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聖剣と悪の血統者~海賊王の伝説~  作者: 名録史郎


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第十一話 偏屈な鍛冶家と聖剣

 翌朝、ルーンが案内したのは、町の外れにある工房だった。


 白い石壁は炉の煙で黒ずみ、通りに面した窓は細く開いている。

 近づくにつれ、鉄を打つ音が聞こえてきた。


 一定の間隔で、硬い音が響く。

 少し止まり、また響く。


 ソウはその扉の前に立った。


「ここか」


「そうじゃ。先に言っておくが、勝手に物を触るでないぞ」


「わかってるよ」


 ルーンが扉を叩く。


 返事はなかった。

 鉄を打つ音だけが続いている。


「ボーレン。おるのじゃろう」


「おらん!」


 中から、太い声が返ってきた。


 ソウがルーンを見る。


「いるじゃねえか」


「こういう男じゃ」


 ルーンは慣れた様子で扉を開けた。


 熱気が顔を撫でた。


 外よりも暗い工房の奥で、炉が赤く燃えている。

 壁には工具が隙間なく掛けられ、床には鉄材と木箱が並んでいた。油と炭と、焼けた金属の匂いがする。


 金床の前に、小柄な男が立っていた。


 背は低い。

 だが、革の前掛けから伸びる腕は、ソウのものより太かった。

 豊かな髭を顎の下で束ね、片手には槌、もう片方には赤く焼けた鉄を挟んだ火箸を持っている。


 男は最後の一打を落としてから、ようやく顔を上げた。


「返事をした覚えはないぞ」


「おらんと言うたではないか」


「なら帰れ」


「久しぶりに会う友へ、ずいぶんな挨拶じゃのう」


 ボーレンは鼻を鳴らした。


 視線がルーンからソウへ移り、その後ろに隠れるように立つリナへ下がる。


「誰が友だ。ただの迷惑な客だろう。……今度は何を拾ってきた」


「海で男を一人捕まえた。そちらの娘は、その知り合いじゃ」


「魚みてえに言うな」


 ソウが口を挟むと、ボーレンの眉が寄った。


「声のでかい魚だ」


 ルーンが笑った。


 ソウは男の手元へ目を落とした。

 槌を握る手も、節くれ立った指も、見慣れた人間のものとは少し違っていた。


「こいつは?」


「鍛冶が得意な種族、ドワーフの末裔じゃ」


「サンライズじゃ見かけないな」


「末裔じゃといったじゃろう。穴蔵から出てきて、人に恋して絶滅しかけとるからの。異種族と恋愛する愚か者の種族じゃ」


 ボーレンの眉間に、深い皺が寄った。


「久しぶりに来て、先祖を馬鹿にしに来たのか」


「腕は褒めたじゃろう」


「その後の話をしとる」


 ルーンは気にした様子もなく、ソウへ向き直った。


「名はボーレン。わらわの古い知り合いじゃ」


「なるほどな」


 ソウは頷いた。肩に担いでいた包みを持ち上げた。


「腕が確かなら、剣を見てほしい」


「修理なら他の鍛冶屋へ行け」


「そこらの鍛冶屋でどうにかなるものではないのでな。おぬしのところへ来たんじゃ」


 ルーンの声を聞き、ボーレンは包みを見直した。


 しばらく黙っていたが、やがて火箸を置く。


「……そこへ出せ」


     ◇ ◇ ◇


 作業台の上で布を開くと、ボーレンの顔つきが変わった。


 欠けた牙を一本拾い上げ、断面を灯りに透かす。

 切れた黒い鎖を引き寄せ、曲がった刃の根元を爪で弾いた。


「誰が作った」


「知らねえ。敵から奪った」


「この形にしたのは誰だ」


「俺様だ」


 ボーレンが顔を上げた。


 ソウは柄を指さす。


「最初は普通の剣だった。俺様の魔力を入れたら、こうなった」


「……入れてみろ」


「動かすと欠片が飛ぶぞ」


「飛ばすほど入れろとは言っとらん」


 ソウは柄を握った。

 ごく細く、魔力を流す。


 黒い鎖が震えた。


 ボーレンの手が、すぐに上がる。


「もうよい」


 ソウが魔力を止めても、ボーレンはしばらく剣を見つめていた。

 やがて、髭の奥から低い息が漏れる。


「元の仕組みを潰して、別の働きを押し込んだか」


「まずかったか」


「よく動いておったな」


「昨日までは、ちゃんと噛み砕いてたぞ」


「その昨日までが、おかしいと言っとる」


 ボーレンは折れた牙を布の上へ戻した。


 ルーンが、海竜王の攻撃を受けたことと、山賊頭の硬化した装備へ何度も打ちつけたことを話す。

 聞き終わる頃には、ボーレンの目が細くなっていた。


「おまえ、道具を何だと思っとる」


「使うもんだろ」


「限度があるわ!」


 リナがソウの服を掴んだ。


 ボーレンはその手に気づき、口を閉じた。

 大きく鼻から息を吐いてから、今度は少し低い声で言った。


「……継ぎ直して済む傷み方ではない。芯までやられとる」


「なら、別の剣がいるな」


 ソウは顔を上げた。


 工房の奥の壁には、何本もの武器が掛けられていた。


 刃に細い溝が幾重にも走った剣。

 継ぎ目の見当たらない金属の弓。

 柄の内部に、歯車のようなものが組み込まれた斧。


 軍艦で見た兵士の武器とも、町の護衛たちが腰に下げていたものとも違う。


 ソウは作業台を離れた。


「触るなよ」


「見てるだけだ」


 一つずつ眺めながら、奥へ進む。


 その足が止まった。


 壁際の低い台に、一振りの剣が横たえられていた。


 白銀の刀身が、鋭い切っ先へ向かって長く伸びていた。


 鍔は金色で、幾重にも枝分かれした装飾が、王冠を思わせる形に広がっている。その中央には、菱形の紫の宝石が嵌め込まれていた。


 金の細工は刃の根元まで覆い、そこから一本の線となって、刀身の中央を切っ先へ走っている。


 黒い柄には、螺旋を描く金の縁取り。


 炉の火が揺れるたび、精緻な装飾が輝き、白銀の刃に淡い赤が映った。


 ソウは少し身を屈めた。


 妙に、目を離しにくかった。


 刃から鍔へ。

 鍔から柄へ。


 どこを見ても、力を受け損ねる場所がないように思えた。

 初めて触る船でも、舳先から船尾まで目を走らせれば、海に出したときの姿が浮かぶことがある。


 それに似ていた。


挿絵(By みてみん)


「……そいつに目をつけるか」


 背後で、ボーレンが言った。


「そいつはワシの生涯で一番の出来よ。聖剣と呼ばれるにふさわしいものだ」


 聖剣。


 ソウは、その呼び名を口の中で転がした。

 ありがたそうな名前だとは思ったが、それ以上はどうでもよかった。


「これがいい」


「駄目だ」


 返事は早かった。


「まだ値段も聞いてねえぞ」


「売り物ではない」


「何のために作ったんだよ」


「おまえに売るためではないことは確かだ」


 ソウが振り返る。


 ボーレンは腕を組んでいた。


「それに、普通の人間が扱える剣でもない。おまえの剣を壊した魔力が、そいつに通じると思うな」


「なら、試させろ」


「断る」


 ソウは腰の革袋へ触れかけ、その手を止めた。


 金を積めば済むとは限らない。

 ルーンが言っていたのは、こういうことか。


 ソウはもう一度、剣へ目をやった。


「俺様が欲しいのは、その剣だけだ」


「何度言わせる。断る」


「そうか」


 少しの間が空いた。


「だけど、侵略者の連中がおまえの技術を見たら、どうするだろうな」


 ボーレンの目が、ゆっくりとソウへ向いた。


「……何だと」


「サンライズに攻めて来た連中は魔法を使う。あいつら、魔法兵器を欲しがるだろう」


 ソウは壁に並ぶ武器を顎で示した。


「あいつらが、これだけ作れる奴を見つけて、欲しいもんだけ買って帰ると思うか?」


「ワシを売る気か、小僧」


「俺様が教えなくても、いつか来るかもしれねえだろ。海の向こうで大人しくしてる連中じゃねえんだ」


 炉の中で、炭が崩れた。


「来れば、追い返す」


「剣も炉も抱えて、工房ごと戦えんのかよ」


 ボーレンの顎が上がった。

 太い腕に、力がこもる。


 ソウは目を逸らさなかった。


「俺様があいつらを追い返しゃ、おまえも困らねえだろ」


「だから剣を寄越せと言うのか」


「そういうことだ」


「半分くらい脅しじゃな」


 ルーンが呆れた声で言った。


「話をしてるだけだ」


「そのつもりなのが、なお悪い」


 ボーレンは長く黙っていた。


 ソウを睨み、それから作業台の上の壊れた剣を見る。

 最後に、台へ横たえた自分の剣へ視線を移した。


「……そんなに言うのなら、お前が聖剣にふさわしいか試してやる」


 ソウの口元が上がった。


「話がわかるじゃねえか」


「ついてこい」

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