中華産激安アンチラグシステム買ってみた 〜1万円でブーストは買えません〜
コミケの翌日。
準が部室に謎の箱を持ってきた。
銀色だった。
配線が一式ついていた。
「おい、これを見ろ」
「何だ」と加賀。
「昨日コミケの帰りの露店で買った」
「コミケの帰りに自動車パーツを買うのか」
「露店で売っていた」
「コミケの露店で自動車パーツが売られているのか」
「売られていた」
「……コミケの治安の問題だな」
「いいから見ろ」
加賀が箱を見た。
「……"アソテラグツスチム"……と書いてある」
「アンチラグシステムのつもりだろうな」と細田。
「スペルが完全に死んでいる」
「Anti Lag Systemがアソテラグツスチムになっている」と雅紀。
「一文字も合っていない」
「一文字も合っていないは言いすぎだ」と準。
「どこが合っている」
「……"ム"は合っているかもしれない」
「"System"の最後の音だな」と加賀。
「そうだ。だから一文字は合っている」
「……一文字合っていることを喜ぶな」
「レビューに"音がヤバい"と書いてあった。"ブーストの神"とも書いてあった」と準。
「その"音"って爆発音じゃないよな」と加賀。
「……いい音だと解釈していた」
「爆発音もいい音と解釈できるが、方向性が違う」
「とりあえず仕様を確認しよう」
細田がスマホで検索した。
「……出てきた。"アソテラグツスチムPro Ver."だ。"配線3本で即ターボ車がレーシングサウンドに!"と書いてある」
「ターボ車が——と書いてあるな」と雅紀。
「そうだ」
「俺たち、全員NAだろ」
沈黙した。
4人の視線がマイケルに向いた。
「……Oh」とマイケル。
「お前しかターボ車がいない」と加賀。
「BH5はEJ20ターボだYO」
「そうだ」
「……Wait、Wait、Wait。オレのBH5は繊細なんデスYO。やめてYO」
「テストするしかない」と準。
「なんで俺のBH5がテスト台になるYO」
「ターボ車はお前のレガシィだけだからだ」
「でも——」
「BH5は繊細なんでしょ。繊細な車がどう反応するか確認するためのテストだ」
「屁理屈デスYO」
「走り屋的な合理性だ」
「合理的じゃないYO」
「合理的だ」
「合理的じゃないYO」
「……まあ、テストする前に加賀の意見を聞こう」と雅紀。
加賀が箱を見た。
「アンチラグシステムの原理から説明する」
「聞く」と全員。
「本来のアンチラグシステムは、ターボラグを解消するためにアクセルオフ時でもタービンを回転させ続ける仕組みだ。排気管内で追加燃料を噴射・点火して、タービンを強制的に回し続ける」
「だから爆発音が出るのか」と細田。
「そうだ。"バンバン"というのは排気管内での点火音だ。ラリーカーがコーナーの入り口でドンドン音を立てるのがそれだ」
「かっこいいな」と雅紀。
「公道では騒音規制・排ガス規制に引っかかる。車検にも通らない。本来は競技専用だ」
「それを1万円で買えるのか」と準。
「1万円で本物のアンチラグシステムは買えない。買えるとしたら——」
「何だ」
「ただの音を出す謎の箱だ」
「……そういうことか」
「配線3本でアンチラグシステムが作れると思うな。本物のALSはエンジンECUとの統合が必要だ。配線3本で実現できるものではない」
「では実際にやったらどうなる」
「試してみないとわからない。でも——いい結果にはならない可能性が高い」
「試してみる価値はあるか」
「……ない」
「でも試す」と準。
「……まあ、試すなら外でやれ。部室では絶対やるな」
「外でやる」
「配線を正確に確認してからやれ」
「確認する」
「呉さんに事前に連絡しておけ」
「なぜ」
「後始末が必要になったとき、呉さんがいないと困る」
「……後始末が必要になることを前提にしているのか」
「している」
数時間後。
駐車場。
マイケルのレガシィのボンネットが開いていた。
EJ20ターボが見えていた。
「赤い線がバッテリー、青が点火系、黒がアース……これでいいな」と細田。
「絶対よくない気がする」と加賀。
「でもスイッチを入れる」と準。
「入れる前にマイケルに確認しろ」と加賀。
「マイケル、いいか」
「……よくないYO。でも止められないYO」とマイケル。
「なぜ止められないんだ」
「みんなの目がキラキラしてるYO。止めたら悪いデスYO」
「目がキラキラしていても止めていい」と加賀。
「でも……」
「止めていい」
「……でもYO」
「止めていいと言っている」
「……わかったYO。試すYO。でもBH5が死んだらみんなで呉さんに謝るんデスYO」
「わかった」と全員。
準がスイッチを入れた。
ボンッ。
「OH MY GOD」とマイケル。
「マフラーから火が出てる」と雅紀。
「これは——正しい動作なのか、間違った動作なのか」と準。
「正しい動作ではある」と加賀。「排気管内での点火が起きている。ただし——」
「ただし?」
「制御されていない。本来のALSはECUで制御する。これは垂れ流しだ。タービンとエキゾーストに過剰な負荷がかかる」
「ブースト計が変な方向に振れてる」と細田。
「加賀、今すぐ切れ」と加賀(自分に言い聞かせながら)。
「俺は触っていない。準が切れ」
「切る」と準。
スイッチを切った。
謎の焦げ臭が漂った。
「アソテラグツスチム」が沈黙した。
反省会。
「……まあ、火は出たし成功じゃないか」と準。
「成功の定義がバグっている」と加賀。
「アンチラグが動作した。音が出た。火が出た。これは動作として——」
「動作として失敗だ。制御できない動作は失敗だ」
「でも音はヤバかった」
「音はヤバかった。でも——」
「でも?」
「マイケルのEJ20がどの程度ダメージを受けたかを確認しなければならない」
「オレのBH5……」とマイケル。
「呉さんに診てもらう。今すぐ連絡する」
「連絡してくれるんデスカ」
「当然だ。俺たちが使った車だ。責任がある」
「……ありがとうDesuYO、加賀」
「礼は要らない。走り屋として当然だ」
加賀がスマホを出した。
呉に電話した。
「……呉さんですか。加賀です。……はい。中華産のアンチラグシステムをマイケルのBH5に取り付けてテストしました。……はい。マフラーから火が出ました。……はい、今から行きます。……すみません」
電話を切った。
「呉さん、何と言ったんだ」と雅紀。
「……"来い。話はそれからだ"」
「怒っているのか」
「静かな声だった」
「静かな声の方が怖い」
「怖い。行く」
「みんなで行くか」と準。
「みんなで行く。みんなで謝る」
「走り屋として連帯責任か」
「走り屋として当然だ。仲間の車を使った実験だ」
全員が呉自動車に向かった。
呉自動車。
呉がBH5のボンネットを開けていた。
無言だった。
「……すみません」と全員。
呉がしばらく見ていた。
「……タービンは生きてる。エキゾーストの焼けがひどいが、致命傷ではない」
「よかったYO」とマイケル。
「よくない。ダメージがある。オイルを換えて、排気系を点検する。1週間レガシィは預かる」
「1週間……」
「1週間は俺が直す。お前らは——」
「何をすればいいですか」と加賀。
「中華の激安パーツを買うな。買うなら俺に相談しろ。事前に相談すればこういうことにならない」
「わかりました」
「本当にわかったか」
「わかりました」
「……まあ、わかったなら次から相談しろ。以上だ」
「呉さん、怒っていないのか」と準。
「怒っている」
「声が静かだった」
「静かに怒る方が効果的だ。大声で怒っても伝わらない」
「……怒り方まで呉さんは走り屋的だ」と細田。
「整備士だ。走り屋とは別だ」
「でも整備士として走り屋を支える側だ」
「……まあ、そういうことにしておく」
雅紀が言った。
「1万円で地獄が見れると考えると安いかもしれない」
「高い」と加賀。
「マイケルのタービンへのダメージを含めると高い」
「……計算したくないな」とマイケル。
「計算した方がいい。次回に生かすためだ」と加賀。
「次回を前提にするな」と呉。
「しません」
「しないと言った」
「しません」
「……まあ、しないでくれ」
マイケルがBH5を見た。
ボンネットが開いたまま止まっていた。
「……BH5、ごめんYO。1週間、呉さんに頼むYO」
「車に謝るな」と呉。
「でも——」
「謝るなら俺に謝れ」
「……呉さん、すみませんDesuYO」
「わかった。預かる」
「ありがとうDesuYO」
「礼は要らない。次回から相談しろ」
「相談しますYO」
「本当に相談するか」
「しますYO」
「……まあ、してくれ」
呉がメガネをかけ直した。
「……"アソテラグツスチム"か。1万円で何を期待していたんだ」
「ブーストの神になれると期待していました」と準。
「ブーストの神は1万円では買えない。地道に整備して、エンジンを理解して、初めてブーストを扱える」
「走り屋の原則だ」
「整備士の原則だ」
「どちらでもいい気がします」
「……走り屋と整備士は違う。でも——目指すものは同じかもしれない」
「何を目指すんですか」
「……車が正しく走ることだ。それだけだ」
加賀が言った。
「その言葉、覚えておきます」
「覚えなくていい。次から相談しろ。それだけだ」
セリカが駐車場に止まっていた。
加賀がそれを見た。
「……相談する。これからも」
「来い。いつでも」
「来ます」
「来い」
「来ます」
「……来い」
朱音がメモ帳に書いた。
「中華産アンチラグシステム事件:準がコミケ露店で"アソテラグツスチム"を1万円で購入。マイケルのBH5でテストしたところマフラーから火が出た。EJ20ターボへのダメージあり——呉が1週間預かることになった。加賀:"制御できない動作は失敗だ"と言った——走り屋として正しい定義——記録しておく」
「呉:"車が正しく走ること——走り屋と整備士が目指すものは同じかもしれない"と言った——整備士の言葉として記録しておく」




