第十二話 聖剣の試練
「ついてこい」
ボーレンは聖剣を取り上げ、工房の奥へ歩いていった。ソウたちが後を追うと、工具の並ぶ壁の脇に扉があった。
開いた途端、陽の光が差し込んでくる。
工房の裏は、石壁に囲まれた広い空き地になっていた。壁際には、切り裂かれた鉄板や、砕けた石が積まれている。地面にも幾筋もの溝が走っていた。
その中央に、腰ほどの高さの台座が据えられている。
ボーレンは台座の細い穴へ、聖剣を差し込んだ。
刀身が半ばまで沈む。
かちり、と音がした。
「まず、こいつを抜いてみろ」
ソウは台座を見下ろした。
「抜くだけか?」
「剣を通して台座に魔力を注げ。必要な量が満ちれば、剣を留めておる仕組みが外れる」
「力ずくじゃ駄目なのかよ」
「台座を壊す試験ではないぞ」
ボーレンが睨む。
「そいつを扱うには、相応の魔力が要る。足りん奴に持たせても、まともに働かん。まずは魔力量を確認させてもらう」
ルーンが台座を覗き込み、くすりと笑った。
「心配いらん。おぬしの剣を使いこなせる男がいるとすれば、ソウじゃ」
「おまえがそこまで言うか」
「見ればわかる」
ルーンはリナの手を引き、壁際へ下がった。
ソウは剣の柄を掴んだ。
試しにそのまま引いてみる。
動かない。
剣が重いという感触ではなかった。台座そのものに食いつかれている。
「どこから入れりゃいい」
「柄を持ち、魔力を注げ。魔法剣を使っていたのならいつも通りだ」
ソウは両手で柄をしっかり握りしめた。
ひんやりとした感触が伝わってくる。
刀身を通し、その先の台座へ魔力を流し込んだ。
剣のエンブレムが輝いた。
刀身を伝った赤い光が、台座へ流れ込む。 石の表面に刻まれた溝が、一筋、また一筋と光を帯びた。
光は剣の根元から枝分かれし、台座の縁へ広がっていく。
光は台座の縁を巡り、中央の剣へ向かって伸びていく。
ソウは眉を上げた。
「結構、入るじゃねえか」
普段、剣を使うときよりも多くの魔力が流れ出し、ソウの額に汗が浮かぶ。
「やめるか?」
「まだ始めたばかりだろ」
さらに魔力を注ぐ。
光の筋が、一気に増えた。
ボーレンの目が細くなる。
台座の奥で、低い音が響いた。
赤い光が最後の溝を満たす。
かちり。
ソウが剣を引くと、今度はあっさり抜けた。
「これでいいんだな」
抜き放った刃が、陽を反射する。
ボーレンは剣よりも、台座を見ていた。まだ光の残る溝を確かめ、それからソウの顔を見上げる。
「……息も乱れんか」
ソウは額の汗を腕で拭った。
「もう一回やるか?」
「いらん。次の試験だ。その剣の形を変えて見せろ」
ソウは、台座から抜き取った剣を見下ろした。
「変えていいのか」
「そのために作った。持ち主の魔力を吸収し、その力と、使い手の求める働きに応じて、自らを組み直す。それが、その剣の仕組みだ」
「へえ」
ソウは柄を握り直した。
変える形なら、決まっている。
魔狼の牙フェンリルファング。
剣も盾も噛み砕く牙。
リナを閉じ込めていた檻を開けた、自分の武器だ。
魔力を流す。
赤い光が鍔を越え、刀身へ走った。
抵抗がない。
するりと魔力が流れ込んでいく。
奪った魔法剣のように、無理やり力を押し込む必要がなかった。
エンブレムが光輝くと、鋼の表面に筋が走る。 刃の縁が幾つもの牙へと分かれ、その内側を黒い鎖が繋いでいく。
魔力変形――《フェンリルファング》。
連なった牙が動き始めた。
ギュル、ギュルギュル――。
低い唸りが、工房裏の空き地に響く。
「……おう」
ソウは笑った。
いつもの剣が、手の内にあった。
欠けた牙も、切れた鎖もない。
手元に蘇った形を確かめるように、ゆっくり刃を傾ける。
「こいつなら、また噛み砕けるな」
ボーレンは動く牙へ目を凝らしていた。
だが、頷きはしなかった。
「そこの鉄棒を斬ってみろ」
ボーレンが指した先には、試し斬り用の太い鉄の棒が立っていた。表面には幾筋もの切り傷があるが、断ち切られた跡はない。
ソウはその前へ立ち、足を開いた。
回る牙を鉄へ当て、魔力を流し込む。柄を握る手に力を込め、刃を押しつけた。
ギャン!
硬い音が一瞬だけした。
牙の先が一つ欠け、火花に混じって飛んだ。
ソウは、とっさに押し込む力を緩めた。
「またか」
山賊頭の腕当てに牙を砕かれた感触が、掌に蘇る。
だが、その瞬間だった。
柄を握る手から、魔力が吸い上げられた。
赤い光が黒い鎖を伝う。
欠けた牙の輪郭を光が縁取り、その内側を鋼が満たしていく。
鎖が一巡する頃には、牙は元の鋭さを取り戻していた。
「……戻っただと?」
「魔力を止めるな。そのまま続けろ」
ボーレンの声が飛ぶ。
ソウは柄を握り直した。
魔力を流す。 剣が、それを取り込む。
鉄を噛む牙が傷んでも、次に巡ってきたときには、再び鋭い刃となって食いついた。
ソウの口元が上がった。
「そういうことかよ」
腰を入れ、剣を押し込む。
牙が鉄を削り、食い破る。 最後に残った部分が断たれ、鉄棒の上部が傾き、重い音を立てて地面へ倒れた。
ソウは剣を止めた。
鎖の動きが緩まり、牙の唸りが静まっていく。 その間にも、刃の縁に残っていた小さな欠けが埋まっていった。
「こいつ……魔力を食って、直りやがる」
ボーレンが頷いた。
「普通の魔法剣は、使えば傷む。刃を研ぎ直しても、内に積もった傷みまでは消せん。いずれは、おまえが持ってきた剣のようになる」
太い指が、聖剣の刀身を示した。
「だが、そいつは違う。吸収した魔力で自らを組み直す。形を変えることも、欠けた刃を戻すこともできる」
ソウは牙の先を見た。 さっき欠けたのがどれだったのか、もう見分けがつかなかった。
「俺様が魔力をくれてやりゃ、直せるんだな」
「そうだ」
ソウは笑った。
「いいな。なら、遠慮なく使える」
ソウは修復された牙を眺めた。
これなら、また戦える。
「これで、認めてくれるだろ?」
ソウの問いに、ボーレンは頷かなかった。
「次だ」
「まだあるのかよ。今度はなんだ?」
「一種類しか変形させられないのなら、聖剣である意味はない。他の形態にも変形させてみろ」




