09 赤松の反乱
爽やかな夏空の下、凱旋パレードが始まった。鮮やかな軍団旗に続いて、黒髭将軍が率いる国軍が都大路に入ってきた。次に、エルネスト率いる《杉》の旗印・チェドラス騎士団が整然と行進する。
「黒髭将軍万歳!マグナシルヴァ万歳!」
「フィリップ様~!」
《銀杏》ジンク騎士団、《赤松》ロッソ騎士団、《白樺》アルバ騎士団も、大歓声と花吹雪で迎えられた。
ソフィアは特別観覧席の一番前の席にいた。横には父母と妹達がいる。マグダレーナはベールを着けてきた。しかし、パレードの中に、彼女の父親も兄も見当たらなかった。
(保守派だから欠席?大人気ないわね…)
と思ったが、マグダレーナの為には良かった。やがて、地響きのような、歓呼の叫びが聞こえてきた。いよいよ、主役の登場だ。
「ウォルフガング殿下万歳!!」
《欅》ゼルコーヴァ騎士団の先頭に、ウォルがいる。伸びた黒い髪。削げた頬。ソフィアは一瞬、混乱した。
(あれは誰?)
のんびりした優しい面影が見当たらない。更に痩せたから?目付きが鋭くなった?よく分からないまま、騎士団が観覧席の前まで来た。すると、ウォルは急に隊列を離れ、こちらに馬を寄せてきた。
「ソフィアちゃん!腹巻きありがとな!」
「え?何?」
うるさくて聞こえない。ソフィアは立ち上がって、柵に近づいた。観覧席の1階は馬上と同じ高さである。
「ちょっと来てけれ」
ウォルは手綱を離して両手を伸ばすと、彼女の腰を掴んで、ヒョイと自分の前に乗せてしまった。あまりに素早い動きに、父も護衛も止められなかった。
「キャァーっ!!」
周囲にいた友達が黄色い悲鳴をあげる。ソフィアはむしろ、固まってしまった。ウォルはそのまま隊列に戻った。
(これ、大丈夫なの?!)
「大丈夫、大丈夫。城までだんて。アビエスさ行ったんだって?えらい田舎だったべ?」
懐かしい訛りに、やっと違和感は消えた。でも冷やかすような指笛を吹き鳴らされ、全身が熱くなった。
「なして顔隠すの?」
「この状況でよく言うわね?!」
ポカポカと鎧の胸を殴ったが、手が痛い。ウォルは大笑いして、
「フィリップがら聞いでらよ。ソフィアちゃんがけっぱってパレード用意したって。嬉しぇなぁ!こんたに多くの人が祝ってけるなんて。あ、これ、土産。母っちゃや、ユリアちゃん達とで分げでけれ」
鞍に下げていた革袋をくれた。
「ありがとう。重いけど、何?」
「市場で買った宝石。偽物だったらゴメンな。…あ!夏休みって、いづまでだっけ?」
「今月いっぱいよ。どうして?」
「参謀長が歴史のヘロドトス先生でさ。チェど俺、命令無視してばかりだんて、宿題出されでしまった。急いやるけど、夜遊びはちょっと待ってけれ」
あんな、たわいも無い約束を覚えていた。もう島も無いし、凱旋パレードも成功したから、きっと流罪は免れる。いつでも下町に行けるだろう。いつまでも一緒にいられる。そう思ったら、胸が熱くなった。さすがのソフィアも素直に頷きかけた、その時。
「キスしろーっ!!」
破廉恥なヤジが飛んだ。ウォルは真顔で訊いてきた。
「する?」
「しないわよっ!ばかっ!」
ソフィアはまた、ポカポカと鎧を殴った。観衆は爆笑し、兵達も生暖かい笑顔で見ている。威厳に満ちたパレードが台無しだが、ウォルはご機嫌だ。
彼女はプイッと横を向いて、小さく言った。
「…お帰りなさい」
以前と同じ優しい声が応えた。
「ただいま。ソフィアちゃん」
◇
凱旋パレードは無事に終わった。城から自宅に戻ったソフィアは、久しぶりに家族と茶を楽しんだ。しかし、父だけがいなかった。
「父上は?」と尋ねると、母は顔を曇らせた。
「臨時評議会が開かれるんですって。夕食も要らないそうよ。何かしら?」
「保守派が終戦条件に難癖でもつけたんでしょ。あ、これ、ウォルから。お土産だって」
もらった革袋を開けてみたら、箱に入った髪飾りが幾つも出てくる。色とりどりの宝石は本物だ。細工も上等だから、多分、フィリップあたりが見繕ったのだろう。ユリアはエメラルドのついたカチューシャを取った。
「これが良い!赤い石のはマグダレーナお姉様ね!水色はリリアに合うんじゃない?」
「私はこの大人っぽいかんざしをいただくわ。これはあなたへよ。名前が書いてあるもの」
母がペリドットの髪留めを渡してきた。中に『ソフィアへ』と書かれた、二つ折りの紙が入っている。ソフィアはドキドキしながら紙を広げた。
(もしかして、今夜来るとか?)
だが、そこに書かれていたのは警告だった。
『ロッソ公が謀反。家から出てはいけない。暗殺者が見張っている』
◇
翌日。ゼルコーヴァ邸の門はぴたりと閉ざされ、全ての窓のカーテンが下されていた。メイド達も武器を隠さず携行している。物々しい空気の中、城へ出した偵察が戻ってきた。議場の出入り口を保守派の兵が封鎖。評議員達は完全に閉じ込められているそうだ。
「ウォルフガング殿下は?」
当主代理であるソフィアの問いに、偵察は頭を下げた。
「申し訳ございません。王太子宮には、近づく事もできませんでした」
「そう。ご苦労でした」
ウォルの言う通り、ロッソ家が仕組んだクーデターだとして、狙いが分からない。他の四大老を殺したりしたら、各家の騎士団が立ち上がる。陛下だって、こんな暴挙を許すはずがない。
「ロッソ家は何を考えてるの…」
思わず呟くと、マグダレーナがガバッと床に手をついた。
「も、申し訳ありません!父が…」
「あなたは関係ない。泣かないの」
母に涙を拭かれても、マグダレーナはむせび続ける。幼い妹達は互いに手を繋いで不安そうだ。ソフィアは叔母と連絡が取れるか、警備隊長に尋ねたが、暗殺者らしき輩が彷徨いているので、使いを出すのは危険だと言われた。
そこへ執事が来客を告げに来た。ソフィアは仰天した。
「え?誰?」
「フィリップ様と、アルバ家のご令嬢です。その、突然、裏庭に現れたとか」
不思議に思いつつ、母や妹達と一緒に応接間に行くと、従兄達がいた。ソフィアは単刀直入に訊いた。
「籠城中なのに。どうやって来たの?」
「転移魔法よ」
神官服姿のヒルダは、澄ました顔で言った。
「違う。ゼルコーヴァ家とジンク家を繋ぐ抜け道からだよ。ロッソ公の要求は、ウォルフガング殿下の王族籍の剥奪だ。元々、保守派は養子案に反対だった。でも伯父上が見つけてきた木こりが、思いの外、いや、とてつもなく優秀で、ミクロスとの戦で死ぬどころか、英雄になってしまった。おまけに…」
フィリップは一気に説明し、そこでチラッとマグダレーナを見た。
「ロッソ公は、嫡男が捕虜になったのは、殿下のせいだと思っている」
従兄は戦場の出来事を語った。マグダレーナの兄は、ミクロスの村で乱暴を働こうとして、ウォルに殴られた。更に、軍法会議にかけられた。
「ロッソ公は穏便にすませてくれと、黒髭将軍に頼んだけど、結果は有罪。仮設の牢に放り込まれた。そこを奇襲され、捕虜にされたものだから…」
「それだけで?馬鹿馬鹿しい!軍規を破った奴が悪いんじゃない!」
思わず声を荒げると、従兄は首を振った。そしてユリアとリリアの方を見て、
「伯母上。小さい子には」
と言う。母はメイドに合図して、二人を応接間から出させた。
「殿下は、彼を半殺しにした。僕とエルネストで必死に止めたんだけど…あんなに怒った殿下は初めて見たよ。足の骨も砕いたから、逃げられなかったんだ。」
(ウォルが?)
とても信じられない。一体、何があったのだろう。ソフィアの心を読んだように、従兄は言った。
「村娘を襲おうとして、殿下に殴られた。そこで引っ込めば良いものを、彼はソフィアを侮辱した」
「何て?」
「…『俺の妹は良かっただろ?何なら、ソフィア嬢も、俺が仕込んでやろうか?』って」
マグダレーナが悲鳴をあげてしゃがみ込んだ。母が慌てて抱き起こし、椅子に座らせる。ソフィアは頭が真っ白になった。下劣。最低最悪のゴミだ。
すると、ヒルダが口を挟んだ。
「大丈夫。捕虜交換リストに入れないから」
「そんなことできるの?」と訊くと、彼女は頷いた。
「交換の優先順位は、神殿が決めるの。具体的にはお布施の実績だから、金持ちほど上位になる。でも犯罪者は別。ヤツは証拠もあるし、一生ミクロスで働けば良い」
「証拠…」
マグダレーナを診察した医者が言っていた。服で隠れる部位に、鞭で打たれたような傷が無数にある。完全に治るまでには何年もかかるだろう、と。
フィリップが話を引き取る。
「まあ、そんな訳さ。保守派に、大老を害する度胸は無い。でもウォルフガング殿下は別だ。平民に戻した後、暗殺する気かもしれない」
「そんな…」
ソフィアは絶句した。
◇
フィリップは脱出を奨めた。ジンク家には、王都内の各所に通じる抜け道がある。それを使って、叔母はジンク騎士団の兵舎に逃げた。アルバ公夫人は神殿に避難済み、チェドラス公夫人は領地にいるので不在。あとはゼルコーヴァ家だけなのだが、保守派は、よほどソフィアを恨んでいるらしく、屋敷の周りを多くの暗殺者が見張っている。脱出したと知れたら、すぐに追ってくる、と言う。
「伯母上。何とか連中の目を引きつけます。その間に、ゼルコーヴァ騎士団と合流してください。皆さんの安全が確認でき次第、すぐに味方が議場に突入して、評議員を救出します」
フィリップは茶色の鬘を取り出した。
「僕がソフィアのフリをしますから。カーテン越しなら誤魔化せる」
ソフィアは片手を挙げて、従兄を制した。
「ちょっと待って」
フィリップの兄・シャルルと、エルネストが手勢を集めているそうだが、彼らが議場を制圧し、王太子宮に駆けつけるまで、誰かがウォルを護らなければ。
「私が残る。フィリップは王太子宮に行ってくれない?」
「いや、それでは…」
「いいえ。私が残ります」
マグダレーナが遮った。顔色は悪いし、震えも治っていない。でも、彼女は立ち上がり、深く頭を下げた。
「お願いします。ご恩を返させてください」
母は肩を震わせて涙ぐむ。ゼルコーヴァ公夫人として、嫡子を優先しなければならない。しかし、マグダレーナも、今や身内だ。置いて逃げるなど…重苦しい空気をヒルダが破った。
「じゃあ、お願い。私達は城に行くから」
(は?)
全員が見つめる中、持っていた鞄から白い服を取り出す。それをソフィアとフィリップに渡すと、サラッと言った。
「神官に変装して入る。霊廟管理者の交代だって言えば良い」
「ヒルダ!」
ソフィアは親友に抱きついた。始祖マグナスの霊廟には多くの神官が詰めている。非常事態とは言え、交代要員なら入城できるし、城に慣れている大老家の子女なら、王太子宮まで行けるだろう。
「ウォルを霊廟に連れて行きましょう。そこなら安全よ。“王の試練”の中には、彼しか入れないんだから」
しかし、従兄は反対した。
「無理だ!建物をつなぐ回廊全てに、検問があるんだぞ!」
その時、リリアがソフィアの袖を引いた。あまりに静かに入ってきたので、気づかなかった。リリアは長姉を見上げて言った。
「誰にも見つからない道、知ってる」




