↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
聖剣と悪の血統者~海賊王の伝説~  作者: 名録史郎


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

3/25

第三話 魔狼の牙

 火の玉が、眼前で弾ける。


 熱波が顔を焼き、まぶたが自動的に閉じる。それでもソウは足を止めなかった。爆風をいなしながら、甲板を駆け抜ける。兵士たちが剣を構えて殺到してくるが、銛の穂先はすでに彼らの血で濡れていた。一突、また一突。柄で叩き、穂先で刺し、体勢を崩した相手を蹴り飛ばす。


 漁で培った腕力と、港で喧嘩を繰り返してきた身のこなしが、今、すべて武器になっていた。


 だが、相手はただの兵士ではなかった。


「そこだ!」


 奥から聞こえた怒声と同時に、複数の兵士が手を前に突き出す。空間が歪み、またしても火の玉が生まれた。一つではない。三つ、四つと連続して放たれる。ソウは舌打ちを一つすると、近くにいた兵士の服を掴んで投げつけた。火の玉がその男を直撃し、炎が広がる。悲鳴が上がるが、構っている余裕はない。


 そのときだった。


 甲板の中央で、 指示を出していた男がゆっくりと腰の剣を引き抜いた。


 柄は黒く、周囲の空気が微かに歪んでいるように見える。


「邪魔な虫けらだ」


 男は淡々とした声でそう言うと、刀身が陽光を浴びて青白く輝いた。


 次の瞬間、剣先から炎が噴き出した。


 ただの火ではない。剣そのものが炎を帯び、熱を帯び、まるで生き物のように脈動している。


 男が剣を一振りすると、 炎の刃が空を切り、ソウの目前の甲板を真っ二つに割った。 轟音と共に木片が飛び散り、 熱風が吹き荒れる。ソウはとっさに身を翻した。


「ちっ……」


 ソウは銛を握り直した。だが、相手はこちらの間合いなど意に介さない。炎の剣を構え、また一歩、近づいてくる。兵士たちが左右から回り込み、逃げ道を塞いでいた。


「どうだ。これが魔法だ! 降伏しろ。お前に勝ち目はない!」


 男は勝ち誇ったように剣を構えている。


「魔法だかなんだか知らねえが――火が出るだけだろ」


 魔法がなんなのかわからないが、剣や杖から火が出る。

 それがわかれば対処のしようはある。


「これでもか」


 男は、逃げていくソウの漁船へと向かって火球を放った。


 炎は直撃すると、船体を燃やす。

 人影が、海に落ちたようにも見えた。


「見ろ! 蛮族が海へ落ちたぞ!」


「……おい」


「?」


「今、笑ったか?」


 腹の底が、熱くなった。


「お前ら全員滅ぼしてやる!」


 怒りを超えたもっと根源的な何かが、ソウの体内で目を覚ます。

 胸の奥が熱を帯び、血管の中を何かが駆け巡る感覚。赤い。視界の端が、うっすらと朱に染まる。


「な、なんだ……その魔力は」


 男の顔色が変わった。


「気をつけろ! こいつ――魔力持ちだぞ!」


「ああ?」


 ソウは自分の腕を見る。


 紅いオーラが、炎のように身体を包んでいる。


「魔力?」


 そんな言葉は知らない。


「なんのことだ?」


 掌を開く。


 紅いオーラが指の間を這った。


「もしかして――この力のことか?」


 男は答えないまま再び剣を振り上げて、炎をソウに放った。


「これでどうだ」


 炎がソウを包み込む。


 しかし――


 ソウから立ち上る赤いオーラに触れた瞬間、炎は跡形もなく掻き消えた。


「なんだと」


 ソウは相手の動揺を見逃さなかった。


 銛を放り投げ、男の懐へ一直線に飛び込む。炎の刃が頬をかすめ、 熱が皮膚を焼く。構わずに左手で男の腕を掴み、右手で剣の柄に伸びた。男が驚愕の表情を浮かべる間もなく、ソウは力任せに剣を奪い取った。


 重い。


 手に馴染まない。柄から伝わる熱と、得体の知れない何かが、掌を通じて腕に逆流してくる。剣は青白い光を帯びたまま、ソウの手の中で不安定に明滅した。


「くそっ! 素人めが……扱えると思うな!」


 男が叫び、残った兵士たちが一斉に斬りかかってくる。ソウは奪った剣を雑に振り払った。刃が空を切るが、炎は乗り移らない。ただの重い金属の棒を振っているのと変わらなかった。兵士の剣が肩を浅く斬り、 痛みが走る。


「動けよ……!」


 ソウは歯を食いしばり、剣を強く握りしめた。何かを求めている。この剣が持っているはずの力を、無理やりにでも引きずり出そうとする。だが、剣は応えない。青白い光は次第に弱まり、ただの抜身になりかけていた。


 腹が立った。


「使えねえのかよ、こんなもん!」


 苛立ちとともに、すでに全身から噴き上がっていた紅い魔力が腕へ集中した。


 ソウは何をしているのか自分でも分からない。ただ、この剣が自分の言うことを聞かないのなら――。


「だったら、俺様の力にしちまえばいいだろ」


 紅い魔力を、力任せに剣へ流し込んだ。

  大きな衝撃が走り、ソウの視界が真っ赤に染まる。


 白銀の刀身に、一本の亀裂が走った。


「……?」


 だが、壊れたのではない。


 亀裂は一本、二本、三本と規則正しく増えていき、長かった刃を細かな節へ分割していく。それぞれの刃が外側へせり出し、先端を尖らせた。


 牙。


 そうとしか見えなかった。


 さらに分割された刀身の隙間から、黒い鎖が這い出す。金属とは思えないほど滑らかに伸びたそれが、一枚一枚の牙を繋ぎ、剣先で折り返して反対側へ回り込む。


挿絵(By みてみん)


 カチッ。


 最後の牙が噛み合った。


 同時に鍔が左右へ開き、巨大な狼が顎を開いたような形へ変わる。


 そして――。


 ギュル。


 牙が動いた。


 ギュル、ギュルギュル――。


 速度が上がる。


 やがて無数の牙が、黒い鎖に引かれて刀身の周囲を猛烈な速さで駆け始めた。


 ギュィィィィィン――!


「……なんだ、これ」


 男が目を見開く。


「ば、馬鹿な……デュナメスの術式が、上書きされて……!」


 ソウ自身も、何が起きたのか理解していなかった。ただ、手の中の剣が、明らかに別の生き物になったことだけはわかる。重さが変わった。熱さが変わった。柄を通じて伝わってくる鼓動が、自分のものと同期しているような感覚。


「怯むな! やれッ!」


 兵士たちが再び襲いかかってくる。


 ソウは剣を振り下ろすと、高速で巡る牙が兵士の鎧へ食いつく。


 ギャリッ――!


「ぐあっ!?」


 一枚の刃で斬ったのではない。無数の牙が鎧の表面へ次々と噛みつき、鉄を削り、引き裂き、その下にあるものごと強引に食い破っていく。


 兵士の一人が弾き飛ばされる。


 次の兵士が慌てて剣を構えた。


 金属同士がぶつかった瞬間、高速回転する牙がその剣へ絡みつく。


 ギャギャギャギャ――!


「なっ……!」


 火花が散り、剣身がみるみる削られていく。


 そして――

 バキンッ!と音を立てて、剣が中央からへし折れた。


 ギュィィィィィン――! 


 ソウの身体から流れ込む紅い力を喰らい、無数の牙はさらに激しく回転する。

 まるで剣が、咆哮をあげているようだった。


 ソウは自分の左手を見た。掌が薄く朱に染まっている。熱い。だが、痛みはない。むしろ、力が増しているような錯覚さえあった。剣へ目を落とす。黒い鎖に繋がれた無数の牙が、獲物を待ちきれないかのように高速で巡り続けている。


「はっはっはっ! いいなこの剣は!」


 ソウは豪快に叫ぶと、剣を構え直した。自分の中のなにかが、敵の術式を力ずくで塗り替え、別の何かに変えてしまったこの剣。


 明らかに、先ほどまでの魔法剣とは一線を画していた。


 兵士たちは、その異形の剣を前に足を止めていた。鮮血と紅い魔力を纏う牙を見つめ、誰一人として先ほどのように踏み込んでこない。


 ソウはゆっくりと息を吐いた。


 遠くには、炎を上げながらも港へ向かって進む漁船が見えた。海へ落ちた仲間がどうなったかまでは、ここからでは分からない。それでも、船そのものはまだ動いている。最低限、逃げる時間だけは稼げた。


 だが、この船の上には、まだ敵がいる。

 ソウは紅く染まった剣を下げたまま、男を見た。


「おい。お前ら、この海で何をする気だ」


 返事はなかった。男はただ、失った剣を見て、蒼白な顔で歯噛みしている。ソウはそれ以上を聞かなくてもいいと判断した。この剣を持って、この船を混乱させればいい。仲間が逃げる時間を、もう少し稼ぐ。


 紅い刃が、再び脈動した。


 敵兵たちが、一斉に後ずさった。


「化け物……」


「誰がだ」


 ソウは生まれ変わった剣を肩へ担いだ。


 高速で巡る牙が、火花を散らす。


「俺様は――漁師だ」


 そして、一歩。


 前へ出た。


 この日。


 一振りの魔法剣が、一人の漁師によって奪われた。


 力も。


 術式も。


 その姿すらも。


 すべてを力ずくで塗り替えられて。


後に海賊王の牙として語り継がれる魔剣――


フェンリルファング。


 その最初の姿が、ここに生まれた。

デュナメスの魔法剣

挿絵(By みてみん)


フェンリルファング(デュナメスの魔法剣)

挿絵(By みてみん)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。