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軽音サークル本格始動 〜音で説教、リフで改心させる〜

放課後。軽音部の部室。

通称「音の牢獄」。

榎本麻衣が両手でマイクを握りしめていた。

目が光っていた。

天野奈々が譜面をカチリと揃えながら座っていた。

阿部亜里沙がスティックを回しながらニヤリとしていた。

地雷ファッション全開で、機材のセッティングに余念がなかった。

上村澪が厨二の眼差しでベースを爪弾いていた。

「よし。今日から本気で行く」と麻衣。

「具体的には」と奈々。

「ターゲットは学内キモオタ群。うちらの音で目を醒ませる」

「醒ませるとはどういうことか」

「学祭でキモオタ抹殺サウンドを披露する。心が折れるほどの音圧を叩き込む」

「抹殺という表現は過激だ」と奈々。

「比喩だ」と麻衣。

「"心が折れる"は比喩か」

「音楽の力で揺さぶるという意味だ」

「揺さぶって更生させるということか」

「そうだ」

「それは更生ではなくて感化だ」

「どちらでもいい。やることは同じだ」

「目的と手段を明確にした方がいい」と奈々。

「目的は"変える"こと。手段は音圧だ」

「整理できた」

阿部がスティックを止めた。

「ドラムはリムショットで精神圧迫ね」

「圧迫という表現も過激だ」と奈々。

「圧迫じゃなくて刺激ね」

「刺激も人によっては強すぎる」

「じゃあ"優しい揺さぶり"ね」

「優しくはないと思う」

「……まあ、細かいことはいい」

澪がベースを一音鳴らした。

「ベースで胸に響かせれば、みんな理性を取り戻す」

「取り戻す前に理性が飛ぶ可能性がある」と奈々。

「飛ぶのと取り戻すのは別か」

「別だ。音圧で理性が飛ぶのは問題だ」

「問題ではない。飛んだ後に戻ってくる理性は以前より強い」

「……それは根拠があるのか」

「私の経験則だ」

「経験則は根拠にならない」

「なる」

「ならない」

「なる」

「……まあ、やってみればわかる」


廊下で、準と細田が立ち聞きしていた。

「"ぶっ潰せ"って比喩だよね?」と準。

「うっす……俺、合唱に入れてもらえますか」と細田。

「お前ら、コーラス要員でいい。後でステージに上げる」と麻衣(聞こえていた)。

「聞こえてたのか」と準。

「ドアを開けて立ち聞きしていたから聞こえた」

「……バレてた」

「バレていた」

「コーラス要員として使えるか」と細田。

「使える。お前ら、音程は外さないか」

「俺は外す」と準。

「どのくらい外す」

「気持ちで歌うと外れる」

「気持ちで歌うな。音で歌え」

「走り屋的に言うと、感情より技術が重要ということか」

「走り屋とは関係ない」

「でも同じ理屈だ」

「……まあ、使える範囲で来い」

「行きます」と細田(嬉しそうに)。


翌日の昼。

学食横の空きスペース。

痛車勢とらき☆すた巡礼組が集まっていた。

チャイワットがMCスタンドに立っていた。

「コンニチワ〜。今日は軽音部のフリーライブデスYO。みんな楽シミニシテクダサイYO」

「チャイワット、またMCか」と雅紀。

「ワタシ、MC向いてるデスYO」

「向いてるのかどうかわからない」

「前回のキチガイ王選手権でもやリマシタYO」

「あれも向いてたのかどうかわからない」

「向いてたデスYO。お客さんが楽シンデマシタYO」

「楽しんでたのかどうかも——」

「楽シンデマシタYO」

「……そうか」

「デスYO」

麻衣がマイクを持った。

「埼玉中央、聞け。私たち軽音部、本気の一曲目」

イントロが始まった。

低音だった。

痛車勢の「推しコール」が止まった。

阿部のスネアが床を揺らした。

澪のベースラインが胸骨を振るわせた。

観客のスマホが微かに震えた。

天野のシンセが切り込んだ。

会場の空気が止まった。

数秒の沈黙だった。

「今の……何だ」と痛車オタA。

「俺、泣きそうなんだけど」と痛車オタB。

「俺……こなたよりこのイントロの方が尊い気がしてきた」と細田(小声)。

「こなたを超えたのか」と準(隣で)。

「超えてはいない。でも今この瞬間、同じくらい尊い」

「それは細田にとって最高の評価か」

「最高の評価だ」

「……軽音部、すごいな」

麻衣がラストのシャウトを入れた。

「キモさは恥じらいに、恥じらいは誇りに変えろ」

観衆が動揺した。

奇妙な喝采が起きた。


加賀が端で聞いていた。

「……あの低音、セリカのエンジン音と構造が似てる」

「どういう意味だ」と雅紀。

「胸骨が振るわされる感覚だ。2ZZ-GEを9,000回転まで回したとき、同じ感覚がある」

「音楽とエンジン音が同じか」

「同じではない。でも身体への作用が似てる」

「走り屋的な音楽評論だ」

「評論ではない。観察だ」

「観察した結果、どう思う」

「……いい音だ。騒音として迷惑になっていないなら」

「なってるんじゃないか」と準。

「なってるなら呉さんに謝れ」

「なんで呉さんに謝るんだ」

「呉さんはここの近くで整備をしてる。あの音圧は工場まで届く」

「届くのか」

「届く。あのベースの低音は届く」

「……謝りに行くか」と準(軽音部に)。

「それは準が決めることだ」


舞花が言った。

「あの音、効くわね。音圧は正義だ」

「耳栓が飛ぶレベルで教育的だわ」と朱音。

「教育的なのか、あれは」

「揺さぶって変えるのは教育の一種だ」

「乱暴な教育だ」

「効果があれば手段は問わない」

「……それは少し危険な思想だ」

「効果がなければ意味がない。あれは効果があった」

「痛車勢が泣きそうになってたな」

「なっていた。あれは感化されている証拠だ」

麻衣が来た。

「軍師みたいな顔で分析しないでよ、舞花先輩」

「勝手に分析した。いい演奏だった」

「……先輩に褒めてもらえると思ってなかった」

「褒めていない。観察した」

「その観察が褒め言葉じゃないですか」

「……まあ、そういうことにしておく」

「ありがとうございます」

「礼は要らない。次も聴く」

「聴きに来てくれるのか」

「来る。音圧の正確な効果を確認したい」

「……治安維持部隊が音楽ファンになった」

「なっていない。研究者になった」

「……どちらにせよ来てくれる」

「来る」


SNSに動画が広まった。

タグは「軽音の洗礼」だった。

「俺ら、聖地巡礼行った甲斐があったな」と細田。

「なんで聖地巡礼と軽音が繋がるんだ」と準。

「あそこで軽音の話が出た」

「出てないぞ」

「……心の中で出た」

「心の中で出たのか」

「出た」

「……まあ、どちらでもいい」

「なんで俺、コーラスで"もってけ"を裏返しに歌ってるんだ」と準。

「裏返ってたのか」と細田。

「裏返ってた。SNSに残ってる」

「それがコーラス要員の宿命だ」

「宿命なのか」

「宿命だ」

「……走り屋の宿命と比べると軽い」

「宿命の重さに軽重をつけるな」

加賀が言った。

「騒音で迷惑をかけてるなら呉さんに謝れ」

「言った」と準。

「言ったが確認した。呉さんの工場まで届いていた」

「やっぱり届いてたのか」

「届いていた。でも呉さんは——」

「何と言ったんだ」

「"悪くない音だった"と言った」

「呉さんが音楽を評価したのか」

「評価ではない。"悪くなかった"と言った。それだけだ」

「それが呉さんの最高の評価だ」と雅紀。

「そうかもしれない」

「……音楽で整備士の心を動かした」と準。

「動かしていない。"悪くなかった"と言っただけだ」

「それが動いた証拠だ」

「……まあ、そうかもしれない」

榎本麻衣が言った。

「次は学祭でフルバンド演奏。今度は"音で全員更生"作戦よ」

「目指せ、オープニングで学長を土下座させる音圧」と阿部。

「厨二全開のサブタイトルをつけるな」と澪。

「つける」と阿部。

「つけるな」

「つける」

「つけるな」

「つける」

「……まあ、演奏が良ければサブタイトルは何でもいい」と奈々。

「冷静だな、奈々は」と麻衣。

「副部長だから冷静でいる」

「副部長の仕事は暴走を止めることか」

「そうだ」

「止まってないが」

「止めようとしている。それが仕事だ」

「……まあ、学祭に向けて練習する」

「する」と全員。


朱音がメモ帳に書いた。

「軽音部フリーライブ:MCはチャイワット(2回目)。演奏で痛車勢を感化した。細田が"こなたと同じくらい尊い"と言った——細田にとって最高の評価。加賀:"あのベースの低音はセリカを9,000回転まで回したときと同じ感覚がある"と言った——走り屋が音楽を身体感覚で評価した——記録しておく」

「呉福造:"悪くない音だった"と言った——整備士が音楽を評価した——記録しておく」

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