11 王の試練
「有り得ない!」
すぐさま、誰かが声を上げた。
「一昨日、王命書を受け取ったばかりですぞ!御簾越しに謁見も賜った!」
「では、侍従長と御殿医を連れてこい。あと、ロッソ公もな」
「はっ!」
ウォルの命令に、エルネストが動く。先王の近くに仕えていた者達は、全員捕まっているらしい。数分で反逆者の主だった3名が引っ立てられてきた。
縄で縛られたロッソ公は、跪くのを拒否した。兵に手荒く突き飛ばされ、玉座の前に倒れ込むと、血走った目でウォルを睨んだ。
「卑しい木こりめ!そこは貴様のような下衆が座る場所ではない!」
「残念だが、もう宣言をしたよ。今は、内廷ぐるみの悪事を明らかにしているところだ。御殿医。先王陛下は、いつ崩御された?」
「…」
御殿医はじっと下を向いて、口を噤んでいる。
「言いたくないなら、俺が言ってやる。3ヶ月前だ。回復どころか、悪化する病状を隠し続け、息を引き取った後は、玉体に防腐処置を施した。また侍従長。影武者を使って、さも陛下が生きているかのように偽装したな?」
ウォルは淡々と告発を続けた。侍従長は、御璽を預かる立場を利用して、王命書を偽造した。さらに、陛下の死が漏れないよう、限られた人間以外、御部屋に入れなかった。
「理由は、時間を稼ぐ為だ。ロッソ公が、新たな男系男子を見つけるまでのな。アルバ公には耳の痛い話になるが、霊廟務めの神官に、金を受け取って、密かに“王の試練”まで案内した者がいる」
大神官は眉を顰めて、王に尋ねた。
「恐れながら。結果はいかに?」
「さあ。見つかっていたら、こんな下手なクーデターは起こさないだろうよ」
ロッソ公は逆上した。
「木こりを王にするぐらいなら、断絶した方がマシだ!女神ルミナスよ!ゼルコーヴァの腹に男子を産ませたもうな!卑しき血を絶えさせよ!」
「お黙り!」
ソフィアは咄嗟に、片方の靴を脱いで、謀反人に叩きつけた。球投げは不得意だから、威力は大したことないが、赤毛の頭にぶつけてやった。
「王はマグナシルヴァの象徴、民の希望よ!失えば、多くの血が流れる。そうならぬよう、尽くすのが大老でしょうが!」
猛烈に腹が立った。ウォルがどれほどの犠牲を払ったかも知らぬくせに。おまけに女を『腹』扱いして。マグダレーナの事だって、決して許さない。ソフィアの燃える緑の瞳と、ロッソ公の赤い目がぶつかった。
「ほざけ、小娘!どうせ女子しか産まれぬ。王妃も側妃も、皆、気が触れた。お前も同じ地獄に堕ちろ!」
「その時はまた、男系男子を探せば良い!“王の試練”を開けられる者は、必ずいるわ!」
「ハッ!これだけ探しても見つからないのに?」
言い争う二人を、ウォルが遮った。
「確かに、継承者がゼロなのは問題だな。でも、案外簡単に解決できるぞ」
またしても、皆は固まった。
「アルバ公。今から霊廟に行く。支度を頼む」
◇
さすがに裸足で始祖の霊廟に踏み入るわけにもいかず、1時間程の休憩が取られた。その間に、アルバ公が王と王妃の正装を用意してくれた。フィリップも化粧を落として、叔父が探してきた服に着替える。
準備が整うと、評議員は先に霊廟へと向かった。ウォルと侍従役のフィリップ、ソフィアとヒルダ、リリアは馬車に乗った。王城の中とは言え、霊廟までは少し距離があるからだ。
「ねえ。解決って、どういう意味?」
馬車の中で尋ねると、ウォルの口調は元に戻っていた。
「まんず、見でいろ。ちょっと驚ぐがもしれねんだども、色々解決するんだよ。なあ?リリア」
「うん」
頷く妹に、ソフィアは尋ねた。
「リリア。どうして言わなかったの?陛下が、その、亡くなっていたって」
ゼルコーヴァ家に引き取られた時には、もう崩御していた、と言うことだ。父に伝えれば、連中の悪事を止められたのに。だがウォルが答えた。
「俺が止めたんだ。まさが、こんたに長ぐ隠すとは思わねがったがら」
「…」
ソフィアは確信した。ずっと訛りで誤魔化されてきたが、ウォルは策略家だ。ロッソ公や保守派を一掃するために、わざとクーデターを起こさせたのだ。チェドラス将軍を味方につけ、見事、勝負をひっくり返した。継承者不足も、何か当てがあるのだろう。
(まさか、隠し子が山ほどいるとか?)
モヤモヤしたまま、馬車は霊廟についた。
◇
馬車を降りると、円堂の上に半球形のドームを載せた、巨大な霊廟が見えた。その中心にあるのが、“王の試練”だ。始祖マグナスの墓に続く扉で、マグナシルヴァ王族の男子にしか開けられない。
周囲を囲む掘に近づくと、異様な音がした。数えきれない程の魚が、まるで喜んでいるかの如く飛び跳ねているのだ。ソフィアはアビエスの湖を思い出した。宝石だらけの王妃の正装が、ますます重く感じる。
「大丈夫。ここは女神の結界だから」
ヒルダの怪しげな励ましすら、心強かった。ウォルは気にする風でもなく、リリアを抱いたまま、霊廟に入った。既に評議員らが揃っている。
大神官の衣を着たアルバ公が進み出た。
「こちらへどうぞ」
正面の巨大な女神像、十二使徒像などを眺めながら、豪華な彫刻が施された扉の前に連れて行かれた。
(これが“王の試練”…)
ソフィアはため息を漏らした。普通、霊廟には、王族か神官しか入れない。評議員らも珍しげに周囲を見回している。
「陛下。先程の続きを、お聞かせください」
父が尋ねると、ウォルはリリアを下ろして扉に近づいた。
「1回、開けて見せよう」
彼が両手で押しただけで、“王の試練”は内側に向かって開いた。中は真っ暗で何も見えない。それから10秒もしないうちに、ひとりでに閉まった。
ウォルは急に、後ろに控える従者を呼んだ。
「じゃあ、フィリップ。同じように開けてみろ」
「え?」
「大丈夫。天罰なんか落ちないから」
従兄は、助けを求めるように大神官を見たが、あっさり頷いたので、恐る恐るといった風に“王の試練”を両手で押した。当然、びくともしない。
「よし。あの3人を連れてこい。よく見えるように、そこに置いておけ」
すぐに、縄で縛られたロッソ公、御典医、侍従長が連行されて来る。何が始まるのか、皆が息を殺して見つめる中、ウォルはリリアの手を引いて、“王の試練”の前に行った。
「リリア」
「うん」
小さな手が押すと、簡単に開いた。
(?!)
評議員達はどよめいた。既に『王の膝上にいたのは、ゼルコーヴァ家に引き取られた王女だ』と知っている。それが、“王の試練”を開けたのだ。
「どういう事だ?!」「王女でも開いた!」「男系男子のみではなかったのか?」
謀反人は目を見開いて自失、大神官であるアルバ公も、青ざめた顔で立ち尽くしている。五千年間、信じられてきた言い伝えが、間違いだったのだ。
(じゃあ、王女様たち、みんなに継承権があるのね!)
ソフィアと同じことを思った誰かが、「王女をお連れしよう!一気に何十人もの継承者が生まれるぞ!」と言い出した。しかし、侍従長はガックリと膝をついた。
「…陛下の実のお子は、その王女しか、いません」
「は?」
侍従長は、後宮の恐るべき秘密を告白した。先々代の王には、一男二女しか生まれなかった。その教訓から、先王は多くの側妃を迎えたが、一向に懐妊しない。追い詰められた妃達は皆、おかしくなってしまった。
「愛人との子供を、王女だと偽ってきたのです…」
ソフィアは二の腕を摩った。『愛人との間にできた男児はどうなったのだろう?』それを思うと、背筋が寒くなったのだ。
「マグナスは慎重な男でな。これは、正しい血筋を見分ける為に作らせたんだ」
ウォルは、再び閉じた“王の試練”を見上げた。
「次は、ソフィア。君だ」
(え?)
「先々代の、もう一人の王女は、君の母方の祖母だ。違ったか?ゼルコーヴァ公」
急に話を振られ、ソフィアは頭が真っ白になった。父も同様な顔をしていたが、「おっしゃる通りです」と言った。気づくと、ヒルダに背を押されて、扉の前に立っている。いや、まさか…と半信半疑で押してみたら、
「嘘…」
開いてしまった。ウォルは全く動じずに命じた。
「これで2人。ユリアとゼルコーヴァ夫人を入れて4人。全て女性だ。評議員諸君、『継承権を持つ女子』の即位も可能とするよう、王室典範を改正せよ」
「はっ!」
評議員達が跪いて首を垂れる。王は、くず折れた謀反人達を見下ろした。
「良かったな。これで先王の血筋が続くぞ。安心して刑に服せ。流罪先は、王妃が持つ島だ。確か…」
「ウルソス諸島。でも、井戸しかないわよ」
ソフィアはムッとしながら教えた。島を買った件は教えてないのに。一体、どうやって知ったのだろう。
「上等だよ。…これで俺の話は終わりだ。さあ、議場に戻ろう。決めなくてはならない事が山積みだ。内廷職員はゴッソリ交代だからな」
霊廟を出ると、堀の魚がまた飛び跳ねた。馬車の屋根には、白い小鳥がびっしり止まっている。ソフィアはまたしても背筋が寒くなった。
「これ、あなたのせいよね?」と訊くと、彼は首を傾げた。
「さあ?」
しかし、ヒルダが興奮気味に言った。
「使役魔法!陛下、さすがです!」
違う。パン屑目当てなんだってば。ソフィアは喉元まで出かかった言葉を飲み込んだ。評議員達が驚嘆の眼差しで見ていたからである。




