この作品はラブコメじゃねえ!!〜恋より痛み、痛みより地獄〜
書いてる僕自身が、笑いすぎておなか痛いです。
朝6時半。
大学近くのセブンイレブン。
雅紀が腹を押さえながら入ってきた。
「やばい、腹が壊れた。チャイワットのカレー、絶対悪魔のスパイスが入ってた」
「オッ、マサキィ、オナカイタイデスカ。トイレ空いてるYO」とチャイワット(レジから)。
「テンションを下げろ。死にそうなんだ」
「ダイジョウブデスYO。ウチのトイレ、ウォシュレット付キデスYO」
「そういう問題じゃない」
「コシニヤサシイデスYO」
「そういう問題でもない」
雅紀がトイレへダッシュした。
チャイワットが店の奥を見た。
「……マサキィ、最近ヨク来マスネ。詩音チャンノコト、気ニナッテルデスカ」
誰もいなかった。
チャイワットが一人でうなずいた。
「……ナルホドデスネ」
数分後。
雅紀がトイレから出てきた。
「……スッキリした」
「ヨカッタデスYO」とチャイワット。
「お前のカレーのせいだからな」
「ワタシのカレー、本場タイの味デスYO」
「本場タイの胃袋は日本人の胃袋より強いんだ」
「ソウデスYO。タイ人はカレーデ育チマスYO」
「育った環境が違う」
「デモ美味シカッタデショ?」
「美味しかった。だから食いすぎた。だから腹を壊した」
「ソレハマサキィのせイデスYO」
「お前のカレーのせいだ」
「マサキィのせイデスYO」
「お前のせいだ」
「マサキィのせイデスYO」
「……」
「……」
「両方のせいだ」
「ソウデスネ」
雅紀がレジ横のカー雑誌コーナーに移動した。
「ハイパーレブ特集:マツダの女神再臨か。買っとくか」
ページをめくった。
ビリッ。
「……あっ」
手の甲から血が出た。
「痛っ。うそだろ、カー雑誌で負傷とかどんな運だ」
「マサキィ、ダイジョウブデスカ」とチャイワット。
「大丈夫じゃない。カー雑誌で切れるのか、手が」
「紙ハ鋭イデスYO。タイにはカミソリヨリ鋭イ紙ガアリマスYO」
「どんな紙だ」
「ジャングルの葉デスYO」
「カー雑誌はジャングルの葉ではない」
「でも切れたデスYO」
「切れた。なんで今日こんなに運が悪いんだ」
「チャイワットのカレーのせイデスYO」
「それは認める」
雅紀が手を押さえた。
血が出ていた。
「絆創膏あるか」
「レジ横にアリマスYO。1枚10円デスYO」
「自動ドアのところにも置いとけよ」
「自動ドアのところでは切れナイデスYO」
「今日何が起きるかわからないから置いといた方がいい」
「ナルホドデスネ」
そのとき。
「——まーくん?」
自動ドアの向こうに影があった。
黒髪のツインテールだった。
雅紀が固まった。
「……いや無理、今日そういう日じゃない」
詩音が入ってきた。
「また怪我してる。ダメじゃん、まーくん」
「お前がここにいるのは知ってる。でも今日は来るな」
「来ちゃった」
「来るなと言った」
「でも来た」
「……」
「血、出てる」
詩音が雅紀の手を取った。
「痛そう。だから、舐め——」
「待て、何をしようとしてる」
「治してあげようとしてる」
「医療行為か」
「愛の行為だよ」
「医療行為と愛の行為は別だ」
「一緒だよ」
「一緒じゃない」
「一緒だよ」
「一緒じゃな——」
ガシャアンッ。
自動ドアが壊れた。
「待ちなさい、痴情のもつれ現行犯」と舞花。
「公共の場で血と唾液の交換って、倫理観をどこに落としたの」と朱音。
「チャイワット、ワタシ全部録画シテマスYO」とチャイワット(スマホを構えていた)。
「撮るなァァァァ」と雅紀。
「え、違うよ、治そうとしただけっ」と詩音。
「はいはい、"治す"ね。"愛で"じゃなくて"医"ね。理解理解」と朱音。
「医療行為は資格者以外禁止です」と舞花。
「ワタシモ撮リマシタYO」とチャイワット(2台目のスマホを出した)。
「2台で撮ってるのか」と雅紀。
「証拠ハ多イホドイイデスYO」
「俺の証拠をどこに使うんだ」
「将来の保険デスYO」
「保険として俺の映像を撮るな」
「ダメデスカ?」
「ダメだ」
「……ワカリマシタ。デモ撮リマシタ」
「消せ」
「バックアップシテアルデスYO」
「消せ」
「クラウドニモアリマスYO」
「消せ」
「……デモ面白イデスYO」
「面白くない」
「デモ」
「面白くない」
「……マサキィノ恋愛、面白イデスYO。タイデモコンナノナイデスYO」
「タイには走り屋がいないのか」
「イマスYO。デモ元カノガセブンニバイトシテルノハナイデスYO」
「日本特有の状況か」
「日本特有デスYO」
詩音が床に正座していた。
舞花が腕を組んで立っていた。
「詩音さん、あなたに聞くけど——ここでバイトを始めた理由は何?」
「まーくんに会いたかったから」
「それだけ?」
「それだけ」
「シフトは何曜日?」
「まーくんが来そうな日を全部入れた」
「全部、というのは?」
「月曜から日曜まで」
「7日全部か」
「うん」
「週7でバイトしてるのか」
「そう」
「……それは献身的だが、方向性が問題だ」
「愛の力だよ」
「愛の力と呼ぶには少し重い」
「愛は重いくらいがいい」
「重くない愛の方がいい」
「そう思わない」
「……まあ、あなたの考えは理解した」
舞花が雅紀を見た。
「雅紀くん。あなたどうするの」
「どうもしない。俺は13Bが好きだ」
「13Bと詩音さんは関係ない話だ」
「関係ある。俺が詩音に向ける感情は全部13Bに使った。残っていない」
「……走り屋は感情を車に使い果たすのか」
「使い果たす。それが走り屋だ」
「感情を使い果たした走り屋は恋愛できないのか」
「できない。俺の場合は」
「……それを詩音さんに言えるか」
「昨日言った」
「昨日言ったのか」
「言った。でも詩音は諦めてないと言った」
「諦めないのか」と舞花(詩音に)。
「諦めない」と詩音。
「雅紀が13Bに感情を全部使ったと言っても?」
「まーくんの感情を取り戻す」
「13Bから?」
「そう」
「13Bに勝つつもりか」
「勝つ」
舞花が加賀を見た。
「加賀くん、意見は?」
「……13Bに感情で勝つのは難しい」と加賀。
「難しいとは?」
「ロータリーは回り続ける。感情も回り続ける。止めるのは本人にしかできない」
「じゃあ詩音さんには勝てないということか」
「難しいと言った。不可能とは言っていない」
「どうすれば可能になる?」
「雅紀がRX-8より詩音を大事にする日が来ればいい」
「その日は来るか」
「……雅紀に聞け」
雅紀が遠くを見た。
「……来ない。当面は」
「当面は、と言った」と詩音。
「当面だ。先のことはわからない」
「じゃあ待つ」
「諦めないのか」
「諦めない」
「……」
「待つのが好きなの」と詩音。
「走り屋も待つぞ」と加賀。
「え?」と詩音。
「走り屋は整備が終わるのを待つ。車検が終わるのを待つ。好天を待つ。待つのは走り屋も同じだ」
「……じゃあ私も走り屋みたいなものだ」
「そういうことにしておく」
「走り屋の仲間だ」
「仲間ではない。でも——待つという点では同じだ」
チャイワットが録画しながら言った。
「イイハナシデスネ」
「録画しながら言うな」と全員。
「スミマセンYO。デモイイハナシデスYO」
「……まあ、そうかもしれない」と加賀。
「デスYO」
雅紀に絆創膏が貼られた。
詩音が貼った。
「ちゃんと消毒したから」
「……ありがとな」
「ね、まーくん」
「なんだ」
「今日バイト終わりに、ちょっとだけ話せる?」
「……何の話だ」
「RX-8の話」
雅紀が止まった。
「RX-8の話?」
「まーくんが好きなものを知りたい。13Bのことを教えてほしい」
「……なんで」
「まーくんが大事にしてるものだから」
雅紀が少し間を置いた。
「……10分だけだ」
「10分でいい」
「10分でわかることだけ話す」
「ありがとう」
「礼はいい」
「でも、ありがとう」
「……」
舞花がため息をついた。
「この作品、一応走り屋コメディのはずだったのよ?」
「俺もそう思ってた」と雅紀。
「いつからラブコメになったんだ」と加賀。
「ラブコメじゃない」と雅紀。
「ラブコメに見える」
「走り屋コメディだ。今日は走り屋が元カノにRX-8の話をするという話だ」
「それはラブコメに近い」
「近くない。走り屋の布教活動だ」
「布教活動か」
「そうだ」
「……まあ、そういうことにしておく」
細田がセリカのキーを持ちながら言った。
「もう"カー雑誌切創編"で笑うしかない」
「笑うな」と雅紀。
「笑う」
「笑うな」
「笑う。カー雑誌で切れるのは普通じゃない」
「普通じゃないが笑うな」
「笑う」
加賀が言った。
「恋愛よりトルクの話がしたい」
「同じだ」と雅紀。
「同じなのか」
「違う。でも——俺も今はトルクの話がしたい。でも詩音が聞きたいというから話す」
「RX-8のトルクを詩音さんに説明するのか」
「する」
「わかってもらえるか」
「わからなくていい。でも——俺が大事にしてるものを知ろうとしてるのは、まあ——悪くない」
「走り屋的な判断だ」
「走り屋だから」
「そうだな」
朱音がメモ帳に書いた。
「雅紀の元カノ回・後編:詩音が絆創膏を貼った。雅紀がRX-8の話を10分するという約束をした。加賀:"13Bに感情で勝つのは難しいが不可能ではない"と言った——走り屋として正確な評価だと思う——記録しておく」
「チャイワット:2台のスマホで録画していた。クラウドにバックアップ済み——証拠として機能する可能性がある。念のため記録しておく」




