鉄道研究会、捕まる〜その"情熱"はもう犯罪やねん〜
ちょっと書き方変えてみました。てか期間開けすぎたし、なんかシリアスばっか書いてたから筆が回っておりません。予めご了承ください………いや、覚悟して読んでください。
「……いいか、これは聖戦だ。あるいは、魂のレコーディングだ。一ミリのノイズも、一滴の妥協も許されない。我々の鼓膜が、東武東上線の心音(モーター音)を捉えるその瞬間、世界は静止し、歴史は波形として刻まれるのだッ!!」
午前十時。埼玉中央総合大学、学生会館の裏溜まり。
鉄道研究会の会長・高坂悠真は、まるでこれから敵陣に殴り込みをかける若頭のような眼差しで、二人の部下——撮り鉄の佐野と乗り鉄の三輪を見据えていた。
高坂の首からは、時価数十万円は下らないであろう超望遠レンズと、NASAのパラボラアンテナかと見紛うほどの巨大な集音マイクが重なり合い、もはや歩く精密機械の要塞と化している。
「いいですか会長。朝霞台駅の三番ホーム……あそこは『神の曲線』が描ける聖域です。そこで鳴り響くメトロ10000系のVVVFインバータ音を、雑音なしで拾う。これが今日の我々のミッション、作戦名『鉄の旋律』です!!」
佐野が鼻の穴を膨らませて同調する。その横で、三輪が重い録音機材を背負い直しながら、「……でも先輩、あそこ最近、警備が厳しいっすよ。この前も『黄色い線の内側で踊るな』って怒鳴られたばかりですし」と弱音を吐くが、高坂はそれを一喝した。
「黙れッ!! 警備員など、ダイヤの乱れに比べれば誤差に過ぎない!! そもそも鉄道とは秩序だ。秩序を愛する我々が、秩序の守護者たる警備員に屈してどうする!! 魂を電化しろ!! 行くぞ!!」
その時。
ドロ……ドロドロドロ……。
鉄オタたちの高潔な決起集会を汚すように、背後から不快極まりない「内燃機関のアイドリング音」が響いてきた。
「よぉ、鉄クズ集めて何してんだ? 今日は線路に耳でも貼り付けに行くのか? 磁石にでも吸い寄せられて、そのままスクラップ工場まで運ばれてろよ」
現れたのは、S・H・Bの面々だった。
真っ赤なセリカのボンネットに肘を突き、不敵に笑う加賀練斗。その隣では、鈴木準が狭霧の尻尾をブラッシングしながら「……ふむ、鉄研の怒気、今日は一段とオクタン価が高いね。爆発しそうだよ」と分析し、雅紀はRX-8のオイル漏れを指で押さえながら「あいつら、また捕まりそうなオーラ出してるぞ。オーラだけで前科つきそうだな」と囁いている。
「うるさいぞ、排ガス撒き散らし野郎共ッ!! 我々の高潔な録音作業を、その2ZZ-GEのガサツな機械音で汚すなと言っているんだッ!!」
高坂が激昂するが、加賀は冷めた目でそれを一蹴した。
「ガサツ? ヤマハ製ヘッドが奏でるこの高周波が理解できないとは、やはり鉄クズの耳は錆びついてるらしいな。いいか高坂。電車なんてのは、決められたレールの上を走らされているだけの『奴隷』だ。俺たちは自分の意志でステアリングを切り、アスファルトを支配する『自由』を走らせてるんだよ。お前ら、一生『時刻表』という名の首輪に繋がれて、家畜みたいに運ばれてろ」
「自由だと!? ダイヤの乱れ一つ許さない、あの完璧な定時運行の美学こそが、文明の到達点たる秩序ある自由だろうが!! 貴様らのような『予定外の渋滞』に右往左往する低速生物に、電化の恩恵を語る資格はないッ!!」
「秩序がある時点で、それは自由じゃねぇんだよバカがッ!!!」
朝のキャンパスで、四輪の馬鹿とレールの馬鹿が正面衝突する。
「やめなよ二人とも。どっちも社会のゴミ箱の端っこで暴れてるだけの不法投棄物なんだからさ。録音するなら、自分の葬式のBGMでも録っておきなよ。どうせ誰も来ないだろうし」
朱音がメモ帳を片手に冷ややかに突っ込むが、両陣営の耳には届かない。
「……行くぞ佐野、三輪!! 今日こそ、車という不完全な文明を凌駕する『鉄の調べ』を記録し、こいつらの部室のスピーカーから24時間垂れ流してやる!!」
「望むところだッ!! だったら俺たちは、お前らが駅でマイク構えてる横を、二速全開のレブリミットまで回して通り過ぎてやるからな!! お前らの録音データ、全部『セリカの咆哮』で上書きしてやるよッ!!」
こうして、埼玉の狭いエリアを舞台にした、最悪の音響戦争が幕を開けた。
場所は移動して、朝霞台駅。
通勤ラッシュが一段落した午前十時。一般客がまばらになったホームの端で、鉄研の三人は異様な光景を作り出していた。
佐野はホームの黄色い線のギリギリ、いや、物理的には空中へと三脚をせり出させ、もはや線路に身を乗り出す勢いでファインダーを覗き込んでいる。三輪は三輪で、録音レベルを極限まで上げるため、集音マイクを「物干し竿」にテープで固定し、それを線路側へと三メートルほど突き出していた。
「……来た。西武直通の6000系だ。あの独特のGTOサイリスタの励磁音が……来るぞ……。三輪、レベルは!?」
「最大です!! 風切り音カット、全神経を磁界に集中させてますッ!!」
その時だった。
「ヴォォォォォォォォォォォォォォンッッッッ!!!!!!」
駅の高架下を通る公道から、鼓膜を直接ハンマーで殴りつけるような爆音が炸裂した。
5ZIGENのPro Racerマフラーから解き放たれた、加賀のセリカの絶唱。それに合わせるように、雅紀のRX-8がロータリー特有の「ピーーーッ」という警告音のような高音を響かせ、マイケルのレガシィがブローオフバルブを「プシュンッ!! ピキィィィン!!」と盛大に鳴らす。
「ぎゃああああああああああああああああ!!! 録音レベルが振り切れてデジタルノイズしか聞こえねぇぇぇぇぇぇ!!!! 俺の鼓膜がオーバーヒートしたぁぁぁぁ!!」
三輪がヘッドホンを投げ捨てて悶絶する。
「あいつら……本当にやりやがった!! この神聖なモーター音に、二十五年前のガソリン爆発音を混ぜやがった!! 許さん……絶対に許さんぞ加賀練斗ォォォォッ!!」
高坂が震える指で公道を見下ろすと、そこには窓から身を乗り出し、親指を立てて「U・S・A!! ニッポンのマフラー、ベリー・ホット!!」と絶叫しながら通過するマイケルの姿があった。
「追うぞ佐野、三輪!! 奴らのマフラーにバラスト(線路の石)を詰め込んでやる!!」
「いや無理っすよ会長!! 俺たちチャリっすよ!? 向こうはハイオク一リッター百八十円の化け物ですよ!? 追いつけるわけないでしょ!!」
「心はスカイライナーだ!! 160km/hの幻覚を見ながら追走するぞッ!!」
しかし、情熱が理性を焼き切った瞬間、現実は無情に牙を剥く。
佐野がベストショットを狙おうと、さらに線路側へ一歩踏み出したその時、駅の構内放送が怒号のように響き渡った。
『こらぁッ!! そこ、危ないだろうがッ!! 下がれッ!! 全員止まれぇぇぇッ!!』
駅員の激しい制止。それと同時に、三輪が突き出していたマイク(物干し竿仕様)が、入線してきた列車の激しい風圧で大きく煽られた。
「あ、これアカンやつ——」
バチィィィィィンッッッ!!!!!
マイクの先端が、ホーム上の出発信号機のケーブルに接触。鮮やかな火花が散り、ホームの一部に微かな焦げ臭い匂いが漂った。
「「「あ」」」
五分後。朝霞台駅の駅員室は、通夜のような静寂に包まれていた。
……いや、実際には駅員の怒号が延々と響き続けていた。
「君たちねぇ!! 鉄道が好きなら、鉄道に迷惑をかけてどうするんだ!! ホームの端で竿振り回して、信号機を壊しかけて……これは威力業務妨害だよ!? 鉄道営業法違反だよ!? 冗談じゃ済まないんだよ!!」
「……いや、あれは竿ではなく、音の波形を物理的に捕捉するためのデバイスでして……」
高坂が弱々しく反論するが、駅員の「デバイスとかどうでもいいんだよ!!」という一喝で再び沈黙する。
そこへ、最悪のタイミングで警察まで到着した。
「……で、駅で暴れてた不審なオタクってのは君ら? 加賀くんから『変なのが駅でテロの予行演習をしてる。信号機を狙っている。非常に危険だ』って詳細な地図付きで通報があったんだけど」
「加賀ァァァァァァァァァ!!!!! あの裏切り者がぁぁぁぁ!!!!! 自分も爆音出しておきながら自分だけ安全圏から通報しやがったぁぁぁぁ!!!!」
高坂がパイプ椅子をガタガタさせて叫ぶが、警察官に肩をガッシリ掴まれて封殺された。
その頃、S・H・Bの面々は、呉自動車のガレージで優雅にガリガリ君を食っていた。
「……加賀、本当にお前が通報したのか? 走り屋として、それはどうかと思うんだが」
準が呆れたように聞くと、加賀はセリカのサイドミラーを丁寧に磨きながら、鼻で笑った。
「当たり前だ。ルールを守れない奴は、乗り物を愛する資格はない。ましてや駅のホームで物干し竿を振り回すなんてのは、走り屋がセンターラインを割って対向車に迷惑をかけるのと同じくらいダサいからな。俺は健全な走り屋として、社会の秩序を守っただけだ」
「お前が『健全』とか言うと、言葉の定義がゲシュタルト崩壊するんだが……」
「事実だろ。……まぁ、これで数日は静かになるだろうよ。埼玉の空気も少しは浄化される。……おっと」
加賀のスマホが震えた。呉からのLINEだ。
『お前、さっき駅前でレブリミットまで回しただろ。エンジンオイルが熱だれしとるぞ。呉自動車の看板背負って近所で暴れるんじゃねぇと言ったはずだ。今すぐ店に来い。床の油汚れ、全部舌で舐めて綺麗にしろ』
「「「「「ぎゃああああああああああああああああ!!!!!!」」」」」
数時間後、大学の掲示板に一枚の貼り紙が出された。
『【重要】鉄道研究会:朝霞台駅での不適切行為(信号機損壊未遂)により、一ヶ月間の活動停止。および、自動車サークル:近隣住民への騒音被害の疑いで、連帯責任として学内清掃の刑に処す』
「……結局、両成敗じゃねぇか」
雅紀が溜息をつく。
その横を、釈放されたばかりの(しかし一ヶ月の活動停止を言い渡された)高坂が、折れたマイクを抱えて通り過ぎた。
「加賀……お前……。次こそは、N700Sの最高速度で、お前のセリカをバックミラーから消してやる……!! この屈辱、リニア中央新幹線が開通するまで忘れんぞ!!」
「だから、お前はまず免許を取れ。あと、電車に乗せてもらう側の人間が速度を語るんじゃねぇ。お前はただの『預かり荷物』だ。せいぜい網棚の上で大人しくしてろ」
「荷物だとぉぉぉ!!!!! 俺のプライドは指定席じゃねぇんだよぉぉぉ!!!! グリーン車なんだよぉぉぉ!!!!」
夕暮れのキャンパスに、意味不明な、しかし熱量だけは無駄に高い怒号が響き渡る。
朱音がメモ帳に最後の一行を書き加えた。
『鉄研、活動停止。
加賀、呉さんに絞られて半泣きで工場を磨く。
三輪だけが"次はS・H・Bに移籍しようかな。車なら信号機に当たらないし"と本気で漏らした。
この大学の生態系は、今日も正常に狂っている。
追伸:駅で没収された物干し竿は、後に大学の清掃用具として再利用された』
朱音は棒付き飴を噛み砕き、遠くで空ぶかしを始めたマイケルのレガシィを一瞥して、小さく溜息をついた。




