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安藤、爆発す 〜美形ナルシスト、散る〜

朝。校門前。

安藤凪斗が歩いてきた。

水色のワイシャツ。ネクタイ。

いつも通りだった。

「今日も俺のフーガは完璧だ。ボディラインは芸術——そしてこの俺もまた芸術……」

「……きえろ」と凛。

「おい待て凛ちゃん、それは朝の挨拶としてどうなんだ」

「……朝の挨拶だ」

「きえろが朝の挨拶なのか」

「……そうだ」

「俺への挨拶だけか」

「……そうだ」

「俺専用の挨拶か」

「……違う」

「違わないと思うが」

「……きえろ」

「また言った」

「……きえろ」

「3回言った」

凛が歩き去った。

安藤がその背中を見た。

「……かわいいな」

「誰もいないのに言うな」と加賀(通りすがり)。

「加賀、聞いてたのか」

「聞こえた。声がデカい」

「感想はあるか」

「ない」

「本当にないか」

「……"きえろ"が3回というのは多い」

「多いのか」

「普通は1回か2回だ。3回言うのは意識している証拠だと思う」

「加賀が恋愛分析をするのか」

「分析ではない。データだ。走り屋はデータを読む」

「恋愛をデータで読むのか」

「走り屋は何でもデータで読む」

「……役に立つな」

「役に立てているなら走り屋として正しい」

そのとき。

大宮先生が駆けてきた。

走っていた。

「安藤くん、安藤くん」

「大宮先生?どうしたんですか」

「君の車、駐車場で煙を吐いてるよ」

「……は?」

ドオォォォン。

爆発音が響いた。

駐車場の方向だった。


炎が上がっていた。

Y50フーガが、煙の中に沈んでいた。

「俺のフーガあ」

「……ざまぁ」と凛(戻ってきていた)。

「ひどくないか。俺、ただの被害者だぞ」

「……たぶん、というのをつけろ」

「……ただの被害者だぞ、たぶん」

「……よし」

舞花が現場に来た。

「またあんた?前も駐車場で何かやらかしてなかった?」

「違う。今回は自然発火だ。たぶん地球温暖化のせいだ」

「地球に謝れ」と朱音。

「地球は関係ない」と加賀。「フーガの問題だ」

「自然発火するのか」と準。

「しない。原因がある」と加賀。

「原因は何だ」

「配線だろ。前回アース不良があった。あれが悪化したんだ」

「加賀、なぜわかる」

「前回の診断を聞いていた。配線が死んでいると熱が籠もる。籠もりすぎると発火する」

「……走り屋が事故を分析するのか」

「走り屋は故障の原因を把握する。それが整備の基本だ」

安藤が炎を見ていた。

「……俺のVQ35DE」

「生きてるか」と加賀。

「……わからない」

「呉さんに診てもらう。それからわかる」


呉自動車。

呉がフーガの焦げた配線を見た。

「……フーガくん、もう限界だったんだよ」

「擬人化みたいに言うな」と安藤。

「擬人化ではない。車は話す。整備士には聞こえる」

「前回もそういうことを言ってた」

「前回も今回も同じだ。この焦げた配線を見ろ。"もうこいつには付き合いきれない"と言ってる」

「配線が言ってるのか」

「言ってる」

「聞こえるのか」

「聞こえる。お前には聞こえないか」

安藤が配線を見た。

焦げていた。

「……聞こえない」

「走り屋になれば聞こえるようになる」

「走り屋じゃないんですが」

「ナルシストはいつか走り屋になる」

「なぜそういう結論になるんだ」

「自分を愛する人間は車も愛する。論理的な結論だ」

「カーマジック・オーバーキルYO」とマイケル。

「何がだ」

「呉さんの言葉が毎回深いYO」

「整備士の言葉は全部深い。車を見ているから人間もわかる」

安藤が焦げたVQ35DEを見た。

「……修理できますか」

「できる」と呉。

「本当に?」

「本当に。ただし——今度こそ勢いで配線を触るな。次は俺を呼べ」

「……わかりました」

「わかった、じゃなくて実行しろ」

「実行します」

「本当か」

「本当に実行します」

「……まあ、実行してみろ」


「だが俺は負けん。俺の中のVQ35DEはまだ生きている」と安藤。

「……うるさい」と凛。

「でも生きてるぞ、VQ35DE」

「……うるさい」

「凛も心配してたんじゃないか」

「……していない」

「していたんじゃないか」

「……フーガが心配だっただけだ」

「フーガと俺は一体だ」

「……一体ではない」

「一体だ。フーガは俺の分身だ」

「……分身ではない。車だ」

「車だが俺の一部だ」

「……」

凛が黙った。

「凛」

「……なんだ」

「心配してくれてたか」

「……していない」

「していたと思う」

「……していない」

「していた」

「……」

バコッ。

ハイヒールが安藤の頭に命中した。

「……うるさい」

「いたい」

「……うるさかったから」

「うるさいのはいつもだろ」

「……今日は特別うるさかった」

「特別うるさいとハイヒールが飛ぶのか」

「……飛ぶ」

「今後気をつける」

「……気をつけろ」

安藤が頭を押さえながら笑った。

「……ありがとな、凛」

「……何がだ」

「心配してくれて」

「……していない」

「していた」

「……していない」

「していた」

「……うるさい」

バコッ。

「今度は何だ」

「……うるさかったから」

「同じ理由か」

「……同じだ」

舞花が言った。

「はい、今日のバカ一名確保」

「治安維持完了」と朱音。

「俺がバカなのか」と安藤。

「バカだ」と舞花。

「でも——フーガへの愛はバカではない。それだけは認める」

安藤が少し驚いた顔をした。

「……舞花先輩に認められるとは思わなかった」

「車を愛することはこの大学において正しい行動だ。爆発させることは正しくないが」

「それは認める。爆発は正しくなかった」

「次は爆発させるな」

「させません」

「呉を呼べ」

「呼びます」

「それだけだ」

加賀がフーガを見た。

焦げていたが、形は残っていた。

「……修理したら走れるぞ、これ」

「本当か」と安藤。

「骨格は生きてる。呉さんが直せると言ったなら直せる」

「……VQ35DEが生きてるのか」

「聞いてみろ」と加賀。

「誰に」

「セリカに話しかけるように、フーガに話しかけろ。聞こえるようになる」

「走り屋じゃないと聞こえないと呉さんが——」

「走り屋じゃなくても、愛する車には話しかけろ。それだけでいい」

安藤がフーガのボンネットに手を置いた。

焦げていた。

でも手を置いた。

「……ごめんな、Y50。また爆発させた」

誰も笑わなかった。

呉がメガネを外した。

「……今度こそ、ちゃんと点検に来い」

「来ます」

「来い」

「来ます」

「来いと言っている」

「来ます」

「……まあ、来てみろ」

朱音がメモ帳に書いた。

「安藤のフーガ:爆発した。原因はアース不良の悪化による発火。加賀の予測通りだった。凛:心配していないと言いながらハイヒールを2回命中させた——記録しておく。舞花:"フーガへの愛はバカではない"と言った——これも記録しておく」

「呉:"車を愛する人間は走り屋になる"という趣旨の発言をした。整備士の言葉として記録しておく」

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