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聖剣と悪の血統者~海賊王の伝説~  作者: 名録史郎


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第十四話 魔獣変化

 ボーレンがルーンを見た。


 ルーンは、何も聞こえなかったように顔をそらした。


「おい。どういう意味だ」


 ソウが尋ねると、ルーンは小さくため息をついた。


「……出発するときにわかる」


「今言えばいいだろ」


「今は、おまえさんの方が問題じゃ」


「あ?」


 ソウは眉を寄せた。


 ルーンの目が、その膝へ下がる。


 次の一歩を踏み出そうとして、足が動かなかった。


「……ん?」


 力を入れると、膝が折れた。


 ソウはとっさに踏ん張ろうとした。

 だが、足が体を支えない。剣を持つ腕まで重くなり、そのまま片膝を地面についた。


「ソウおじちゃん?」


 リナが駆け寄る。


「来んな。剣が――」


 言い終える前に、ボーレンが横から柄を掴んだ。 ソウの手から剣を受け取り、刃を遠ざける。

 ソウの上体が、さらに傾いた。 空いた手を地面につくと、ルーンが横から肩を受け止めた。


「ほれ。無理をするでない」


「……何だ、これ」


 ソウは自分の手を見た。


 指は動く。

 だが、腕を突っ張って体を起こそうとすると、ひどく力が要った。


 大漁の網を引き上げた日でも、こうはならない。


「魔力切れじゃな」


 ルーンが言った。


「台座へ注いだうえに、変形させ、刃を修復させ、また別の形に変えて振り回した。さすがに使いすぎじゃな」


「さっきまで動けてたぞ」


「夢中になっておったから、気づかんかったんじゃろう」


 ソウはもう一度、膝へ力を込めた。


 一人では、立てそうにない。

 ルーンが呆れたように目を細める。


「空になってから力んでも、出てはこんぞ」


「……くそ」


「普通の人間なら、引き抜こうとするだけで魔力を吸われ、数日は寝込む。今まで平気で動いていただけでも化け物だな」


 ボーレンの言葉に、ルーンは頷いて同意すると、楽しそうに笑みを浮かべた。


「おまえさんの弱った顔など見れて面白いのう」


「弱ってねえ」


 言い返したところで、ソウの肘が震えた。


 三人の目が、その腕へ集まる。


「……ちょっと休むだけだ」


「そうしておけ」


 ボーレンは剣を脇へ置き、ソウの反対側へ回った。


「担ぐぞ」


「自分で歩ける」


「では、立ってみろ」


 ソウは黙った。


 リナがしゃがみ込み、顔を覗き込んでくる。


「ソウおじちゃん。お魚、食べる?」


 ソウはリナを見た。


 心配そうな顔だった。

 檻の前で見たときのように、その指が服の裾を握っている。


「……あとでな」


 そう答えると、リナは小さく頷いた。


     ◇ ◇ ◇


 ソウ達はそのまま工房で寝泊まりした。

 翌日は丸々寝ていたが、翌々には木箱を持たされた。


「これは向こうへ積め。横にするな」


「重てえな。何が入ってんだ」


「工具だ」


「こっちも工具だろ」


「使う場所が違う」


 ソウには違いがわからなかったが、ボーレンは箱の中身を一つずつ確かめてから蓋を閉じた。

 使い込まれた槌や火箸を布で巻き、細かな部品を分け、炉の周りを片づけていく。


 壊れたフェンリルファングも、箱に収められた。ソウはそれを見届けてから、新しい剣へ目を落とした。


 腰には、ボーレンが合わせた鞘がある。


 もう一度変形させたくなったが、柄へ手をかけるたび、ルーンがこちらを見た。


「まだ試すでないぞ」


「触っただけだろ」


「昨日も、そう言うて、変形しようとしたじゃろう」


 ソウは舌打ちして手を離した。


 出発の朝、炉は暗くなっていた。

 工具の外された壁には、煤の薄い跡が残っていた。


 ボーレンは工房の中を一度見渡し、扉を閉めた。


「行くぞ」


 声は、荷物の置き場所を指示するときと変わらなかった。


     ◇ ◇ ◇


 用意された馬車は、大きかった。


 車輪には太い鉄の輪がはまり、荷台の角も金属で補強されている。

 木箱は低い位置から隙間なく積まれ、その上を縄が幾重にも渡っていた。


 ソウが最後の荷を押し込む。

 ボーレンは結び目を引き、緩みがないことを確かめた。


 だが、前には何も繋がれていなかった。


 馬を待っている様子もない。


「で」


 ソウは振り返った。


「どうするんだよ」


 ボーレンがルーンを見る。


 ルーンは腕を組んでいた。


「もう少し荷を減らせんかったのか」


「減らした」


「金床まで載せておるではないか」


「あれは要る」


 ソウは二人を見比べた。


「ルーン。本当に、おまえが引くのか?」


「……ほかにおらんからのう。本当は嫌なんじゃが……」


 ルーンは不満そうに答え、馬車の前へ歩いていった。


 朝の風が、衣装の裾を揺らす。

 細い靴が乾いた土を踏んだ。


 その体で、どうやって引くというのか。


 ソウが口を開きかけたとき、ルーンが振り返った。


「ソウ。魔力は出せそうかの?」


「ああ、問題ねぇ」


 ソウは掌に少量の赤い魔力をまとめ、ルーンの口元へ放った。


「魔力操作も上手くなったもんじゃな」


 ルーンは、美味しそうに咀嚼してから、嚥下する。


「うむ。これなら、足りる。リナ。少し離れておれ」


 リナがソウの隣へ寄る。


 それを確かめてから、ルーンは目を閉じた。


 空気が変わった。


 足元から赤い魔力が立ち上がる。

 煙のように広がりながら、風には流されない。それはルーンの体を包み、頭上まで膨れ上がった。


 ソウはリナの肩へ手を置いた。


 白い輪郭が、前へ伸びる。


 細かった影が太くなり、地面へ沈むように姿勢を変えた。

 その中から、大きな前脚が現れる。


 爪が土を掴んだ。


 続いて、もう片方。


 白い毛並みが肩を覆い、その奥で厚い胸が膨らむ。人の顔があった位置に、長い鼻面と鋭い牙が現れた。


 魔獣変化――《フェンリル》。


 赤い魔力がほどけた。


挿絵(By みてみん)


 そこに立っていたのは、巨大な狼だった。


 背はソウの頭より高く、首から肩にかけて長い毛が流れている。

 口の端から覗く牙は、指ほども太かった。


 大きな耳が一度動く。


 狼が、ソウを見下ろした。


「……ルーン、おまえか?」


「ほかに誰がおる」


 聞き慣れた声が返ってきた。


 ソウは瞬きをした。


 狼は、少し得意そうに顎を上げた。


「どうじゃ」


「でけえな」


「ほかに言うことはないのか」


 リナがソウの横から顔を出した。


「ルーンおばちゃん?」


「そうじゃ。驚かせたかの」


 大きな頭が低くなる。


 リナはしばらく見つめていた。

 それから、そっと手を伸ばす。


 指先が鼻の上の毛に触れた。


「……ふわふわ」


 ルーンの目が細くなった。


 ソウも手を伸ばしかけた。

 ルーンは、ふいっと手を躱して言う。


「おまえさんは、先に荷を確かめてこい」


「扱い違わねえか」


「当然じゃ」


 ボーレンはすでに、太い革帯を持って近づいていた。


 ルーンがそれを見て、耳を伏せる。


「わらわに手綱はいらんぞ」


「馬車を引く帯だ。繋がねば動かんだろうが」


「わかっておる」


 胸へ帯を回し、馬車へ繋ぐ。

 ボーレンは左右の長さを確かめ、最後に留め具を引いた。


 ルーンが一歩、前へ出た。


 革が張る。

 重い車輪が、土の上を動いた。


 ソウは思わず荷台を見た。


 自分が押しても、動かし始めるのに力が要った馬車だった。

 それをルーンは、散歩でもするような足取りで引いている。


「……最初から、これで帰れたんじゃねえか」


 狼の首が、ゆっくりと振り返った。


「馬車も食料もなく、おまえさんは剣も壊れておったじゃろうが」


「それはそうだが」


「わらわを見て、すぐ乗り物の勘定をするでない」


 ボーレンが御者台へ上がった。


「話は乗ってからにしろ。日が高くなるぞ」


 ソウはリナを荷台へ抱き上げ、自分も続いた。


 荷物の間に用意された席へ座ると、リナが幌の前から顔を出した。


「ルーンおばちゃん、お願いしまーす!」


「うむ。しっかり掴まっておるんじゃぞ」


 巨大な狼が、前を向いた。


 馬車が動き出す。


 石造りの町が、ゆっくりと後ろへ流れていった。


     ◇ ◇ ◇


 街道を外れる頃には、木々の間隔が広くなっていた。


 乾いた草が風に伏せ、遠くには赤茶けた地面が広がっている。

 車輪が石を踏むたび、荷台が小さく揺れた。


 ルーンの足取りは変わらなかった。


 ソウは御者台の隣へ移り、前を行く白い背を眺めていた。

 腰の剣へ触れる。


 ボーレンが横目で見た。


「ここで振るなよ」


「振らねえよ」


 フェンリルファングに変形させれば、牙が回る。ヨルムンガルドに変形させ、刃を伸ばせば、遠くへも届く。


 聖剣の名にふさわしい、汎用性の高い剣だった。


 だが、白銀の甲板で見た炎も、頭に残っていた。


「俺様も魔法剣ってやつを使ってみたかったな」


 ルーンの耳が、こちらへ向いた。


「おまえさんの剣だって、動力なしで動く立派な魔法剣じゃぞ」


「普通の魔法剣って、あいつらみたいに剣から火が出たりするんじゃないのか?」


 ルーンは少し考え込んだ。


 車輪の音だけが続く。


 やがて、前を向いたまま答えた。


「ラグナロク形態にも、炎の魔剣はあるはずじゃぞ」


「本当かよ」


「腹黒エルフの言う通りだ」


 ボーレンも頷いた。


 ソウは刃が周囲に触れないよう、剣を前へ抜いた。 刀身に炎を纏わせようと、願いを込めて魔力を流す。

 エンブレムは赤く輝いた。だが、刃に炎は灯らず、形も変わらなかった。


「どうするんだよ? 願ったって、変形しそうにないぞ?」


「一度グニルズで刀身を真紅に染め、その状態へラグナロクを流し込めば変形するはずじゃ」


 ソウは魔力を注ぐのをやめ、ルーンを見た。


「……グニルズ?」


「そうじゃ」


「グニルズって、誰かを救いたいとか、守りたいとか、そういう心から生まれる魔力だろ?」


「そうじゃが?」


「そうじゃが、じゃねえんだよ」


 ソウは呆れた顔でルーンを指差した。


「それじゃあ、敵を心の底から救いたいと思いながら、同時に心の底から滅ぼしたいと思わなきゃならねえだろうが!」


「まあ、そうなるのう」


 ボーレンも同意するように髭を撫でた。

 何か言いかけたようだったが、ソウは構わず続けた。


「そんなもん、敵を救いたいと思いながら容赦なく滅ぼす狂人じゃねえか!」


 ソウは吐き捨てるように言った。


「そんな奴、いるわけねえだろ!」

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