681話 子供の祈りです
知る人のいない王都に来て、胸の内を話せる相手がいなかったのだろう。
まるで子供のように私に語りかける彼女を知っている。
最初に会った時もそうだった。
大好きだった彼女の祖母に話し掛けるのと同じように、こうして自分の事を教えてくれた。
私は横に並んで腰掛け直して、彼女の手を握りながら何度も頷いてそれに耳を傾けた。
「それにしても神様っているのね。ロッテ婆がこんなにちっちゃくて可愛かったなんて」
そういうと彼女は、息継ぎをするかのように、心の檻を外へ出すかのように、大きく息を吐いた。
すっかり自身の事を話終えて冷めたお茶を飲んで喉を潤した後に、カトリンが私をまじまじと見つめる。
「そんなに見たら、穴が空いてしまうわよ」
「ふふ、その言い方。中身は同じよね。子供になったって、ロッテ婆は私のロッテ婆だわ。そういえばアニーとグーちゃんは? あれは夢じゃないわよね? 恐ろしい水晶の生える中、助けてくれた人はグーちゃんよね? 私、彼にもお礼をいいたいわ。それにお友達になりたいの」
ここに本人がいたら、どれだけ喜んだ事だろう。
きっと目を逸らして、フードを目深に被ってもじもじと恥ずかしがるに違いない。
アニーの事をカトリンはちゃんと覚えているようであった。
黒い雄牛様のせいか、他の人はアニーについては私に連れ子がいたくらいにしか覚えていなかったのに。
朧水晶やグーちゃんという神話の存在がカトリンに関わったせいかしら?
それとも彼女がああいうモノに何らかの対抗が出来る性質を持っているとか?
それなら水晶の侵食が遅かったのもうなずける。
「あの子達はいないのよ。どう説明すればいいのか難しいのだけれど、アニーとグーちゃんは神様に別のところに連れて行かれたの」
「神様が!?」
心底驚いているようだ。
当然だ。
私だって自分が体験していなければ、こんな風には話せない。
「ええ。後、謝らなければならないのだけれど、アニーやロッテ・シャルルヴィルの身の上の話はデタラメだったの」
申し訳なく私の偽りを謝ると、カトリンははじけるように笑った。
「あはっ! お婆さんが子供だったことより、デタラメな事なんかないわよ。あの時はそうするしかなかったんでしょ? 謝ることなんてないわ。ああ、おかしい」
確かに老女の存在自体が嘘だったのだから、連れ子どうこうは今更かもしれなかった。
「ずっと……。神様はあたしの事、嫌いなんだと思ってたの」
ひとしきり笑った後、カトリンはそう告白した。
それはとても深刻そうで、私は黙って続きを待つ。
「婆ちゃんが死んだ時も、あたしが売られた時も、その後もいつも助けて下さいって祈ってたわ。いい子にするから助けてって。でもちっとも良くならなかった。だからわかったの。あたしは神様に嫌われてる悪い子なんだって」
カトリンは、祈って祈って、そして諦めたのだ。
そして、自分が悪い子だからこうなってしまったのだと納得してしまったのだ。
自分が悪い子だから祖母は死に、悪い子だから両親に売られ……っと。
その気持ちは分からないでもなかった。
前世の自分だって、ことある事に神様に心の中で祈っていた。
祈ると言えば聞こえがいいが、困った時の神頼みというやつだ。
信仰心が深い訳ではなかったけれど、不安だったり手に負えないことに対面すると、自分以外の何かに頼りたくなるものだ。
手頃なそれが神様という訳だ。
不敬であるかもしれないけれど、そんな時に必要なのが神様という漠然とした存在なのかもしれない。
そして願いが叶わなければ、都合よく神を使ったというのに存在を否定したりする。
子供ならばカトリンのように考えてもおかしくない。
「あなたは少しも悪くないわ。お祖母様は寿命だったのだし、あなたが不遇な目に遭ってしまったのは大人が悪いのよ」
そう、何一つ子供だった彼女に落ち度などない。
「うん……。今はそう思ってないの。あのね、私が今こうしていられるのは、子供の時のお祈りがやっと神様に届いたのかなって」
色恋の手練手管を仕込まれた元娼婦の彼女なのに、私をじっと見つめるその眼差しは純粋無垢である。
「時間がかかったけど。神様がロッテ婆を鉱山に寄越してくれたんでしょ? だから私はあの時死ななかったし、生活もガラッと変わったってわかる。神様はちゃんといて、そして私に手を伸ばしてくれたってわかったの。遠くにいただけだったのね。子供の時のお祈り、ちゃんと届いたのよ」
私は言葉を失った。
目の前にいるこの女性は、疑うことなく神性を信じたのだ。
私が彼女を助けに向かったのは、老女の私と懇意にしてくれていたからだ。
そこに神の意志はない。
彼女自身の行動の結果なのだけれど、彼女はそうは思わず神様のお陰と受け取ったのだ。
「天は自ら助くるものを助く」と言うけれど、こういうことも含まれているのかもしれないと私はぼんやりと考えた。
なんにせよ彼女が、一連の出来事の中で彼女の神をみつけたのは喜ばしいことであろう。
古代の巫女は娼婦でもあったという。
純粋なその心を持つ彼女は、状況が違えば神に仕える巫女であったかもしれない。




