免停上等!冬の峠バカ決戦編
某日。
E塔裏のコンテナ部室の中で、全員の息が白かった。暖房が壊れていた。正確には、細田が持ち込んだ中華製ヒーターがブレーカーを飛ばし、そのまま放置されていた。
気温、氷点下3℃。
「寒っっっ!! この部室、冷蔵庫より寒くね?」
「外より気温低いってどういう構造してんだよ」
「ナチュラル・クーリング・システム!!」とマイケル。
「要するに壊れてるだけだろ!!」と雅紀。
全員がダウンジャケットを着込み、缶コーヒーを両手で包んでいた。白い息が、コンテナの天井に向かって立ち上っていく。加賀が立ち上がった。
「……冬だし、峠行くか」
一同「行くなバカ!!!!」
加賀が窓の外を見た。駐車場のアスファルトが、外灯の光でうっすら光っていた。
「……あそこ、凍ってるな」
「見るな!! 見ると行きたくなるだろ!!!」
深夜、関越・嵐山PA。
午前0時、気温はマイナス2℃。エンジンからの排熱が、冷気の中で湯気になって立ち上っている。
そこへ、パールホワイトのフーガY50が滑り込んできた。
ドアが開いて降りてきたのは、スーツ姿の男。夜中の峠に、スーツで。安藤凪斗――黒艶のアシメヘアで左目を隠したその男は、静かに言った。
「真の男は、凍てつく路面に美学を見出す」
「……お前、FRだろ。死にに来たのか」と準。
「死は一つのファッション」
「ファッション感覚で廃車出すな!!!」
加賀のスマホに呉からLINEが届く。
『お前ら今夜どこ行くんだ』
加賀は既読だけをつけて、スマホをポケットにしまった。
「行くぞ」
走行開始――「埼玉の走り屋は滑るために生まれた」。
峠の入口、ヘッドライトが黒く鋭く光る路面を照らした。ブラックアイス。
加賀がセリカを進入させる。ステアリングを握る手に伝わる感触が、いつもより圧倒的に薄い。
「よし……軽く流すぞ」
「ABS、祈るしかない」と準。
「滑るぞぉおおおおおお!!!」と雅紀。
キキキキッ!!
RX-8のリアが、一瞬で外に向かった。ロータリーのトルクが凍結路面で暴れる。車体が完全に制御を外れたが、雅紀が間一髪でカウンターを当てた。
「……あっぶね」
「スピンしかけたじゃねぇか!!!」
マイケルのレガシィが後ろから吠える。
「ワタシ、AWDだから余裕!! カウンター・カルチャー!!!」
ドスッ!!
レガシィのフロントバンパーが、路肩の雪壁に深々と刺さった。
「そのまま雪壁に入ったァァァ!!!!」
「……それカルチャーショックだろ!!!」と準。
全員が路肩に止まったとき、雅紀のスマホが光った。画面には「舞花」の文字。
雅紀が震えながらスピーカーで電話に出た。
「お前ら今、関越のライブカメラに映ってるけど」
舞花の声は、怒鳴っていなかった。静かだった。それが一番怖い。
「大学生5人が峠でスリップしてるって、ツイッターのトレンド入りしてんぞ」
朱音の声が後ろから聞こえた。
「"#埼玉スリップボーイズ"……タグ、伸びてますね」
「伸びなくていいからぁぁぁ!!!」
電話の向こうで、舞花が短く言った。
「雅紀。修理代、自分で払えよ」
通話が切れた。全員が黙った。レガシィが雪壁に刺さったまま、虚しくヘッドライトを光らせていた。
15分後。山道の下からヘッドライトが上がってきた。
ZC31S型スイフトスポーツ。呉福造が降りてきた。
「……お前ら、何やってんだコラ。スタッドレスは?」
全員が、少しだけ目を逸らした。
「夏タイヤで来たんかお前ら!!!!! 常識だ!!!」
E塔裏。
暖房が、なぜか直っていた。呉が帰り際に無言で直してくれたのだ。
コンテナの中だけ、春みたいに暖かかった。全員がブランケットを巻いて床に転がっていた。
「……まぁ」と加賀。「いい経験だったな」
「姉貴の声が、今年一番怖かった……」と雅紀。
安藤が遠い目で言った。
「……この傷こそ、男の証」
全員が同時にツッコんだ。
「ただの修理代だろ」
呉が立ち上がった。
「スタッドレス、持ってないなら買え。冬に走りたいなら、最低限の準備をしてから走れ。バカでも、準備したバカの方がまだマシだ」
翌朝。
加賀が一人でセリカを見ていた。フロントバンパーの亀裂に手を当てた。割れたプラスチックが冷たかった。
あの、タイヤが路面を掴めていない感触。本当に怖かった。
でも――と加賀は思った。
(あの感触を知ったことは、無駄じゃない。次に走るとき、俺は今夜より少しだけ上手くなってる)
エンジンをかける。冬の朝の不安定なアイドリングが、少しずつ安定していく。
ヴォン……ヴォン……ヴォォォン。
(冬でも――心は止まらない。でも、車は止めどきを知れ)
それが、昨夜学んだことだった。
朱音がSNSを見ながら、メモ帳に書いた。
「"#埼玉スリップボーイズ":最終的に2,400リツイート」
舞花がそれを見て言った。
「……削除依頼、出しといたら?」
「出しました。"文化的記録"として却下されました」
「どこの誰が却下してんの!!!」
※後日リアバンパーは警察署から回収しました(落とし物で届いてた)




