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10 運命の日

 ソフィアは神官に変装して王城に向かった。


「止まれ!入城の目的は?」


 予想通り、厳しい検問が行われている。門前払いの馬車も多かったが、窓から女装したフィリップが顔を見せると、衛兵はポカンと口を開けた。メイド達が面白がって念入りに化粧をしたら、絶世の美女になったのだ。


「霊廟の交代です」


 ヒルダが書類を見せても、一顧だにせず、


「大変なお仕事ですよね!お疲れ様ですっ!!」


 と、真っ赤な顔で通してくれた。それから、人気(ひとけ)のない庭で馬車を停め、ソフィアはバスケットを開けた。


「リリア。出ても大丈夫よ」


 警戒しながら床に下りる姿に、胸が痛んだ。野良猫に戻っている。ここは彼女を拾った場所だ。本当は、連れてきたくなかった。しかし、リリア以上の案内人はいない。ソフィアは涙を堪えて訊いた。


「どう?ここからウォルの部屋に行けそう?」


「あっちの大きな庭を突っ切れば、行ける」


「よし、行こう」


 従兄が先に外に出た。いつもなら多くの人が行き交う庭も、今は誰もいない。木々や生垣の影に隠れつつ、4人は慎重に進んで行った。



          ◇



 王太子宮の正面玄関前には、5人の警備兵がいた。ヒルダが『昏睡魔法は3人までしか使えない』と言うので、古典的な方法を取ることにした。まず、ソフィアとフィリップが彼らの前に出る。


「何者だ?!」


 警備兵は誰何した。ぐったりした女を、もう一人が支えている。


「神官です。連れが持病の癪を起こしてしまって…」


「何だと?怪し…」


 透き通った白い肌に、苦しげに伏せる長いまつ毛、荒い息を吐く唇。具合が悪そうな女の美貌に、警備兵たちは釘付けになった。


「お願いです、医務室まで連れて行ってください」と訴える、もう片方の女など、全く目に入らない。


「俺が!」「いや、俺が!」「お前、嫁いるだろ!」


 醜い争いが始まったが、隊長らしき兵が「やかましい!俺とジャンが連れて行く!」と言って、美人神官の手を取った。


「ご安心ください。医務室はすぐそこですよ…ジャン、そっち側を支えて差し上げろ」

「はっ!」


「ありがとうございます…」


 掠れ声の美女は隊長にもたれ掛かる。『ウッヒョー♡』という心の声が聞こえそう。ソフィアはその後ろについていった。そして、隣の建物に入ったところで、昏睡魔法入りの液体を2人の顔に吹き掛けた。完全に眠ったのを確認して、急いで戻ると、残る3人が床に伸びている。ヒルダがやったのだ。


「武器をいただこう」


 フィリップは手早く兵から剣を外した。それから、ヒルダが持っていた縄で手足を縛り、詰め所みたいな小屋に閉じ込めた。


「よく縄なんて持ってたわね」


 ソフィアは感心した。変装用の服といい、用意周到だ。しかし、


「収納魔法よ」


 例によって、胡散臭い答えが返ってきた。



          ◇



 入り口の扉に鍵は掛かっていなかった。中に兵がいないのを確認してから、4人は玄関ホールに滑り込んだ。すると、2階に続く階段の上からウォルが現れた。


「あれ?みんな来だの?」


 シャツとズボンに裸足という、無防備な姿だ。


「大変だったべ?あっちもこっちも封鎖されでで」


 彼は玄関ホールに下りてきた。リリアに気づくと、ポケットから菓子を取り出した。


「少し大ぎぐなったな!ほら、食え」


「ありがと」


「ゼルコーヴァ家は、みんな優しぇべ?名前もづげでもらったんだってな」


「うん。リリアっていうの」


「ええ名前だ」


 菓子を頬張る少女の頭を撫でている。あまりの緊張感の無さに、ソフィアはイラッとした。


「ところで、何で来だんだ?家から出るなって、手紙さ書いだべ?」


「助けに来たのよ!父達は人質になってるし、貴方だって狙われるかもしれないでしょ?」


 彼女は、ふと、疑問に思った。戦場から戻ったばかりなのに、なぜ、クーデターが起こる事を知っていたのだろう。諜報の専門家であるジンク家ですら、察知できなかったのに。


(それに、この余裕は何?)


「かえって心配かげでしまったが。んだども、会えで嬉しぇよ。ゆっくりして行ぎな。小姓はいねがら、俺が茶を淹れよう」


 ソフィアは彼の腕を掴んだ。


「そんな事してる場合?!さあ、今すぐ霊廟に避難するわよ!そこで味方が来るまで籠城…」


「静かに。何か聞こえる」


 急に、ヒルダが遮る。『もしや敵襲?』と身構えたが、すぐに鐘の音だと分かった。時を告げる鐘楼の鐘が、止まずに鳴り響いている。


「?!」


 突然、フィリップとヒルダが跪いた。そして、ウォルに頭を下げ、「陛下」と言う。


 ソフィアはやっと気がついた。この鐘の意味は、“崩御”。


(陛下が亡くなった)


 なぜ。回復していたのでは。混乱しながらも、膝を突こうとしたが、ウォルに止められた。


「君は臣下でね。さあ、行ぐぞ」


「どこへ?」


「議場だやぁ。評議会さ即位宣言しねど。フィリップ、剣を一振りくれ。ヒルデガルド、王妃の介添えを頼む。リリアは…抱っこでええが」


 フィリップが慌てて剣を差し出し、ウォルを見上げて言った。


「お待ちください。そのお姿では」


「小姓どもが靴を隠しやがった。裸足だば逃げられねで思ったんだべ。ええさ、このままで。俺らしい門出だ」


 ウォルは、リリアを抱き上げて歩き出した。ソフィアも慌てて、その後を追う。彼は「王妃」と言った。婚礼前でも、公的にはそう呼ばれる。でも、何の準備もできていない。よろめきそうになる体を、ヒルダが、しっかりと支えてくれた。



          ◇



 議場の扉が開くと、100人以上いる評議員が一斉に立ち上がった。謀反人らは既に連行済みらしく、ロッソ公や保守派は見当たらなかった。ウォルは真っ直ぐ奥へと向かう。玉座の前で、チェドラス家とジンク家の嫡男が跪いた。


 まず、エルネストが顔を上げた。


「報告します!反乱軍の制圧、完了しました!」


「よくやってくれた。その方がシャルルか?」


 ウォルの問いに、金髪のジンク家嫡男が顔を上げた。


「はっ…!」


 感極まったように見えるが、ソフィアには、女装の弟に吹き出す寸前なのが分かった。ウォルもニヤリと口の端を上げて、「兄弟共に大義である」と言った。それから、議場の隅々まで届く大声で宣言した。


「我こそは、第268代マグナシルヴァ王・ウォルフガング14世なり!異議ある者は申し出よ!」


「…」


 数秒の沈黙の後、玉座に着いた。リリアはウォルの膝上、フィリップは後ろに控えている。ヒルダに促され、ソフィアも王妃の椅子に腰を下ろした。すると、父と目が合った。『なぜここにいる?なぜ神官の格好?』と目で訊いている。娘は『色々あって』と伝えようとして、何回も瞬きをした。


 横でウォルが話し始めた。


「初めに言っておくが、俺は親政を行う。忠誠を誓えぬ者は、今すぐ去れ」


「いきなり言われても…」


 あちらこちらから不満気な声が聞こえる。やはり裸足は良くなかった。『先王の崩御後、速やかに即位を宣言する』という慣習に則ったが、ウォル以外に継承権持ちはいないのだから、きちんと支度を整えれば良かった。しかし、黒髭将軍が真っ先に膝をついた。


「…チェドラス家は、ウォルフガング14世陛下に忠誠を誓います」


 更にアルバ公と、叔父が続いた。


「女神ルミナスの名において。我がアルバ家は、陛下に忠誠を誓います」


「すでに息子達は誓ったようですが…。ジンク家も、陛下に忠誠を誓いましょう」


 最後はゼルコーヴァ家だ。


「我が娘を差し上げた。これ以上の忠誠がありましょうや。して、親政とは何をするおつもりか?」


 ウォルは威厳に満ちた声で答えた。


「まず、枯れた赤松を切り倒す。次に病んだ枝を落とす。侍従、宮廷医、典礼部、後宮、内廷に関わる全ての部署だ」


「お待ちください!ロッソ家の引責はともかく、何故、内廷を?」


「先王の死を隠蔽したからだ」


(!?)


 その場にいた全員が石になった。遠くで鐘が鳴り響く中、ウォルは膝上の少女に訊いた。


「リリアは知っているよな?」


 少女はコクリと頷いた。


「うん。ウォルが戦に行く前に、息しなくなった」


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