第十六話 守っている化け物、侵略に来る人間
荷下ろしを終え、皆がひと息つく頃には、日が暮れていた。避難所の軒下に吊るされた避難所の明かりは、油を節約するために小さく絞られていた。
「早速で悪いが、状況を教えてもらおうか。どうなってる?」
漁師だけでなく町民たちが輪になって座り、砂の上に描かれた地図を囲んでいる。港と沿岸の村、これまでにリヴァイアサンが現れた場所、侵略船団が最後に目撃された方角。ソウは中央に座り、聖剣を脇に置いたまま話を聞いていた。ルーンはソウの隣で、茶髪を指で梳きながら沈黙を守っている。
ゲンが棒で砂を叩いた。
「整理すると、こうだ。まず、侵略者。奴らは今も近海の外で待機してる。船は、十隻程度にまで増えている」
「俺様が沈めたのは、先に来た一隻にすぎなかったってことか」
「ああ、そうだ。それにやつらは、リヴァイアサンがいる限り、上陸はできねえらしい。実際、一隻は沈められてる。火球も波に消されるし、近づきゃ船ごとひっくり返されるだろう」
ゲンが続ける。
「次に、リヴァイアサン。あいつは敵も味方も関係ねえ。侵略船を沈めるかと思えば、俺たちの残った船も潰す。岸に近づいてきて倉庫を壊し、人が住んでた痕跡を消すみたいに動いてる。結果的に侵略を防いでるが、俺たちも殺されかけてる」
「ドラゴンじゃからのう。人間そのものを狙っとるわけではない。縄張りを荒らすものと、強い魔力に反応しておるんじゃろう」
沈黙が落ちた。誰もが、それを理解していた。リヴァイアサンを放っておけば、あいつがこの近海を完全に縄張りにするまで破壊が続く。だが、先にリヴァイアサンを倒せば、今度は沖で待っている侵略者が一気に押し寄せる。どちらか片方だけをどうにかしても、サンライズは助からない。
ルーンが、沈黙を破るように口を開いた。
「奇妙な三つ巴じゃのう。守ってくれる化け物が、同時に滅ぼしに来ておる。侵略に来る人間は、化け物に阻まれて動けぬ。そして本当に守られるべき者たちには、どちらも追い払う手段がない」
ゲンが苦い顔をした。
「周りは『リヴァイアサンが守ってくれてる』なんて言ってる。実際、侵略者は来ねえからな。だが、守られてるうちに港も村も消えていく。これのどこが守りだ」
「放っておけば、少なくとも侵略者には占領されねえ」
誰かが小さく呟く。ソウはそれを無視しなかった。
「放っておいて、どうなる。あいつの縄張りが完成したら、俺たちはここに住めねえ。漁もできねえ。内陸に逃げた奴らも、いずれ食料が尽きる。侵略者が来なくても、俺たちは終わる」
ソウはルーンの方を見ると尋ねる。
「実際、リヴァイアサンはどういう生態なんだ?」
「あやつがサンライズを守っておるわけではないからの。眠ることもあれば、気まぐれに別の海域へ移ることもある。今はたまたま侵略者にとって邪魔な場所に居座っておるだけじゃ」
「狙って、居座らせる方法はないのか?」
「強い魔力を宿した者の心臓にナイフを突き立てて、海に放り込めばしばらくは居座るじゃろう。生贄って、やつじゃな」
「そんなの却下だ」
「じゃあ、ペットにするかの?」
「誰が飼えるか。王様に命じられたって御免だ。『はい、分かりました』ってドラゴンを飼いに行く奴がいたら、そいつは頭がおかしい」
「冗談じゃよ。わらわだって、そんな従者を見たら、ひっくり返るのじゃ」
「じゃあ、お頭、どうするつもりで?」
ゲンが真正面から聞いてきた。ソウは聖剣の柄を握りしめる。紅い力が、小さく応えた。
「両方とも、追い払う。侵略者にも、リヴァイアサンにも、この海を勝手に縄張りにさせねえ」
「簡単に言うな。お前の剣で、あのでけえのをどうにかできるのか」
「やるしかねえ。少なくとも、何もしなければ確実に終わる」
ルーンが壁から離れ、輪の近くまで来る。茶髪が灯りの中で揺れた。
「戦力として見れば、現状はこうじゃ。侵略者は数と魔法を持つが、海竜王に阻まれておる。海竜王は単独で圧倒的だが、人を狙っておるわけではなく、縄張りを主張しておるだけじゃ。そしておまえさんたちには、組織だった戦力がない。あるのは、生き残りの意志と、この男のラグナロクだけよ」
「心強いな」
ゲンが皮肉を込めて言う。ルーンは肩をすくめた。
「事実を述べておるだけじゃ。希望的観測で動いても、死人が増えるだけよ」
ソウは砂の地図を見つめた。三つ巴。守っている化け物と、侵略に来る人間と、その狭間で息を潜める自分たち。この状況を打破するには、どちらか一方を消すだけでは足りない。両方を同時に、この海から排除しなければ、本当の意味での平和は戻らない。
「まず、リヴァイアサンがどこを通るか調べる」
「そんなことが分かるのか?」
「魚と同じだ。でかかろうが、海を泳ぐ以上は跡が残る。潮が変わる。魚が逃げる。鳥も寄らなくなる。何度か見れば、次にどこへ出るかくらいは読める」
ゲンが少し黙った。
「……そういうことなら、お前の仕事だな」
「ああ」
ソウは砂の上に描かれた侵略船団を指した。
「先に侵略船にこちらから仕掛ける。その上で、リヴァイアサンをこいつらのところへ引っ張る。奴らがぶつかったところで――俺様たちが両方叩く」
「正気か?」
「俺様たちならできる」
ソウの自信満々の物言いに漁民たちが顔を見合わせる。実際に敵船を一隻沈めた男の言葉。だからこそ、無謀に聞こえる言葉でも、否定しきれなかった。
ゲンが、長い息を吐いた。
「……わかった。お前がそう言うなら、俺たちも動く。死にに行く気はねえが、このまま腐るよりはマシだ」
トウヤも、他の者たちも、次々と頷いた。完全な同意ではなかった。だが、意志は集まった。死んだと思われていた船長が帰り、三つ巴の海を打ち破ると言っている。それだけで、人々の目に小さな火が灯った。
ルーンがソウの隣に立ち、小さく囁く。
「覚悟は立派じゃが、策なしでは死ぬぞ。お前さんに死なれるのはわらわも嫌じゃからのう。今回はわらわも付き合ってやろう」
「そりゃ、心強いな」
ソウは聖剣を肩に担いだ。 魔力に応えた剣が静かに脈打つ。
結果的に、守っている化け物。
侵略しに来る人間。
その両方を、この海から追い出す。
それが、今のサンライズに残された唯一の道だった。




