ロータリーに恋をした少年〜嗚呼、回転という名の恋〜
翌日の放課後。
川越街道を二人で歩いていた。
「まーくん、昨日は本当にありがとね」
「あんな魔法少女に襲われる現場、俺だって助けるだろ」
「でも来てくれなかったら私——」
詩音が頬を赤らめた。
犬のようにしっぽを振りそうな笑顔だった。
雅紀が少し間を置いた。
「……(犬っぽい。可愛い)」
詩音が少し間を置いた。
「……(なんか今日、目が優しい)」
この瞬間、互いに「たぶん」両想いになった。
まだ恋が恋だと知らぬままに。
「とりあえず、兄貴が帰ってくるまで温かいお茶でも」
「あ、ありがとう。お邪魔します」
望月家の茶の間。
二人で座っていた。
空気が微妙に甘かった。
「詩音って、意外と家庭的だな」
「えへへ……まーくんが褒めてくれると嬉しい」
犬耳が生えたかのようなテンションだった。
「……(何だこの可愛さ)」
そのとき。
庭の外から、低く唸るようなエンジン音が響いた。
ブォォォォォン……
「なんだこの音」
「兄貴の車。気をつけて。初対面の人間には容赦ないから」
白いFD3S RX-7が止まった。
オリジンフルエアロだった。
月光に照らされていた。
金髪ウルフマッシュの男が降りてきた。
「おう、詩音。誰だそいつ」
「クラスの先輩。一ノ宮雅紀くん」
「……一ノ宮、ね。悪くない名前だ」
雄星が雅紀を見た。
「……お前、エンジンの匂いがするな」
「え?」
「素質の匂いだ。ロータリーに選ばれた奴の匂いだよ」
「(やばい、始まった……)」と詩音。
雄星がFDのボンネットを開けた。
「見ろ、一ノ宮。これが13Bだ」
「13B……?」
「ピストンがない。代わりに"魂"が回る。これがロータリーだ」
雅紀が目を奪われた。
「聞け。この音を」
イグニッションON。
エンジン始動。
ドゥルル……ドゥン……ドゥン……
「……心臓の音みたいだ」
「そうだ。人は心で恋をする。だが俺たちは"回転"で恋をする」
「兄貴、それ恋愛じゃなくて宗教だよ」と詩音。
「さぁ、吸え。これがロータリーの排気の匂いだ」
「(スゥ……)……あぁ……オクタン価が高い……」
その瞬間、彼の青春は、回転子のように狂い始めた。
翌朝。学校。
同級生が雅紀に話しかけた。
「昨日何してた?」
「……おにぎりと回ってた」
「もう戻ってこれないぞ」
「ロータリーは恋じゃない。沼だぞ」
しばらくして。
詩音が雅紀に言った。
「ねえまーくん、私のこと好き?」
「……13Bの方が好きだ」
「まーくんがそれを言うようになったの、誰のせいだと思う?」
「雄星先輩のせいだ」
「お兄ちゃんのせいじゃん」
「そうだ」
「私が被害者じゃん」
「そうかもしれない」
「慰めてよ」
「13Bを聴けば慰められる」
「慰めになんない」
雅紀が少し間を置いた。
「……ごめんな」
「謝るくらいなら好きって言ってよ」
「……13Bの次くらいには好きだ」
「次くらいって何」
「13Bが一番だ。でもお前は二番目だ」
詩音が少し間を置いた。
「……2番目、ありがとう」
「礼は要らない」
「でもありがとう」
「要らないと言っている」
「でも言う」
「……」
ナレーション(舞花)。
「その後、この二人は別れた。原因は雄星がロータリー洗脳を完成させたから。弟の恋愛対象はロータリーになった。これが真実だ。私は今でも雄星さんに文句を言いたい」
大学。現在。
「……で、舞花さん、今の話は誰から聞いたんですか」と準。
「弟から。雅紀から」と舞花。
「雅紀が全部話したのか」
「全部話した。酔った状態で。聞きたくなかった」
「聞いたんですね」
「聞かされた」
「違いますか」
「違う。聞かされた。能動的に聞いたわけじゃない」
「でも覚えてるんですね」
「忘れようとして忘れられなかった。弟の失恋話というのは姉にとって処理が難しい情報だ」
「感情的には」
「感情的には——まあ、かわいそうだったとは思う」
「詩音さんが?」
「弟が。13Bに負けた女の子も、まあ、かわいそうだったが」
「今は詩音さんは明治の文学部ですね」
「そうだ。立派にやってる。学歴で加賀を殺した」
「加賀は今も引きずってるか」
「引きずってる。セリカには学歴がないから、という発言で自分を慰めている」
「……セリカには学歴がない」
「ない。でもセリカは走る。それで十分だと言っている」
「走り屋の論理だ」
「走り屋の論理だ」
朱音がメモ帳に書いた。
「雅紀と詩音の出会いの経緯:チャリ事故→魔法少女を物理で撃墜→望月家に招かれた→雄星のFDを見た→ロータリーに洗脳された→詩音への感情がロータリーに上書きされた——なお、この話は雅紀が酔った状態で舞花に話したもの。舞花は聞かされた、と主張した——記録しておく」
「詩音:現在・明治大学文学部在籍。埼玉中央総合大学とは無関係——重要なので明記しておく」




