表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/59

関越ナイトラン 〜合法と違法のはざまで〜

金曜の夜。

 時計の針が23時を指したとき、E塔裏の地獄コンテナには、珍しい空気が漂っていた。静かな緊張感、とでも言うものだ。


「……よし。準備できたな」

 加賀練斗が立ち上がり、キーを握った。雅紀、細田、準、マイケルが順に頷く。


「今日の目的は一つ。合法の範囲で、最速を味わう」

「"合法の範囲"って、どこまでだ?」

「安全運転。だが――踏む時は踏む」

「つまりグレーゾーン全開じゃねぇか」


ドアの前で舞花が腕を組んでいた。

「……あんたら、警察呼ばれる前に帰ってきなさいよ」

「もちろん。高速道路を法定速度で走るだけです」

「嘘をつくな目が泳いでる」


朱音が棒つき飴を口から外して言った。

「車壊したら、自腹ですからね。保険、深夜走行の自損はグレーですよ」

「うっ……」

「命あれば問題ナッシング!!」とマイケル。

「命なくなるパターンが一番怖いんだわ!!!」


集合場所:関越自動車道・三芳PA。

 到着したのは23時45分。秋の夜のPAは、トラックの低いアイドリング音と自販機のモーター音だけが響いていた。外灯のオレンジ色の光の中に、5台が並んだ。


赤いセリカ。黒いRX-8。銀のノートNISMO。白いフィットGD3。ネイビーのレガシィBH5。走り屋漫画のワンシーンのような5台――のはずが。


「……なぁ」と加賀。

「痛車のまま来るのやめねぇか?」


よく見ると全員、文化祭の痛車ステッカーが残っていた。


「今さらだろ。俺の"こなた"が剥がれないんだよ。フィットのボンネットに永遠に住んでる」

「俺の"初音ミク"は闇夜に映えてる。これはこれで戦略だ」

「俺の**"狐耳天使号"、光るんだよ**」

「それ一番やべぇよ!!!」


準のノートNISMOの狐耳ステッカーが、PAの照明に反射してうっすら光っていた。なんの技術かわからない。


AM0:10。

「……いくぞ」


加賀がキーを回した。ヴォン……ヴォォォン。

 5ZIGENのPro Racerが夜のPAに低く響く。冷えた空気の中で音がよく通る。

 雅紀がRX-8のエンジンをかけた。ギュルルルルン……。ロータリー独特の高い回転音が、他の4台の低音と混ざる。

 マイケルのレガシィが続いた。ドォン……シュポンッ!!


「マイケル、いきなり煽るな」

「ウォームアップ・セレモニー!!」

「そんなセレモニーはない!!!」


加賀がギアを1速に入れ、静かにクラッチを繋いだ。セリカが動き出す。5台が、一列になって関越道の本線へ流れ込んだ。


深夜の関越自動車道。交通量はほとんどない。路面は銀色に光っている。加賀はステアリングを握りながら、スピードを上げた。


ヴォォォォン――。


5ZIGENの排気音が伸びる。6速に入れるとエンジンが少し落ち着き、ロードノイズが前に出てくる。

 アスファルトの微妙な起伏、橋の継ぎ目を越えるときの一瞬の浮遊感。


「……やっぱ夜の高速、最高だな」

 雅紀の声がトランシーバーに流れた。


「トンネル入る!!」と細田。

「うわVTECの音やっっば!!!」


関越のトンネルはよく響く。5台のエキゾーストが壁に反射して、音が重なって戻ってくる。


(このスピードの中で、何かが研ぎ澄まされる。日常の雑音が全部、後ろに置いていかれる)


三芳を過ぎ、川越、鶴ヶ島。5台の列は乱れなかった。同じ方向へ流れていく列は、まるで連なった流星みたいだ。


「こういうのを"走り屋らしい"って言うんだよな」と準。

「ケモ的には?」

「ケモ的にも、群れで走るのは本能」

「俺たちをケモ扱いすんな!!!」


そのとき。雅紀の声が、少しだけ硬くなった。

「……おい。後ろ。なんか速ぇの来てる」


加賀がルームミラーを見た。ヘッドライトが二つ。距離の詰め方が、普通じゃない。


「Z34だ。ノーマルじゃない。車高落ちてる」


フェアレディZが、ぐんぐん近づいてきた。そして――バンパーギリギリの距離でパッシングした。


「煽ってる!!」

「挑戦状カ!?!?」とマイケル。

「バカやめろ!! 今日は走行会じゃない!!!」


Zが右車線に出て、並んだ。20代後半くらいの男が、ニヤッと笑ってアクセルを煽った。ドォォォン!!


雅紀が笑った。

「……ちょっと踏んでもいいっすか?」

「ダメだ」

「はい」


5秒後。RX-8が、吠えた。


ギュィィィィィン――!!!!

 13Bの音が夜の関越に解き放たれた。三角形のローターが高速で回転する、鋭い金属音。RX-8がZと並んだ。


「雅紀! 抜くな!!」

「抜いてない!! 並んでるだけ!!!」

「その言い訳が一番危ねぇんだよ!!!!」


マイケルのレガシィが右に寄った。

「ワタシも並ビタイ!!」

「並ぶな!!! 台数増やすな!!!!」


Zのドライバーがさらに笑い、アクセルを深く踏み込む。Zが前に出た。雅紀が一瞬だけ、右足に力を込めた――。


「全員!! 次のPAで止まれェェェ!!!!」

 加賀の怒鳴り声が、トランシーバーに炸裂した。


嵐山PA。

 5台が順番に滑り込んで、エンジンを切った。ボンネットから熱気が立ち上る。


「……バカが。ほんとに踏みやがって」

 加賀がため息をついた。


「いや、あのZに煽られたら……ついテンション上がって……」

「上がるな!!」

「VTEC我慢した俺を褒めて」と細田。

「よく我慢した」


準がノートNISMOのドアに寄りかかって言った。

「……Zのドライバー、最後どうなった?」


マイケルが親指を立てた。

「去り際にサムズアップして行った! 仲間!!!」

「仲間じゃねぇよ。ただの煽り運転だろ」


そこへ、加賀のスマホが光った。呉福造からLINEだ。

『夜の関越走ってるバカども、誰だか知ってるか。お前らだよ。寝ろ』


「……バレてる」

「なんで知ってんだ!!!」

「聞かない方がいいな」


帰り道。練馬方面へ。

 5台が、今度はゆっくりと流れていく。準がトランシーバーに言った。


「……なんかさ。こうして走ってると、現実忘れるよな」

 誰も笑わなかった。


「就活とか」

「課題とか」

「単位とか」

「燃費とか」

「最後それかよ!!」


加賀はステアリングを握りながら、東京の夜景を見ていた。

(今が、たぶん、一番楽しいんだろうな)

 卒業したら、こんな夜は来なくなる。社会人になったら、深夜に5台で高速を走ることはできない。


加賀はアクセルを、少しだけ踏み込んだ。セリカが、夜を切り裂いた。


深夜2時半。E塔裏帰着。

 5台が一列に並んで停まった。冷えていくエンジンが、ピキピキと鳴いている。


誰も車から降りようとしなかった。しばらく全員が、ドアを開けたまま夜空を見上げていた。


「……今日、誰も壊れなかったな」

「奇跡だ」

「青春だったな」

「ノープロブレム!!」


笑い声がE塔裏に響いた。加賀は最後に車を降りながら、セリカのルーフに手を置いた。まだ少し温かかった。


(また走ろう。もっと遠くまで)


翌朝。グループLINEにメッセージが一件。

 送信者:一ノ宮雅紀。

『夜中の走行後、RX-8のオイル量確認したら若干やばいかも』


加賀が返信した。

『何回目だ』


雅紀が返信した。

『4回目』


『呉さんに連絡しろ今すぐ』

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ