685話 潜む者です
記録の上では順調な採掘に、店も並べた鉱山の町は華々しいものに思えていた。
それがいざ自分の足で歩いてみると、活気よりもどんよりとした空気に満ちている。
採掘場の傷病人を収容する為の施設では、負った怪我に苦しむよりも、夜毎の夢に震える者が多かった。
ある者は体の何箇所も骨折して「呪い」のせいで骨が脆くなったと訴えていた。
またある者は毎夜夢にうなされて、壁を引っ掻き精神を壊していた。
好景気。
確かに領の収入は潤い、生活は向上した。
だけれどその代償がこれでは繁栄していると言っていいものか。
この「呪い」をどうにか出来ないかと伯爵は奔走する事になる。
王都に戻り、他の鉱山の持ち主を訪ねて回った。
各地ではそれぞれまじないや守り札などがあったが、その効果は信憑性に欠けた。
色々と調べた結果、比較的「呪い」が軽い鉱山には生活水を供給する為の水魔法士が存在することにたどり着く。
早速、鉱山に水の魔法使いを迎え入れると、謎の疾病は若干の回復をみせるようになった。
鉱山の水を忌避すればいいのだと公表し、事態は落ち着くかに見えた。
だが、依然として「神隠し」自体は止むことはない。
それはこの鉱山特有の問題だった。
多少の失踪者は山には付き物だが、ここ程頻繁に起こるものではない。
そうして領主は、ここに何か得体の知れないものが潜んで人を攫っている可能性に気づいたのだ。
元々、鉱山妖精の信仰が強い地のせいか、爛々と輝く赤い目の人影を見たとか、供え物が夜のうちに消えたりという噂も多かった。
気にもかけなかったソレが、実在して「神隠し」をしているのではないかと答えをだした。
屍食鬼は、ここでは鉱山妖精と呼ばれていた。
ここが栄えだした頃、辺境の村からこの山の洞窟のひとつに移り住み着きだしたのがはじまりだ。
落盤や有毒ガスなどの危険が身近にあり、人死にが多い土地は彼らにとっては絶好の住処となる。
教会の墓地には新鮮な死体が十分に埋葬されていて、供え物も多いとくれば、これ以上の優良物件はないだろう。
良質な餌場だからこそ、彼らは慎重に隠れて暮らしていた。
人が彼らを恐れて土地から出て行ったら終わりなのだ。
供え物を回収する時に人の目に付くこともあったが、大事にもならず大概が鉱山妖精がいたという話になって落ち着く。
彼らは鉱山妖精の皮を被って、互いに平穏に暮らしていた。
そんな彼らの存在が、領主に「呪い」以外のもうひとつの怪異を気付かせるきっかけになるとは皮肉な事であった。
鉱山には人以外の何者かがいる。
悪夢を見せて人を引き込む何かが鉱山のどこかにいる。
そう確信していた。
鉱山を拠点にしてから暫くの後、領主にもその悪夢という名の「呪い」が降り掛かることになった。
その時、彼は行動に出た。
魅入られたからではない。
それは怒りの為せる業といえた。
領地を蹂躙する理不尽な「呪い」に。
現地を知らずのうのうと安穏と暮らしていた自分達に。
彼は怒っていた。
怒りは怯える体を奮い立たせ、足を前へと踏み出させた。
熾火のように芯を熱く真っ赤に染め上げた怒りを抱えたまま、夢の導きにより道を辿る。
それは採掘場へと続いていた。
無闇矢鱈に穴が掘られていたのは過去の話で、今ではどの坑にも番号が振られきちんと管理されている。
特に優良な鉱脈のある場所は、人力と土魔法士による掘削により長々と蟻の巣のような坑道になっていた。
番号でいえば5番坑道。
その細く長い坑道の先にそれは現れたのだ。
この洞窟のような横穴には、手元の頼りない灯りしか光源がないというのに、暗闇の先に白く光る何かがあった。
それは小さな光であったが近付くにつれ眩いものとなる。
坑道の壁に人が通れる程の大きさの穴が開けられていた。
そこから光が出ていた。
近付き覗いてみればそこにあるのは、陽の光のように燦々と輝く水晶に満たされた巨大な空間。
誘う声は、ここから聞こえていたのだ。
もう囁きではなく、喚くようにこちらへ来いと誘っている。
身を捧げひとつになろうと、なるべきだと男の怒号が頭の中にこだました。
それは強烈な騒音のようで、耳を塞いでも頭の中でがなりたて思考を奪いとっていく。
人の存在の先へ行くのだと、永遠の命への誘いが途切れずに響く。
その執拗さに意識は朦朧とし、早く楽になりたいと体を投げ出そうと前へ出る。
水晶の空間に身を委ねるその瞬間、パリンッと現実の音が領主の耳に飛び込んできた。
まさにその時、運命の賽が投げられたのだ。
それは落としたカンテラの硝子を踏んだ音。
それが彼を引き戻す。
そうして彼の理性が、「呪い」への怒りが、誘惑に打ち勝つ。
領主としての責任感が、彼の精神の錨となったのだ。
目の前には水晶の1部が蛇のように頭をもたげ、彼を迎え入れようと揺れていた。
領主はそのまま踵を返すと、来た道を一目散に駆けて逃げた。




