをポカンと口を開けて見ていた。

 あわやミーシャがカヌスウルフの胃袋の中に入るかと思われた時、カヌスウルフの前を一陣の風が吹いた。


 ミーシャが身体を思考を動かす事が出来たのは、身体に強い力で締め付けるような刺激が受けた後だった。

 パチパチと目を動かして、現実を受け入れようとするミーシャの目と鼻の先には、眉を顰め真剣な表情でカヌスウルフを見ている真田の横顔があった。


 「(えっ、えええ!? どっ、どいうこと!!??)」


 ミーシャが困惑するのも無理はなかった。


 目と鼻の先に居たカヌスウルフよりも、遠くに居た人間である真田が先に間に合った事に、自分の中の常識との違いに、処理が追いついていなでいた。

 助ける事に成功した真田は、ミーシャを絶対に傷つけさせないと意思の表れなのか、自分の胸に押し付けるようにしていた。

 

 少し頬を紅潮させているミーシャは何とか真田に声をかけようと口を動かすが、言いたい事が多すぎてなにを言っていいのか分からず、口をもごもごと動かしていた。

 カヌスウルフを見ていた真田が、突然ミーシャの方を向たので、ミーシャは一瞬ビクッ!!と、緊張が走った。


 「オルセンさん、怪我は無いですか」


 「えっ!? ‥‥‥はっ、はい!!  怪我はないです!」


 「それは良かった」


 ミーシャが慌てながら答えると、真田は安心したように優しく微笑んだ。

 真田の顔を見て、ミーシャは此処が生死を分ける場所である事と忘れて、自分の顔が熱くなっていくのが、触らずとも感じられた。

 真田はミーシャから視線をずらし、睨めつけるようにカヌスウルフを見て。


 「時間切れか」


 「えっ!? それは‥‥‥」


 真田の真意を探ろうとするミーシャの言葉は、最後まで続かなかった。

 またしても餌にありつけなかったカヌスウルフが、真田とミーシャに向かって、地面を前足で強く蹴り、風のような速さで駆けて来た。

 

 真田は腰にかけている鉄剣の柄に右手で強く握った。

 真田はミーシャを抱いたまま、襲ってくるカヌスウルフに目掛けて低く飛んだ。

襲ってくるカヌスウルフを前に、真田はヌスウルフと交差する寸前に鉄剣を抜き放った。

 

 真田とカヌスウルフとが交差した後は、その場は静寂に包まれた。

 真田は抜き放った鉄剣を真上に掲げ、何かを落とすように振り下ろした。

カヌスウルフはゆっくりと真田の方へ振り返った。

 展開についていけず、ポカンとしていたミーシャは真田の肩から、カヌスウルフが自分達の方に来ようとしているのを見て、背中を向けている真田に注意を発しようと口を開けかけた時、視界の端に映るカヌスウルフの首が急に地面にボトリと落ちた。


 ミーシャはあまりの出来事に、処理能力を超え、石像のように固まった。

 カヌスウルフは首が落ちた事に気付いていないのか、近付こうと右の前足を一歩出すと、両前足の第一関節のところで胴体と足が外れ、自立できるだけのバランスが取れなくなったカヌスウルフは、前のめりになり地面に当たると、その反動で胴体が綺麗に真っ二つになった。

 

 カヌスウルフが立っていた場所には、カヌスウルフだったもののバラバラな死骸と、流れ出る血が侵食するように広がっていた。

 真田はその時なって、鉄剣をミーシャに当たらないように、注意しながら鞘に収めた。

 

 ミーシャは真田とカヌスウルフの死骸を、目を丸くして交互に見ていた。

 真田は当分の危険は回避されたと、ミーシャを解放した。

 ミーシャは解放された事に、安堵しつつも自分でも分からず、少し不満な表情をした。


 少し不満そうなミーシャに、真田は首を傾げつつ、先程からの疑問をぶつける事にした。


 「オルセンさんは如何して戻ってきたんですか。確かウィルソンさん達と一緒に、サガムに応援を呼びに行った筈では?」


 真田の疑問にミーシャはハッとした表情になったが、時間が経つにつれ思い詰めた表情となった。


 「(言うんだ言うのよ、ミーシャ。例えそれが民族の汚点になろうとも)」


 ミーシャは自分に発破をかけ、手を強く握り締めて、意を決したかのように真剣な表情で真田を見た。


 「あ、あのサナダさん! わ、私言わなきゃいけない事が‥‥‥」


 ミーシャは最後まで言う事が出来なかった。真田が途中でミーシャの小振りな唇に優しく人差し指を当てて遮ったからだ。


 「それ以上は言わなくていいから、早くサガムに帰りましょうか」


 「で、でも‥‥‥」


 真田の手を退かして、尚も言わんとするミーシャに真田は首を横に振った。


 「それを込みで、私は引き受けたんだ。君が言うべき事じゃない。‥‥‥まあ、援護をしてくれたのは嬉しかったです。ありがとう」


 ミーシャは優しく微笑んで礼を言う真田を目の前に、目からほろりと一筋の涙を流していた。


 「(サナダさんは最初から気付いていたんだ。ウィルソンさんの嘘を。応援を呼ぶ気は最初からないと。自分は見捨てられたのだと。カヌスウルフへの生贄だと。だけどそれが最善の策だと思って私達を生かす為に自分を犠牲にと)」


 少しずれた思いを思い込んでいるミーシャの胸中は、安心や怒りや憎悪や悲しみの感情が複雑に入り混じっていた。

 だからこそ制御できない膨大な感情に振り回され、普段絶対にやらない事をしたのかもしれない。


 ミーシャは泣きながら真田に近付き、背中に手を回して、小さく消えそうな小声で。


 「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい‥‥‥」


 ただ謝罪の言葉を述べるだけだった。


 それは何に対しての謝罪の言葉なのかミーシャ自身にも分からなかった。ウィルソンの嘘を指摘できなかった事なのか、結果的に嘘に乗ってしまった事なのか、真田にそう決断させてしまった事なのか、それとも全ての事に対してなのかは、それは分からずじまいだった。


 ミーシャに泣きながら抱き付かれた真田は最初は驚いたが、次第に泣く子供をあやす親のように微笑んで鎧の上から背中を摩った。

 森の中をミーシャの謝罪の言葉が小さく響いた。

 それはミーシャが疲れて泣き止むまで続けられた。


 その時、自身の間合いを狭めたままだったので、泣きじゃくるミーシャをあやす姿を、ある人物が見ていたことに、真田はとうとう最後まで気付く事はなかった。

誤字脱字がありましたら、御指摘宜しくお願いします。

感想も随時募集中です。

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