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第39話 【ユニバーサルツーリズム】と温泉慰安旅行。究極のバリアフリー空間

クラウド型皆保険制度と訪問看護の導入により、スマートシティの医療インフラは完璧なものとなった。

誰もが健康で文化的な生活を送れるようになったある日。理事長室のデスクで、俺は分厚い「要望書」の束に目を通していた。

「レクト理事長。市民の健康状態が向上したことで、次なるニーズが生まれています」

財務顧問のアカザワが、タブレットで集計したアンケート結果を空中に投影する。

「それは『旅行』です。かつて病気や怪我で寝たきりだった高齢者や、車椅子(魔導車)の利用者たちが、『外の世界を見てみたい』『温泉でゆっくりしたい』と希望しているのです」

「当然の欲求だな。衣食住が満たされれば、次は心の豊かさ(レジャー)を求めるのが人間の本質だ」

俺は立ち上がり、窓の外を見下ろした。

そこには、日々の業務に追われながらも、笑顔で市民をサポートし続ける特務支援チーム【REDANGEL】や、学園の職員たちの姿があった。

「それに、うちの職員たちにもそろそろ『休息レスパイト』が必要だ。日頃の疲れを癒やすための、大規模な慰安旅行を企画するぞ」

「慰安旅行……! 素晴らしい福利厚生です! しかし、ご高齢の方や障害を持つ方々を大勢連れての旅行となると、受け入れ先の宿が存在しません」

異世界の観光地は、基本的に「健康な貴族や商人」だけを対象にしている。階段だらけの宿や、足場の悪い岩風呂など、バリアフリーという概念が皆無なのだ。

「無いなら、俺たちが作って(アップデートして)やるさ」

俺はシステム画面を展開し、新たなプロジェクトを立ち上げた。

「年齢や障害の有無に関わらず、誰もが気兼ねなく楽しめる旅行……名付けて、【ユニバーサルツーリズム】の開始だ」

【数日後・霊峰の麓にある高級温泉街にて】

俺たちは数十台の空飛ぶ【移動支援車両(大型バス)】を連ねて、大陸でも有数の名湯として知られる温泉街へとやってきた。

バスから降りてきたのは、REDANGELのメンバーたちにエスコートされた、多くの高齢者や魔導車椅子の市民たちだ。

「おお……! 空気が美味しい……! まさか生きているうちに、また旅行に来られるなんて……!」

市民たちが感動の涙を流す中、温泉街の組合長である派手な着物を着た成金男が、眉をひそめて立ち塞がった。

「おいおい! 困るよ学園長さん! ここは貴族様御用達の高級温泉街だ! そんな杖をついた老人や、車椅子の連中をゾロゾロ連れ込まれちゃあ、景観が損なわれるってもんだ!」

組合長の背後で、高級宿の従業員たちが嫌悪感を露わにしている。

「それに、うちの宿には段差しかないし、風呂は滑りやすい岩風呂だ! お前らみたいな手のかかる客を泊める部屋はねえよ! とっとと帰りな!」

「景観が損なわれる、か」

俺は冷たく笑い、組合長に一枚の電子契約書タブレットを突きつけた。

「心配するな。あんたたちの時代遅れな宿に泊まる気はない。俺が用があるのは、あんたの宿の隣にある……経営破綻して放置されていた『廃旅館』の土地だ」

「なっ……!? あのボロ宿の土地を、お前が買い取っただと!?」

俺は組合長を無視し、廃旅館に向けてシステムを起動した。

【Execute:Barrier-Free_Resort_Compiler(完全バリアフリー温泉宿の自動構築)】

ピィンッ!

光の粒子が廃旅館を包み込んだかと思うと、一瞬にして広大で美しい、最新鋭の和風リゾートホテルが錬成された。

「な、なんだあの建物は……!? 入り口に階段が一切ないぞ!?」

驚愕する組合長を尻目に、俺たちは真新しい宿へと足を踏み入れた。

そこはまさに、究極のバリアフリー空間だった。

床は車椅子でも滑るように移動できるフラットな特殊木材。通路は広く、至る所にAIセンサー付きの手すりと、音声で現在地を案内するナビゲーションが備わっている。

「さあ皆さん、お風呂の準備ができましたよ!」

大浴場では、コイケたち【REDANGEL】の面々が、見事な連携で入浴介助コンサルティングを行っていた。

大浴場には段差がなく、車椅子のまま湯船に入れる『スロープ式の温泉』や、座ったまま安全に全身を洗える『自動ミストシャワーチェア』が完備されている。

「お湯の温度、熱くないですか?」

アンドウが優しく声をかけながら、最新端末『アビッドパッドS80』で温泉の魔力温度を一人ひとりの血圧に合わせて1度単位で最適化コントロールしていく。

「ああ……極楽じゃ……。お前さんたちのおかげで、何の不安もなくお湯を楽しめる……」

「理事長が作ってくれたこの特殊な浮力マット、最高ねぇ」

何十年ぶりかに大きなお風呂に入れた市民たちは、子供のような笑顔で湯船を満喫していた。

そして、その様子をじっと見つめている巨大な影があった。

『……グルルル。なんという心地よい空間じゃ。ワシも入ってよいか?』

温泉の源泉から姿を現したのは、この地を司る『水竜ウォータードラゴン』だった。

実はこの水竜、最近太り気味で古い岩風呂には身体がつっかえてしまい、肩こりに悩まされていたのだ。

「もちろん歓迎するぞ。こっちの特大バリアフリー浴槽を使ってくれ」

俺が案内すると、水竜は巨大なスロープを滑り降りてザブーンとお湯に浸かり、恍惚の表情を浮かべた。

『おおお……! 段差がないから、ワシの巨体でも安全に入れる……! おまけにこの自動背中流し機、最高じゃ……!』

水竜は感動のあまり、俺たちの新しい宿の源泉に【最上級の治癒と若返りの祝福】をドカンと与えてくれた。

「な、なんてことだ……! 水竜様が、あんな平民たちの宿を祝福するなんて!」

一部始終を見ていた組合長は、自分たちの高級宿の源泉が完全に干上がり、客たちが一斉に俺たちのバリアフリー宿へ移っていくのを見て、その場に泣き崩れた。

「レクト理事長! わ、私が間違っていました! どうか我々の宿も、その……ばりあふりー? とやらへの改装コンサルティングをお願いしますぅぅっ!」

「アカザワ。彼らに『ユニバーサルデザイン導入のための高額ローン(伴走計画)』を組んでやれ。改心する気があるなら、街ごと再建してやる」

「承知いたしました。たっぷりとコンサルして差し上げましょう」

アカザワが冷徹な笑顔で分厚い契約書を取り出すのを見届け、俺は露天風呂へと向かった。

そこでは、レオンティーナがミクやアリアの配信を防水タブレットで見ながら半身浴を楽しんでおり、コイケたちが冷えたフルーツ牛乳で乾杯していた。

「ぷはぁっ! 労働の後の温泉と牛乳、最高ですね!」

「ああ。対象者の笑顔を見ながら入る温泉は、格別だな」

ただインフラを整えるだけでなく、人生を楽しむための【余白】までをもデザインする。

日本創紀学園が推進するユニバーサルツーリズムは、大陸の観光産業そのものの在り方を、優しく、そして劇的に変革していくのだった。

キャラクター・プロフィール

レクト

役割:主人公(日本創紀学園・理事長)

状況:市民と職員の心身のケアのため、【ユニバーサルツーリズム】を提唱。廃旅館をワンクリックで最新鋭の完全バリアフリー温泉宿にコンパイルし、障害や年齢の壁を越えた究極の慰安旅行を実現した。

温泉街の組合長(New)

役割:成金旅館の主人(ざまぁ&コンサル対象)

状況:高齢者や車椅子を「景観が損なわれる」と見下していたが、レクトのバリアフリー宿に客と水竜(源泉)を根こそぎ奪われて倒産寸前に。現在はアカザワの厳しい指導の下、バリアフリー改修工事で汗を流している。

REDANGEL

役割:特務支援チーム

状況:戦闘服を脱ぎ捨て、温泉宿では「プロの入浴介助士」として大活躍。対象者の尊厳を守りつつ、安全で快適なリラックスタイムを完璧にエスコートした。

水竜ウォータードラゴン(New)

役割:温泉街の守り神

状況:太り気味で古い岩風呂に入れずストレスを溜めていたが、レクトの作ったスロープ式大浴場に感動。源泉にチート級の祝福を与え、そのまま宿の常連客マスコットとなった。

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