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キチガイJK注意報 〜聖域(ガレージ)を侵す、ピンク色の災害〜

「……おい、準。お前、今日は『盛り塩』をしたか? それとも、部室の入り口に呉さんの工場の廃オイルでも撒いておいたか?」

 埼玉中央総合大学、E塔裏。

 いつものように、赤いセリカのボンネットを開けてバキュームホースの微かな亀裂をチェックしていた加賀練斗が、唐突に背後の鈴木準へ問いかけた。その声は、これから峠のデスバトルに挑む走り屋のそれではなく、目に見えない巨大な災厄の気配を察知した祈祷師のように低く、湿っていた。

「……盛り塩? 何だよ急に。僕の担当は『ケモノへの祈り』であって、除霊は専門外だぞ。それより見てくれよ、この新作同人誌の『尻尾の毛並み描写』。この一ピクセル単位の拘りが、地脈を揺らす美しさを生むんだ」

「バカ、しまえ!! 来るぞ、ヤバい気配だ!! 呉さんの店のコンプレッサーが異音を出すレベルの、圧倒的な『負のエネルギー』が近づいてきてる!!」

 加賀が絶叫した瞬間だった。

 平和な(大学側の一方的な認識では)キャンパスの空気を、耳元でチェーンソーを振り回されたような高周波の笑い声が切り裂いた。

「「「アハハハハハハハハッ!! マジウケるんだけどぉぉぉぉ!!!」」」

 E塔裏のフェンスを物理法則無視の勢いで突破して現れたのは、近隣にある有名私立女子高の制服を身に纏った、三人の少女たちだった。

 S・H・Bの面々が「大学近くのキチガイJK三人衆」として、遭遇した瞬間にエンジンを全開にして逃走することをサークル規則に盛り込むべきだと検討している特級危険物——朝霧ユナ、羽瀬川澄華、そして橘イオリである。

「うわあああ出たぁぁぁ!!! 物理学と倫理観が通用しない連中だぁぁぁ!!!」

 雅紀が、自分のRX-8のスペアタイヤの陰に隠れて震え上がる。

「ヘーーイ!! ジャパニーズ・ハイ・スクール・ガールズ!! リアルなアニメの登場人物デス……って、オーマイガッ!! あの子が持ってるの、ショットガンじゃないデスカ!?」

 マイケル・タナーが指差した先。三人衆の一人、橘イオリが、ピンク色のラインストーンでデコり倒された「どう見ても鈍器にしか見えない金属製の棒(自称:マジカル・パニッシャー・ロッド)」を肩に担いでいた。

「違うよ外国人さん!! これはね、契約して魔法少女になった私が、世界の不条理を粉砕するために銀河の果てのハードオフから取り寄せた聖遺物だよ!! ちなみにジャンクコーナーで八〇〇円!!」

「「「八〇〇円で世界を救うなよッ!!!」」」

 加賀、準、細田のツッコミが、セリカの排気音以上に完璧に同期した。

 三人衆は、S・H・Bの神聖なる駐車スペースへと、泥だらけのローファーで土足ならぬ「土足そのもの」で踏み込んできた。

「えー、なにこれぇ!! この赤い車、羽が生えてるよ!! マジウケる!! 飛べるの? これで月まで行けるの? 偏差値三十くらいに見えるけど!!」

 ユナが、加賀のセリカのGTウィングを、まるで近所の公園の雲梯うんていのように掴んで揺らそうとする。

「やめろぉぉぉぉ!! それは中華製だが俺が三日三晩かけてボルトを締め直した魂の空力パーツだ!! 一ミリでも角度がズレたら、俺の直進安定性が平安時代まで退化するんだよ!! 離せ、その汚れた(若さという名の)不純物で触るな!!!」

 加賀が血相を変えて飛んでくるが、JKたちの好奇心という名の暴走特急は止まらない。

 今度は澄華が、細田のフィットのボンネットに描かれた『らき☆すた』の泉こなたを、不気味なほど無表情で凝視し始めた。

「ねぇ、この女の子、髪の毛青いよ。プールで塩素を浴びすぎたの? それとも、新種のクラゲの擬人化?」

「クラゲじゃねぇよ!! 伝説のオタクの神だよ!! 聖地・鷲宮の象徴だよ!! あと、そのファンデーションが塗りたくられた顔を塗装に近づけるな!! 油分でステッカーが浮いたら、お前の家のWi-Fiを一生遮断する呪いをかけるぞ!!」

 細田が半泣きでフィットを死守する横で、自称魔法少女のイオリが、雅紀のRX-8のリアマフラーをマジカル・ロッドでコンコンと叩き始めた。

「この黒い車、お尻から変な匂いがする。くんくん……あ、これ、死んだおじいちゃんの部屋に置いてあった、古いポマードの匂いだぁ!!」

「ロータリーの排気ガスをポマードと一緒にすんなぁぁぁ!! それは一三Bがオイルを適度に燃やしながら懸命に拍動している生命の香ばしさなんだよ!! 嗅ぐな!! 肺が洗脳されるぞ!!」

 もはや戦場だった。

 走り屋としてのプライド、車の美学、そして大人の(という名の留年しそうな大学生の)尊厳が、女子高生の「ノリ」という名の戦車に蹂躙されていく。

「……ねぇ、この人たち、なんでこんなに必死なの? ウケるんだけど。ねぇねぇ、魔法をかけてあげようか? この車を全部、ピンク色のラメ入りにしてあげる。マジカル・ペイント・エクスプロージョン!!」

 イオリが不敵な笑みを浮かべ、デコり倒された金属棒をセリカのルーフに向けて振り上げた。

「やめろぉぉぉぉ!! 塗装は純正のスーパーレッドが一番なんだよ!! ラメとか入れたら、呉さんに『お前は今日から走り屋じゃなくてパレードカーだ』って破門されるんだよぉぉぉ!!」

 加賀が絶叫し、セリカのルーフに覆い被さって身を挺して守る。

 まさに一触即発。埼玉中央総合大学の駐車場が、ピンク色のラメとガソリンの匂いで地獄と化そうとしたその時。

「……アンタら、何やってんの」

 背後から、コンクリートを粉砕するような冷気を含んだ声が響いた。

 一ノ宮舞花である。その隣には、無表情でメモ帳に『JK:殲滅候補』と書き込んでいる朱音が立っていた。

「「「あ、舞花お姉様だぁー!!」」」

 JK三人衆が、今までの勢いが嘘のように、舞花の元へと駆け寄る。どうやら彼女たちは、舞花が以前こなした「深夜の交通整理スキマバイト」の際に、暴走するJKたちを素手でねじ伏せた現場を目撃して以来、彼女を『最強の天敵』として崇拝しているらしい。

「舞花お姉様、聞いて!! この人たち、私たちが魔法をかけてあげようとしたのに、すっごいケチなの!! 塗装がどうとか、空力がどうとか、呪文みたいなこと言って怒るんだよ!!」

 舞花は、セリカの上に亀のように張り付いている加賀を一瞥し、深いため息をついた。

「……加賀。あんた、いい年して女子高生相手に何本気でビビってんのよ」

「ビビってんじゃねぇ!! 国防だ!! 首都防衛と同じレベルの緊急事態なんだよ!! こいつら、セリカをラメ入りにしようとしたんだぞ!? わかるか!? 走る『いちごみるく』にされるところだったんだぞ!!」

「いちごみるく……。意外と可愛いかもしれないわね」

 朱音がボソリと呟く。

「朱音!! お前まで俺を物理的に殺す気か!!」

 舞花はJKたちの頭を、順にゴツン、ゴツン、ゴツンと、正確なトルクで小突いた。

「いい、アンタたち。この人たちはね、車っていう名の鉄クズを磨くことしか生き甲斐がない、絶滅危惧種のバカなの。野生のゴリラにラメを塗っちゃダメでしょ? 暴れるだけなんだから、放っておきなさい」

「えぇー、ゴリラなの? 走り屋ってゴリラの親戚?」

「失礼だろ!! せめてチンパンジーと言え!! ……じゃなくて、人間だ!!」

 舞花の圧倒的な『制圧エネルギー』の前に、キチガイJK三人衆は「じゃあねー、ゴリラさんたちー!! 今度バナナ持ってくるねー!!」と、最後まで失礼な言葉を残して、嵐のように去っていった。

 静寂が戻ったE塔裏。

 フェンスは曲がり(精神的な意味で)、アスファルトには謎のラインストーンが数粒落ちている。

 加賀は、膝をついたままセリカのルーフを丁寧に拭き始めた。

「……もうダメだ。この大学、呪われてる。鉄研、共産主義、そしてキチガイJK……。なんで俺の周りには、まともに道を走る人間が一人もいないんだ……」

「……加賀さん。一つだけ、報告してもいいですか」

 細田が、フィットのボンネットを撫でながら絶望的な声で呟いた。

「なんだ」

「……さっきの魔法少女、去り際に俺のフィットのリアウィンドウに『マジカル・LOVE』って指で書いていきました。……指の油分で、洗っても消えません」

「「「「ぎゃああああああああああああああ!!!」」」」

 S・H・Bの悲鳴が、夕暮れの埼玉の空に虚しく響き渡る。

 朱音がメモ帳をパタンと閉じた。

『キチガイJK三人衆襲来。

 S・H・B、精神的完全敗北を喫する。

 加賀のセリカは無傷だが、細田のフィットに永久不滅の「マジカル・呪印」が刻まれる。

 なお、舞花先輩が一番楽しそうだったのは、私の秘密にしておく。

 結論:この大学で最も恐ろしいのは、魔法よりも女のノリである。

 記録完了』

 翌日、呉自動車のガレージ。

「……おい細田。お前のフィット、リアウィンドウに何だこれ。"マジカル・LOVE"? お前、ついにそっちの道に転向したんか?」

 呉の冷たい視線を受けながら、細田が再び号泣したのは言うまでもない。

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