第10話 【スプレッドシート】による領地管理と、対等な【伴走者】
元勇者ザイードが魔境の奥深くで自業自得の最期を遂げた翌朝。
俺の視界の端に、小さなシステム通知が表示されていた。
【System_Log: Entity "Zaid" has been permanently deleted from the world.】
「……そうか。完全に消滅したか」
俺は誰に言うでもなくポツリと呟き、通知ウィンドウをスワイプして閉じた。
哀れみも湧かない。すべては彼自身が選んだ道だ。
それよりも今は、新しく増えた仲間たちの受け入れ態勢を整えるほうが先だ。
「レクト様……おはようございます。本日から、何でも命じてください」
リビングにやってきたミレナが、緊張した面持ちで頭を下げる。
彼女は昨日、メイド見習いとしてここで働くことを志願した。
かつての高慢な態度は完全に消え失せ、底辺の奴隷として扱われる覚悟を決めているようだ。
「おはよう、ミレナ。とりあえず、そこに座ってくれ」
「はい……。あの、まずは床の雑巾がけからでしょうか? それとも、外の魔物避けの生贄……」
「いや、そんなブラックな労働はさせないよ。ちょっとこれを見てくれ」
俺は空中に向かって指を弾き、巨大な半透明のシステム画面を展開した。
【Territory_Management_UI: Open】
空中に浮かび上がったのは、縦横にマス目が区切られた巨大な【表計算シート(スプレッドシート)】のような画面だ。
「な、なんですかこれ……? 光る板の中に、文字が整然と並んで……」
「俺の【翻訳】スキルで作った、領地の業務管理シートだ。誰が今、何をしているか一目でわかるようになっている」
シートには、シエルの【警備・狩猟】、リリアの【農業・環境維持】、クルミの【医療・衛生管理】といった役割が綺麗に振り分けられていた。
そして、各業務の進捗状況がリアルタイムで更新されていく。
「俺は別に、お前たちを奴隷や部下として支配したいわけじゃないんだ」
俺はミレナの目を真っ直ぐに見て、はっきりと告げた。
「俺が求めているのは、上も下もない対等な関係……共に歩む【伴走者】だ」
「伴走者……? 私たちが、レクト様と対等、ですか……?」
「ああ。俺のバグスキルは強力だが、一人で全部やるのは面倒だ。だから、得意なことをそれぞれ担当して、みんなで快適なスローライフを作っていきたい」
ミレナは驚きに目を見開いた後、再び大粒の涙をポロポロとこぼし始めた。
「私……あなたを追放して、裏切ったのに……そんな風に言ってくれるなんて……」
「過去のことはもういい。これからは、ミレナの魔法の知識を活かして、リリアの畑の温度管理や、拠点内の設備サポートをお願いしたい」
「はいっ……! 私、精一杯やらせていただきます……!」
こうして、ミレナは正式に俺たちの【伴走者】として迎え入れられた。
「あ、レクトさん。おはようございます」
そこへ、白衣を着たクルミがふわりと微笑みながらやってきた。
手には、清潔な包帯と救急箱を持っている。
「ミレナさんの傷の経過を見に来たんですが、もうすっかり良さそうですね。念のため、今日も体温と血圧を測らせてください」
クルミはどこからどう見ても、ただの優しくて真面目な保健の先生だ。
魔法も使えなければ、暗器を隠し持っているわけでも、どこかの国のスパイでもない。
本当に普通の医療従事者だからこそ、誰に対しても分け隔てなく接してくれる彼女の存在は、このチートだらけの拠点で最高の癒やしになっていた。
「うん、血圧も正常です。今日も一日、無理しないでくださいね」
「あ、ありがとうございます……クルミ先生」
ミレナも、クルミの純粋な優しさに触れて、すっかり心が解けたようだ。
「さて、業務の割り振りも決まったし、俺も新しい設備の開発に……」
俺がシートの入力作業に戻ろうとした、その時だった。
【Alert: External_Access_Request / Target: Border_of_Firewall】
頭の中に、昨日とは違う種類のアラートが鳴り響いた。
敵意のある侵入者ではない。
誰かが、俺の張った【絶対防壁】の境界線から、こちらへ「通信」を試みているのだ。
「主様! 結界の外に、武装した集団が……!」
外を見張っていたシエルが、慌てた様子でリビングに飛び込んできた。
「魔物か?」
「いえ、人間です。……それも、かなり統率の取れた騎士団のようです。先頭に立つのは……王国の紋章を掲げた、高位の貴族かと」
「騎士団、だと……?」
ミレナが顔面を蒼白にして震え上がる。
「まさか、私たちを追って……!? でも、どうして魔境のこんな深部にまで……」
俺はシステム画面を【外部モニターモード】に切り替え、結界の外の映像を空中に投影した。
そこに映っていたのは、白銀の鎧に身を包んだ精鋭の騎士数十名と、その中心で馬に跨る一人の金髪の女性だった。
彼女は結界の壁に触れる直前で止まり、凛とした声で結界内部へと呼びかけてきた。
『……この不可侵の領域を統べる御方よ。突然の訪問をお許しください。私は、第一王女・アリシア。あなた様に、国を救うための【取引】をお願いに参りました』
魔境に引きこもってスローライフを満喫していた俺の元に、ついに国家レベルの厄介事が転がり込んできた瞬間だった。
【キャラクター・プロフィール】
【レクト】
役割:主人公
状況:領地管理のために【スプレッドシート】型のシステムUIを開発。ヒエラルキーのない、対等な【伴走者】としての関係性を仲間に説き、ミレナの心を完全に救済した。
【ミレナ】
役割:元勇者パーティーの魔法使い
状況:底辺奴隷として扱われる覚悟をしていたが、レクトの優しさに触れて感泣。今後は得意の魔法知識を活かし、拠点のインフラ管理を担う有能なサポーターへと成長していく。
【クルミ】
役割:専属看護師(保健の先生)
状況:裏の顔も隠された能力も【一切ない】、ただの善良な看護師。その純粋な優しさが、傷ついたミレナの心を癒やす。
【アリシア】(New)
役割:第一王女
状況:魔境に突如現れた巨大な結界(チート領地)の噂を聞きつけ、決死の覚悟でレクトに接触を図ってきた。王国が抱える何らかの危機を解決するため、レクトの規格外の力を求めている。




