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聖剣と悪の血統者~海賊王の伝説~  作者: 名録史郎


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第二十一話 暗黒魔剣

 ルーンはソウを見た。


 その顔に、少しずつ笑みが戻る。


「まだ、できてもおらんのにか」


「確実にモノにする。お前は、アイツを引きずり下ろしてくれ」


「まったく。無茶を言う男じゃのう」


 ルーンが船縁へ歩いた。


「間に合わせるんじゃぞ」


 ルーンが海へ身を投げた。


 総帥の剣先が、その姿を追う。


 だが、白い光が届くより早く、ルーンは黒い霧へ変わっていた。


 霧が海面を覆う。


 広がり続ける黒の中で、何かがうねった。


 船の下を、大きな影が通る。


 ソウは足を開いた。


 波が船体を持ち上げた。


「何だ?」


 総帥が視線を落とす。


 海面が割れた。


 黒い鱗に覆われた巨体が、海水を押し退けて立ち上がる。 長大な胴が船の脇を通り、頭が帆柱の高さを越えた。


 大蛇の瞳が、総帥を捉える。


 魔獣変化――《ヨルムンガルド》。


 総帥が翼を打った。


 大蛇の頭が、その行く先へ伸びる。


「《天罰の光剣》!」


 白い光が黒い鱗を裂いた。


 大蛇から血が散る。


 だが、大蛇は止まらなかった。


 頭を避けた総帥の横へ、長い胴が回り込む。  翼に鱗が触れた。


 次の瞬間には、白い羽が黒い巨体の間へ押し込まれていた。


「――っ!」


 一巻き。 さらに、もう一巻き。


 総帥が剣を振ろうとする。 その腕ごと、大蛇の胴が巻きついた。


「無駄だ!この身に傷を負わせることなど――」


「傷つかぬからといって」


 巨大な顎が開く。


「落ちぬわけではあるまい」


 ルーンが身をひねった。


 翼を塞がれた総帥が、その重さに引かれる。黒い巨体と白い光が、甲板へ落ちた。


 轟音。


 船体が深く沈み、舷側を越えた海水がソウの足元へ押し寄せた。 甲板の板が跳ね、折れた梁が船室へ突き刺さる。


 ソウは踏みとどまった。


 大蛇の胴の間で、総帥が顔を上げる。


 傷はない。


 叩きつけられた顔にも、挟まれた腕にも、血は滲んでいなかった。


 それでも、空へは戻れない。


「ソウ!」


「ああ!」


     ◇ ◇ ◇


 ソウは走り出した。


 蛇腹の刃が縮んでいく。 節が寄り合い、真っ直ぐな刀身へ戻った。


 その先へ、魔力を注ぐ。


 噛み砕く牙では足りない。 貫くための螺旋でも、同じだろう。


 刃は届いていた。 爪も、皮膚へ触れていた。


 それなのに、傷がつかなかった。


 あの男を守っている力。


 あれが、邪魔だ。


「無駄だ! 我が身は、天に守られている!」


 総帥が叫んだ。


 大蛇の鱗の間から、白い光が漏れる。


 ルーンの胴へ傷が走った。 締めつけが、わずかに緩む。


 総帥はその隙間へ剣を押し込もうとした。


「この野蛮な賊めが。お前らに、神の加護は破れん」


 大蛇の胴に押さえ込まれながらも、総帥はソウを睨んでいた。 その顔には、まだ傷一つない。


「ソウよ。急ぐんじゃ。長くは持たんぞ」


 剣が届いても、傷つかない。 甲板へ叩きつけられても、血の一滴さえ流さない。


 その身を守る加護を、男は疑っていなかった。


「賊で構わねぇ。お前らを倒せるならな」

 

 ソウは聖剣を握り締めた。

 港を焼いたのは、こいつらだ。仲間の船を沈め、暮らしていた町から人々を追い出した。


 それでも、神はこいつを守るという。


 ならば。


 この海を取り戻す者を、海賊と呼ぶのなら。  海賊として、願おう。


 邪神でも構わない。

 敵を倒すためなら――

 こいつらを守る神でさえ、滅ぼしてやる。


 柄へ、魔力を注ぐ。

 胸の奥を焼く憎しみを。  

 帰り着いた港を見たときの、あの怒りを。

 残さず、刃へ流し込む。


 聖なる剣よ。


 今こそ、俺様の憎しみと怒りを刃に変えよ。

 剣の紋章が、紅く輝いた。

 刀身が震える。 鋼の表面へ、細い亀裂のような筋が走った。


 その奥から、黒が滲み出す。


 ソウは魔力を止めなかった。


 腕が重くなる。 膝から力が抜けそうになる。

 それでも、柄を握る指だけは緩めない。

 刀身へ走った筋が、次々と繋がった。 黒い刃が伸び、鍔が大きく姿を変えていく。


 溢れていた紅い魔力が、その剣へ呑まれた。


 ルーンの瞳が、見開かれる。

 総帥もまた、ソウの手元を見ていた。

 その男の足が、初めて甲板を掻いた。

 この手に顕現せよ。


 最強の魔剣――《邪神の封印剣ロキ・レーヴァティン》。


 ルーンの瞳が、黒い刃へ向いた。


 巻きついた胴に、力がこもる。 総帥の剣を握る腕が、外へ押し広げられた。


 胸が空く。


 ソウはそこへ、切っ先を向けた。


「無駄だと言っている!」


 総帥は身を引かなかった。


 先ほどと同じように。 刃が触れても、傷はつかないと信じていた。


 黒い切っ先が、白銀の胸甲へ触れた。


 総帥の表情が変わる。


「……何?」


 身を包んでいた加護が、消えた。


 ソウの手に、今までとは違う感触が返ってきた。


 紅い魔力が暗黒を纏い刃と化し、突き進む。


 胸甲が裂けた。


 総帥が慌てて体を捻ろうとする。 だが、巻きついた大蛇が逃がさない。


「待――」


「遅え!」


 ソウは最後の一歩を踏み込んだ。


 黒い刃が、総帥の胸を貫く。


 喉から、掠れた息が漏れた。


 ルーンが胴をほどく。


 総帥の腕が下がった。 握っていた剣が甲板へ落ち、白い光が消える。


 ソウは男を見据えたまま、聖剣を引き抜いた。


 膝が落ちる。


 総帥は胸元へ手を当てた。 赤く濡れた指を見つめ、何かを言おうと口を開く。


 言葉にはならなかった。


 白銀の鎧が、甲板へ倒れた。


 背の翼がほどけていく。 光の羽が散り、海へ届く前に消えた。


     ◇ ◇ ◇


 ソウは剣を下ろした。


 急に、音が遠くなった。


 波。 船の軋み。甲板を流れる水。


 すべてが、薄い膜の向こうで鳴っているようだった。


 大蛇の体が黒い霧へ変わる。 その中から、ルーンが歩み出た。


 脇腹を押さえていた。 白い指の間から、血が滲んでいる。


「どうにか……間に合ったのう」


「当たり前だろ」


 ソウは笑った。


 つもりだった。


 口元に、うまく力が入らない。


 聖剣の黒が薄れていく。 紅い筋が消え、刀身が元の姿へ戻った。


 柄が滑りそうになった。


「ソウ?」


 一歩、踏み出す。


 膝が折れた。


 ルーンが肩を掴む。 それでも支えきれず、二人は濡れた甲板へ膝をついた。


「使い切りおったか」


「……みてえだな」


 腕が上がらない。


 ボーレンの工房で倒れたときと、同じだった。 力を入れようとしても、体の奥から何も返ってこない。


 総帥の言うとおりだった。


 魔力は、尽きた。


 ただ、尽きる前に倒せた。


「少し、休ませろ」


「そうしておれ。まず、この船から――」


 ルーンが言葉を止めた。


 甲板を流れていた水が、向きを変えた。


 船が持ち上がる。


 沈みかけた船も、海面を漂う残骸も、その向こうの軍船も。 すべてが、同じ波に押し上げられていた。


 ソウは顔を上げた。


 沖の海面が膨れている。


 その下を、巨大な影が通った。


「……来やがった」


 海が割れる。


 青黒い鱗を伝い、海水が滝となって落ちた。  巨大な頭がせり上がり、朝陽を遮った。


 海竜王リヴァイアサン。


 ソウは聖剣の柄を握り締めた。


 刀身は、光らなかった。

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