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セブンイレブンの忍者事変 ~酒と身分証と、鋭角すぎる准教授~

 コンビニは、現代の聖域だ。

 二十四時間、誰でも受け入れる。老若男女、貧富の差なく。ただし、法律には従え。


 「川越街道沿いのセブンイレブン」のアルバイト店員、チャイワット・スリサイ(タイ国籍・文学部三年・日本語N2)にとっても、それは当然の信念だった。お客様は神様である。ただし、未成年への酒の販売は、神様であっても断らねばならない。


「あの、お客さん。お酒はですね、年齢確認が必要でして——」


「二十九歳ですわよ。いちいち確認が必要なほど幼い顔をしていて?」


 白いローブ。萌え袖。ブルーグレーの長い髪。

 葛城零華准教授が、四合瓶の原酒をレジカウンターに置き、おっとりとした垂れ目で、しかし瞳に絶対零度の光を宿したまま、チャイワットを見ていた。


「……」


 チャイワットは二秒考えた。


「ネーサン、スミマセン。学生証か免許証をお願いできますか。ルールなので」


 葛城の眉が、ほんの少しだけ動いた。


 そのコンビニには運の悪いことに、ちょうどS・H・Bの五人が「ホット缶コーヒー調達」に来ていた。

 ガラス越しに展開を見守る五人の顔が、全員、同じ色をしていた。

 青だ。


「やばい。チャイワット、今、世界で一番踏んではいけない地雷を、キャタピラで踏み抜いたぞ」

「ああ。葛城先生に学生証を出せなんて。走り屋に"お前の車は軽トラだ"と言うのと同じレベルの冒涜だぞ」


 葛城零華は、萌え袖の奥からゆっくりと銀色の免許証ケースを取り出し、チャイワットの眼前に突きつけた。


「見なさい。これが証明書ですわよ」

「ノーノー。ネーサン。嘘ハダメデスヨ。日本ニハ子供顔ノ大人イナイデスヨ。コレ、絶対お兄ちゃんノ免許証借リテキタやつデスヨ。ワタシ、騙サレナイデスヨ。ニッポンノ法律、厳シイデスヨ」


 葛城の理性が、レブリミットを遥かに超えた。


「そう。どうしても私の年齢を認めないというのね。ならば、物理的な痛みで、大人の重みというものを理解させて差し上げますわ」


 葛城の手が、ローブの袖の中へと電光石火の速さで滑り込んだ。

 出てきたのは、ダイヤモンドの刃先のように研ぎ澄まされた、サクラクレパス製ホワイトボードペン・赤だった。


「ま、まずい。チャイワット、逃げろ。それは文房具じゃない。千馬力のトルクを持った飛礫だ!」


 加賀が叫んだ。


「消えなさい。年齢確認という名の、無礼なプログラムごと」


 葛城の腕が、肩の関節を無視したスナップで振り抜かれた。


 ドシュッ。


 赤いペンが、チャイワットの鼻先を数ミリの距離で通過。そのままレジ奥のおでん什器の蓋を、豆腐を貫通するような軽やかさで撃ち抜いた。

 パシャン。

 出汁が跳ねる。ペンが大根のど真ん中に、キャップの先まで垂直着弾した。


「OH。ダイコン・キル。スゴイ、ネーサン。忍者デスネ」

「お黙りなさいッ!!」


 葛城の第二投、第三投が放たれた。黒と青のペンが空中で交差し、チャイワットのスマホのカメラレンズをピンポイントで粉砕した。


「ぎゃああああ! 十五万のiPhoneガ! 弁償シテクダサイ!」

「弁償してほしければ、今すぐレジのロックを解除して、私の原酒を袋に入れなさい」

「ダメデス。未成年ニ酒ハ売レナイ。コレハJAPANの誇りデス。警察呼びマスヨ」

「私が警察ですわ。日本史的な意味で」


 もはや会話が成立していない。


「準! あれを使え! 昨日呉さんの工場から拝借してきた小型消火器を!」

「葛城先生に消火器は怖すぎる。狐の封印を解く方がまだ安全だよ」

「いいからやれ!!」


 準が震えながら消火器をチャイワットと葛城の間に向けた。


 シュー。


 白い粉末がレジ周辺に立ち込め、視界がゼロになる。


「今だ。チャイワット、裏口から逃げろ!」


 五人は一斉に店の外へ飛び出した。

 五分後、店内には白い粉末まみれになったチャイワットと、真っ白なローブに灰を被り憤怒の表情で立ち尽くす葛城零華だけが残された。


 S・H・Bはすでに川越街道の彼方へ、2ZZをレブリミットまで回して逃走していた。


 葛城は震える手でセルフ精算機を自分で操作し、叩きつけるように現金を置いた。


「釣りはいりませんわ。その代わり、この原酒は持っていきます。そこの大根に刺さったペンは記念に差し上げますわよ。次に私の顔を見てネーサンと呼んだら、次はお主の眉間に私の名前を彫り込んで差し上げますわよ」


 葛城零華は、四合瓶を小脇に抱え、真っ白なオーラを撒き散らしながら店を出た。


 一人残されたチャイワットは、壊れたiPhoneと大根に突き刺さった赤いペンを交互に見つめ、呟いた。


「ネーサン、マジ熱イデスネ。タイのムエタイ選手ヨリ眼力ガ鋭イデス。観察記録ニ載セネバナリマセンネ」


 深夜。呉自動車のガレージ。

 加賀はセリカのバンパーを拭き掃除しながら、準に言った。


「準。俺、さっき決めた。葛城准教授は、ただの准教授じゃない。あの人は現存する全ての物体に対する天敵だ。今後、セブンに行く時は事前に細田を偵察に出す」

「なんで俺が偵察なんだよ」

「お前は日本史学部だろ。先生の殺気の波長を、一番近くで理解してるはずだ。予兆を感じたら一三〇デシベルで叫べ。それが俺たちの生存戦略だ」

「脳がソニックグレーに染まって死んじゃうよ」


 朱音がどこからともなく現れ、メモ帳の新しいページを開いた。


 セブンイレブン大根貫通事件。

 葛城准教授、酒を購入。原因:チャイワットによる不適切な年齢確認。

 被害:iPhone一台、おでんの大根一個、準の精神的平穏。

 特記事項:葛城先生は原酒を好む。年齢確認には物理で反論してくる。

 教訓:ソニックグレーの髪の女に、身分証を求めてはいけない。


 朱音は、チャイワットが拾ってきた大根に刺さっていた赤いペンを呉に手渡した。

「呉さん。これ、新しいタガネの代わりに使えそうですか」

 呉は、そのペンのキャップに刻まれた葛城の残留思念を指先で感じ取り、珍しく顔を青くした。

「朱音。悪いことは言わねぇ。今すぐ霧ヶ崎神社の奥に埋めてこい。コンプレッサーが壊れる」

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