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狭霧は雷恐怖症 〜古の妖狐、雷鳴に怯ゆ〜

真夜中。

外は嵐だった。

雨が窓を叩いていた。

稲光が夜空を裂いた。

ドンッ。

雷が落ちた。

「うわ、窓ガラスが震えてる」と朱音。

「イナズマ、デンジャラスYO」とマイケル。

「雷の音、でかいな」と準。

「直撃したら終わりYO」とマイケル。

「この大学なら何かに落ちそうだ」と朱音。

「E塔とか」と準。

「E塔に落ちたら普通だ」と朱音。

ガタッ。

準の部屋の押入れが揺れた。

「……え?」と準。

「何かいるYO」とマイケル。

「……誰かいるのか」と準。

押入れが黙っていた。

でも中で何かが動いた気がした。

準がゆっくりと襖に手をかけた。

開けた。

「……」

毛布があった。

毛布の中に、誰かがいた。

銀色の耳が出ていた。

一本の尾が、毛布の端から出ていた。

「……狭霧?」

「……」

「……狭霧だよな」

「……」

「返事をしてくれ」

「……い……る……」

「いるのか」

「……いる……」

準が毛布をめくった。

狭霧が丸くなっていた。

膝を抱えていた。

顔が青かった。

耳がぴったりと伏せられていた。

「……なんで押入れの中にいるんだ」

「……雷が……」

「雷?」

「……苦手……なのじゃ……」

準が止まった。

「……雷が苦手なのか」

「……うるさい……」

「うるさくない。苦手なものがあるのか、と思って」

「……数百年生きておると……苦手なものの一つや二つはある……」

「雷が苦手なのか」

「……そうじゃ……」

ドンッ。

また雷が落ちた。

「ひゃあっ」

狭霧が毛布の中に潜った。

耳がピクピク震えていた。

「……あの高貴な口調でビビるのは、ギャップがすごいな」と準。

「……うるさい……我は威厳を失いたくない……されど……」

「されど?」

「……雷鳴が……どうしても……くしゅんっ……」

「くしゅんが出た」

「……うるさい……」

「出たのを見た」

「……見るな……」

「もう見た」

「……」

準がしゃがんだ。

狭霧の目線に合わせた。

「こっち来な」

「……」

「押入れの中より出た方が落ち着く」

「……なぜじゃ」

「一人じゃないから」

狭霧が少し間を置いた。

「……」

「来るか」

「……」

「来ない?」

「……来……る」

毛布ごと出てきた。

準の隣に座った。

毛布を頭から被ったまま。

耳だけが出ていた。

「……これでいいか」

「……まあ……よい……」


雷がまた轟いた。

ドンッ。

狭霧が準の袖を掴んだ。

「……ッ」

「大丈夫だ」と準。

「……わかっておる……わかっているが……」

「わかっていても怖いものは怖い」

「……そうじゃ……」

「俺も怖いものがある」

「……何が怖い……」

「セリカのエンジンが止まることだ」

狭霧が少し間を置いた。

「……それは……心配事であって恐怖とは違うのではないか……」

「恐怖だ。エンジンが止まった瞬間の静寂が怖い」

「……そうか」

「お前の雷恐怖も、同じだろ。轟音が怖いんじゃなくて——その後の静寂が怖いんじゃないか」

狭霧がまた少し間を置いた。

「……鋭いのう……」

「走り屋だから音に敏感だ」

「……走り屋が役に立つ場面があるのじゃな」

「役に立てているならよかった」

ドンッ。

また雷が落ちた。

狭霧が準の袖を強く掴んだ。

そのまま離さなかった。

「……ぬしの心音が……不思議と……落ち着くのう……」

「お守りみたいなものだな、俺」

「……ふん……そう申すなら……我もぬしの守をしてやるも同じことじゃ……」

耳と尾がぷるぷる震えていた。

でも袖を離さなかった。

「……離さなくていいぞ」と準。

「……離さない……今は……」

「今だけでいい」

「……今だけ……じゃ……」

「……」

「……準殿」

「なんだ」

「……雷が止んでも……少しだけ……このままでいいか……」

準が少し間を置いた。

「いい」

「……本当か」

「本当だ」

「……ありがとう……じゃ」

「礼は要らない」

「……言いたかったから言った」

「……そうか」

雨が窓を叩き続けていた。

雷が、また遠くで鳴った。

少し遠くなっていた。

嵐が峠を越えていた。


E塔裏の駐車場。

セリカが止まっていた。

雨が屋根を叩いていた。

タン、タン、タン。

一定のリズムだった。

加賀はその音を聞いていなかった。

でもセリカは雨の中でそこにいた。


翌朝。

雷が止んでいた。

空が明るくなっていた。

マイケルが準に言った。

「スズキ、昨日の夜、何か鳴き声が聞こえたYO」

「……知らん。猫でもいたんだろ」

「猫?」

狭霧が隣から言った。

「……我は猫ではないのじゃが……」

「聞こえてたのか」と準。

「聞こえていた」

「……じゃあ何がいたと言えばよかったんだ」

「……妖狐がいたと言えばよかったのじゃ」

「妖狐がいたと言ったらマイケルが信じる」

「信じるYO」とマイケル。

「だからダメだ」と準。

「……そうか」と狭霧。

狭霧が窓の外を見た。

雨上がりの空だった。

「……準殿」

「なんだ」

「……昨夜のことは、誰にも言わないでくれ」

「言わない」

「……本当か」

「本当だ」

「……ありがとう……じゃ」

「礼は——」

「言いたいから言う」

「……そうか」

準が空を見た。

青くなってきた空だった。

「……雷恐怖症の妖狐に付き合う夜も、悪くないな」

「……悪くない、というのは褒め言葉か」

「褒め言葉だ」

「……では受け取る」

「受け取ってくれ」

狭霧の尾が、一度だけ大きく揺れた。

朝の光の中で、銀色に光った。


加賀がセリカのボンネットを拭いていた。

雨水が残っていた。

「お前、昨夜は雨の中にいたな」

誰も聞いていなかった。

でも言いたかった。

「俺も昨夜はここにいればよかった」

ヴォォォン。

エンジンをかけた。

2ZZ-GEが、朝の空気の中で目を覚ました。

「……ただいま」

朱音がメモ帳に書いた。

「狭霧:雷恐怖症。押入れの中に隠れていた。準の袖を掴んで夜を過ごした。翌朝、"誰にも言わないでくれ"と言った——準は言わないと約束した。加賀はセリカに"ただいま"と言った——それぞれの夜の過ごし方として記録しておく」

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