07 島を買おう
熊や従兄が出征してから3週間が経った。だが、政府からは何の発表もない。久しぶりの戦に沸き返っていた民衆も、街角のあちらこちらで「ボロ負けしているのでは?」と暗い顔で囁き合っている。馬車の窓からその様子を見たソフィアは、避暑から帰ったその夜、父親に尋ねた。
「会談はどうなりました?それとも、すでに戦闘に?」
「…二人だけで話そう」
と言われ、父の書斎で「極秘」と判の押された書類を見せられた。それによると、布陣が完了した後、1回目の会談があった。こちらは熊とチェドラス将軍、ミクロス側は第五王子と大臣。継承権を要求されたが、もちろん却下した。すると、腕自慢の第五王子から一騎討ちを申し込まれた。
「実際は、王子がウォルフガング殿下に手袋を叩きつけた。そして、そのまま決闘になったそうだ」
結果は、熊の圧勝。剣を折られ、落馬した第五王子は重傷を負った。だが、数日後、今度は第四王子が出てきた。
ソフィアは顔を上げた。
「ミクロスって、何人王子がいるんですか?」
「継承権を要求しているのは5人。次のページは飛ばしていい。第四王子から第二王子まで、以下同文だから」
最後に第一王子が出てきたが、会談後、一騎討ちではなく夜襲を仕掛けてきた。我が方が敵を森に誘い込むと、密かに配置していた別動隊が第一王子を捕らえた。
「え?第一王子自ら、奇襲の指揮をしてたんですか?」
父は別の手紙を差し出した。熊の字だ。ソフィアはそちらを読み始めた。
◇
ゼルコーヴァ閣下
この度、ミクロスの第一王子を捕まえました。
奴がフィリップに色目を使うので、注意したところ、
『女性を戦場に連れて来るなど、言語道断!』と喚き、
『可哀想に!男の格好をさせられて。私と共に来い』と
連れて行こうとしたので、一発お見舞いしてやりました。
えらく怒って帰っていったので、『これは奇襲があるな』
と思い、昼間のうちに、近くの村の木こり達を雇って、
森に細工をしておきました。敵が罠に入ったところで、
一斉に木が倒れるようにしたのです。
フィリップにドレスを着せると、綺麗な女に見えます。
俺と手を繋いで、森で相引きしている風を装ったら、
まんまと第一王子が釣れました。
木の下敷きになったので、あちこち折れてますが、
一応生きてます。でも森はメチャクチャになりました。
後で補償してやってください。
まずは取り急ぎ、ご報告いたします。 ウォル
◇
「大手柄じゃない!どうして号外を出さないんですか?」
国民の不安も消えるのに。だが、父は首を振った。
「保守派が止めている。ウォルフガング殿下の功績を広めたくないんだろう。別の報告では、彼は兵の1人1人と相撲を取ったり、酒を飲んだりして、全員の名と出身地を覚えてしまった。その結果、兵の士気がとてつもなく高まったらしい。…これは、先程、早馬で来た知らせだが、昨日、我が軍はミクロス軍に大勝した」
「良かった!ウォルやフィリップは無事で?」
「多分な。しかし、保守派がどう動くか。このままでは国が二分してしまう。殿下の安全の為にも、遠流も有りか…」
あまりに無情だ。熊を長閑な田舎から連れてきたのは、父なのに。ソフィアは怒りを飲み込み、「このウォルの手紙も極秘ですか?」と尋ねた。
「公式なものではないから、違う」
「相撲やお酒で、ウォルが兵の心を掴んだ話も?」
「ああ」
父は口止めしなかった。だから娘は、勝手に動くことにした。
◇
まずは、噂を流す為、ジンク家に嫁いだ叔母を頼る。熊の手紙の写しを見せると、叔母は大笑いした。
「フィリップが女装?ミクロスの王子って目が悪いの?帰ってきたら試さなきゃ!」
「まあ、細身ですしね」
涼しい木陰で茶を飲みながら、ソフィアは、『評議会が抑えている情報を流布してほしい』と頼んだ。顔の広い叔母なら、あっという間に、上・中流階級の婦人達に広めることができる。
叔母は二つ返事で引き受けてくれた。だが、
「今一つ、ロマンスが足りないわ。そうだ、あなたがアビエスに行った話も加えて良い?」
と言う。何がロマンスなのか不明だが、別に構わないので、ウォルフガング1世の墓に行った事や、村人が千人針というお守りをくれた事などを話した。
「魚が舟を?小鳥がびっしり?不思議ね!」
叔母はそこに興味を持ったようだ。ソフィアは慌てて修正した。
「偶然ですよ。それよりウォルの妹の話を。彼の優しい人柄を伝えてください」
「うふふ。あなたも絆されちゃったみたいね」
違う。これは罪悪感だ。弱者を弄ぶ、権力への怒りだ。ソフィアは答えず、叔母に頭を下げた。
「よろしくお願いします。このお礼は、いずれ、必ず」
すると、叔母は軽やかに笑った。
「良いのよ。可愛い姪っ子の為だもの。頑張って、ソフィア!最後に勝つのは、愛よ!」
「…」
違うと言いたいのを堪え、姪は曖昧に微笑んだ。
◇
深夜。ソフィアは下町に赴いた。母に外出の許可を求めたら、「護衛を最低でも5人」と言われたが、目立ち過ぎるので3人にしてもらった。
熊が連れて行ってくれた酒場に入ると、皆がソフィア達を見た。
(嘘。目立ってる?)
庶民に見えるよう、地味な格好で来たのに。ドキドキしていたら、
「あ。ウォルの彼女だ。久しぶり!」
熊の飲み友達が声をかけてきた。ソフィアはフードを脱ぎながら会釈した。
「今晩は。ご一緒しても良いですか?」
「どーぞどーぞ」
酔っ払い達が空いた席に座らせてくれる。そこへ給仕の女が来たので、葡萄ジュースと、護衛の分のビールを頼んだ。ここまでは滑らかにできた。しかし値段が分からない。女が飲み物を乱暴に置いた時に訊いてみた。
「おいくらですか?」
「金貨1枚だよ」
財布を出そうとしたら、酔っ払い達が一斉に吹き出した。女もゲラゲラ笑っている。後ろから護衛が小声で言った。
「冗談ですよ。せいぜい、半銀貨1枚です」
(え?そうなの?)
しまった。庶民でないのがバレてしまう…ソフィアは動揺を隠して、
「まあ。では、皆さんに1杯奢ります。我が国の勝利を祝って!」
給仕に金貨を渡した。途端に、居合わせた客達が雄叫びを上げる。
「おおおおーっ!!」
「みんな、聞いたか?ウォルが勝ったんだと!」
「マグナシルヴァ万歳!さすがは俺たちの王だ!」
(ん?)
聞き間違いだろうか。しかし、
「ウォルフガング王に乾杯!」
という陽気な音頭に、咽せるほど驚いた。ソフィアは恐る恐る訊いた。
「あのー。もしかしてウォルの正体を…」
「次の王様だろ?みんな知ってるよ。あんたは、ゼルコーヴァ家のご令嬢だよな?ハハハハハ!茹で蛸みたいに真っ赤っかだ!可愛いなぁ!」
信じられない。熊のヤツ、お忍びですらなかった。慎ましい町娘の変装も無駄。色々腹が立って、彼女はガブガブとジュースを飲んだ。そして開き直った。
「その通り。ゼルコーヴァ家の娘よ。騙して悪かったわ」
「全然、騙されてないから。それで?どうやって勝ったんだい?」
「高札も号外も出ないし。心配してたんだぜ」
ソフィアは熊の活躍をそのまま話した。酔客達は熱心に聞いている。近所の店からも集まり始め、彼女は、同じ話を繰り返した。ついでに金貨を追加して、道路にまで溢れる酔っ払い達を買収した。
「気前の良いお嬢様に乾杯!おっと、未来の王妃様だった!こりゃ失礼」
「…」
そんな日は来ない。ソフィアは無理に笑って、杯を掲げた。
「ウォルの勝利を祝って!」
酔っ払い達は、大喜びで杯をぶつけ合う。令嬢と護衛はそっと店を出た。フードを下ろして通りを歩くと、あちこちから同様の乾杯が聞こえる。それを見届けてから、撤収した。
◇
翌日は不動産屋に行った。高そうなドレス、大きな宝石のついたアクセサリーという、いかにも金持ちの令嬢という装いだ。馬車の家紋に慄く店員に、ソフィアは横柄に言った。
「島が欲しいんだけど。良いのある?」
すぐに応接室に通され、お茶と菓子が出される。そこへ社長が揉み手でやってきた。
「失礼ですがお嬢様。ゼルコーヴァ閣下の御用命でしょうか?」
「いいえ。婚儀はまだ先だけど、持参金の一つにしたくて」
言外に『王妃になるのよ』と匂わせると、社長の顔が輝いた。この不動産屋は、富裕層向けの住宅や高級リゾートの開発で有名な会社だ。ソフィアの狙いは、陸地から遠く、ギリギリ人が住める島である。そんな島は数えるほどしかないから、評議会より先に手に入れてしまえば、熊の遠流を阻止できる。
「ちょうど良い島がございます!王家の保養地にピッタリかと!」
社長は地図を広げて、ウルソス諸島という大小7つの島を指さした。どれも陸から50キロ以上離れていて、水源がある。
「おいくら?大きい島だけじゃなくて、7つ全部でよ」
「金貨1000枚です」
安過ぎる。顔に出ていたのか、社長は説明した。
「実は、海賊が出る上、大した収益も無いので、前の持ち主が手放したんです」
「前の持ち主って?」
護衛と店員しかいないのに、社長は声を落とした。
「ロッソ家ですよ。ここだけの話、景気が悪いらしくて。開発を諦めて、売りに出したんです。赤字でも税金は取られますからね」
「じゃあ、売買契約書を用意してちょうだい。手付金のつもりだったけど、全額払っていくわ」
ソフィアは金貨の詰まった鞄から、1000枚を取り出してテーブルに置いた。
「ぜ、全額ですか?!」
「ええ」
今や、寝ても覚めても熊の顔が浮かぶ。罪悪感に胸を締め付けられる。この苦しみから逃れられるなら、安いものだ。
社長は慌てて部下に指示して、書類を整えさせた。それを待つ間、
「随分お急ぎのようですが…」
と訊かれ、ギクっとした。彼女は大きなため息をついてみせた。
「他にも用意する物が沢山あるのよ。夏休みの間に、できるだけ買っておかないと。開発業者も、紹介してもらえるかしら?」
「かしこまりました!おお、準備ができました。どうぞ」
出された契約書をじっくり読み、問題がないのを確認すると、ソフィアはサインをした。
「そういえば、ウルソスって、どういう意味?」
ふと、疑問に思って尋ねたら、社長は笑顔で教えてくれた。
「熊です。名称の変更は国への手続きが必要ですが」
よく見たら、熊座の配置と似ている。ソフィアは迷わず断った。
「結構よ」




