呉自動車、真夏の整備地獄!
某日。
E塔裏の駐車スペースに、いつもの5台がいなかった。
正確には――
セリカ:冬の峠でバンパー亀裂、修理待ち。
RX-8:異音発生、入院中。
フィット:マフラー脱落の兆候。
レガシィ:エアコン全損。
ノートNISMO:エンブレムが剥げた(本人のプライドに支障)。
「……部の半分が修理待ちって何事だよ」と雅紀。
「冬の峠のツケだな」と加賀。
「レガシィ、走ると風くるから問題ナイヨ!!」とマイケル。
「気温39℃の関越で窓開けても風は熱い!!!」
加賀が立ち上がった。「頼れるのは一人しかいない」
全員が同時に言った。「呉のおっちゃーん!!」
呉自動車の前に着いた瞬間、空気が変わった。ガソリン、オイル、金属の焦げた残香――夏の熱気がそれを増幅させて、工場の前に漂っている。
シャッターの前で、呉福造がスイフトスポーツのボンネットを眺めていた。
「おう、またお前らか。こないだ雪で死にかけた連中だな」
「修理、お願いします!!」
呉がS・H・Bの面々を順番に見た。
「"修理"って言うか……**"蘇生"**だなこれは」
一人ずつ悲痛な申告が始まった。
「RX-8、エンジンから変な音が――」
「ロータリーなんざ、動いてる時点で奇跡だ」
「俺のフィット、マフラーが落ちそうで……」
「カインズで針金買って吊っとけ」
「レガシィ、クーラー吹かないデス!」
「走れば風くるだろ」
「気温39℃の走行風は涼しくない!!!」
呉がため息をついた。「……全員、中入れ。順番にやる」
工場の奥から、新しい声がした。
「イラッシャイマセ! 呉ジドウシャ、本日アツアツ・ヒト焼けデス!!」
黒髪を七三分けにした男が、オイル缶を抱えて出てきた。チャイワット・スリサイ。大学近くのコンビニ店員にして、呉自動車の臨時バイト。あだ名は「ヤマハ」。
「"人焼け"って言うな!!」と準。
「オー、ヤマハ!! またバイトしてるネ!!」とマイケル。
「イェス! 時給より尊厳安いデス!!」
「尊厳を値段で語るな!!!」
ピットの中。体感温度は45℃。汗がアスファルトに落ちては、すぐに乾いていく。
「文句言う暇あったらボルト締めろ。人生もネジも、締めが大事だ」
呉の言葉に、細田が呟く。「……おっちゃん今日も名言出た」
そこへ、舞花と朱音が差し入れのアイスを持って現れた。
「ただし――作業中に落としたら終了ルールです」
「命より重いガリガリ君……!!」
さらに、パールホワイトのフーガが止まり、スーツ姿の安藤凪斗が降りてきた。この酷暑の工場に、ネクタイ姿で。
「……私も手伝おう。メカと向き合う時間こそ、自分と向き合う時間だ」
「お前、ネクタイ外せ。油まみれになるぞ」と呉。
「これは戦闘服だ」
「脱げ!!!!」
夕方5時。全車両が、どうにか動く状態になった。
呉が油の染みた手で、伝票を持ってきた。
「はい。請求書」
全員が、飲んでいた麦茶を止めた。
「合計――28万7千円」
静寂。工場の換気扇だけが回っている。
「……学食、何杯分だよ」と細田。
「アメリカ帰りタイ!!!!」とマイケル。
「帰るな!!! 割り勘だからな!!!」
安藤が伝票を見て静かに言った。「……これが、情熱の値段か」
「黙れナルシスト!!!!」
呉が腕を組んだ。「バイトでもしろ。人生は整備と労働で回るんだ」
舞花がにやりと笑った。「……じゃあ次は、全員バイト編だな」
日が暮れた。呉が工場の前で、スイフトスポーツのエンジンをかけた。ヴォォン……。
チャイワットが隣に立って、工具を拭きながら言った。
「ミンナ、アホデスケド……アツイデスネ」
呉がメガネを直した。「そうだ。バカに熱があるうちは、まだ人間だ」
チャイワットが頷く。「タイにも同じコトバあります。"熱いバカは、神様も笑って見てる"」
呉は少しだけ、口の端を上げた。シャッターの隙間から、駐車場に並んだ28万7千円分の青春が見えた。
翌日。グループLINEに加賀からメッセージが入った。
『バイト、誰か良いとこ知らない?』
雅紀:『セブン、チャイワットさんに頼もう』
準:『ハードオフ、時給1150円らしい』
細田:『カー用品店、工賃見ながら学べる』
マイケル:『ワタシのバイト先、外人歓迎デス(※自分の職場)』
安藤:『私の会社、インターン募集している』
全員から安藤に**「お前の会社はいや」**が届いた。
安藤:『……なぜだ』




