第十七話 嵐の前の静けさ
出撃の準備は、夜明け前に終わった。
「本当にお頭たちを連れてくだけでいいんですか?」
「ああ、構わねぇ。俺様たちが、敵船の上で、暴れれば敵も応戦して、魔力を使う。リヴァイアサンは、こっちに来るはずだ」
ソウは甲板に立ち、聖剣を肩に担いだ。ゲンが舵を握り、トウヤが帆を操る。ルーンは船縁に寄りかかり、海を眺めている。
「なに、いつもの漁とかわりはしない。魚か人間かドラゴンかの違いなだけだ。出発だ」
「では、ソウよ。魔力分けてもらえるかの?」
「ほらよ」
敵船を前に、怒りは十分に心を満たしている。沸き上がる魔力を手のひらに出すと、ルーンの口に向かって放り込む。
「うーむ。やはり美味じゃのう」
お菓子でも頬張るように、魔力を舐めるルーン。
「それにしても、ルーンは戦えるのか」
「余裕じゃよ。なんなら賭けでもするかの?」
「どんなだ?」
「わらわが勝ったら、お前さんはわらわの配下じゃ。なんでも言うこと聞いてもらおうかの」
「随分な自信じゃないか。いいぜ。多く船を沈めた方が勝ちな」
「お前さんが勝ったら?」
「そりゃあ、同じだろ。なんでも言うこと聞いてもらうぜ」
「よいよい。では、成立じゃな」
お互い、一切負ける気はなく笑みを深める。
「さあ、見えてきたぜ」
夜明けの薄明かりが海面を照らし始めた頃、水平線の向こうに白い影が並んだ。
一隻。
二隻。
三隻。
数えるまでもない。
白銀の船体に金の装飾。見慣れない紋章を掲げた軍船が、海を塞ぐように横一列に並んでいる。
「……十隻」
トウヤが息を呑んだ。
「本当に増えてやがる」
ゲンの声にも、いつもの軽さはなかった。
だが、ソウだけは笑った。
「ちょうどいいじゃねえか」
「何がじゃ?」
「獲物が多いほうが、賭けは面白いだろ」
「ふふ。言うではないか」
ルーンも船縁から身を起こした。
やがて敵側も、小さな漁船がこちらへ真っ直ぐ向かってくることに気づいたらしい。軍船の甲板が慌ただしくなり、人影が集まっていく。
「止まれ!」
海を越えて声が飛んできた。
「これより先は、我らの管理海域である! 船を止め、武器を捨てよ!」
ソウは聖剣を肩から下ろした。
「俺様の海に勝手に入ってきて、よく言うぜ」
紅い魔力が、刀身を這う。
遠くの軍船で、魔法陣が一つ、また一つと光り始めた。
ルーンが目を細める。
「ほれ。餌に食いついたぞ」
「なら、漁の始まりだ」
ソウは笑った。
「ゲン。もっと寄せろ」
「どこまでだ?」
「飛び移れるところまで」
「またそれかよ!」
ゲンが叫ぶ。
その瞬間、敵艦から青白い火球が一斉に放たれた。
空を埋める魔力を見上げながら、ルーンが愉快そうに笑う。
「派手に使い始めたのう」
「ああ」
ソウも、その向こう――海面を見ていた。
まだ何も見えない。
だが、沖の魚群が一斉に進路を変えている。
海鳥が、空へ逃げ始めている。
そして、さっきまで一定だった波が、わずかに逆巻いた。
ソウの赤い瞳が細くなる。
「……来るぞ」
「分かるのか?」
「ああ、でけえのが、こっちに向かってる」
聖剣を握り、白銀の艦隊を見据える。
「さあ、派手にいこうぜ」




