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室町享禄妖奇譚  作者: 山縣十三
御家騒動
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弐拾 昔語り【其の二】

「ふ⋯」


馬上の興泰(おきやす)を見上げると、ふいと顔を反らされた。どうやら笑いをこらえているらしい。

不思議に思った宗音(そうおん)は怪訝な顔をする。


「⋯どうなさいましたか」

「⋯なんでもない⋯」


だが、その後ろで共に宗音の話を聞いていた仁左衛門(じんざえもん)は盛大に笑った。


「ははははは!光明(こうみょう)殿という御方は随分と奔放な子供だったのだなぁ〜!」


さらにその後ろで話を聞いていた藤吉(とうきち)も「ぷぷ」と思わず笑いを漏らしてしまう。

「猿みたいって⋯くぷっ」


一方、事実を事実として語る宗音は大真面目な顔である。おそらく、この話がそんなに面白い話だとは思っていなかったのだろう。

いや、正確に言うと、このような奇天烈な人物との昔話を堅物の宗音が大真面目に話す様が可笑しいのだが、宗音には自覚がないようだった。




領主から毛利へ向かうよう命を受けた興泰は、その翌日には支度を整え、早々に旅立った。

興泰は領主・興盛(おきもり)の名代として参るので馬上で正装している。

そのお供に向かうのは側近たち、平野仁左衛門、近習(きんじゅう)その他。馬の世話役や護衛として藤吉や六郎、そしてもちろん宗音もいる。

ちなみに、昼間は石になる介石(かいせき)は藤吉の背中に担がれる形で共に来ており、妖力の弱いヒトマル、フタマル、ミツマルは形を成さないまま興泰の周囲に気配だけが存在した。


さて、この道中で宗音は今朝の夢の話を興泰に報告していた。それほど重要な話なのだが、宗音の真剣な言葉は思いの外笑いに変わったようである。


それもそのはず、光明はどこから話しても規格外の人物だ。


「⋯なんでそんな変なヤツの隣で育った宗音殿がこんな堅物に仕上がるんだよ⋯」


藤吉の後ろでかろうじて聞いていた六郎までも首をかしげた。



「⋯いやすまぬ。あまり昔語りなどしてはくれない宗音の話が興味深かったのだ。続きを話せ」


興泰は顔を取り繕って続きを促した。




***




山奥に佇む宝積寺(ほうしゃくじ)から山道を下ると、長閑な田園風景が広がる村落が点々とある。


このような田舎の村には医者などおらず、仮にいたとしても百姓が医者にかかることは基本的になかった。

病気やケガの多くは民間療法で済ませ、それで足りなければ近隣の寺や神社での祈祷を乞う。

宝積寺同瞬(どうしゅん)の元にもそういった依頼が来ることはよくあり、その度に病人の様子を見に行っては加持祈祷をしたり、薬草を煎じたり、食事や生活習慣への助言を行った。



このときは、確か六人の子供を持つ母の様子が芳しくなく、子育ても相まって大変だということで同瞬は普門(ふもん)を連れ立って診ることを請け負ったようだった。

六歳の宗音、そして五歳の光明も連れて行ったのは、その家の子供たちと年が近かったからだろう。

光明は明らかに人との接触が少なかったので、年頃の近い子供たち、ひいては村人たちとのふれ合いを増やしてやることも目的だったに違いない。



連れて行かれた先には、子供がわらわらいた。

その家の子供は十歳から乳飲み子の子供が六人いると聞いたのだが、隣の家にも同じ年頃の子供が四人もいて、誰がどこの子かというのは正直分からなかった。


臥せっている母親のいる家でドタバタと遊ぶのは禁止されていたので、子供たちは専ら野山を駆け回ったり、隣家に上がり込んだりして遊んだ。

宗音も光明も他の子どもと遊ぶのは初めてだったが、心配はいらなかった。


「すっげぇ〜!!!」


村の子供たちは、二人が恐ろしいほどの速さで木に登ったり、川を泳ぐのをみて驚いていた。あまり言葉が話せない光明も、ここでは英雄扱いである。


「宗音さま、光明さま、俺たちにも木登りの仕方をおしえてください!」


同じ年頃、あるいは年上の子供からも敬称をつけて呼ばれたのは、同瞬和尚が村の大人たちからとても慕われていることが大きいだろう。

その上、宗音、光明はともに立派な水干(すいかん)姿をしていたのだ。村の子どもたちはそんな格好はしていない。宗音は安芸国の国人に仕える家臣の家柄で、身なりをしっかり整えることは習慣だったし、光明もかなり生地の良い水干を着せられていた。毎日激しく遊ぶのでドロドロに汚れてはいたのだが⋯


兎にも角にも、宗音と光明はあっという間に村の子どもたちの輪の中に入り、日々遊びに興じることとなり、思いの外楽しい日々を過ごすこととなった。



この生活の中で、宗音は気になることが一つあった。


隣家は子供が四人いるのだが、一番上の長女は家からほとんど出ることがなかった。年齢的にはおそらく十五、六だろう。下の子供たちと歳が離れていることもあって、一緒に遊ぶことはほぼない。

いつも家の奥の間で過ごしており、時折琵琶の音色が響いてくることがあった。その長女が奏でているのだ。



「そっちいっちゃダメ!」


その家の子たちは、琵琶の音が鳴る奥の間に行きたがらなかった。


「どうして?」


宗音が尋ねると、子供たちは口を揃えてこう言うのだ。


「だって、あいつウソつきなんだもん」


姉に向かって「あいつ」というのも気になるが、「ウソつき」というのも気になった。琵琶の音色は美しく、ウソをつくような人がこんな音色を奏でるだろうか?


宗音は気になったものの、子供たちの言う通り、そちらには行かなかった。

翌日も、その翌日も、琵琶の音色は響くけれど、総勢十余人ほどで遊ぶので室内に長く滞在することはないからだ。外遊びする頃にはもう忘れている。


そんなある日、皆で隠れ鬼をしていたときに光明がぴくり、と反応した。


また、隣家の奥の間から琵琶の音色が響き始めたのだ。

普段は気にも止めない光明が、この時はとても気になったらしくすっ飛んでいった。


「あっ、光明!!」


宗音は思わず一緒に駆け出した。皆は行ってはダメだと言っていたから、止めなければと思ったのだ。もちろん、光明はお構いなし。気になったことに一直線に向かってしまうので、宗音も同じく奥の間の手前まで入ってきてしまった。


ぴたり、と光明が止まる。


襖は閉じられているので、そっ、そっ、と開けて中を覗いていた。


(だ、だめだってば)


と小声で注意した宗音だったが、同じように好奇心が疼いて中を覗かずにはいられない。

そこには、琵琶を奏でる娘が部屋の真ん中に座っていた。


「あら」


娘も覗いている子供二人に気づいたようで、途端に音楽が止む。でも怒っている気配などなく、むしろ好奇心でいっぱいの見知らぬ子供たちを見てニコニコと笑顔を返してくれた。


その笑顔は、なんとも形容しがたいほど魅力的で、宗音は一瞬で目を奪われてしまったのだった。

そういえば、宗音は実家には年の離れた兄こそいるが、年若い娘は一人もいない。母も病弱で物心ついたときには青白い顔でずっと床に伏せっていたので、身近に女の人があまりいない環境で育っているのだ。

それは光明も同じようで、娘の輝くような笑顔と雰囲気に呑まれ、二人は微動だにせず見つめてしまうこと幾ばく。

娘はそんな二人の様子をみかねて、再び琵琶を鳴らし始めた。



祇園精舎の鐘の声

諸行無常の響きあり

沙羅双樹の花の色

盛者必衰の理をあらはす



音色に合わせて娘が歌い始めると、今度はその迫力と涼やかな声に圧倒された。


美しい音。

美しい声。

美しい笑顔。


娘は宗音と光明に話しかけることはなかったが、その音と歌声で歓迎してくれていることが伝わってくる。



驕れる人も久しからず

ただ春の夜の夢のごとし

猛き者もつひにはほろびぬ

ひとへに風の前の塵に同じ



誘われるように、二人は部屋の中に足を踏み入れ、娘の奏でる琵琶の音色に耳を澄ました。

気がつくと、宗音と光明は娘の目の前に座り込み、いつまでもその音色を聞き続けていたのだった。

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