S・H・B全車両・最終検分報告書 〜親ローンの魂と、スーパーストラットの涙〜
「……ふぅ。ようやく静かになったな」
呉自動車のガレージ前。
埼玉県警のパトカーが三台、律儀に赤色灯を点滅させながら去っていくのを、加賀練斗はアスファルトに直接腰を下ろして見送った。地面が微妙に油臭い。いつものことだ。
「なぁ加賀」
雅紀がRX-8のバンパーにガムテープを貼りながら言う。「俺たち、普通に大学生やってるだけなのに、なんで機動捜査隊に『特殊詐欺グループの隠匿先』として間違われるんだ」
「お前の排気音が文明社会への宣戦布告に聞こえるからじゃないか」
「俺じゃなくてお前のセリカだろ!!」
「同じだ」
「同じじゃない!!!」
そのとき、背後からパタン、と冷徹な音がした。
ノートを閉じる音。加賀は振り向かなくてもわかった。この音は危険信号だ。
「違うわよ」
朱音が立っていた。メモ帳を小脇に挟み、棒付き飴を口の端に咥えたまま、表情ひとつ変えていない。
その隣で、舞花が電卓をカチカチ叩きながらニコニコしている。
これは一番ダメな笑顔だ。加賀には経験則でわかる。
「アンタたちの車が、存在自体として不審物だからよ」
「「「「「え゛」」」」」
「いい機会だから読み上げてあげる。呉さんが警察に言い訳するとき使った車両詳細データ、全部まとめといたわ。アンタたちがどれだけ無意味にバイト代と親ローンを溶かしてきたか、一文字残らず」
「「「「「やめてくれぇぇぇぇぇぇ!!!!!!」」」」」
こうして、埼玉中央総合大学自動車サークル『S・H・B』、通称「環境破壊サークル」の全スペック公開処刑が始まった。
①【赤い不動明王】加賀練斗:トヨタ セリカSS-Ⅱ(ZZT231)
「まず会長・加賀くんのセリカ。一見まともな走り屋に見えるんだけど、パーツ構成が『妥協と執念のミルフィーユ』なのよね」
「悪口から始めるな」
「外装はウェーバースポーツ製エアロ3点。まあここはいいわ。問題は、フロントで光り輝くエメラルドのフォグランプ。霧もないのにあれを点灯させて夜道を走ると、山奥で迷ったホタルにしか見えないわよ」
「不審じゃない!! セリカのスーパーレッドにエメラルドが映えるんだよ!! 美学なんだよ!!」
「美学。で、足回りはRS★R Ti2000。ねぇ加賀くん。なんでサークル長なのに車高調じゃないの。恋愛に興味ない分お金あるはずでしょ。もしかして貧乏なの」
「言わせんなよ!!!!!!」
加賀が血を吐くような声で叫んだ。
「スーパーストラットなんだよ!!! 俺のセリカはトヨタが変態的な開発費を注ぎ込んだ傑作、スーパーストラットサスペンションのパッケージ車なんだよ!! あの構造が複雑すぎてまともな専用車高調が市販されてないから、泣きながらBLITZの汎用入れてんだよ!! スーパーストラットと戦いながらアライメント取り直してもらうたびに呉さんに苦い顔されながらも諦めずにPF01履かせてんだよ!! わかるか!? この悲哀が!!!」
「合計参考価格57.4万円。セリカの相場考えたら、もう一台セリカ買えてたわね」
「買い直すならスーパーストラットじゃないやつを買う」
「じゃあ最初からそうしなさい」
「スーパーストラットが好きなんだよ!!!!!!」
②【ケモノ道の銀弾】鈴木準:日産 ノートNISMO S(E12)
「次、準くんのノート。シティボーイ気取りのわりにパーツ構成がガチすぎて正直引くわ」
「芸術と呼んでくれ。日産とNISMOへの敬意と、ケモノへの愛の結晶だ」
「ケモノ関係ないでしょ。HKSハイパワーに零1000パワーチャンバー。吸気音が『シュゴォォッ!』ってうるさいの。助手席に積んでるケモ同人誌が風圧で飛ぶわよそれ」
「飛んでも構わない。いいものは飛んでも美しい」
「CUSCOのストラットバーとリアピラーバーまで入れてリアシートの居住性を完全に殺してる。何を考えてるの」
「ケモノに居住性は必要ない。必要なのは剛性とホールド感だ」
「……合計66.7万円。そのお金があれば23区内に引っ越せてたかもしれないのに。東久留米の星ね」
「東久留米をバカにするな!! あそこはほぼ23区なんだよ!!!」
「練馬から電車で15分よ」
「……15分は、誤差だ」
「誤差じゃないわよ」
③【ロータリーの末路】一ノ宮雅紀:マツダ RX-8 前期(SE3P)
「次、雅紀くん。もうスペックっていうか、家計簿の断末魔ね」
「やめてくれ!! 舞花姉の前で金額を読み上げるのは死刑宣告と同じだ!!!」
舞花の視線が、電卓の画面から弟の横顔へ、静かにスライドした。
雅紀は二センチほど縮んだ。
「冷却系はCUSCOの冷却プレートにautobahn88のシリコンホース。まあロータリーだし冷却に命かけるのはわかるわ。サスはラルグス製車高調。ここはまあいい。ガムテープバンパーの裏にVERTEX LANGのフルエアロが泣いてるのも、まあわかる。5ZIGENキャノンボールのホイール、名前は威勢いいけど全体的にやってることはロータリーへの延命措置ね」
「延命じゃない!! 13Bとの対話なんだよ!!!」
「合計87.8万円。サークル内で堂々の最高額よ。ねぇ舞花先輩、聞こえてますか」
「聞こえてるわよ」
舞花が電卓をポケットに入れ、弟の肩に手を置いた。笑顔のまま。
「雅紀。一個だけ確認させて。私の前期の学費より多くこの鉄クズに突っ込んでるんじゃないでしょうね」
「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!」
④【痛快VTEC伝説】細田葵人:ホンダ フィットGD3
「次、細田くん。スペックより先にリアウィンドウの『マジカル・LOVE』をどうにかしなさい」
「あれはキチガイJK三人衆の業です……俺じゃないです……」
「Ingsのフルエアロにカワイ製作所のフル補強。フィットのくせに補強箇所がレーシングカーと同じ密度ね。給排気は柿本改GTboxに5ZIGENのヘッダー。VTECが切り替わるたびに鷲宮神社の賽銭が揺れる爆音が出る構造になってる。5ZIGEN FN01R-Cのホイール、シルバーに光って偉そうにしてるけど、1500ccのコンパクトカーで出すパーツの話じゃないわよ全体的に」
「1500ccでも魂は10000回転まで回るんだ!!!」
「合計59.8万円。こなたグッズの費用も合算したら大台に乗るわね」
「こなた先輩を経済的損失扱いするな!! あの方は心の糧だ!!!」
「先輩じゃないわよ架空の人物よ」
「実在する」
「しない」
「する!!!!!」
⑤【アメリカの破壊神】マイケル・タナー:スバル レガシィBH5
「次、マイケル。一番意味わかんない。JDMマニアが昂じて、パーツの時代設定が完全に1990年代で止まってるわ」
「Old school is NEW styleデスYO!!」
「HKSのスーパーSQV4のブローオフに、GReddyのプロフェック。無意味にブースト上げてるのが丸見えよ。柿本改フルメガ、これ爆音すぎて近隣住民から『アメリカが攻めてきた』って苦情が実際来たやつよね。コーセイK-1のホイール、今時これ履いてるのマイケルと、タイムスリップしてきた90年代走り屋だけよ」
「コーセイは魂の造形デスYO!! USAパワーと和製ホイールの奇跡的融合デス!! 総額56万円の愛の結晶デスYO!!」
「愛の結晶っていうより騒音公害の結晶ね」
「FREEDOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOm!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
「叫んでも減点にはならないけど加点にもならないわよ」
⑥【文学的ブースト】大宮涼真先生:三菱コルト ラリーアート バージョンR
「最後、顧問の大宮先生。公務員としてどうなのこの人」
「文学だよ!! ターボの過給圧の上昇は、芭蕉が詠んだ『古池や』の静寂から音が生まれる瞬間と同じリズム構造を持ってるんだよ!!!」
「GReddyのインテークにBLITZのブローオフ。授業中に窓の外で『パシューンッ!!』って鳴ってるの先生の仕業よね。柿本改のマフラーにROWENのエアロ3点LED仕様。夜の大学駐車場で一番目立ってるのが学生じゃなくてこの赤いコルトっていう状況、准教授として一度真剣に考えて」
「考えた!! やめる気はない!!!」
「合計59万円。その金でいい辞書が買えたはずよね」
「辞書より0.1秒のブーストレスポンスの方が私の人生に必要なんだ!!!」
「……先生の給与明細、一度学部長に見せてあげましょうか」
「絶対にやめてください!!!!!!!!!!!!」
朱音がメモ帳を閉じた。
呉自動車の夕暮れに、長い沈黙が落ちた。
どこかのエンジンが冷えて、ピキ、と小さく鳴いた。
「総額、いくらになると思う」
朱音が棒付き飴をくるりと回しながら聞いた。
「計算したくない」
加賀がPF01ホイールを見ながら答えた。
「全員合わせて約400万円弱。アンタたちが大学の四年間で獲得する知識よりも、このガレージに転がってる鉄の塊に注いできたバイト代と親ローンの合計の方が確実に多い。これが埼玉中央総合大学・自動車サークルS・H・Bの正体よ」
マイケルだけが「……サイタマ、偉大DesuYO……」と感慨深くうなずいていたが、誰もツッコむ気力がなかった。
「……いいじゃないか」
加賀がゆっくりと立ち上がった。
「400万で、俺たちは自由を買ったんだ。スーパーストラットで呉さんに苦い顔をされながら悩んだ夜も、13Bに給料を全額溶かした週も、全部このアスファルトの上に刻まれてる。警察に囲まれたって、舞花さんに公開処刑されたって、俺たちのエンジンはまだ冷えてねぇんだよ」
「「「「「おおおお……加賀が最後だけかっこいい……!!!」」」」」
全員が夕陽に向かって拳を突き出した。
舞花はため息をついた。呉がシャッターを半分下ろした。大宮先生がコルトのキーをポケットに入れてこっそり帰ろうとしたら舞花に首根っこを掴まれた。
「あ、そういえば」
朱音が思い出したように付け加えた。
「さっき呉さんの工場の裏に、見たことない車が停まってたわ。青いセダンで、ホイールが異様に金色。乗ってたのは社会人っぽい青年で……なんか、アンタたちの『10年後の成れの果て』みたいな、嫌な予感がする顔してたわよ」
加賀の動きが止まった。
「……青いセダン。金ホイール」
セリカのキーを無意識に握り直す。
「……インプか」
(フラグ)
その正体を知る由もない彼らは、まだ何も知らない。ただ2ZZが一瞬だけ「ブルンッ」と、まるで警告のように低く震えた。
「まあ、明日も大学はある。走るぞ野郎ども!!」
「「「「「おっしゃあああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」」」」」




