第8話 【ただの保健の先生】の保護。そして元勇者の卑劣なる本性
温泉で日々の疲れを完全に癒やした俺。
シエルとリリアの熱烈な「背中流します」アピールをなんとか躱し、ホカホカの体でリビングに戻ってきた。
「いやー、やっぱり広いお風呂は最高だな」
「主様のお肌が、さらに神々しい輝きを放っておられます……!」
「次は絶対に、私がお背中をお流ししますからね!」
精霊二人がそんなことを言い合っていると、再び脳内にシステムのアラートが鳴った。
【Alert: Human_Entity_Detected / Status: Exhausted / Hostility: 0%】
「……人間? しかも敵意ゼロの、行き倒れか」
結界の外、俺たちの拠点から少し離れた場所に、一人の人間が倒れているらしい。
俺が現場に向かうと、そこには泥だらけの白いローブを着た女性が倒れていた。
淡い栗色の髪に、優しげな顔立ちをしている。
「おい、大丈夫か?」
俺が声をかけると、彼女は薄く目を開けた。
「……あ、あなたは……? ここは、死の魔境では……」
「とりあえず、結界の中に入れ。手当をするから」
俺は彼女を抱え上げ、家の中へと運び込んだ。
【Target: Kurumi / Class: Nurse (Healer) / Status: Malnutrition & Fatigue】
彼女のステータス画面を読み取ったが、特別な戦闘スキルや隠された裏の顔(スパイや暗殺者など)は一切存在しない。
正真正銘、ただの心優しい医療従事者のようだ。
リビングのソファに寝かせ、俺はシステムを使って【滋養強壮のポーション】を生成し、彼女に飲ませた。
数分後、血色を取り戻した彼女は、起き上がって深々と頭を下げた。
「ありがとうございます。私の名前は【クルミ】。辺境の村で、小さな診療所の看護師……学校の保健室の先生のようなことをしていました」
「俺はレクト。こっちはシエルとリリアだ。なんでまた、こんな魔境に?」
クルミは悲しげに目を伏せた。
「村に、原因不明の奇病が流行ったんです。私はただの普通の看護師ですから……魔法の呪いのような病はどうすることもできず……」
「なるほど。それで『役立たず』と責められて、村を追い出されたってわけか」
「はい……。私に、特別な魔法の力や、裏の組織のコネでもあれば、村の人たちを救えたのかもしれませんが……」
俺は、自分と似たような理由で理不尽に追放された彼女に、強い親近感を覚えた。
「クルミ、俺たちの領地で医療担当として働かないか? 最新の設備は用意できるぞ」
「え……? でも、私には魔法の力は……」
「魔法なんて必要ない。必要なのは、患者に寄り添う普通の看護の心だ。病気や怪我そのものは、俺が【システム】で一瞬で治すからな」
俺が空中に展開した【全自動医療カプセル】や【万能スキャンツール】のホログラムを見せると、クルミは目を丸くして驚いた。
「こ、こんな高度な医療器具……見たこともありません! これなら、どんな患者さんでも救えます!」
ただの心優しい看護師であるクルミは、純粋に人を救える道具を前に、目を輝かせた。
こうして、俺のチート領地に、有能で優しい専属の【保健の先生】が仲間入りしたのだ。
【一方その頃】
「ひぃぃぃぃぃぃっ!?」
元勇者ザイードの情けない悲鳴が、魔境の枯れ森に響き渡っていた。
彼の目の前に立ち塞がっているのは、三つの頭を持つ巨大な魔獣【ポイズン・キメラ】。
その巨体から放たれる圧倒的な威圧感は、先ほどの結界の衝撃とは比べ物にならない『本物の死』の気配だった。
「ザイード! 剣を構えて! 私が魔法で援護するから!」
魔法使いのミレナが、震える手で杖を構えながら叫ぶ。
しかし、ザイードは完全に腰を抜かし、地面を這いずり回って後ずさっていた。
「む、無理だ! あんな化け物、今の俺のステータスで勝てるわけがない!」
「あなたそれでも勇者なの!? 戦わなきゃ殺されるわよ!」
キメラの真ん中の獅子の頭が咆哮を上げ、鋭い爪を振り下ろそうとした。
その絶望的な瞬間、ザイードの狂った自己保存本能が、最悪の行動を引き起こした。
「そうだ……囮だ! 囮がいれば、俺だけは逃げられる!」
「えっ……?」
ザイードは立ち上がると、あろうことか、自分を助けようとしていたミレナの背中を、思い切りキメラのほうへと突き飛ばしたのだ。
「きゃああっ!?」
ミレナはバランスを崩し、キメラの足元へと倒れ込む。
「はははっ! ミレナ、お前は俺の身代わりとして立派に死ね! 俺という天才が生き延びるための礎になれることを光栄に思え!」
ザイードは振り向きもせず、一目散に森の奥へと逃げ出した。
「嘘……ザイード……私を見捨てるの……?」
ミレナの瞳から、絶望の涙がこぼれ落ちる。
キメラの巨大な影が、彼女の体を完全に覆い隠した。
「誰か……助けて……」
ミレナが死を覚悟して目を閉じた、その時。
ピィンッ。
彼女の耳に、どこからか無機質な【電子音】が聞こえた。
【Auto_Defense_System_Activated / Target: Poison_Chimera】
【Action: Disassembly(分解)】
バシュゥゥゥゥンッ!!
ミレナに襲いかかろうとしていた巨大なキメラの体が、一瞬にして無数の光の粒子へと分解され、風に吹かれて消滅した。
「……え?」
ミレナは呆然と目を開け、自分の無事を確かめた。
見上げると、そこには美しい光を放つ【結界】の端が、うっすらと広がっている。
キメラは、俺が領地全体に張っていた【ファイアウォール】の迎撃範囲に、うっかり足を踏み入れてしまっただけだったのだ。
ミレナは、その結界の奥――温かな光が漏れる一軒家のほうを、すがるような目で見つめた。
一方、自分だけ助かろうと逃げ出したザイードは、魔境のさらに深い闇の中、Sランク魔物たちの巣窟へと自ら足を踏み入れていることに、まだ気づいていなかった。
【キャラクター・プロフィール】
【レクト】
役割:主人公
状況:魔境で行き倒れていたクルミを保護。彼女の優しい人柄を見抜き、領地の専属看護師としてスカウトした。最新鋭の医療器具をバグで生成し、領地の福利厚生をさらに充実させる。
【クルミ】(New)
役割:サブヒロイン(医療担当)
職業:ただの看護師(保健の先生)
性格:心優しく、真面目。スパイや暗殺者といった裏設定は【一切ない】、正真正銘の普通の医療従事者。病気を治せなかったことで村を追放されたが、レクトの力に触れ、再び人を救う決意をする。
【ザイード】
役割:クズの元勇者(ざまぁ対象)
状況:魔物に襲われ、仲間のミレナを囮にして一人で逃亡。しかし逃げた先は、さらに凶悪な魔物がひしめく魔境の最深部だった。
【ミレナ】
役割:元勇者パーティーの魔法使い
状況:ザイードに裏切られ死を覚悟したが、レクトの【自動防衛システム】の範囲内だったため偶然命を救われる。結界の奥にいるであろうレクトに、助けを求めることを決意する。




