ナルシストのガールフレンド
講義棟から出てきた安藤凪斗が、空を見上げて言った。
「……今日のゼミも、知的だったな」
準が横を歩きながら答える。「お前だけだよ。自分の発言にうっとりしてるの」
「知性はうっとりするためにある」
「うっとりするためにあるわけがない」
加賀が気づいたように振り返った。
「てか安藤、最近誰かといるよな。よく見かけるんだけど」
「そうそう。髪がグレーっぽい……なんか喋らない子」と細田。
マイケルが前に出た。「安藤、モシカシテ恋人!?!?」
安藤が立ち止まった。秋風が吹き、前髪が揺れる。
「……まあ。世間では"恋人"と呼ばれる関係、かもしれないな」
「「「「「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?!?!?」」」」」
「驚くわ!!! お前に恋人できる世界線あったのか!!!」
「私の知性と美学に惹かれる者は、一定数いる」
「それは世界の終わりを告げてる発言だ!!!」
翌日。昼休み。
S・H・Bの5人が安藤と話していたとき、風が変わった。秋晴れのキャンパスに突然、冷蔵庫を全開にしたときのような冷気が満ちた。
振り返ると、淡いグレーのアシメショートに、光のない静かな瞳をした女子が立っていた。首元には細いチョーカー。表情が一切読めない。
「……安藤くん。帰る」
声は低く、静かだった。
「今行く。――では諸君、知的な午後を」
凛は立ち去り際に一度だけ振り返り、S・H・Bの5人を無言で見つめた。それだけで十分だった。
「……な、なんだあの空気」と加賀。
「冷蔵庫開けたみたいに冷てぇ……」
「彼女、オーラが"シリアルキラー"寄り!!!」とマイケル。
軽音サークル部室前。
阿部亜里沙たちが安藤の彼女の噂話をしていたとき、部室のドアが音もなく開いた。
「……うるさい」
凛が立っていた。「"軽音"って、名前負けしてるね。これ、騒音じゃん」
「い、いつからそこに……」
「……最初から」
凛の視線が阿部に向く。「……きえろ」
「ひゃいっ!!」
阿部が逃げ出した後、小声で呟いた。「……(ちょっと好きかも)」
E塔裏、S・H・Bアジトにて。
「安藤、マジで大丈夫か?」とマイケル。
「凛は繊細な子だ。感情表現が少ないだけで、心は優しい」
「……いや、視線で人が殺せそうなんだけど」と加賀。
「彼女の内側には――静かな宇宙がある」
「宇宙は寒い!!!」
そのとき、コンテナのドアが開いた。
「……安藤くん。帰る」
凛がメンバーを一人ずつゆっくりと見渡した。
「……お前ら。次、安藤くんに変なこと言ったら。……消す」
完全な沈黙。3秒後。
「やっべぇ、リアルに冷気出た……」
「エアコンいらないネ……」
「凛さん、俺のノートNISMOにエアコン代わりに乗ってくれませんか」と準。
「乗せるな!!! あと絶対断られるから!!!」
屋上では、舞花と朱音が観察を続けていた。
「安藤、いつから命懸けの恋愛研究始めたんだ」
「てか安藤に恋人ができる時点で、世の中終わってる」
朱音がメモ帳に書いた。
(安藤凪斗、誰かを見ている。初観測)
夜。駅から少し歩いた公園。
街灯が一本、池の近くを照らしていた。ベンチに座る二人は、しばらく何も言わなかった。
「……今日、また見られてた」と凛。
「気にすることはない。人は未知を恐れる」
「……ありがと」
凛が膝の上で指を組んだ。
「……君が微笑む。それだけで、世界が静まる」
「……詩人か」
「哲学者だ」
「……バカ」
遠くで、RX-8のエンジン音がした。凛がその音の方向を一瞬だけ見た。
「……うるさい」
「彼らなりの言語だ」
「……変な人たち」
「そうだ。しかし――嫌いじゃないだろう?」
凛は答えなかった。でも、否定もしなかった。




