↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
聖剣と悪の血統者~海賊王の伝説~  作者: 名録史郎


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

23/25

第二十三話 この海を取り戻す

 魔力が尽きようとも、意地までは折れていない。


「皆を守るために……アイツは必ず滅ぼしてみせる」


 聖なる想いが、滅びの魔力を補完していく。

 ソウの瞳が太陽の輝きを取り戻す。


 ソウは、自分の足で立っていた。


 だが、剣を持ち上げると、肩の奥が軋んだ。


 力は戻ってきている。それでも、先ほどまでのように走り回れる気はしなかった。


 ルーンの手が、すぐそばにある。


 ソウがふらつけば、また支えるつもりなのだろう。その手を見てから、ソウは海竜王へ目を戻した。


「ルーン。魔法は使えないか?」


「何をする気じゃ」


「さっきのあいつみてえに、何か飛ばす魔法だよ」


 ルーンが眉を寄せた。


「デュナメスは、わらわも扱いがわからん。使えても、普通の魔導具の魔法ぐらいじゃ」


 胸元の宝石へ、指を添える。


「火を出す。風を起こす。その程度ならできるが、あれへ向けて撃ったところでのう。焼け石に水じゃろう」


 海竜王の口元から、青白い光が漏れた。


 長い牙の一本一本が、内側から照らされている。その間へ、海面から吸い上げられた水が消えていった。


 ルーンは小さく首を振る。


「あの巨体じゃ。多少の火など、鱗を乾かすにも足りん」


「焼かなくていい」


 ソウは言った。


「風の魔法を使えるなら……俺様を、リヴァイアサンの真上に打ち上げてくれ」


 ルーンが、ゆっくりとソウを見た。


「……おまえさんを?」


「ああ」


「それなら風の魔法でできんこともないが……」


 その視線が、ソウの足元へ下がる。


「立ったばかりじゃぞ」


「立てりゃ、踏ん張れる」


「空には踏ん張る場所がないわ」


「だから、上に出してくれって言ってんだよ」


 ソウは聖剣を持ち上げた。


 肘が震える。


 両手で柄を握り直すと、震えは少し収まった。


「上から、こいつを叩き込む」


 ルーンは剣を見た。


 続いて、海竜王の頭を見上げる。


「その刃で、どこまで届くつもりじゃ」


 当然の疑問だった。


 頭部だけで軍船を呑み込む相手だ。今の剣を根元まで突き刺したところで、何ほどの傷になるのか。


 フェンリルファングなら噛み砕ける。ナグルファルなら深く穿てる。


 だが、あの頭を削り続ける間、ソウの魔力がもつとは思えなかった。


 途中で力が尽きれば、それまでだ。


「このままじゃ足りねえ」


 ソウは認めた。


「だから、変える」


「また、新しい形か」


「ああ」


 ルーンが息を吐いた。


「今度は、どんなものが欲しいんじゃ」


 ソウは海竜王を見た。


 青黒い鱗。その下に重なっているであろう、厚い肉。巨大な頭を支える骨。


 一つずつ、相手にしてはいられない。


「全部、まとめて叩き砕く」


 短く答えた。


「一発でだ」


     ◇ ◇ ◇


 船が傾いた。


 二人は同時に足を動かし、流れてきた木箱を避けた。箱が船縁へぶつかり、砕けた蓋が海へ落ちる。


 海竜王の頭が、ゆっくりと動いていた。


 開いた顎が、残った軍船の方へ向く。


 そこでは、兵士たちが魔導具を構えていた。


 青白い火球がいくつも放たれる。海竜王の頬で弾け、鱗の表面を炎が流れた。


 巨体は揺れもしなかった。


 だが、その目は動いた。


 ソウはそれを見逃さなかった。


「……魔力を追ってやがる」


「そうじゃな。あれだけ撃てば、目も向けるじゃろう」


 海竜王の首が止まる。


 顎の奥で、光が狭く、濃く集まり始めた。


 ソウの指が、柄を締めつけた。


 魚も、獲物を追っている間は向きを変える。


 潮へ逆らい、尾を振り、逃げ道を塞ぐ。だが、最後に食いつくときには、頭と体の向きが揃う。


 あの巨体にも、同じ瞬間がある。


「あいつが撃つときだ」


 ルーンがソウを見る。


「撃つ直前に、頭が止まる。そこへ落ちる」


「頭を振られれば、外れるぞ」


「俺様を狙わせる」


 ルーンの表情が変わった。


「おまえさん……」


「強い魔力に反応するんだろ。なら、上で俺様がこいつに力を注ぐ」


 ソウは聖剣を軽く持ち上げた。


「こっちを見る。顎を上げる。狙いをつける」


「その先におるのは、おまえさんじゃぞ」


「ああ」


 ソウは頷いた。


「あいつが俺様を狙ってる間は、船も町も撃たれねえ」


 ルーンは何も言わなかった。


 ソウは故郷の方角を見た。


 ゲンたちの船は、まだ近くにいる。


 ここで海竜王に撃たせれば、あの船も波に呑まれる。たとえ自分たちだけが逃げられても、取り戻したかったものは戻ってこない。


「口がこっちへ向ききる前に、頭へ叩き込む」


 ソウは海竜王へ視線を戻した。


「撃たせるつもりはねえよ」


「……言うほど簡単ではないぞ」


「知ってる」


 聖剣の柄を握る手には、汗が滲んでいた。


 外せば、次はない。


 打ち消すための魔力を残しておけば、一撃が足りなくなるかもしれない。攻撃へ注ぎ切れば、向かってくる光を防ぐ余力はない。


 どちらもできるほど、今のソウに力はなかった。


 だから、先に当てる。


 ソウは総帥と戦ったときのように、海竜王の目と首の動きを追い続けた。


     ◇ ◇ ◇


 黒い羽音が、二人のそばを横切った。


 戻ってきたコウモリがルーンの肩へとまり、そのまま影のように溶けて消える。


 ルーンは胸元の宝石へ触れた。


「……打ち上げるだけなら、どうにかなる」


 ソウが顔を向ける。


「じゃが、あの高さじゃ。風の向きが少し違えば、頭の横を通り過ぎることになる」


「風なら、俺様も読む」


「飛びながら、船のように舵は切れんぞ」


「おまえがいるだろ」


 ソウは、ためらわずに言った。


 ルーンの指が止まった。


「真上まで運んでくれ。剣を当てるのは、俺様がやる」


 海水が、甲板を流れていく。


 ルーンはしばらくソウを見ていた。


 それから、いつものように目を細めた。


「本当に、人使いの荒い男じゃのう」


「できねぇか?」


「誰に言うておる。そのくらい余裕じゃ」


 ルーンが手を上げた。


 数匹のコウモリが、袖の陰から飛び出す。


 今度は敵船へ向かわなかった。


 海竜王から離れるように高度を上げ、二人の頭上を大きく旋回する。海上の風に翼を傾け、さらに高く昇っていく。


 ルーンがその動きを見つめた。


 ソウは頬へ当たる風を確かめる。


 潮を含んだ、冷たい風だった。だが、その流れは一定ではない。海竜王の巨体にぶつかり、巻き上がる飛沫とともに向きを変えていた。


「少し、沖側へ出してくれ」


 ソウが言った。


「あいつの顔の前を通るのは、まずい。横から上がる」


「わかっておる。頭の上へ出たところで、風を弱める。それまでは剣を振るでないぞ」


「ああ」


「落ち始めたら、わらわが向きを合わせる。おまえさんは、あの頭を見ておれ」


 ソウは頷いた。


 ルーンが甲板の上を指さす。


 大きく裂けた板を避けた、その先。まだ梁に支えられている場所だった。


「そこへ立て」


 ソウは歩いた。


 一歩目は、重かった。二歩目には、足の置き場所が定まった。


 背後で、ルーンの靴が鳴る。


 ソウは指定された場所に立ち、海竜王を見上げた。


「叩き込んだ後はどうするんじゃ」


 ルーンが尋ねた。


「落ちるだろうな」


「そこまで考えておかんか」


「拾ってくれ」


 振り返ると、ルーンが呆れた顔をしていた。


 ソウは笑った。


「海で拾うの、二回目だろ。慣れたもんじゃねえか」


「二度も同じ男を拾う羽目になるとは、思わなんだわ」


 そう言いながら、ルーンはソウの服を掴み、足の位置を少し直した。


「ならば、生きたまま落ちてこい。死んでおったら、拾っても文句は聞けんからのう」


「安心しろ。山ほど言ってやる」


「それは楽しみじゃ」


 ルーンが手を離した。


 宝石が光る。


 足元の水が、輪を描いて流れ始めた。


     ◇ ◇ ◇


 海竜王の口に集まった光が、ひときわ強くなった。


 軍船から放たれていた火球が途切れる。


 総帥を失った兵士たちも、ようやく気づいたのだ。撃ち返しても、この巨体は止まらない。


 海竜王の首が、ゆっくりと据わっていく。


 ソウはその動きを見た。


「急ぐぞ」


「こちらは、いつでもよい」


 風が靴の周りを巡った。


 濡れた衣服がはためく。折れた木片が甲板から浮き上がった。


 ルーンの髪が、風に持ち上げられている。


 その中で、彼女の目だけが真っ直ぐソウを見ていた。


「ソウ」


「なんだ?」


「任せたのじゃ」


 ソウは歯を見せた。


「ああ。任せろ。俺様達でこの海を取り戻すぞ!」


 両手で聖剣を握る。


 まだ、魔力は流し込まない。


 頭上へ出てからだ。


 残った力も。 新しく胸に灯った力も。


 全部、あの一撃へ注ぐ。


 ソウは膝を曲げた。


 ルーンが腕を振り上げる。


 足元で、風が唸った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。