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篠原朱音、著作権講座を開く 〜だから言っただろ、夢の国を敵に回すなと〜

埼玉中央総合大学。

社会学部棟301教室。

朱音が教壇に立っていた。

机の上に書類の束があった。

「著作権法入門(第7版)」が不気味に光っていた。

目の前に、自動車サークル一同が土下座していた。

「……で?」

「えー、その、著作権的にアレなネズミさんと写真を撮ったのが問題になりまして」と準。

「"アレな"って何だ、"アレな"って。伏せてるようで全然伏せていない」

「伏せているつもりでした」

「伏せていない。"著作権的にアレなネズミさん"と言った時点で何のことかわかる」

「わかってしまうのか」

「わかる。著作権侵害は意図がなくても成立する。知っているか」

「知りませんでした」

「これから知れ」

加賀が手を挙げた。

「俺は車の駐車料金を払っただけなんですが」

「共犯」

「駐車料金は3,000円でした」

「金額は関係ない」

「3,000円は払った。でも著作権的な何かはしていない」

「一緒に行った時点で共犯だ」

「一緒に行くことが共犯なのか」

「状況として共犯と見なされる可能性がある」

「可能性の話か」

「法律は可能性で動く」

「走り屋として納得できないが」

「走り屋の納得は法律に関係ない」

「……わかった。聞く」

「よし」


朱音がスクリーンを出した。

「©マーク」が映った。

「まず基本だ。著作権とは何か」

「創作物を守る権利では」と細田。

「正確だ。創作物を作った人間が持つ権利だ。無断で使うことは侵害になる」

「写真を撮るだけでも侵害になるのか」と準。

「状況による。背景にキャラクターが映り込む程度ならセーフの場合が多い。でも——」

「でも?」

「そのキャラクターが主体として映る写真を公開した場合は別だ」

「公開したのか、誰かが」

「チャイワットが全部録画した」

「チャイワットのクラウドに——」

「クラウドにある。問題は公開されていないことだ。今のところ」

「今のところ、と言った」と準。

「今のところだ。チャイワットが"いいコンテンツだ"と言っていたのが気になる」

全員が沈黙した。

「チャイワットに連絡する」と加賀。

「連絡して消してもらえるか」

「消してくれるかどうかはわからない。でも——」

「でも?」

「呉さんのオイル交換券が景品になった時に協力した実績がある。交渉できるかもしれない」

「走り屋がチャイワットと交渉する」

「そういうことになる」

「……まあ、まず講義を聞いてから動け」と朱音。

「わかりました」


「次、お前ら。ディズニーキャラの名前を出す時点でアウトだ」

「でも"ミッk"って途中で止めたし」と細田。

「止めたらセーフだと思っているのか。それは小学生の理論だ」

「止めれば伝わらないのでは」

「伝わる。耳の大きいキャラクターだということが文脈でわかる。それが問題だ」

「文脈で伝わることも侵害になるのか」

「状況による。裁判例では——」

「裁判例まで調べているのか」と細田。

「社会学部だから調べた。興味がある分野だ」

「朱音さんの専門は著作権なのか」

「専門ではない。でも記録者として著作権は重要だ。記録したものが侵害になる可能性がある」

「記録者として著作権を学んだのか」

「そうだ」

「……走り屋として車を記録する俺たちも学ぶべきか」と加賀。

「学ぶべきだ」

「車の写真を撮るのは著作権的にどうなのか」

「車のデザインは著作権の対象になる場合がある。でも走行中の車を撮影することは原則的に問題ない」

「走行中の写真は問題ないのか」

「問題ない。ただし個人情報——ナンバープレートが映る場合は別の問題が出る」

「ナンバープレートは個人情報か」

「紐付けられる可能性がある」

加賀が少し考えた。

「……俺のセリカの写真は問題ないとして——セリカに人格を付与した場合はどうなる」

「どういう意味だ」

「俺はセリカに話しかけたり、セリカが答えると思って行動することがある。それは著作権的に問題があるか」

朱音が少し間を置いた。

「著作権的には問題ない。セリカはトヨタの著作物だが、個人が私的に人格を付与することは著作権の範囲外だ」

「では問題ないのか」

「著作権的には問題ない。でも——」

「倫理的に?」

「倫理的にもギリだとは思う」

「ギリは大丈夫ということか」

「ギリは大丈夫という意味ではない。でも法的に止める手段はない」

「法的に問題ないなら続ける」

「法的に問題ないが倫理的にギリというのは理解したか」

「理解した。でも続ける」

「……わかった。記録した」

「記録するな」

「した」

「……消せ」

「消さない」

「……まあ、私的な行動だから問題ない」

「そうだ」

「走り屋の論理は一貫している」と朱音。

「走り屋だから」


舞花が入ってきた。

「おーい朱音、そっち片付いたか」

「まだです。というか——なんで姉弟で呼び出しを受けているんですか」

「どういうことだ」と雅紀。

「詩音が"夢の国レポ"の同人誌を刷っていたらしい」と舞花。

「詩音さんが——」

「明治の文学部の子だ。刷ったのは明治のキャンパスで、内容は昨日のディズニーランドのレポートだ」

「同人誌として刷るのか、遠征レポートを」

「刷った。チャイワットの録画データも使ったらしい」

「チャイワットと共犯か」

「さらに雄星が——」

「雄星先輩が?」と雅紀。

「"非公式FDグッズ"を出そうとしていたらしい。マツダのFD3Sのデザインを使ったグッズだ」

「マツダの著作権を侵害するつもりだったのか」と加賀。

「侵害になる可能性がある。でも雄星さんはOBだからもう学校の外の話だ」

「……一家でアウトか」と舞花。

「一家でアウトだ」

「詩音さんに連絡する方法はあるか」と朱音。

「明治の文学部に行くしかない」と準。

「和泉キャンパスか駿河台キャンパスか」

「1年生だから和泉だ」

「……明治の和泉キャンパスまで著作権問題を持って行くのか」と朱音。

「行かなければいいのか」

「行かなくていい。SNSで連絡を取れ」

「SNSで著作権侵害を止められるのか」

「できるかどうかはわからない。でも止める努力は必要だ」

「埼玉、地味に著作権侵害の巣窟になっていないか」と舞花。

「なっています」と朱音。

「"夢と法の国"にしてやりましょうか」

「頼む」


グループワーク。

「著作権を守るにはどうすべきかを班で話し合って」

「そもそも創作したいという欲求をどこに向けるかだ」と細田。

「どういうことだ」

「俺はこなたの同人誌を作りたい。でも著作権的に問題がある。では——こなたに似たオリジナルキャラを作ればいいのではないか」

「それはトレースとの境界線が難しい」

「難しいが可能性がある」

「可能性は認める。でも慎重にやれ」

「慎重にやる」

「慎重に」

「やる」

「慎重に」

「やる」

「……わかった、慎重にやれ」

準が手を挙げた。

「車の擬人化は著作権的にどうなのか」

「車の擬人化か」

「セリカを擬人化して同人誌を作るようなケースだ」

「車のデザインを著作物として扱う場合、無断での商業利用は問題になる。でも非商業の同人誌は——グレーゾーンが多い」

「グレーゾーンか」

「グレーゾーンだ。でも——」

「でも?」

「既にやっている者が複数いる」と朱音。

「誰が」

「お前らの同人誌に走り屋用語で作ったBL作品が含まれていた。ブローオフバルブに口づけを、というタイトルを覚えているか」

「覚えていたくない」と準。

「あれはセーフの範囲内だった。走り屋用語は著作権の対象外だ」

「走り屋用語は著作権外か」

「走り屋用語はお前たちが使い続けることで文化になった。文化は著作権を超える部分がある」

「走り屋文化が著作権を超える、か」

「超えるとは言っていない。でもそういう側面がある」

加賀が言った。

「結論は何か」

「創作は自由だ。でも自由には責任がつきまとう。それだけだ」

「それだけか」

「それだけだ」


朱音が黒板にチョークで書いた。

「創作は自由。でも自由には責任がつきまとう。」

全員が黒板を見た。

「良いことを言うが、やっぱり怖いな、この人」と準。

「怖いとは何だ」

「怖くはないが、圧力がある」

「圧力があるのは情報量が多いからだ。記録者として情報を持つことは責任がある」

「それが朱音さんの怖さだ」

「怖さではない。責任だ」

「うちの大学、もう"世にも奇妙な著作権物語"だ」と雅紀。

「奇妙ではない。全部つながっている」

「つながってるのか」

「走り屋が痛車を作る。同人誌を刷る。ディズニーランドに行く。全部同じ人間の行動だ。著作権の問題も全部繋がっている」

「……俺は車以外の法は知らん」と加賀。

「これから知れ」

「車の法律だけで精一杯だ」

「車の法律を知っている走り屋は、著作権も理解できる」

「どこが共通しているんだ」

「ルールの中で最大限に動く、という考え方だ。走り屋は法定速度の制限の中でどこまでやれるかを考える。著作権も権利の範囲の中でどこまで創作できるかを考える」

加賀が少し間を置いた。

「……それは一つの正しい見方だ」

「認めるのか」

「事実だから認める」

「走り屋的な著作権解釈だ」

「走り屋だから」

「そうだ」

朱音がメモ帳に書いた。

「著作権講座:チャイワットの録画データが残っている(消去交渉が必要)。詩音が明治で同人誌を刷った(明治大学文学部・和泉キャンパス)。雄星が非公式FDグッズを計画(OBのため学校外の問題)。加賀:"ルールの中で最大限に動く"という著作権解釈を認めた——走り屋的著作権論として記録しておく」

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