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ツンデレを探せ ~埼玉大学に平成の絶滅危惧種がいた~

 火曜日の午前十時。E塔裏の薄暗い日陰。


 本来なら講義に出ているはずの加賀、雅紀、準、マイケルの四人が、円陣を組んでいた。


「細田の動向はどうなっている」

「さっき日本史の資料室に入った。一度あそこに入ると最低三時間はVTECの歴史について独り言を言いながら文献を漁る。当分出てこない」と雅紀。


「よし。作戦開始だ。朱音、神宮寺海羽の現在地を特定できたか」


 朱音がモニターの検索結果を指し示した。


「神宮寺海羽。現在、埼玉大学の教育学部に在籍している可能性が八十五パーセントです。昨日投稿した写真の背景に映り込んでいた並木道、街灯の形状——これが埼大キャンパスのものと完全に一致しました。プロフィール写真、拡大します」


 画面に、大きな白いリボンを付けた茶髪の女性の横顔が映し出された。

 数年前の卒アルに載っていた少女が、そのまま成長したような圧倒的なヒロイン力だった。


「間違いない。この私に近づかないで、でも視界からは消えないでと言わんばかりの、絶妙なツンデレ・オーラ」と加賀。


「準、お前の変態的鑑定眼で確認しろ」


 準が身を乗り出した。


「驚異的だ。茶髪、ロング、白のビッグリボン。平成のツンデレ黄金比そのものだ。視線の角度、細田くんの袖を僅かに掴もうとして止めている指先——これは高純度のツンデレ個体だ。細田くんがこれをガチの嫌悪と勘違いしたなんて、男としての大失態だ」


「決まりだ。埼玉大学へ向かう。細田には絶対にバレるな。あいつが知ったら、恥ずかしさのあまり自分のフィットの排気管に頭を突っ込みかねないからな」


 四台のエンジンが静かに産声を上げた。


 駐車場を出た直後、前方に赤いマントのスクーターを発見した。


「まずい、舞花姉貴だ!」と雅紀。


 一ノ宮舞花が、サイドミラーで四台の車列を確認してから減速し、セリカの横に並んだ。シールドを跳ね上げ、獲物を狙う笑顔を向ける。


「あら、アンタたち。平日の昼間にどこへ行くの?」


「私用です。埼大の方に資料を——」

「埼大。ああ、神宮寺さんのところね。朱音から聞いたわよ」

「朱音ぇぇぇぇ!!」


 雅紀が叫んだ。

 朱音は助手席で無表情にビデオカメラを弄んでいた。


「情報は共有されるべきです。特に、面白い情報は」


「止めるんですか、舞花さん」と加賀。


「止めるわけないじゃない。私も見てみたいのよ。雅紀をこれほど怯えさせる細田の過去、金になる予感がするしね。一人三千円、後で回収するからね」


 最強の姉が加わったことで、隠密捜査は一ノ宮舞花プロデュース・神宮寺海羽観測ツアーへと変更された。


 埼玉大学キャンパス。

 コインパーキングに四台が並んだ後、カフェテリアのテラス席で待機すること一時間。


「来たわよ」と朱音が指を指した。


 講義棟の階段を降りてくる、一人の女子大生。

 茶髪のロングヘア。頭の両側に付いた、真っ白で大きなリボン。

 彼女は手に教科書を抱え、友達と話していた。


「分析開始。ターゲット確認」と朱音。「高校時代よりも洗練されていますが、あの眉間のシワ——間違いありません。純度百パーセントのツンデレ個体です」


 四人の男たちが、身を乗り出した。


「本物だ。現実に、あのリボンを付けて歩いている人間がいる」


「見てくれ、あの歩き方。地面を強く蹴り、周囲を寄せ付けないストレートなライン。軽量スポーツカーの挙動だ。S660みたいな、じゃじゃ馬な感触がする」


「わかる。あの目つき。コーナーでインを刺された時と同じ殺気がある」


 その時、神宮寺海羽がふと、テラス席に視線を向けた。


 大きな水色の瞳が、四人の男たちを順番にスキャンしていく。最後に、加賀の赤いセリカのロゴが入ったキャップで止まった。


 海羽は眉をひそめ、一歩こちらに近づいてきた。


「ねえ、あんたたち。どこの学生?」


 声がした。低すぎず、高すぎない。しかしその響きには、自分を守るためのトゲが何層にも塗り重ねられていた。


「あ、いや。私たちは埼玉中央総合大学の——」と加賀が珍しく言葉に詰まる。


 海羽は鼻で笑った。


「中央総大? ああ。うるさいバカばっかり集まってる大学ね。こんなところで何してるの。暇なの? 単位は足りてるの?」


「キターーーーーーーーッ!!」


 男たちの心の中で歓喜の雄叫びが響いた。

 紛れもない、本物のツンである。


「お前、細田葵人って知ってるか」と雅紀が我慢できずに口を開いた。


「細田?」


 海羽の表情が、一瞬で凍りついた。

 瞳の奥で、何かが激しく回転する。


 彼女は髪を乱暴にかき上げ、顔を真っ赤にして叫んだ。


「知らないわよ! あんな、ぶいてっく?のことしか喋らない馬鹿! 卒業式の日に、私の話も聞かずに逃げるように走り去った最低のホンダオタクなんて、私の記憶のゴミ箱にも残ってないわよ! なんであんたたちがその名前を知ってるのよ! むかつく! 消えなさいよ!!」


 海羽は一気にまくしたてると、踵を返して走り去った。


 走り去る際、彼女の手に握られた教科書が、小刻みに震えていた。


 テラス席に、深い静寂が訪れた。


「今の。見たか」と加賀が呟いた。「今の"知らない"という言葉の中に、何馬力の執念が込められていたか」


「一千馬力はありましたね」と朱音。


「ゴミ箱にも残ってないという表現は、文学的に言えば私の心の中の特等席にまだ居座っているという逆説的な告白に他なりません。細田くん、あんな特級の愛情を、ただの雑音として処理していたのか」


 準が呆然と言った。


「細田。お前、人類の宝を捨てたな」と雅紀。


「ヘーーイ!! 彼女の顔、赤すぎたYO!! あれはリッチな空燃比で燃え上がってる証拠デス!! アメリカのJDMオタクが見たら全員跪いてOH MY TSUN-GIRL!!って叫ぶYO!!」


 マイケルが感動で目を潤ませていた。


 舞花がコーヒーを飲み干して立ち上がった。


「ふん。面白かったわ。あの子のあの怒り。雅紀の修理代五回分くらいのエネルギーは秘めてるわね。帰るわよ。細田に余計なことを喋るんじゃないわよ」


「言いません。言えるわけがない」と加賀。


 帰り道。東北自動車道。


 四台の車列は、行きよりも重い空気を纏って走っていた。


「なあ、加賀」


 準が無線機で言った。


「俺。細田くんのことが、少しだけ羨ましくなったよ。あんなに、自分のことを本気で大嫌いと言ってくれる女子がいるなんて。それは、ある意味で、世界で一番幸せなことじゃないか」


 加賀は答えなかった。

 ただ、ステアリング越しに伝わる路面の感触に全神経を集中させていた。


 細田葵人は、まだ自分の本当の限界を知らない。

 そして、神宮寺海羽という少女もまた、自分の感情のレブリミットを解除できずにいる。


 加賀はアクセルを少しだけ深く踏んだ。

 マフラーからの排気音が、冬の埼玉の空に響き渡る。


 細田。お前、いつか、あのリボンを自分で解く日が来るのか。


 その夜。S・H・B部室。

 何も知らない細田が、嬉しそうにフィットのプラグを磨いていた。


「見てください加賀さん! 今日、プラグの焼け色が最高に綺麗なんです! これぞ俺の純粋な燃焼の証ですよ!」


 四人の男たちは、無言で細田を見た。


「え、なんですか。皆さん、目が怖いですよ。何かやらかしましたか?」


「何もしてない。お前は、何もしていない。それが一番の問題なんだよ」


 加賀が、細田の肩を力強く叩いた。


「ええっ!? 何ですかそれ! 怖い! 誰か説明してくださいよ!!」


 細田の叫びは、夜のキャンパスに虚しく消えていった。


 朱音がメモ帳の最後のページに、一文字ずつ丁寧に書き記す。


 神宮寺海羽、生存確認。

 場所:埼玉大学キャンパス。

 状態:絶滅危惧種ツンデレとしての気品と殺気を維持。

 細田葵人への感情:堆積した炭素のように、心の奥底で熱を持ち続けていることが判明。

 結論:細田葵人のバカさは、時に神の慈悲すら無力化する。

 追記:加賀が帰り道、やけに車高を気にするような仕草を見せていた。あのツンデレの挙動が、彼のセッティング理論に何らかの影響を与えた可能性がある。

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