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関越の果てで眠る魂

出発前夜。E塔裏。

 夜の9時。セリカ、RX-8、ノートNISMO、フィット、レガシィ。5台が並んで、全員がトランクを開けていた。


積み込みの内容は、もはやキャンプの域を超えていた。

 テント、折り畳みチェア、カセットコンロ。ここまではいい。問題はその先だ。

 工具箱(大)、油圧ジャッキ、エンジンオイル予備2L缶が3本、パーツクリーナー、トルクレンチ。


「……お前ら、これキャンプじゃなくて車中整備合宿だろ」と雅紀。

「キャンプと整備は両立する」と加賀。

「しない!! 普通の人間はキャンプに工具持ってかない!!」


準がリストを見ながら言った。

「虫除け、"アブにも効く"って書いてあるぞ。これで蚊に効くのか?」

「アブに効くなら蚊にも効くだろ(理論)」

「理論として成立してない」


マイケルがレガシィのトランクに、謎の段ボール箱を積み込んでいた。

「サプライズ!! アメリカン・BBQセット!! あとブローオフバルブのスペア!!」

「なんで持ってくんだ!!!」


AM6:00。関越自動車道・高坂SA。

 朝焼けの空が、関越道を橙色に染めていた。アイドリングの音が、朝の静けさに低く響く。5ZIGENのエキゾーストは、温まりきる前の少し湿った音がした。


「……行くか」

「目的地、どこだっけ」と雅紀。

「秩父のキャンプ場。山奥に走れる林道があるらしい」と細田。

「"らしい"ってなんだよ。許可取ってるのか」

「……取ってない(即答)」

「おい!!!」


秩父のキャンプ場に到着した瞬間、全員が顔をしかめた。

 山、川、木、そして――大量の蚊。


「クソッ……!! 虫除け出せ!!」

「L15Aの吸気音より多い!!」

「なんで吸気音で例えるんだよ!!」


スプレーを吹くと、甘ったるい匂いが山の空気に広がった。

「効いた。アブ用が蚊に効いた。世界は広い」


そのとき。軽トラのエンジン音が近づいてきた。荷台には大量のスイカ。

「よォ、バカども!」

 ダブルブリッジの眼鏡。呉福造だった。


「おっちゃん!? なんで来た!?!?」

「お前らに任せたら確実に燃やすだろ、山ごと。"呉自動車・夏期出張整備講座"にようこそ。授業料は……まぁ、スイカ割りで払え」


テントを設営し始めたとき、藪の向こうから声がした。

「うわ、マジでいた。例の"走り屋サークル"ってやつ〜?」


理学部生物学科2年――阿部亜里沙。ショートパンツに派手なキャップの女子が立っていた。後ろには、白い長髪に古風な雰囲気の、自称魔王のような女子もいる。


「同じ大学の女子〜。夏の課題で取材に来たの♡ バカ観察」

「取材って言ってバカ扱いすんな!!」


阿部がS・H・Bの車を眺めながら、スマホで写真を撮り始めた。

「へぇ〜、痛車じゃん。キモ。マフラーでかくして爆音出すのって、"俺つえー"アピールしたいザコのやることだよね〜」


静寂。焚き火がパチッと鳴った。加賀が、ゆっくりと立ち上がった。

「……お前、今。俺たちのことを、ザコって言ったか」


声は静かだった。だから余計に、重かった。

「俺たちが何に金使って、何のために毎週油まみれになってるか――全部わかった上で言ってるか?」


阿部が少し黙った。

「……別に、わかんなくていいじゃん。キモいもんはキモいし」


「そうだな」と加賀。

「わかってもらおうと思って車いじってるわけじゃない。お前にかっこいいと思われたくてやってるわけでもない」


雅紀が続けた。

「俺がRX-8乗ってるのはな、ロータリーの音聞いた瞬間からそれ以外考えられなくなったからだ。俺が好きなんだから、それでいい」


細田がメガネを直した。「VTECはSOHCでもDOHCでも神だ。それだけ知っておけ」

 準が静かに言った。「ケモは魂の問題だ。口出し無用」

 マイケルが最後に言った。「ワタシ、日本の走り屋に人生捧げてル。それをザコって言う人間は――ただ、まだ出会ってないだけデス」


阿部は後ずさりした。怒鳴り返されると思っていたのに、誰も叫んでいなかった。ただ――本気だった。


「……別に、認めてないから」


夜。焚き火が燃えていた。

 オレンジの炎が揺れて、5台の車体を照らしている。カップ麺の湯気が立ち上り、醤油の匂いが焚き火の煙と混ざった。


「いい夜だな」と加賀。


マイケルのレガシィが、ヘッドライトを全点灯させていた。

「お前それ、バッテリー死ぬぞ!!」

「サクリファイス・バッテリー!!」


その後、細田がセリカの横で花火をしてナンバープレートを焦がし、舞花が消防に電話しかける地獄絵図が展開された。


AM4:30。夜明け。

 空の東側が白くなり始めた。誰も寝ていなかった。夜通し話して、バカをやって、スイカを食べて。5台が、山の空き地に並んでいた。冷却されるエンジンが、ピキ……ピキ……と静かに鳴っている。


「……結局、一回も走らなかったな」

 加賀が、誰にともなく言った。


「でもさ。走るだけが、走り屋じゃねぇだろ」

 雅紀が答えた。誰も笑わなかった。


「たまにはエンジン止めて、自分の音聞くのも――アリってことだな」と準。


遠くで、朱音がメモ帳に一行書いた。

(彼らには、走らなくても走り屋でいられる何かがある)


阿部が、離れた場所から5人を見ていた。

「……バカだこいつら。でも、嫌いじゃない」


帰り道。朝8時。

 5台が山道を下り、関越に乗った。朝の高速は空いていた。加賀はステアリングを握りながら、ルームミラーを見た。4台が、後ろに続いている。


(こういう景色を、俺たちは持っている)


走らなかった夜明けを。虫に刺されながら食べたカップ麺を。全部、今しかない。加賀は、少しだけアクセルを踏んだ。5台が、朝の関越を南へ走った。


帰着後。呉がネオ饅頭こと黄色いスイスポのエンジンをかけながら言った。

「……まぁ、よかったよ。誰も死ななくて」

「最低限すぎる評価だ」


呉が走り去った後、雅紀がスマホを見た。

「……あ。RX-8、帰り道ずっとオイル警告灯ついてた」

「なんで言わなかった!!!!」

「雰囲気よかったから……」

「雰囲気よりエンジンを守れ!!!!!!」

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