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聖剣と悪の血統者~海賊王の伝説~  作者: 名録史郎


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第八話 檻の中の黄金

「魔力を出すには……こうだったか?」


 ソウは、剣を片手で担ぐと、敵を挑発する。


「この俺様に――滅ぼされたいのは、どこのどいつだ?」


 ソウの瞳が、燃え立つ太陽のように紅く輝く。


 魔力解放――《滅びの宴(ラグナロク)》


 腹の底から湧き上がった魔力が、全身を駆け巡った。

 腕に力が満ちる。担いだ剣の重さが、遠のいていく。


 ソウの体から解き放たれた赤い魔力が、足元の砂埃を吹き払った。


 殺到していた山賊たちの足が鈍る。

 先頭の男が息を呑み、その背に後ろの男がぶつかった。


 ソウは、口の端を吊り上げた。


 ――これだ。


 白銀の軍艦で、体の奥から溢れ出した力。

 あのときと同じものが、今、自分の意思で湧き上がっている。


「いくぜ!」


 牙が動いた。


 ギュル、ギュルギュル――。


 速度が上がる。

 やがて無数の牙が、黒い鎖に引かれて刀身の周囲を猛烈な速さで駆け始めた。


 ギュィィィィィン――!


 ソウは先頭の一人へ踏み込んだ。

 振り下ろされた剣を牙で噛み折り、返した柄で顎を打ち上げる。


 横から盾が押しつけられた。


 フェンリルファングを、その縁へ引っかける。

 連なった牙が鉄の補強を削り、板へ沈んだ。


 盾が一瞬で割れた。


 呆然とする男の腹へ蹴りを入れ、後ろの二人ごと転がす。

 背後から突き出された槍は、振り向きざまに柄を断った。


「なんだよ、その剣……!」


「噛まれてみりゃ、わかるぞ」


 男が折れた槍を放り出した。


 奥へ逃げていく背中を追い、ソウは小屋の間へ進んだ。

 積み上げられた木箱の陰から飛び出した男を殴り倒し、行く手を塞ぐ荷車を横へ押しやる。


 その向こうに、鉄の檻が並んでいた。


 家畜を入れるには窮屈な大きさだった。

 なのに、中には人間が詰め込まれている。


 膝を抱えた女。

 額に血の跡がある男。

 こちらを見るなり、顔を伏せる者もいた。


 ソウの足が、わずかに鈍った。


「……人まで溜め込んでやがんのか」


 そのときだった。


「ソウ、おじちゃん……?」


 か細い声がした。


 ソウは顔を向けた。


 一番奥の檻。

 鉄格子の間から、小さな手が伸びている。


 その向こうで、黄金の髪が揺れた。


「……リナ?」


 少女が立ち上がった。


 土で汚れた頬。

 赤く腫れた目元。

 港で見たときより、ひどく小さく見えた。


「ソウおじちゃん!」


 鉄格子を掴む指に、力がこもった。


挿絵(By みてみん)


 ソウは駆け寄った。

 剣を下ろし、檻の前に膝をつく。


「お前、なんでこんなところに――」


「帰りたい」


 リナの声が震えた。


「おうち、帰りたい……」


 ソウは口を閉じた。


 少女の手が格子の間を探り、ソウの袖を掴む。

 指先が冷たかった。


 ソウはその手を一度握り、そっと離した。


「下がってろ」


 檻の扉へ目をやる。

 太い鉄の金具が渡され、大きな錠が掛けられていた。


「今、開ける」


「でも、鍵が――」


「いらねえよ」


 ソウは立ち上がった。


「全員、奥へ寄れ。顔も伏せてろ」


 リナと同じ檻にいた女が、少女の肩を抱いて後ろへ下がった。

 他の者たちも、身を寄せ合うようにして扉から離れる。


 ソウはフェンリルファングを持ち上げた。


 先端を、扉の外側にある錠へ押し当てる。


 牙が回った。


 ギャリギャリギャリ――!


 狭い場所に、耳障りな音が響く。

 リナが肩をすくめ、両耳を塞いだ。


 ソウは剣を押し込んだ。


 鉄粉が散る。

 錠を繋いでいた金具が細く削られ、やがて、重い音を立てて弾けた。


 錠が地面へ落ちる。


 ソウは牙の動きを止めた。


 剣を脇へ下ろし、扉を掴んで引く。

 錆びた蝶番が軋み、檻が開いた。


「ほら。出て――」


 言い終わる前に、リナが飛び出した。


 小さな体が腰へぶつかる。

 ソウは片足を引き、その背中を空いた手で受け止めた。


「ソウおじちゃ……っ」


「だから、おじちゃんじゃねえ」


 いつもの言葉を返した。


 だが、リナは笑わなかった。

 服に顔を埋めたまま、声を殺そうとして、うまくいかずに泣いていた。


 ソウは少女を見下ろした。


 港では、こちらが振り向く前から飛びついてくる子だった。

 魚を一匹やれば、もう一匹欲しいと言う。

 断れば頬を膨らませ、次の日には忘れた顔でやってくる。


 そのリナが、しがみついたまま離れようとしなかった。


「……もう、そこに入る必要はねえよ」


 ソウは背中に手を置いた。


 檻の奥から、他の人々もおずおずと出てくる。

 立ち上がれない男には、ルーンが手を貸していた。


「ほかの檻も頼めるかのう」


「ああ」


 ソウはリナへ目を戻した。


「少し離れてろ。残りも開ける」


 リナが顔を上げた。

 涙で濡れた目が、ソウと剣を交互に見る。


「……行っちゃわない?」


「行かねえよ。すぐそこだ」


 隣の檻を顎で示す。


 それでも離れない指を、ルーンが優しく包んだ。


「わらわと、ここで見ておろう。あの剣は、近くにおると耳が痛くなるからのう」


 リナはしばらく迷ってから、ようやく頷いた。


 ソウは隣の檻へ進んだ。


 もう一度、牙が鉄へ食いつく。

 今度の錠も、長くはもたなかった。


 扉を開け、次へ向かおうとしたところで、背後から怒鳴り声がした。


「てめえ! 勝手に商品を出してんじゃねえ!」


 ソウの手が止まった。


 振り返る。


 小屋の陰に、斧のような剣を握った山賊が立っていた。


「……商品?」


 男の視線が、ルーンのそばにいるリナへ向いた。


「そいつは特に高えんだぞ。傷でもついたら――」


 ソウが、一歩近づいた。


「高えって、何がだ」


 大柄な男は一瞬、後ずさった。

 それでも、剣先だけはこちらへ向けている。


「サンライズのガキだぞ。その髪と目を見りゃ、わかるだろうが」


 ソウは男を見つめた。


 髪と目。

 そんなものを、値踏みするように言った。


 背後から、ルーンの静かな声がした。


「サンライズの人間は、国外では高値で売られると聞いておる。黄金の髪も、宝石のような瞳も、欲しがる者がおるのじゃ」


 ソウは振り返らなかった。


 リナが声を押し殺して泣いている。

 ついさっき、檻の中から伸びてきた手は、ひどく冷たかった。


「俺様の知ってるガキを、売ろうとしてたってことか」


 ソウの瞳がさらに赤く輝く。

 フェンリルファングの牙が、再び動き始めた。

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