第51話 【AI犯罪予測】と更生支援プログラム。スラムの非行少年と『就労移行支援』
スマートホームの導入や行政のペーパーレス化により、日本創紀学園が統治する完全環境都市は、大陸全土から「夢の理想郷」として憧れを集めるようになっていた。
毎日、数え切れないほどの移住者がゲートをくぐる中、都市の人口はついに二十万人を突破しようとしていた。
だが、光が強くなれば、当然そこに落ちる影も濃くなる。
「レクト理事長。都市の防犯システムから、気がかりなデータ(アラート)が上がってきています」
理事長室で、財務顧問のアカザワがタブレットのグラフを指し示した。
「ここ数週間、都市の繁華街や市場において、スリや置き引き、小規模な倉庫荒らしなどの『軽犯罪』が微増しています。犯人の大半は、隣国のスラム街から流れ込んできた身寄りのない非行少年たちです」
「スラムの子供たちか。……捕まえた後の処遇はどうなっている?」
「衛兵たちが捕縛し、数日間の牢屋行きと罰金を科していますが、彼らには払う金がありません。結局、釈放された直後に再び犯罪に手を染める『再犯のループ(無限ループ)』に陥っています」
アカザワがため息をつく。
異世界の従来の常識では、犯罪者は力で罰して終わりだ。だが、それでは根本的な解決にはならない。
「罰を与えるだけでは、彼らの貧困という『バグ』は直らない。必要なのは刑罰ではなく、社会で自立して生きていくためのスキルを身につけさせる【就労移行支援】だ」
俺はデスクのキーボードを叩き、都市全域の監視カメラとセンサー網を統合した新しいシステムを起ち上げた。
「今日から、都市の防犯体制を【事後対処】から【事前予測】へとアップデートする。犯罪が起きる前に彼らを保護し、正しい道へ『伴走』するぞ」
【その日の深夜・スマートシティの工業区画にて】
「おい、ザック兄貴! 本当にこの倉庫に忍び込むのか? ここは学園が管理する最新の『魔導バッテリー』の保管庫だぜ……」
月明かりの下、ボロボロの服を着た十代の少年少女たちが、巨大な倉庫の裏口に身を潜めていた。
リーダー格の少年、ザックが鋭い目つきで舌打ちをする。
「ビビってんじゃねえ! 俺たちスラムの孤児がこのピカピカの街で生きていくには、金目のものを盗んで裏市場で売るしかねえんだよ! 妹たちの腹を満たすためには、これしかないんだ!」
ザックは懐からピッキング用の針金を取り出し、倉庫の複雑な『魔力認証錠』に差し込んだ。
彼は魔法こそ使えないが、手先の器用さと機械の構造を見抜く直感力は天才的だった。
カチャリ、カチャリ……。
「よし、あと少しでロックの魔力回路がショートする……開くぞ!」
「素晴らしいピッキング技術ですね。しかし、予定時刻より『15秒』遅刻ですよ」
「……は?」
ザックが振り返った瞬間。
真っ暗だった路地裏が、上空に滞空していた無数の監視ドローンの強烈なサーチライトによって、真昼のように照らし出された。
「な、なんだ!? 衛兵か!?」
「対象者の未来の非行を未然に防ぐ。我々は特務支援チーム【REDANGEL】だ!」
光の中から現れたのは、真紅のコートを着たコイケたちだった。彼らは武器を構えることもなく、なんとその場で優雅に温かいコーヒーを飲んでいた。
「お前ら、いつからそこに……!? 俺たちの計画がバレていたっていうのか!」
パニックになるザックたちの前に、俺とアカザワがゆっくりと歩み出た。
「お前たちがこの倉庫を狙うことは、3時間前には【AI犯罪予測システム】が完全に弾き出していた」
俺は空中にシステムのホログラム画面を展開した。
「お前たちの過去の行動ルート、スリの発生場所の偏り、さらには裏市場での『魔導バッテリーの需要高騰』という経済データ。これらをAIが統合分析し、『今夜、お前たちがこの倉庫を狙う確率99%』という予測結果をアウトプットしたんだ」
「ば、化け物かよ……! 俺たちの行動が、全部その板切れに読まれてたってのか!」
ザックは絶望し、手に持っていたピッキングツールを地面に叩きつけた。
「くそっ! どうせ俺たちを地下牢にぶち込むんだろ! 煮るなり焼くなり好きにしろ! 俺たちみたいなスラムのゴミは、どうせ真っ当な仕事なんてもらえるわけがないんだ!」
自暴自棄になって叫ぶザックに、俺は静かに歩み寄り、彼が落としたピッキングツールを拾い上げた。
「……Bランクの魔力認証錠を、アナログな針金一本で、しかもたったの数十秒でバイパスしようとした。凄まじい論理的思考力と、ハードウェアの脆弱性を見抜く力だ」
俺はザックの目を見据えた。
「ザック。お前はゴミなんかじゃない。お前のその才能は、ITの世界では『ホワイトハッカー(セキュリティ技術者)』と呼ばれる、超一流のスキルだ」
「ほわいと……はっかー?」
ぽかんとするザックに、俺は一枚の電子契約書を差し出した。
「お前たちを牢屋に入れる気はない。今日からお前たち全員を、学園の【就労移行支援プログラム】に特待生として迎え入れる」
「しゅうろう……いこう?」
「ああ。温かい飯と清潔なベッドを用意してやる。その代わり、お前たちのその『鍵開けの才能』を使って、この都市のシステムの脆弱性(弱点)をテストする仕事をしてくれ。もちろん、正規の高い給料を払う」
「俺たちに……仕事を? 盗みじゃなくて、正当な給料をくれるのか……?」
「泥棒として日陰をコソコソ歩くのはもうやめろ。お前たちの才能で、この街の平和を守る『盾』になってみないか?」
俺の言葉に、ザックの目から大粒の涙が溢れ出した。
彼は震える手でタブレットの承認ボタンを押し、その場に泣き崩れた。
「やります……! 俺、本当はずっと……妹たちに胸を張れるような、かっこいい仕事がしたかったんだぁぁっ!」
「よく言った。コイケ、彼らを学園の寮へ案内しろ。まずは温かい風呂と、腹いっぱいのカレーライスだ」
「ハッ! 対象者の心と胃袋を満たす、全力の伴走支援を開始します!」
【数ヶ月後】
「よし! 第4サーバーへの疑似攻撃、完了しました! やっぱりポート8080の認証に一瞬の遅延があります!」
学園のセキュリティ・ルームで、パリッとした制服を着たザックが、複数のモニターを前にキーボードを弾きながら叫んだ。
かつて泥だらけだった非行少年は、今や学園が誇る最強の若きセキュリティエンジニアへと成長していた。
「よく見抜いたな、ザック。その脆弱性を塞ぐパッチを当てておけ」
俺がコーヒーを片手に指示を出すと、ザックは「了解です、理事長!」と満面の笑みで応えた。
「レクト理事長。彼らの働きにより、都市のサイバーセキュリティはさらに強固なものになりました。そして何より……」
アカザワがタブレットのグラフを見せて微笑む。
「都市の軽犯罪発生率は、ついに【完全なゼロ】を達成しました。彼らの更生した姿を見て、他のスラムの子供たちも次々と就労移行支援の門を叩いています」
「犯罪者を罰するのではなく、才能を見出して社会の歯車へと還元する。これこそが、誰も取り残さない究極のセーフティネットだ」
AIの予測と、人間の心に寄り添う伴走支援。
日本創紀学園の光は、暗い路地裏で震えていた子供たちの未来すらも、鮮やかにアップデートしていくのだった。
キャラクター・プロフィール
レクト
役割:主人公(日本創紀学園・理事長)
状況:軽犯罪の増加に対し、【AI犯罪予測システム】を導入して事件を未然に防ぐ。さらに、逮捕ではなく【就労移行支援】を用いて、非行少年の才能を「ホワイトハッカー」として開花させる究極の更生プログラムを実現した。
ザック(New)
役割:元スラムの非行少年(更生完了)
状況:生きるためにスリや空き巣を繰り返していたが、レクトに「鍵開けの才能」を見出される。現在は学園のセキュリティエンジニア(ホワイトハッカー)として正規の給与をもらい、妹たちと綺麗で温かい家で幸せに暮らしている。
アカザワ
役割:財務顧問
状況:都市の犯罪率がゼロになったデータと、ザックたちが生み出す新たな労働価値(セキュリティ強化)を見て、就労移行支援が最高の投資(ROI)であることに感動している。
コイケ(REDANGEL)
役割:特務支援チーム・リーダー
状況:現場で非行少年たちを待ち伏せし、武力ではなく「温かいカレーライスと風呂」で彼らの心を完璧に制圧した。更生支援における最高のメンター。




