第十八話 軍船を貫く剣
「この俺様に――滅ぼされたいのは、どこのどいつだ?」
ソウの瞳が太陽のように紅く輝く。
魔力解放――《滅びの宴》
世界を滅ぼすかのような魔力が、ソウの体から解き放たれる。
聖剣変形――《ヨルムンガルド》
聖剣の関節が外れるように刃の部分が等間隔で分断されると、一気に伸びる。敵の船の甲板に突き刺さる。
そして、敵船の甲板へ突き刺さった刃を一気に引き戻す。その勢いに自らの身体を乗せ、ソウは海面を飛び越えた。
聖剣変形――《フェンリルファング》
ソウは、激しく甲板を破壊しながら着地した。
「こいつ、どこからやってきやがった!」
兵士たちは体勢を崩しながらも杖を構え、ソウに向かって火球の魔法を放ち始める。
「効かねぇな!」
赤いオーラが、凝縮し、火球があたる瞬間に弾ける。
「ラグナロクパリィ!」
紅い魔力と接触した火球が、跡形もなく掻き消える。
さらに爆ぜたラグナロクの余波が甲板を駆け抜け、距離を詰めようとしていた兵士たちをまとめて吹き飛ばした。
ギュル……ギュル、ギュルギュル――。
無数の牙が黒い鎖に引かれ、剣身の周囲を加速していく。
ギュィィィィィン――!
フェンリルファングが咆哮した。
「今度はこっちの番だ!」
ソウが横薙ぎに振るう。
最前列の兵士たちが構えた盾へ、回転する牙が食らいついた。
金属が悲鳴を上げる。
受け止めたはずの盾が削られ、砕け、そのまま鎧まで牙が噛み込んでいく。
「な――っ!」
兵士が声を上げるより早く、ソウは剣を振り抜いた。
盾ごと数人が甲板を転がる。
その向こうから、さらに兵士が現れた。
船尾の階段。 帆柱の陰。 船室へ続く扉。
次々に白銀の鎧が集まってくる。
「囲め! 近づきすぎるな!」
指示が飛んだ。
盾を持つ者が前へ出る。 その後ろで、杖の先に青白い光が灯り始めた。
ソウはフェンリルファングを構え直した。
回る牙が、魔力を食っている。 鎧を噛み砕いた刃の縁には細かな欠けがあったが、それも赤い光に包まれ、元の形へ戻っていった。
便利な剣だ。
だが、使うだけ力は持っていかれる。
工房の裏で、膝が折れた瞬間を思い出す。 立とうとしても立てず、結局、ボーレンに担がれた。
あんな無様は、二度と御免だ。
まして、まだ海には、あのでかいのがいる。
「……全員に付き合ってられねえな」
ソウの目が甲板を走った。
揃って進む足。 盾の縁からこちらを窺う顔。 波に合わせて上下する船縁。
こいつらは、船の上で陣形を作っている。
なら、その船を傾ければいい。
ソウは迫る槍を横へ払い、船縁へ駆けた。
低く構えたフェンリルファングの牙が、唸りを上げている。
見下ろした海は近い。
だが、そこまでには甲板がある。
太い梁がある。
船腹を覆う、白銀の装甲がある。
こいつらは、その内側に隠れて海へ出てくる。
遠くから火を放ち、人の船を焼き、人の港を壊す。
ソウは剣を握り締めた。
その頑丈な殻へ、穴を開けてやりたかった。
奴らが当然のように踏んでいる甲板を傾け、囲い込んだ海を、その足元へ流し込んでやる。
「……牙じゃ、まどろっこしいな」
フェンリルファングは噛み砕ける。
だが、板を一枚ずつ、梁を一本ずつ食わせていては、その間にも敵が集まってくる。
もっと深く。
一度食いついたら、途中で止まらず、その奥へ。
銛を大魚へ突き立てたとき、切っ先が硬い骨へ当たることがある。
そこで押すだけでは通らない。柄を捻り、先端を食い込ませる。
あの動きだ。
貫きながら、捻る。
捻りながら、さらに奥へ進む。
どれだけ厚いものに阻まれても、止まらずに。
「おい、聖剣」
ソウは回る牙へ語りかけた。
「この船に、穴を開けるぞ」
黒い鎖の唸りが低くなる。
ソウは、眼下の波を見た。
すぐそこにある海を、足の裏で感じた。
「板も、鉄も、その奥までだ」
赤い魔力が、柄を握る指の間から溢れる。
「まとめて――ぶち抜ける形になれ!」
鍔のエンブレムが、紅く燃え上がった。
回転していた牙が止まる。
がちり、と鋼の噛み合う音がした。
刀身が左右へ開いた。
兵士たちの足が鈍る。
剣が壊れたのだと思った者が、次の瞬間には息を呑んだ。
分かれた刃の内側から、黒い鎖が引き出されていく。
鎖は垂れなかった。
赤い光を纏い、刀身の中心へ真っすぐ張り詰める。その節が密に噛み合い、一本の太い軸へ組み上がった。
軸の周囲で、無数の牙が向きを変えた。
先端へ向かって。
さらに、その先へ向かって。
牙と牙の隙間を鋼が満たし、連なっていた刃が、長い帯のように繋がっていく。
その帯が、軸へ巻きついた。
一巻き。
もう一巻き。
鋼がうねる。
ソウの掌から吸い上げられた魔力が、剣の形を組み替えていた。
幅のあった刀身が捻れ、重なり、根元から切っ先まで、深い螺旋を刻んでいく。
先端へ行くほど細く。
根元へ行くほど、力強く。
幾重にも巡った刃の縁が、最後には一つの鋭い切っ先へ集まった。
ソウの手に、重さが返ってきた。
前へ引かれるような重さだった。
構えた先にあるものを貫くための、真っすぐな重み。
ソウは歯を見せた。
「……そうだ」
この形だ。
硬い殻を食い破り、その向こうへ届く。
自分の力を、一点へ叩き込むための剣。
聖剣変形――《ナグルファル》。
螺旋の刃が、ゆっくりと回った。
ゴ、ゴゴ……。
柄の内側から、低い振動が伝わってくる。
ソウが魔力を注ぐと、回転が速まった。
捻れた鋼の輪郭が重なり、幾条もの紅い光が切っ先へ駆け下る。
ゴォォォォォ――!
唸りが、甲板を震わせた。
足元の木屑が跳ねる。
螺旋に巻き込まれた空気が渦を作り、ソウの黄金の髪を激しく揺らした。
赤い魔力は、周囲へ散らなかった。
回る刃へ絡みつき、その溝を走り、鋭い一点へ集まっていく。
「止めろ!」
兵士の声が裏返った。
「そいつを、船に触れさせるな!」
遅い。
ソウはすでに、剣を両手で握っていた。
足を開く。
腰を落とす。
回転する刃の切っ先を、甲板へ向ける。
この一撃には、使う。
この後、敵の一人一人へ使わずに済むように。
まだ海の向こうから来る、あの巨体へ力を残すために。
「俺様の海に浮かんでるのが、間違いなんだよ」
紅い瞳が、細くなる。
「沈んでろ!」
ナグルファルを、甲板へ叩き込んだ。
接触した板が、爆ぜた。
切っ先が食い込み、螺旋の刃が甲板を巻き込むように削り取る。
木片が噴き上がった。
その下で、梁が軋む。
だが、刃は止まらない。
ソウの腕へ返った抵抗を、回転する鋼が食い破った。
轟音とともに、足元が抜ける。
ソウは笑ったまま、剣とともに船の奥へ踏み込んだ。




