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08 熊の凱旋

 叔母が流した噂は、あっという間に社交界に広まった。ソフィアも友人達を集めて茶会などを開いたが、皆、既に知っていた。しかし、


「ソフィア様が殿下の戦勝を祈願したら、湖中の魚が跳ね、森中の小鳥が歌ったそうですね。きっと、愛の女神の祝福ですよ。戦神の妻は、愛の女神ですから」


 おかしな話に変わっていた。『違う』と言いたかったが、叔母に任せたからには、口出しすべきではない。ソフィアは曖昧に頷いて、否定も肯定もしなかった。


 今日の茶会にはヒルデガルドも来ている。


「私の未来視によると、ミクロスは間も無く降伏する」


 相変わらず胡散臭い予言をするから、ソフィアはすかさず指摘した。


「それ、新聞にも載ってたわよ」


 一般市民の要望で、新聞社が評議会に情報公開を迫った。その結果、ついに戦況が報じられるようになったのである。


 我がマグナシルヴァ軍は連戦連勝。黒髭将軍の采配もあるが、熊の活躍が凄まじい。ミクロス人は一騎討ちが大好きなようで、敵将達が片っ端から挑戦してくる。その全てを、熊は撃破し続けているのだ。


「昨日は、“赤き稲妻”と“獅子の槍”を負かしたそうよ」


「さすがウォル様!凱旋パレード、楽しみね!」


「レストランのテラス席を押さえなきゃ。日取りが決まったら教えてくれる?」


「はいはい。典礼官に訊いとくわ」


 早くもお祝いムードの友人達に頼まれ、ソフィアは軽く引き受けた。凱旋パレードまでやれば、さすがに島流しにはできないだろう。英雄なんだから。ついに評議会をやり込めてやった…彼女は、心の中で高笑いをしていた。


 だが、その翌日。典礼部で思いもよらない事を告げられた。



          ◇



「凱旋パレード?しませんよ」


 素っ気なく言われ、ソフィアは一瞬固まった。


「え?普通、しますよね?数十年ぶりの対外戦争の勝利ですよ?第一、国のために戦った兵士達に失礼ですよ。やらないなんて」


 流れるように質問しても、典礼官はますます冷たくあしらう。


「仰る通りですが、そのような勅命はありません。忙しいので、お引き取りください」


 1分で追い出されてしまった。呆然としていると、父が通りかかった。娘の顔を見て事情を察したようだ。


「無駄だ。典礼部は保守派の巣窟だぞ」


「じゃあ、陛下に嘆願すれば良いんですか?」と訊いたら、父は不機嫌な顔になった。


「無理だろう。我々ですら、まだお会いできないのに」


「御典医も侍従長も、バリバリの保守派だからね」


 後ろから、叔父のジンク公が割り込んでくる。ソフィアは振り向いて挨拶した。


「お久しぶりです、叔父様。大老の力で、何とかなりませんか?」


「残念。五大老全員が揃わないと、大老令は出せないんだよ。今、ロッソ公と黒髭将軍が留守でしょ。まあ、いた所で、赤松(ロッソ)は反対すると思うけど…義兄上、姪っ子を少しお借りしても?」


 父は頷いて、娘の護衛に「十分気をつけるように」と命じた。ソフィアは重臣専用の喫茶室に連れて行かれた。そこで茶を飲みながら、お説教が始まった。


「義兄上がああ言ったのは、君が保守派の要注意人物になったからだよ。心当たり、あるだろう?」


 あり過ぎて答えられない。


「ロッソ公は息子の恥を、侍従長は幽霊王女という弱みを握られた。おまけに、流罪先を掠め取られた」


「ちゃんと買いました。マグダレーナもリリアも、そんなつもりで迎えた訳ではありません。弱みだと思うなら、何とかすべきでした」


 正論を述べたが、叔父は金色の頭を振った。


「そう単純にはいかないんだよ。誰もが面倒事に目を瞑ってしまう」


 大人はずるい。二言目には『世の中は複雑なんだ』で済まそうとする。しかし、ここで逆らうのは得策でない。ソフィアは下手に出た。


「では教えてください。どうやったら、保守派を出し抜いて、凱旋パレードを開催できますか?」


「だから、暗殺されるかもってぐらい、危険な状況なんだって」


「大丈夫。私の護衛は優秀ですから。ね?」


 同意を求めると、後ろに控える護衛は背筋を伸ばした。


「はい。ですが、至急、増員します」


 しかし、叔父が厳しい声で言った。


「特に下町に行く時は、3人では駄目だ。せめて5人」


「はっ!」


 さすが諜報家系、ソフィアの動きなど筒抜けだった。心配はありがたいけど、今はパレードだ。諦めずに、「叔父様~お願い~」としつこく頼み続けたら、


「はあ。これ以上動くなって、釘を刺すつもりだったのに…。仕方がない。アルバ公…大神官殿に頼んでごらん」


 と言って、一通の手紙をくれた。最初から助けるつもりだったのだ。


「ありがとう!叔父様!」


 ソフィアは手紙を胸に押し当て、叔父は優しく微笑んだ。


「変わったね。あんなに殿下を嫌がっていたのに。義兄上の目は正しかったって事か」


「は?」


「最初は、『大老家以外の娘でも良い』と言っていたんだ。でも、ウォルという青年に会ったら、『ソフィアしかいない』って言い出して。外戚になりたい訳でもなし、不思議に思っていたけど、なるほど。こういう事だったんだね」


(こういう事?)


 さっぱり分からないが、とにかく魔法のアイテムを手に入れた。ソフィアは叔父と別れると、大神官に使いを送った。



          ◇



 翌日、指定された時間に大神殿に赴いた。しかし、出てきたのはヒルデガルドであった。忙しい大神官に代わって、差配をしているらしい。ソフィアが手紙を渡すと、読んでもいないのに、用件を知っていた。


「ジンク公から聞いてる。凱旋パレードの件でしょ?保守派が抵抗してるって。大祭の山車の巡行と同じだから、ウチでできるよ」


「本当?!」


「うん。王都の警備隊や商工会議所と連携してやる。ウチも人手出すし。問題はお金かな。結構かかるよ?」


「どれくらい?」と尋ねると、ヒルダは一枚の紙を出した。


「有料観覧席を作れば、半分は回収できるけど」


 市民への告知ポスター、大路沿いの各所に掲げる飾りや横断幕、配布する小旗や花吹雪の制作費。誘導や警備の人件費、更に凱旋軍の礼装代などの、詳細な見積もり書だった。


 ソフィアは親友に右手を差し出した。


「安いものよ。お願いするわ!」



          ◇



 その日から、ソフィアは興行師のように忙しくなった。様々な業者と打ち合わせを重ね、警備隊を動かす許可をコネで取り、商工会議所を巨額の寄付で味方にした。


 更に、叔父の口利きで遠征軍と連絡が取れるようになった。窓口のフィリップによると、兵の大半を失ったミクロス軍は降伏。今は、終戦条件を話し合っているらしい。


『…ウォフガング殿下が、人身売買組織の摘発を条件に入れたら、腐敗貴族達がひどく反発してね。殿下と大喧嘩になって、最後には、向こうの宰相を壁まで殴り飛ばした。でも、おかげで、要望は全て受け入れられた。今月中にも帰れると思う…』


 従兄からの手紙には、そう書いてあった。ソフィアは目頭が熱くなった。熊は恋人の敵を討ったのだ。彼女は固く決意をした。


(絶対、保守派の好きにはさせない)


 観覧席も売ってやらん。だが、叔父に言われた通り、ある日、下町で妨害に遭ってしまった。



          ◇



 商工会議所を出た時だった。馬車に乗ろうとするソフィアに、


「出て行け!」


 という声を共に、何かが投げつけられた。咄嗟に庇った護衛の背で、卵が割れる。声の方を見ると、10歳程の子供が逃げ出すところだった。


「確保」


「はっ!」


 主人の命令に、護衛の一人が駆け出す。彼はすぐに犯人を捕まえて戻ってきた。浮浪児ではない。普通の下町の子供だ。騒ぎを聞いた人々が集まり始めた。


「この子の親を知ってる人、いる?」


 ソフィアの呼びかけに、人垣を掻き分けて男が出てきた。よく見たら、熊の飲み友達だった。


「ひえっ!ゼルコーヴァのお嬢さん!ウチの倅が何か?」


 護衛が説明する間も、見物人は増え続ける。大事にはしたくないが、こんなつまらない脅しに屈するのも癪だ。ソフィアは怒ったフリをして尋ねた。


「どう責任とってくれるの?」


 父親は真っ青になって頭を下げた。


「す、すみません!おいテメェ、何だってこんな事したんだ?!」


 護衛に腕を掴まれながら、膨れっ面の子供は白状した。


「…雇われたんだよ。銀貨1枚で」


「あなたは大老家を侮辱した。本当なら、鞭打ち百回よ」


 威厳を込めて睨むと、父親は平伏した。


「どうかお許しください!何でもします!お願いします!」


 その様子を見て、やっと子供は震え出した。見物人も『どうなる?』と緊張した顔で見つめている。ソフィアは商工会議所の職員を手招きした。そして納品されたばかりのポスターの箱を運ばせ、親子に命じた。


「じゃあ、これを全部貼りなさい。掲示板だけじゃなく、色々なお店に頼んで、満遍なく。糊代は銀貨1枚で賄って」


 箱の中身を見た父親は叫んだ。


「なんてこった!ウォルの凱旋だ!」


 皆が口々に「ウチの店にも貼るよ」と持っていくので、結局、数十枚しか残らなかった。子供は涙目で「すいませんでした」と頭を下げる。どうせ保守派の下っ端に唆されたんだろう。でもソフィアでなかったら、首を刎ねられていた。銀貨1枚じゃ見合わないでしょうに…と思いつつも、


「父親に感謝するのね。ウォルの友達じゃなかったら、鞭打ちよ」


 ツンと顎を上げて、馬車に乗った。すると、


「ウォルフガング王万歳!ソフィア王妃万歳!」


 なぜか歓呼の声に見送られてしまった。そうして準備に奔走すること数週間。やっと熊が帰ってきた。


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