表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

67/70

第67話 【ピア・サポート】と存在意義。究極のセーフティネット『一般社団法人・全大陸ウェルビーイング支援機構』の設立

ベーシック・インカム(UBI)の導入により、スマートシティと大陸全土から「物質的な貧困」は完全に駆逐された。誰もが生存の不安から解放され、AIとロボットが労働を代替するポスト・スカーシティ(脱希少性)社会。

しかし、腹が満たされ、暮らしが豊かになったことで、人類はかつて直面したことのない「新たなバグ」に直面し始めていた。

「レクト理事長。各地区の医療センターから、奇妙な報告が相次いでいます」

理事長室で、サービス管理責任者のカメイが、沈痛な面持ちでタブレットのデータを提示した。

「UBI導入後、身体的な疾患は激減しました。しかし、逆に『無気力症候群アパシー』や、漠然とした不安を訴える市民が急増しているのです。彼らは皆、『働く必要がなくなり、自分の生きる意味(存在意義)が分からなくなった』と言っています」

「マズローの欲求段階説だな」

俺は深くため息をついた。

「生理的欲求と安全欲求が満たされたことで、人間はより高次な『承認欲求』や『自己実現の欲求』へと直面した。だが、何をすればいいか分からない者たちが、心の迷子になっている」

そこへ、財務顧問のアカザワが冷ややかな視線で別の資料をホログラムで展開した。

「厄介なことに、その『心の隙間』につけ込む悪徳ビジネスが横行し始めています。王都の精神錬金術師、ショーペンが『人工苦難シミュレーター』なるものを高額で販売しています」

「人工苦難、だと?」

「ええ。UBIで暇を持て余した市民に対し、仮想空間で『過酷な強制労働』や『飢餓』を疑似体験させ、『やはり苦労してこそ人生は美しい』と錯覚させるマッチポンプです。法外なエール(通貨)を巻き上げています」

「……人間の『苦労への依存性』を悪用した、最悪の精神的搾取スパムだな」

俺は立ち上がり、コートを羽織った。物質的な生活がどれだけ完璧にシステム化されても、「心」のケアが伴わなければ、人間は決して幸せにはなれない。

「いよいよ、俺たちが持つ最大の専門性を発揮する時が来た。カメイ、アカザワ、そしてコイケ。新しい組織を起ち上げるぞ」

【王都・ショーペンの精神錬金サロンにて】

「ガハハハハ! さあ、生きる意味を見失った迷える子羊たちよ! 私の『地獄シミュレーター』に入り、恐怖と苦痛を味わうのだ! そうすれば、何もない日常がいかに幸せか再確認できるぞ! さあ、参加費は1万エールだ!」

怪しげなカプセル装置の前で、錬金術師ショーペンが市民たちを扇動していた。生きる目的を見失った市民たちが、虚ろな目でカプセルに並ぼうとしている。

「対象者の心を利用する『偽りの苦痛フェイク・ペイン』は、我々が物理的にシャットダウンする!」

カプセルの電源ケーブルを、真紅のコートを纏った【REDANGEL】のコイケが一刀両断に切り捨てた。

「な、なんだお前たちは! 私の崇高な『心の治療』を邪魔する気か!」

ショーペンが激怒する。

「苦痛で心を麻痺させるのを、治療とは呼ばない。それはただの『現実逃避』だ」

俺はショーペンの前に進み出て、サロンの壁を背に怯える市民たちに語りかけた。

「生きる意味が分からないなら、無理に探さなくていい。俺たちが、君たちの精神的な充足と社会的な繋がりを総合的にサポートする新しい居場所を提供する」

俺は空中に、新たな組織のエンブレムとシステムを投影した。

「本日をもって、この大陸における精神的・社会的な究極のセーフティネット……【一般社団法人・全大陸ウェルビーイング支援機構】を設立する!」

ピィンッ!

「全大陸ウェルビーイング支援機構……?」

「ああ。これまでの福祉は『生きるための支援』だった。だがこれからは、『自分らしく生きるための支援』だ。この機構では、システムではなく『人間同士の共感』を最大化する」

俺はカメイを前に立たせた。

「この機構の要となるのは、カメイをはじめとする『サービス管理責任者』たちだ。彼らは、AIが弾き出したデータに、人間の温かい血を通わせるプロフェッショナルだ」

「し、しかしレクト理事長!」

カメイが少し不安そうに言う。

「これほど膨大な市民の心のケアを、私たち専門職だけでカバーしきれるでしょうか? 相談記録の作成だけでも……」

「心配するな。事務作業はすべて【クラウド・フォーム】による完全自動化(RPA)で処理させる。現場の端末からチェックを入れるだけで、スプレッドシートに自動集計され、計算エラー(#VALUE!)を吐くこともない。お前たちの時間は、100%対象者への『傾聴』と『伴走』に使ってくれ」

「……っ! はい! それなら、私たちは全力で皆様の心に寄り添えます!」

カメイの目に、使命感の炎が宿る。

「ば、馬鹿な! ただ話を聞く(傾聴する)だけで、人間の虚無感が満たされるはずがなかろう! 人間には刺激と苦痛が必要なのだ!」

ショーペンが喚き散らす。

「まだ分からないのか? 人間が最も生きる意味を感じるのは、自分が『誰かの役に立っている』と実感した時だ」

俺が合図をすると、サロンの中に次々と人々が入ってきた。元スラムのハッカー・ザック、冒険者・リナ、対人恐怖症を克服したエル。彼らは皆、かつて俺たちのシステムに救われ、自由を手に入れた者たちだ。

「彼らは、機構の【ピア・サポーター(当事者支援員)】だ。かつて苦しみを味わった彼らだからこそ、今、心の迷子になっている人々に、誰よりも深く共感できる」

ザックが、市民の肩に優しく手を置いた。

「大丈夫だよ。俺も昔は、自分の価値なんてないと思ってた。でも、ゆっくりでいいから、一緒に好きなことを見つけようぜ」

その温かい言葉と繋がりに、市民たちの目から大粒の涙が溢れ出した。彼らに必要だったのは、人工的な苦痛でも、高額な治療でもなかった。ただ「ここにいていいんだ」と認めてくれる、本物の『伴走者』だったのだ。

「あ、あああっ……! 私のサロンから、客が一人もいなくなっていく……!」

「ショーペン氏。あなたの『苦難錬金術』は、完全に需要を失いました。不当に得た利益はすべて機構の運営資金として没収させていただきます」

アカザワが冷徹に引導を渡した。

【数ヶ月後】

「レクト理事長! 全大陸ウェルビーイング支援機構の活動により、都市の無気力症候群は完全に鎮静化しました!」

カメイが、エラーの存在しない美しい相談記録のダッシュボードを見せながら報告する。

「ああ。システムが基盤を支え、人間が心を支える。これでようやく、俺たちの描く完全なセーフティネットが機能し始めた」

俺は、窓の外で市民たちが笑顔で語り合い、互いに助け合う美しい街並みを見つめた。

代表理事として、そして一人のサービス管理責任者として、この世界に最高のウェルビーイングを定着させる。

いよいよ物語は、世界を完全にアップデートする最終局面(第68話〜第70話)へと突入していく。

キャラクター・プロフィール

レクト

役割:主人公(日本創紀学園・理事長 兼 一般社団法人・全大陸ウェルビーイング支援機構・代表理事)

状況:物質的豊かさの先にある心の虚無を解決するため、【一般社団法人・全大陸ウェルビーイング支援機構】を設立。AIとクラウドを駆使して事務作業を自動化し、人間同士の共感と伴走支援ピア・サポートを最大化するセーフティネットを構築した。

カメイ

役割:サービス管理責任者

状況:機構の現場を指揮する。レクトの構築した自動相談記録システムのおかげで、100%の時間を「対象者との対話」に注ぎ込めるようになり、生き生きと働いている。

ショーペン

役割:精神錬金術師(ざまぁ完了)

状況:UBIで暇になった市民に「人工的な苦労」を売りつけるスパム業者。ピア・サポートの本物の共感の前に顧客をすべて奪われ、逮捕・資産没収となった。

ザック、リナ、エル

役割:ピア・サポーター(当事者支援員)

状況:かつてレクトに救われた経験を活かし、誰かの心に寄り添う側として活躍。機構の大きな力となっている。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ