雅紀の元カノ〜ロータリーと黒髪エアリーツインテの狭間で〜
昼。大学近くのセブンイレブン。
チャイワットが外で待っていた。
「オーケー、今日はトモダチ五人に唐揚げ棒をおごるYO。7円、安い」
「お前の"奢る"って、だいたいレジ前の100円以内で完結するよな」と雅紀。
「ケチなのにテンションはアメリカ級YO」とマイケル。
「まあ、無料なら文句は言えない」と加賀。
「唐揚げ棒でエネルギー補給して、午後は図書館でケモノの資料を漁るぞ」と準。
「お前の午後の予定、毎回ケモノだな」と雅紀。
「毎回ケモノだ。それが俺の文学研究だ」
「文学研究なのか」
「文学研究だ」
「そうか」
5人が店に入った。
ピロン。
「いらっしゃいませ——あっ」
レジの向こうに、黒髪のエアリーツインテールがあった。
(エアリーツインテールといってもいろいろあるっすよね。まあ、PSO2:NGSのエアリーツインテールで、ヘアスタイル調整最大の、装飾OFFをイメージしてもらうと分かりやすいっす。 by 細田)
「まーくん?まーくんだよね?」
雅紀の手から唐揚げ棒の使用済み棒が落ちた。
カラン。
「やっぱりまーくんだ。会いたかったよ」
「詩音、なんでここにいるんだ」
詩音がレジ台を乗り越えた。
「バイトだよ。まーくんが通るかもって思って」
「それ、バイトを選んだ理由か」
「そうだよ」
「普通は時給とか立地で選ばないか」
「まーくんがいるかもしれないから選んだんだよ」
「……」
雅紀が全力で引いた。
「チャイワット、知ってたか」
「知ッテタYO」とチャイワット(レジの奥から)。
「なんで言わなかったんだ」
「言ッタラ来ナイデショ」
「その通りだ。だから言わなかったのか」
「ヤマハ、策士デス」
「策士じゃなくてストーカーの共犯だ」
「オコラナイデ。唐揚げ棒、7円デスYO」
加賀が止めに入った。
「落ち着け。ここはコンビニだ。店員と客の距離感というものが——」
詩音が加賀を見た。
「……あなた、どこの大学ですか?」
「埼玉中央総合大学だが」
詩音がスッと微笑んだ。
「私、明治の文学部です」
「ぐふっ」
加賀が吐血した。
「物理的に死んでないか、今」と準。
「魂が抜けた気がする」と細田。
「This is Tokyo private power……コワイYO」とマイケル。
「学歴で論破されたのか、加賀が」と準。
加賀がメガネをかけ直すように目を細めた。
「……セリカは勝ち組だ。学歴より馬力だ」
「負け惜しみを走り屋で塗り固めた」と雅紀。
「負け惜しみではない。事実だ」
「事実として受け取れない発言だぞ今のは」
詩音が雅紀を見た。
「まーくん、また会えてよかった。本当にずっと待ってたんだよ」
「……」
雅紀が雑誌コーナーに逃げた。
「待ってた、って、どのくらいだ」と準(興味本位)。
「まーくんが高3で私が高1のときから」
「何年だ」
「3年」
「3年待ったのか」
「待ったよ。だからバイト先もここにした」
「それはストーカーに近い何かだ」と朱音(通りかかった)。
「違うよ、愛だよ」
「愛とストーカーの境界線は薄い」
「薄くない」
「薄い」
「薄くない」
そのとき。
駐車場に音が響いた。
ドォン……ドォロロォォ……
全員が止まった。
ロータリーの音だった。
「……あの音、13Bか」と加賀。
「13B-REWだ」と雅紀(小声)。
白いRX-7(FD)が滑り込んできた。
オリジンフルエアロ。
金髪ウルフマッシュの男が降りてきた。
「おお、いるじゃないか雅紀。久しぶりだな、ロータリー信者くんよ」
「……やっぱ出た、詩音の兄貴」
望月雄星。
埼玉中央総合大学OB。
広告代理店勤務。
そして、雅紀のロータリー洗脳を施した張本人。
「セブンの駐車場で嗅げ。まだお前の中にWankelの鼓動は生きてるだろ」
(解説:Wankelはロータリー生みの親だYO。by マイケル)
「ヤバい宗教が始まってる」と朱音。
「宗教じゃない。哲学だ」と雄星。
「哲学と宗教の区別は難しい」と準。
「難しくない。走れば哲学、止まれば宗教だ」
「……それは名言かもしれない」
「名言じゃない。ロータリーの話だ」
雅紀がRX-7を見た。
白いFD3S。
オリジンフルエアロのエアロラインが、夕方の光を受けていた。
「……まだ乗ってるんですね、そのFD」
「当然だ。手放す理由がない」
「REW、調子はどうですか」
「絶好調だ。お前のエイトはどうだ」
「……なんとか生きてます」
「なんとか、じゃなくて回してるか」
「回してます」
「ならいい」
雄星が雅紀を見た。
「高田の奴に聞いたぞ。お前、最近またちゃんと走ってるって」
「……高田先輩から聞いたのか」
「同期だからな。連絡取り合ってる」
「高田先輩と仲いいんですね」
「仲良くはない。でも走り屋の話はする。それだけだ」
加賀が雄星を見た。
「……先輩、今日はなぜここに」
「妹が埼中のセブンでバイトしてると聞いて様子を見に来た」
「それだけですか」
「それだけだ」
「RX-7で来る必要がありましたか」
「俺はいつもFDで移動する」
「ガソリン代が」
「走るために払う金だ。惜しくない」
加賀が少し間を置いた。
「……OBとして話したいことがあります」
「何だ」
「雅紀のことです」
雄星が少し驚いた顔をした。
「お前が言うのか」
「サークル長なので」
「……言えよ」
「あいつは今、ちゃんとRX-8と向き合っています。先輩が高校時代に施した洗脳の結果かどうかは関係ない。でも——今のあいつに、詩音さんの件を絡ませないでほしい」
「絡ませるつもりはない」
「ではなぜ来た」
「妹の様子を見に来た。それだけだ」
「……わかりました」
詩音が雅紀を見た。
「ねえまーくん。本当はね、あの頃だって別れたくなかったよ」
雅紀が振り返った。
「……俺は」
「俺もだよ、とか言うかと思ってたよ」と詩音。
「言わない」と雅紀。
詩音が少し止まった。
「……え?」
「俺は今、RX-8と13Bのことしか考えてない。高校のときの話は終わってる」
「終わってるって——」
「終わってる。お前は明治の文学部だ。俺は埼玉中央の政治経済学部だ。学歴の差もある」
「学歴は関係ないよ」
「でも俺は13Bに関係している。そっちの方が関係ある」
詩音が口を開けた。
「……13Bって、車のエンジンのこと?」
「そうだ。ロータリーエンジンだ。1.3リッター二ローターのあれだ」
「え、なんで車のエンジンが——」
「兄貴が俺にロータリーを教えた。高校のとき。それが俺の人生を変えた」
詩音が雄星を見た。
「お兄ちゃん」
「何だ」
「まーくんの恋愛対象をロータリーにしたの、お兄ちゃんのせいじゃん」
「俺は本物を教えただけだ」
「でも私との関係が——」
「走り屋は正直だ。雅紀は正直に言った。それだけだ」
詩音が雅紀を見た。
「……まーくん、私のこと、全然好きじゃないの?」
「嫌いではない。でも13Bの方が好きだ」
「13Bと私を比べるの?」
「比べた結果、13Bが勝った」
「……お前んちの血筋どうなってんの」とチャイワット(割り込み)。
「チャイワット、今の話の流れと関係あるか」と雅紀。
「アリマス。ソノ会話、絶対ヘンデス。普通ハ人間ト車ヲ比ベナイデス」
「走り屋は比べる」と加賀。
「走り屋ハヘンデスネ」
「そうだ」と加賀(断言)。
詩音が少し黙った。
「……まーくんが好きなんだけど」
「知ってる」と雅紀。
「好きなのに」
「知ってる。でも俺は13Bが好きだ」
「13Bに勝てないの、私?」
「難しい」
「なんで」
「13Bは聴くだけで鳥肌が立つ。お前は——鳥肌は立たない」
詩音が少し間を置いた。
「……じゃあ、鳥肌立てるようになったら?」
「立てるか?」
「立てる方法を教えてよ」
「RX-8のエンジンを9,000回転まで回せ」
「それ、できないじゃん」
「できないから難しいんだ」
「……」
詩音がため息をついた。
「……わかった。でもまだ諦めてないから」
「諦めなくていい。俺は走るだけだ」
夜。呉自動車前。
「……俺、明治に学歴で殺された」と加賀。
「お前のセリカは勝ち組だぞ」と準。
「学歴よりVTECの方が大事だ」と細田。
「お前ら、脳内がホンダとマツダで埋まってるYO」とマイケル。
「何が悪い」と加賀と細田(同時)。
雅紀が遠くを見ていた。
荒川の方向だった。
「……俺、もう一度走りで答えを出す」
「何の答えだ」と加賀。
「雄星先輩のFDに、俺のRX-8で勝つ。それだけだ」
「勝てるのか」と準。
「わからない。でも走る。13Bで走る。それが俺の答えだ」
加賀がセリカのキーを見た。
「……走り屋らしい答えだ」
「走り屋だからな」
「そうだな」
ドォロロォォ……
遠くから、FDのアイドリング音が聞こえた。
雄星が帰るところだった。
「……あの音、やっぱりいい音だな」と雅紀。
「認めるのか」と細田。
「認める。でも俺は13B-MSPで走る。REWじゃない。それが俺のロータリーだ」
朱音がメモ帳に書いた。
「雅紀:詩音に"13Bの方が好き"と言った。詩音に"諦めてない"と言われた。雅紀は走りで答えを出すと言った——走り屋として正しい回答の仕方だと思う——記録しておく」




