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漆黒のメイド喫茶(仮) ~美少女四人と一人のガチ勢~

 文化祭当日、朝。


 軽音部の部室を強引に改装した「漆黒のメイド喫茶(仮)」の前で、加賀練斗は天を仰いでいた。


「……なぜこうなった」


 経緯は単純だった。

 軽音部の部長・榎本麻衣が「文化祭の模擬店、人手が足りない。S・H・Bが協力しないなら舞花さんに全車両の部費計上を否認してもらう」と告げた。舞花は「いいわね」と即座に賛同した。それだけだ。


 今、加賀の眼前に広がっているのは、艶やかな黒のロングヘアを揺らし、フリルだらけのメイド服を着た、あり得ないほど美しい存在。


 それが、加賀練斗だということを、まだ自分の脳が受け付けていない。


「……俺は、可愛いのか」


 手鏡を見ながら呟いた。鏡の中の美少女が、加賀と同じ顔でぽかんとしていた。


「うん」


 灰島凛が無表情に頷いた。軽音部のキーボーディスト。萌え袖。言葉数が少ない。しかし化粧の腕だけは神の領域に達していた。


 加賀は精神的なエンジンブローを起こし、椅子から滑り落ちた。


「完敗だ。俺の人生で出会ったどのヒロインよりも、目の前の加賀さんの方がヒロインしてる」


 準がスカートを揺らしながら——彼はすでに自分の変身を楽しんでいた——膝から崩れ落ちた。


「マイケルを見てくれ」と細田。


 マイケル・タナーが、金髪碧眼のまま異国の姫君のような気品を放っていた。「THIS IS JAPANESE CULTURE!! オレ、全米を震撼させるYO!!」と叫びながら。


「格が違う。残念すぎて、文句の言葉が見つからない」


 雅紀が静かに言った。彼はクール系モデルになっていた。本人の意思は関係なく。


「全員入口に並べ。開店するわよ」


 舞花が電卓を叩きながら現れた。その瞳に、さっそく売上計算が走っていた。


 開店。


 一番乗りの客が扉を開けた瞬間、石像のように固まった。


「え。レベル。高すぎ。本物じゃん。俺、今からこの大学の入試もう一回受け直してもいいかな」


 加賀がトレイを胸で防弾プレートのように握りしめ、口を開いた。


「い」


 一拍の静寂。

 そして出た声は——まごうことなき男の低音、1800cc・DOHC・VVT-iLのエンジンが高回転域で咆哮するバリトンだった。


「いらっしゃいませ」


 店内の気温がマイナス二十度まで瞬間冷却された。


 客が、加賀の顔と声を十回交互に確認し、顔を引きつらせた。


「声が……呉さんの工場の大型コンプレッサーより低いんですけど……」


 準がすかさず裏声でフォローした。


「いらっしゃいませご主人様♡ はあと」


 高い。努力の跡は見える。

 しかし歩き方が完全に峠を攻めている時の走り屋のガニ股だった。


 雅紀が静かにメニューを差し出した。


「ご注文は。ご主人様」


 美声だ。だが、イケメンの声だ。しかも指先が無意識に13Bのプラグ交換をする時の動きをしている。


 マイケルだけが満面の笑顔で叫んだ。


「WELCOME MASTER!! 萌え萌え。ブースト。USA!!!!!」


 完全に男だった。


 そこへ、午前中の最大の危機が訪れた。


「理解不能」


 白いコートの少女が入ってきた。白鷹菜穂だった。

 彼女は店内を静かにスキャンし、加賀を見て、準を見て、雅紀を見て、マイケルを見て。


「あなたたち、昨日までの自分をどの廃車置場に捨ててきたの? 魂の形が、フリルに押し潰されて悲鳴を上げているわ」


「正常です。文化祭という名の不可抗力です。杭は出さないでください」と準。

「除霊の必要はないわね。ただの集団ヒステリー」


 白鷹は空いた席に座り、メニューを一瞥した。


「この、ハイオク風コーラ、一つ」


 凛が加賀の腰を後ろから蹴った。


「客。仕事。早く」


 加賀はコーラをグラスに注ぎ、白鷹の前に置いた。

 その置き方が完全に呉自動車のオイルジョッキをリフト横に置く動作だった。ドンという重い衝撃音がテーブルを揺らした。


 白鷹が加賀を真っ直ぐ見上げた。


「なぜその姿」

「文化祭だ」

「なるほど」


 白鷹は一口飲み、無表情に呟いた。


「人間は。意味不明」


 午後。舞花が売上帳を眺めて満足そうに頷いていた時、一人の少女が自動ドアの限界を試す勢いで突入してきた。


 望月詩音——雅紀の元カノだった。


 彼女は、黒髪のエアリーツインテールを揺らし、一瞬で雅紀を捉えた。


「まーくん」

「……」


 雅紀の全身の産毛が逆立った。マイケルの後ろに隠れようとしたが、マイケルが巨大すぎて逆に強調された。


 詩音は至近距離で雅紀をじっと見つめ、十秒後にゆっくりと口角を上げた。


「可愛い」

「……」

「誰?」

「俺だ」


 絶望的な、限界まで低い男の声で雅紀が答えた。


「え?」

「俺だ。雅紀だ。13Bロータリーの守護者、一ノ宮雅紀だ。今はメイドだが、中身はガソリンとオイルでできている」


 詩音の目が、かつてない暗い輝きを宿した。


「最高。ずっとそのままでいて。明日から毎日その格好で私をお出迎えして。そうすれば学歴の壁も全部フリルで隠せるよ」

「断る。俺には走り屋としての最後の防波堤が——」

「断ったら殺すね。バラバラにしてエイトのマフラーに詰め込んであげる」


 笑顔。一ミリも揺るがない、愛と狂気が一対一で混合された完璧な笑顔だった。


 加賀は窓の向こうで埃を被っているセリカを見た。


(助けてくれ。この不条理な現実の向こう側まで走り抜けてくれ)


 セリカは何も答えなかった。


 朱音がメモ帳に書き込む。


 文化祭一日目、漆黒のメイド喫茶(仮)午前中で売上目標二百パーセント達成。

 原因:見た目だけは完璧な美少女たちの視覚的暴力。

 被害:男子学生十五名の性癖が全損。

 白鷹菜穂:人間を「地脈のバグ」として再定義。

 望月詩音:雅紀の女装により執着心が第四段階へ移行。

 加賀のセリカ:返事をしなかった。

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