拾八 安芸の行く末
宗音がチビマルたちを追い出して着座するのを待って、興泰は口を開いた。
「では始めよう。薬師、出雲の地より見聞きしたことを皆に話せ」
薬師は「はっ」と短く返事をすると、着座したまま話し始めた。
「まずは私の元の雇い主について改めてご報告いたしまする」
薬師は神妙な面持ちで語り始めた。
興泰の命を狙った身である以上、「元の雇い主」の事を曖昧にはできなかったからだ。その振る舞いからは常に贖罪と誠意が感じられ、ここに集った者たちは大きく頷いて次の言葉を待った。
「ご承知のこととは思いますが、私を興泰様の元に放ったのは、出雲守護、尼子経久。そして直接指令を出していたのはその重臣、亀井秀綱でございます」
亀井秀綱は尼子家の筆頭家老にして、その祖父、父の代から尼子経久の最も近くで仕える一族であることが知られている。
「この亀井という男、尼子経久より安芸攻略を任されているようでしたが、如何せん上手く事が運ばず、焦っているようでした。故に、我のような伊賀者を使ったのです」
「というと?」
興泰が間髪入れずにその理由を聞く。
「はい。どうやら尼子の忍軍を束ねる鉢屋衆との折り合いが悪いようで、上手く使えていないようでした」
亀井秀綱は、鉢屋衆の長、鉢屋萬斎との不仲が有名だったようだ。そのため、外部から忍びを雇った。その一人が中山薬師だったらしい。薬師以外にも幾多の忍びを雇い、どうにか安芸攻略の足がかりを作ろうと亀井はあらゆる手段を用いて画策していたようなのだ。
「この度、再び出雲の様子を見に参ったところ、この亀井と鉢屋の様子が一変しておりました。まず、鉢屋は一族の中で揉め事があったようで、『二つに割れた』という噂が飛び交っていました」
これに反応したのは、よく喋る平野仁左衛門。
「割れた、とは?一族同士で喧嘩でもしたか」
やや脳天気な言い回しだったが、薬師はそれを肯定する。
「左様。鉢屋萬斎の所在が分からず、恐らく身内に殺された可能性がございまする」
「なんと」
仁左がさっと顔色を変えた。
「その鉢屋と不仲だった亀井の様子はというと、もはやそれどころでないような慌てぶり。どうも、尼子経久の身内の中でも揉め事が起こっておるようで、亀井は必死に仲を取りもとうと右往左往しているようでございました」
これを聞いて近習は「ふむ」と頭の中にある情報を整理する。
「⋯経久殿の嫡男、政久殿は既に他界されておられたな。次男の国久殿、三男の興久殿はご健在のはず」
尼子経久は三人の息子がいたが、嫡男は討死しており、次男は出雲吉田氏の養子に、三男もまた出雲塩治氏の養子に出されており、家督は亡き政久の子、つまり嫡孫が最有力視されている。
「はい、子を養子に出し、出雲の国人らを身内にすることで取り込もうと腐心していたようでしたが、三男の塩治興久は父、経久への不満を募らせているという話。恐らく、尼子と国人らの深い溝は埋まるどころか、実子である塩治興久を筆頭にして本格的に争いに発展しそうな様相を呈しておりまする」
薬師が淡々と尼子家の内情を説明すると、今度は黙って聞いていた猪山光次が盛大にため息をついた。
「ったく、身内争いばっかで馬鹿みてぇ」
光次のいうことは最もだったが、血族、一門衆、つまりは身内の中での闘争はいつの時代でも延々と繰り広げられており、どの一族も火種を常に抱えているのだ。
「薬師の見立てでは今後の出雲、安芸はどうなると思う?」
そう言ったのは宗音だった。
早朝の話を掘り下げようというのだろう。
「はい、私の見立てでは、出雲は内乱にまで発展する可能性がございます」
「塩治興久は父に反旗を翻す、と?」
「左様」
薬師はさらに続ける。
「一方、今まで安芸攻略に力を注いでいた亀井は、尼子家の問題で手一杯の様子。その上、出雲の忍び、鉢屋も内部で乱れていてはそう簡単には動けますまい。しかし、安芸もまた間違いなく揺れるでしょう」
ここで興泰も大きく頷いた。
「出雲がこのような状態に陥ったとあらば、近隣諸国がどう動くか、というわけだ。無論、安芸が無関係でいられるはずもない」
興泰は、薬師のもたらした情報を元に、重臣ら、一門衆を交えて協議した内容を明かしてゆく。
「父、久兼家当主は一貫して大内に従ってこられた。それはこれからも変わらぬ、と仰せだ。無論、私もそう思っている」
皆が頷いた。
当主久兼興盛は先の大内義興の代より一貫して大内へ忠誠を尽くし、その信頼を得ることで、幾度となく巻き起こる安芸の争乱を乗り越えてきた。代替わりした大内義隆となってもそれは変わらない、と改めて表明したのだ。
「尼子の内乱を安芸に飛び火させぬための策として我らが講じるのは即ち、」
― 毛利元就をなんとしてでも大内方に引き入れる
その一言に、皆の空気が一層張り詰めていったのだった。
***
この夜、四本松城は少し慌ただしく人の出入りがあった。
仁左や近習は、興泰からの指令を受け取ると早々に退出した。その命を実行に移すべく、すぐさまその下の者たちに手配させるのだ。
その横で、忍びである光次もふわりと、薬師は音もなく、その場から姿を消す。
続いて、最後まで大人しく話を聞いていた奈美もお滋を伴って自室へ下がっていった。
「藤吉、六郎、それから介石。こちらへ来なさい」
そう言ったのは宗音だ。
すると、待ってました!と駆け込んできたのはやはりあの三匹だ。
「ワカーーー、ワカーーー」
「ワシらを追い出すなんてぇ―」
「ひどいよおおおおん」
それを興泰は穏やかな顔つきで受け止めた。
「すまぬ。視えぬ奈美がいる手前、お前たちがいると困るのでな」
と、興泰は優しく諭すので三匹は溜飲も下がったらしいが、宗音に言わせれば「ただただ煩いから」に尽きる。
「オクガタさまはわしのことも見えんもんなー」
と言いながら入ってきたのは介石。
夜は強い妖気を放つのでほとんどの者は介石を視認する一方で、奈美だけは妖というもの自体をまったく見ることができないらしい。
さて、そんな妖たちを尻目に藤吉と六郎が入ってきたのを確認すると、宗音は再び障子をぴしゃりと閉めた。
「お前たちにもそれぞれに役目を言い渡す」
そう言ったのは興泰だ。既に承知の宗音は後ろに控えて皆の様子を伺っており、藤吉、六郎は己にも役割が与えられていることの高揚感から瞬きすら忘れて興泰の言葉を待った。
「私は、父の命を受けて毛利家へ参る。共に来てほしい」
興泰の言葉に、藤吉と六郎は「承知!!」と仰々しく承った。
介石は「ほほう!」と頷く。
チビマルたちは飛び跳ねた(ついてくるつもりかもしれない)。
「まあそう固くなるな。毛利元就殿は幼少の頃にお会いしたことがある。気さくでおおらかな方だよ」
興泰は安心させるように笑みを浮かべるが、この中で六郎だけはギラリと瞳が輝く。
「いやしかしよ、興泰様!毛利といえば安芸の中でも戦上手でぐんぐんと力をつけてきてるって話だぜ!この前だって、高橋を滅ぼしたって専らの噂になってらぁ!!」
興奮したように己の聞いた噂話をまくし立てる六郎。それに、興泰はゆっくりと頷いた。
「うむ、そうだ。流石は六郎だな。よく知っている」
「そりゃあそうだぜ!なんたって俺ぁ門番を言い遣っていますからね。行商人やら旅人から色んな話を直に聞く」
簡単におだてに乗って調子をこくのが六郎の短所であり、可愛いところでもある。興泰はそのまま笑みを浮かべて同意した。
「高橋は安芸の中でも出雲と接した領地を持つ国人だ。毛利家とは婚姻によって友好関係を結んでいた。だが毛利のご当主、興元殿、その嫡男の幼い幸松丸殿が亡くなると、ついには敵対するようになったようだ。今年、高橋氏は毛利元就殿によって滅ぼされた」
興泰は淡々と事実を述べた。
毛利は、この久兼家と同じく安芸国人衆の一族だ。しかしながら、当主となった毛利元就はその知略により多くの武功を立て、近年ぐんぐんと力をつけてきた武将なのである。
「いまや、捨て置けぬ存在として大内からも尼子からも一目を置かれる御方と言っていいだろう。大内義隆様は、この元就殿をなんとしてでも味方に引き入れたい、とご所望なのだ」
藤吉は不安と期待をないまぜにしたような顔で興泰を仰いだ。
「そのような方なら、尼子などに取られぬようにしっかり味方に引き入れなければなりませんね!」
一方、六郎は胸躍る、と行った感じで今にも走り出しそうな顔をしている。
「よっしゃぁ!腕が鳴るぜ」
藤吉にとっては恐らく初めての旅路であり、六郎にとっては興泰に仕えて初めての一仕事。
その夜、出立を控えた四本松城では、遅くまで旅支度に追われる者たちの灯が絶えることはなかった。




